もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

4 / 23
今回は4000くらいです。


第肆話 涙、枯れた底に。

 第4使徒戦、第二次直上決戦終了後。

 

 パイロット回収に向かった車内。

 

 音声記録なし。

 

 本部へ帰還。

 

 同車内。

 

「どうして、私の命令を無視したの?」

 

「エヴァの感覚が……遠くなって……」

 

「作戦行動が不能なレベルの数値異常は認められていないわ」

 

「……すいません」

 

「あなたの作戦責任者は私でしょ?」

 

「はい……」

 

「あなたには私の命令に従う義務があるの、分かるわね」

 

「はい……」

 

「今後、こう言うことの無いように」

 

「はい……」

 

「……仕事なのよ、これは」

 

「……はい」

 

「あんた、またハイハイハイハイって……!! 本当に分かってんでしょうねぇ!?」

 

「申し訳……ありません……ッ」

 

「…………」

 

「くっ……う……」

 

「……ごめんなさい。言いすぎたわ」

 

「…………」

 

「……夜、何か埋め合わせはするから」

 

「…………」

 

「いいわね」

 

「…………」

 

 後部ハッチ解錠。

 

 降車しようとした初号機パイロット、転倒、失神。

 

 NERV本部医療室へ搬送。

 

 迷走神経性失神と診断される。

 

 [精神汚染診断・状況記録1]より抜粋。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 すこし寒い。

 

 体が冷えているから、布団が暖まらない。

 

 こんな感じなのかな。

 

 死ぬってどんな感じなんだろう。

 

 黒く、深く、底のない。

 

 自分のこころ。

 

 明日が無いって……いいな。

 

 もう苦しいのは嫌だ。

 

 そう、いつだって死にたいのに……

 

 傷つかなくて……済むんだ。

 

 もう殴られないし、怖いことはない。

 

 死ねばいいのに。

 

 死ぬのが怖い。

 

 役に立つ事すら、できないのに?

 

 なんでいるの?

 

 なんでいるの?

 

 なんでいるの?

 

 お前なんか、死ねばいい。

 

 役立たず。

 

 なぜ、そうしない?

 

 矛盾。

 

 何もない。

 

 死にたいのに、怖い。

 

 何もない。

 

 臆病なんだ。

 

 何もない。

 

 なぜ、息をしている?

 

 ナニモナイノニ。

 

 苦しいだけなのに。

 

 ナンノタメニ。

 

「涙……もう、でないや」

 

 あの時超えられなかった壁が、ゆっくりと溶けるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「先に申し上げておきますと、これだけでは、正確な診断は難しいのです。精神的な問題を1日で理解するのは、容易ではありません」

 

「かまいません」

 

「やはり……無気力症候群、あるいは、大うつ病性障害の可能性が高いと思われます」

 

「無気力症候群……」

 

「ええ、彼は、日常的に極度のストレス状態にあった事が伺えます。家庭問題や、いじめ等……原因は分かりませんが、少なくとも数日は安静にしていた方が良いでしょう」

 

「治るんでしょうか」

 

「これまで通りの生活を強いられ、何のケアも無ければ、悪化し続ける可能性が高いでしょう。しかし、ストレスの原因を特定し、適切なケアをすれば、悪化する事はない。としか……言えませんね」

 

「…………」

 

「14歳なんです。人格の整形期にあるのですから、影響は出てしまうかと」

 

「……ありがとうございます。学校へ提出する診断書は、私の執務室へお願いします」

 

「了解しました」

 

「それで、初号機パイロットはどちらに?」

 

「精神科1号室に入院していますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 医務室を後にする葛城ミサト。

 

 その内心では、碇司令の執務室での一幕を噛み締めていた。

 

『葛城一尉、ご苦労だった』

 

 手を組む碇司令。

 

『ありがとうございます』

 

『ところで、プラグに異物を入れたそうだな』

 

 冬月副司令が怪訝な表情をしている。

 

『申し訳ありませんでした。人命優先のため、勝手をしました。処分は如何様にも』

 

『それはいいが、パイロットのメンテナンスを担当すると言ったのは……葛城一尉、君だぞ』

 

『……はい』

 

『精神汚染の診断結果は確認したかね』

 

『していません』

 

『うつ病……だそうだぞ、パイロットは』

 

『…………』

 

『我々は、君に一任している。その責任は果たせ』

 

 最近変わった、色の濃いサングラスは碇司令の表情を映さない。

 

『はい』

 

『以上だ』

 

『はい。失礼します』

 

 

 

 

 

 碇ゲンドウ、父親その人が何を考えるかは分からない。

 

 彼の父親なのに。とは思う。

 

 だが、父親を知らないから、碇ゲンドウの在り方を否定するのは躊躇われた。

 

 廊下の空気が生ぬるく感じる。

 

 うつ病……学校でいじめでもあったのだろうか。

 

 いや、言い訳はしない。家に置いているにも関わらず、シンジから距離を取っていたのは自分だ。

 

 距離が遠すぎたのかもしれない。

 

 だが、その近づき方がまるで分からない。

 

 (お互いに傷つかない距離を見つけ出す……子供なのは、私か)

 

 防壁が崩れて、中身の肉塊が見えているような、嫌な不快感が胸に現れるのを、葛城ミサトは感じていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……碇君」

 

 いつからだろう。

 

 いつも通り制服を着ている綾波は、いつのまにか、ベッドの脇の椅子に腰掛けて、こちらを見ていた。

 

「顔色、悪そうね」

 

 変わらない、赤い瞳。

 

「……そうだね」

 

 その顔を、見れない。

 

 視界は天井を映していた。

 

 拒絶の様子が少しでもあったら、嫌だから……

 

「…………」

 

「…………」

 

「今回の平均シンクロ率、68%」

 

「…………?」

 

「碇君のシンクロ率。乗ったとき、何か違った?」

 

 思い出す、エヴァの中。

 

 朧げに浮かんでくる感覚を、うまく言葉にできない。

 

「乗ったとき……エヴァから、綾波の匂いがしたんだ」

 

 なにを言ってるんだろう。

 

「まっすぐ僕を見てくれる……あたたかい……ような……」

 

 軽蔑されたかな。

 

 冷えた感覚が、足元から遡る。

 

「ぁ……私も」

 

「……?」

 

 聞いたことの無い声の抑揚に、視線を天井から引き剥がした。

 

 綾波の瞳が揺れている。

 

「…………」

 

 長い、長い逡巡の後、口を開く。

 

「私も、碇君といると、あたたかくなる」

 

「どうして……?」

 

 その言葉が、ゆっくりと脳に染みて。

 

 ゆっくりと、だが、確実に、壁の溶けたところに、滴ってゆく。

 

 冷え切った体が、暖かくなる。

 

 涙が、溢れる。

 

「なぜ、泣くの」

 

 そんな声に、答えられない。

 

 壁が決壊して、乾いた畑を潤す小川のような、晴れた秋の日に降る夕立のような、暖かい濁流が心に流れ込んでいる。

 

 その勢いのまま、涙になって外に出ていっているよう。

 

 大粒の涙が、頬を伝う。

 

「……分からないよ」

 

 やっと、それだけ絞り出した。

 

 きっと、数分、そうしていた。

 

 やっと収まってきた涙を拭って、じっと僕を見つめる綾波を見ると、嬉しくて、変な顔になってしまうのが、自分でも分かる。

 

 だけど、今は何も抑えたくなかった。

 

「綾波。僕はたぶん、その、すごく……嬉しいんだ。綾波が、暖かい気持ちになるのが……」

 

「…………」

 

「どうしてだろう……それだけで、生きてて……いいのかなって……暖かい気持ちになるんだ……」

 

「…………」

 

「……気持ち悪い、かな」

 

「いいえ。私も嬉しい……と思うもの」

 

「同じ……なの、碇君と……」

 

「…………」

 

「だから、うれしい……」

 

 綾波は、泣いていた。

 

 表情を変えずに、涙が流れている。

 

「これは、涙……?」

 

「綾波……」

 

「嬉しくても……涙が出るのね」

 

「うん、そう……みたい」

 

 少し呆然としていた。

 

 綾波も、同じなんだ。

 

 そう思うと、どうしようもなく暖かい気持ちになる。

 

 綾波は何度か涙を拭うと、もう落ち着いたらしかった。

 

「碇君……」

 

 その頬は、すこし紅に染まっていて……

 

「まだ、ついてる」

 

「え?」

 

 綾波は、腰を浮かすと、右手を僕の左目に近づけると、目尻のあたりを拭う。

 

 左手も僕の頬に添えているから、まるで、この体勢は……

 

 心臓が加速して、顔が真っ赤になるのが分かる。

 

 綾波の表情も、微かに微笑んでいて、心なしか、高揚しているように見えて──

 

 ばさり。

 

 何か、書類が落ちる音がした。

 

「う……ウソ……」

 

 綾波が振り返り、視界が開けたそこに立っていたのは……

 

「んみっ、ミッ、ミサトさん!?」

 

「お疲れ様です」

 

 お辞儀をする綾波。

 

「レ……レイ……その、あなた……」

 

 わなわなと、幽霊でも見るように綾波を見るミサトさん。

 

 明らかに、見られてる……! その羞恥で、熱が出そうなほど血がのぼる。

 

「ご、誤解です!!!!」

 

「……そ、そうよね。そんな筈ないわよね」

 

「…………?」

 

「レイは、どうしてここに?」

 

「碇君のこと、知りたかったので」

 

「あ、あっ、あ、綾波!?」

 

「な……」

 

 口をあんぐりと開けて、活動を停止したミサトさんを数秒見ていたが、

 

「失礼します」

 

 お辞儀をして、

 

「じゃ、碇君、またね」

 

 そう言い残して去っていった。

 

「あ…………」

 

 挨拶、出来なかった……。

 

 嵐のような展開に、半ば呆然としながらそう思っていると、再起動に成功したミサトさんが、バツが悪そうにベッドの脇に立っていた。

 

「まさか、レイに先を越されるとはね……」

 

「み、ミサトさんは、ダメです!!」

 

 危機感を感じて、布団を掴むと胸まで引き寄せて距離をとる。

 

「し、しないわよ!」

 

「ほんとですか……? なんか、目が本気でしたよ……」

 

「それは、あのレイが……って、いいの。そんな事は!」

 

 ミサトさんは、思考の海から決意したように顔を上げると、僕をジッと見据えた。

 

「な、なんですか……?」

 

「シンジ君、ごめんなさい」

 

「へ……?」

 

 ミサトさんが、腰を折って謝っている。

 

 どうして?

 

「私、自分勝手に引き取って、部屋を片付けて貰ったりして、都合よく上官面して……。家族としては、最低だわ」

 

「い、いや、いいんですよ。片付けとか、当番ですし……ミサトさんは、保護者じゃないですか。怒るのも、当たり前というか……」

 

「それは違うわ」

 

 ミサトさんは、目を、逸らさない。

 

「違う……?」

 

「私は、家族になるつもりで引き取ったのよ。保護者じゃダメなの。覚悟が……足りていなかったわ」

 

「ミサト、さん……」

 

 そこまで……。

 

 また、涙腺が緩んでいく。

 

 今日は泣いてばかりだ。

 

「ごめんなさい、シンジくん……」

 

 頭が、暖かいものに包まれる。

 

 ミサトさんの体は、少しお酒臭かった。

 

 涙は、数分のうちに、枯れてしまった。

 

「今日、ハンバーグ食べたいです」

 

 解放されるや、ミサトさんにそう宣言した。

 

「いいわよぉ、シンちゃんの頼みだもんね〜」

 

「シ、シンちゃん……」

 

「あら、ダメ?」

 

「い、いや、いいですよ、ちょっと、恥ずかしいだけで……」

 

「や〜ん、シンちゃん可愛い〜!!」

 

「ミ、ミサトさん!?」

 

 またもや押し付けられたそれに、今度は顔が真っ赤になるのが分かった。

 

「や、やめてください!」

 

「あ〜ら、急に恥ずかしくなったの?」

 

「違います! こういうのは、時と場合というか、なんというか……」

 

「ウソね」

 

「うっ……恥ずかしいのは、そりゃ、そうじゃないですか! 干してる下着を見られても大丈夫な、ミサトとは違うんです!」

 

「に、にゃにぉ〜!?」

 

 暫く言い合いは続いたが、それはずっと、暖かいままだった。

 

 家に帰っても、そうだった。

 

 僕の、家が、そこにあった。

 

 パンドラの箱は、開いていた。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 挨拶が、交わされる。






 次回 「守りたいもの」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。