もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。   作:煮魚( )

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今回は10000文字くらいです。


第伍話 守りたいもの。

『これは、涙……?』

 

『綾波……』

 

 NERV本部、司令執務室。

 

 そこでは、精神科1号室、監視映像のリプレイが再生されていた。

 

「なぜだ、レイ……」

 

 苦々しい顔でモニターを見つめる。

 

 碇 ゲンドウ。

 

 再生が停止する。

 

 薄暗い部屋に訪れる静寂。

 

 その中で暗闇を見つめ、1人思考の海に、深く、深く……沈んでゆくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 コンフォート17、葛城家。

 

 AM7:10

 

「あ、そうそう。愛しのレイちゃん、次の実戦から参加するらしいわよ〜」

 

 怪しい目をして、良かったじゃなぁい〜、と小突いてくるミサトさん。

 

「もう……それは、誤解だよ。それに、シンクロ実験から解放されるのは良いかもしれないけど、実戦に参加するのは……」

 

 不安な声を滲ませると、幾分か真剣な、作戦部長の顔をされる。

 

「不安なの?」

 

「はい……あそこに、安全はないので」

 

「じゃあ、なおさら平時に親睦を深めておきなさい。戦場で不仲は、死ぬわよ」

 

 真面目なアドバイスだ。

 

 本当なら、はい! とか元気よく返事をしたいところだけど……。

 

「努力は、します……」

 

 あいにく、綾波とこれ以上距離を詰めるのは、考えられなかった。

 

 お互いに、いた方が心地いい存在。くらいの、今の距離感がベストというか……

 

 なぜ、同じなのか。

 

 その疑問がある限りは……

 

 この先は『綾波に何があったのか』知らなければ、進めない。それはきっと、同時に僕の過去も明かさないと……綾波だってそれは分かっている筈だ。

 

 それはとても辛い事だと思うから。

 

 お互いに、何ひとつ知らない。

 

 でも、心地いい。

 

 だからこのままでいたい。

 

「あー、もう焦ったいわねぇ。あんな雰囲気出しといて、なーんで告白しないのかしらぁ……」

 

 ふにゃと格好を崩して、パンを齧りながらそう呟くミサトさん。

 

 そんな、軽々しく〝告白〟なんて言葉が出てくるのに驚いた。それは、関係を迫るということ。

 

 最後の手段のようなイメージがあるけど。

 

「じゃ、ミサトさんなら、どうするの」

 

「私なら……そうねぇ」

 

 暫く考えていたが、困ったような顔をして頭を掻いた。

 

「そういえば……そーゆー事は、私から言ったこと、ないかも」

 

「そうだと思いました」

 

「あによぉ〜、それ」

 

「ミサトさん、そういうのと無縁そうだし」

 

「付き合った事くらい、あるわよ……もう」

 

「上手くいかなかった……?」

 

「違うわよ、ただ、思い出したくないだけ」

 

 明らかにゲンナリした表情のミサトさん。

 

「なんとなく、分かりました」

 

「はぁ……まぁ、そうねぇ。付き合うのが100%シアワセとは、いかないものね」

 

「そうですよ。そういうのは、25歳くらいから考えればいいと思います」

 

「あーいかわらず冷めてるわねぇ、10代で経験はしといた方が良いのよ〜」

 

「機会があれば」

 

「あら、シンちゃん……意外と考えてんのね」

 

「へ? どういう事?」

 

「あぁ、ゴムでも携帯してんのかと思ったのよ」

 

「ごッ、ごほ……ゴム……」

 

 お味噌汁を啜っていた所だったので、思わずむせてしまった。

 

「お互い天下のエヴァパイロットなんだから、避妊はしなさいよ」

 

「そもそもしません!!」

 

 脳裏に浮かぶ綾波の白い手。

 

 想像は連鎖してしまって……。

 

 顔が赤くなるのが分かる。

 

 ミサトさんはニヤニヤと楽しそうにしていた。

 

 急いで残りのお味噌汁を飲むと、お皿を片付けてしまう。

 

「ごちそうさま!」

 

「……そうねぇ、シンちゃん料理うまいんだし、まずはお弁当でも作ったら?」

 

 背後からミサトさんの声がかかる。

 

 お弁当……そういえば、綾波、お昼ってどうしてるんだろう……。

 

「レイは昼も絶対サプリよ。シンちゃんのお弁当なら……イケるわ!」

 

 なぜか闘志を燃やすミサトさん。

 

 まぁ、でも、確かにそれくらいなら……

 

「今日、聞いてみようかな……」

 

「そうねー、本当はサプライズでって、言いたい所だけど……シンちゃんには難しそうだし」

 

「えぇ、お弁当なのに……アレルギーとか色々、怖くないですか?」

 

「そういう事じゃ、ないのよねぇ」

 

「じゃ、どういう事?」

 

「乙女の気持ち、よ」

 

「…………」

 

 確かに、クラスの女子とは別のベクトルでも、綾波が未知の存在である事に変わりは無かった。

 

「分からないなぁ……それは」

 

「ま、何事も経験よねぇ〜」

 

 手を頭の後ろで組んで、天を見上げるミサトさんは、何か考えているようだった。

 

 それを横目に、バッグを用意する。

 

「いってきます」

 

「ばしっと聞いてきなさい」

 

「はーい」

 

 サムズアップするミサトさんにひらひらと手を振って、家を出る。

 

 最近は良く眠れているし、訓練のストレスも前よりは少ない。

 

 変わったのはそれだけじゃない。まず家の当番制は廃止され、基本的に炊事と洗濯は、帰りが早い人がやる事になったのだ。

 

 まぁ、訓練スケジュールの見直しで、殆どは僕の仕事になったけど……不満はない。

 

 買い物はミサトさんがしてくれるし。

 

 どれが一番大変だったかと言えば、敬語の禁止かな……。

 

「よぉ、センセ。今日も朝からけったいな顔して考え事か〜?」

 

「あ、トウジ。おはよう」

 

 下駄箱で一緒になるトウジとケンスケ。

 

 いつも遅刻ギリギリのトウジがこんな時間にいるのは珍しい。

 

「また綾波か〜? お前はミサトさんというものがありながら、このっ、このっ」

 

「あ、ちょ、ケンスケ、やめろよ」

 

「ホンマ羨ましいやっちゃな〜」

 

「このっ、このぉ」

 

「だから違うんだって」

 

「なにが違うんだよ。美人のお姉さんと2人暮らし。鉄仮面の綾波と笑顔を交わし合う美少年……お前以外に誰も居ないよ。そんなやつ」

 

「何もかも違うよ……まず、ミサトさんはガサツだし、綾波ともたまにしか話さないだろ。おまけに僕は普通以下だし」

 

「はぁ……どこまでも罪作りなやつ」

 

「ケンスケ……シンジにそないこと言うてもしゃーないやろ、シンジやぞ」

 

「どーいうことだよ、それ」

 

「碇は鈍感だけど良いやつだよなって」

 

「そやそや」

 

「なんか煙に巻かれてる気がする……」

 

「良いやつってのは本心だよ。俺だったら、恫喝して殴ってきた癖に『俺を殴ってくれ〜!』なんて言うやつ、無視するからな」

 

「それは、そうかもしれない」

 

「まだ言うんか、それ……ワシにも余裕っちゅーもんがのうて必死だったんや。どっちもワシの本心じゃ!! 男らしくぶつかってこそ、友情っちゅーもんやろ!! なぁ!?」

 

「うん。わかるよ。トウジ。分かるけど」

 

「いいんだよ。碇。こいつはこういう奴だから」

 

「なんか気持ちがシャッキリせんなぁ」

 

「「珍しい」」

 

「どーゆー意味や!!」

 

 ガヤガヤと廊下を騒がせながら教室に入ると、

 

「おはよう鈴原。今日は早いのね」

 

 驚いた顔の洞木さん。

 

「おはようさん。目ぇ、覚めてしもうてな……」

 

「これは雨でも降るかもね」

 

「んな訳あるかい」

 

 いつもの会話を背景にそれぞれの机へ向かう。

 

 遅くても早くてもトウジには声をかける洞木さん。鈍感と評される僕でさえ疑ってしまうが、トウジには一片の曇りもない。

 

 いつでも本気のトウジの辞書には、恋のkの字もなさそうだ。

 

 机の荷物を纏めると、綾波の席へ行く。

 

 何か話すときは、朝、一回だけ。

 

 これもいつものことだった。

 

 時間が一番合うのが朝だからだ。

 

「おはよう、綾波」

 

「碇君、おはよう」

 

 窓の外を眺めていた綾波は、僕を認めると少し笑って目を合わせてくれる。

 

 あの日から、綾波は笑ってくれるようになった。それが微かな表情の変化でも、好意を示しているのは分かる。

 

「実は、明日からお弁当にしようと思ってるんだけど、良ければ、一緒に綾波の分も作ろうかなって考えてるんだ」

 

「どうして?」

 

「いつもサプリメントで済ませてるって、聞いたから。忙しいのは分かるし、お弁当があれば嬉しいかなって……」

 

「…………」

 

 綾波は目線を潜らせ、思考の海に浸かってしまった。

 

 やっぱり、お節介だったかな。

 

「要らない、かな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「決められない」

 

「……?」

 

 決められない……?

 

 予想の斜め上の回答に、思考が固まる。

 

「今、決められないから」

 

「……分かった、じゃあ、放課後に──」

 

「明日、言うわ」

 

 なぜ、明日なら言えるのか。

 

 まるで、今日どこかに許可を取りに行くみたいな……。

 

『レイならきっと昼もサプリメントよ』

 

 昼も……毎食サプリメントなのは、忙しいせいじゃ、ない……?

 

 赤い瞳。

 

 定期検診。

 

 似ている雰囲気……。

 

 脳のシナプスが直結し、一つの予想を立てた。

 

 綾波は病気があって、病院に篭りきりだった時期がある。

 

 そして、食べ物にアレルギー等が多い可能性が高い……。

 

「その、これは僕のお節介だし、理由があるなら、わざわざ許可まで取らなくても……」

 

「……そう?」

 

「……うん」

 

「そうね……」

 

 僕は自分の席に戻った。そして、ミサトさんの事を考えていた。

 

 ミサトさん、綾波の食事に管理が必要なこと、知らなかったんだ……。知っていたら、お弁当を作るなんて発想は無いはず。

 

 逆に、朝か夜の食生活は知っていた。やっぱりNERVでは関わりがあったんだ。

 

 ミサトさんが綾波を苦手そうにしているのは、今なら分かる気がする。自分だって、綾波が居なかったら、どうなっていたか……。

 

 関わろうとして、失敗した。

 

 今は互いに不干渉。

 

 ってことかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

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 コンフォート17、葛城家。

 

 PM20:16

 

「第4使徒の視察、ですか?」

 

「そうよ。戦闘において、最も重要なのは情報。何も知らず、無策に突撃するのは自殺と変わらないわ。パイロットであるあなたにも、同行して貰います」

 

「了解です」

 

 はぁ〜、とため息をつくミサトさん。

 

 お仕事モードは終わったらしい。

 

「とはいえ、私も名前くらいしか知らないけどね〜……」

 

「実は全部知ってたりして」

 

「んなわきゃないでしょ〜? 次の使徒の特徴とか、時期とか、分かれば言ってるわよ」

 

「その意味不明な使徒が、なんで攻めてくるのか、とか」

 

「なんでって、それは……」

 

「それは?」

 

「知らないわ……」

 

「作戦部長なのに?」

 

「だからこそ、ね。使徒に関しての情報すべてにアクセス権があるわ。NERVにだって知らない事くらい……あるのよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、そういえば」

 

「……?」

 

「お弁当、どうだったの? 喜んでたんじゃな〜い?」

 

「許可を取るから1日待ってくれって言われて……辞退したんだ」

 

「許可……? レイに……?」

 

「毎食サプリメントなのは、多分、アレルギーとかが酷いからじゃないかなって……。この前も、定期検診って言っていたし」

 

「……ありえるわね」

 

「ありえるって、暫くは綾波と一緒にいたんじゃ……」

 

「私が来たときから言葉数は少ないし、そもそも関わる機会が無かったのよねぇ……」

 

「じゃあ、来る前は? 綾波っていつからチルドレンなの?」

 

 きっと、病気が辛うじて回復したのとチルドレンになった時期は同じはず。

 

 1年前か、2年前か……

 

「それも、分からないわ……データがなんにも無いのよ」

 

「関わる機会が無いっていうのは……」

 

「普通に作戦部長として仕事を任されてたのよ。来たばっかりで、余裕無かったのよね」

 

「…………」

 

 ぜんぜん分からない。

 

 綾波は、どうしてNERVにいるんだろう……。

 

「データ権限……私、意外と無いのかも知れないわね」

 

 そう呟いて、ミサトさんは、なにやら真剣な顔で考え始めた。

 

 とはいえ、自分に出来ることはなにもない。今日はお風呂を頂いて、手早く寝てしまう事にした。

 

 明日は土曜だけど、山間部まで行くから早起きしなきゃいけない。

 

「おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみなさい」

 

 お風呂から上がっても、ミサトさんは何やら考えていて……

 

 NERVという組織に、胸がざわつくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 第4使徒遺骸、屋外研究施設。

 

 AM10:58

 

 A棟、コア摘出作業中。

 

 

「これが、使徒……」

 

 近くで見ると、大きいんだな……。

 

「なるほどね。コア以外は殆ど原型を留めている……ホント理想的なサンプル」

 

 陸橋の上でレポートを取るリツコさん。

 

 今日の視察のメイン、使徒の主な情報を得られるという、ここ、リツコさんの臨時研究室に着くまで、本当に長かった。

 

 ミサトさんの視察の付き添いなので、原理不明の浮遊影響下にあった土壌や、使徒のエネルギー兵器のカケラ等、麓の研究施設から順繰りに回る必要があったのだ。

 

 これでもミサトさんは急いでくれたようなので、文句は言えない。

 

 こちらに気付いて振り向くと、彼女は珍しく笑顔だった。

 

「ありがたいわ」

 

 ……そう言われても、次もコアのみ破壊出来るとは思えないけど。

 

「で? 何か分かったわけ?」

 

 ミサトさんの声に疲れが出ている。

 

「見た方が早いわ」

 

 ミサトさんは、そう言って陸橋からさっさと降りるリツコさんに、ため息をついた。

 

 

 

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 同 屋外研究施設。

 

 技術部部長 臨時研究室。

 

「なにこれ?」

 

 601

 

 ミサトさんの言う通り、ナゾの数字だけが画面に浮かんでいる。

 

「解析不能を示すコードナンバー」

 

「つまりワケ分かんないってこと?」

 

「そう、使徒は粒子と波、両方の性質を備える光のようなもので構成されているわ」

 

「で、動力源はあったんでしょ?」

 

「らしきものはね……でも、その駆動原理がサッパリなのよ」

 

「まだまだ未知の世界が広がってるワケね」

 

「兎角この世は謎だらけよ……例えば、ほら」

 

 そう言ってモニターの前を開けるリツコさん。

 

「この使徒独自の固有波形パターン」

 

「これって……!?」

 

「そう、構成素材に違いはあっても、信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似しているわ。99.89%ね……」

 

「99.89%って……」

 

 バナナだって50%は同じだ。猿に至っては99%同じだし、遺伝子情報でそのものの性質を測るのは拙い気がするけど……。

 

「改めて私たちの知恵の、浅はかさってモノを思い知らしてくれるわ」

 

『オーライ! オーラァイ!!』

 

 遺伝子情報に食いついてしまった2人を置いて、何かが始まったらしい外の様子を見に行った。

 

 そこには、取り出されたコアが置かれ、まさに接地する瞬間のリフトがあった。

 

 それを待つ、父さんと青髪短髪の制服姿の少女、そして白髪の男……。

 

 父さんは、青髪の彼女の肩に腕を回していた。

 

 綾波……?

 

 スカートから覗かせる足の色白さと、青髪に、脳裏には綾波しか浮かばない。

 

 だが、なぜ、ここに?

 

 いや、というより、なぜ父さんと……?

 

 瞬間、脳のシナプスが3つの情報を繋げていた。

 

 大病。

 

 NERV。

 

 チルドレン。

 

 綾波も、エヴァに乗れる……。

 

 そういうこと、なのか……?

 

 父さんと母さんの間に何があったのか、分からない。

 

 母さんは死んだ。父さんは去った……。

 

 僕と同い年。

 

 綾波。

 

 綾波のために、NERVの責任者になったのか……?

 

 複雑な感情が入り乱れる。

 

 確かに、綾波も大変だっただろう。

 

 だが、その間、父さんは何をしていたんだ?

 

 何かしていれば、僕と同じになんか、ならない筈だろ……父さん……。

 

「どしたのー?」

 

 背後から声がかかった。

 

 無理矢理目を引き剥がす。

 

「あ、いえ……別に……」

 

 リツコさんとミサトさんの視線が突き刺さって、思わず目を逸らした。

 

「あのねぇ、そういう顔して別にぃ、って言われてもねぇ、説得力ないわよ」

 

「えーっと……」

 

 綾波と父さんがそこに居たから……と言っても、伝わらない。

 

 記録がないのは気になるけど……仕方がない。

 

「綾波って父さんの子供なのかなって」

 

「は……? コドモ?」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔のミサトさん。

 

「どうして……そう思うの?」

 

 対して、リツコさんは先程の上機嫌が吹き飛んでしまったらしい。

 

「今、そこに父さんと綾波がいて、仲良さそうだなーって思ったんです、それに……」

 

「僕、父さんのこと知らないから、理由なんて無いんですけど……2人ともエヴァに乗れるし、一緒に居ると、気が楽だから……兄弟なら、納得できるかなって」

 

「…………」

 

「…………」

 

 2人とも黙って、何か考え込んでいるようだった。

 

「赤城リツコ博士、コアの視察、可能ですー」

 

 作業員に声が掛けられるまで、2人が動くことは、無かった。

 

 

 

 

 

 

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 体育の授業中。メンバー交代で休みになった僕は、思わず水泳の女子グループで、フェンス際に体育座りして沈黙する綾波を見ていた。

 

 病弱な兄妹(きょうだい)かも知れない。

 

 どうしても、色々と考えてしまう。

 

「みんな、ええ乳しとんなぁ……」

 

 トウジの発言に思考が分断され、少しだけ和んだ。

 

 トウジは悩みとか無さそう。

 

 いや、むしろ悩んでるトウジは、想像できないな。

 

「おっ、センセ。なーに熱心な目で見てんのや」

 

「熱心というか……」

 

「綾波かぁ〜!? ひょっとしてぇ」

 

 言い淀むと、トウジを押し退けて出てくるケンスケ。

 

「そうだけど、違うよ」

 

 思わず微妙な顔をして、目を逸らしてしまった。

 

「どーゆーこっちゃ」

 

「わっとと」

 

 トウジが復活して、怪訝な顔をしている。

 

「綾波とは最近、家庭の事情で……色々あってさ……。誰にも、言わない?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 2人とも、困惑した顔で、固まってしまった。

 

「そりゃ、気にならんと言ったら嘘や……」

 

「俺は聞かないでおくよ」

 

「ケンスケ……」

 

「聞かれたくないだろ? 碇も」

 

「まぁ……そうだね」

 

「ならいいだろ。知らない方がいい事も、世の中には沢山あると思うな」

 

「知らない方が……か……」

 

 確かに……こんな事、

 

 知りたくなかったな。

 

 

 

 

 

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 NERV本部。

 

 今日、久しぶりに行ったシンクロテストは、零号機と合同だった。

 

 綾波も60%前後を保っているらしい。

 

 不思議なのは、父さんが零号機の近くに居た事だ。

 

 テスト終了後、綾波も親しげに父さんと話しているし……

 

「時間の差か……」

 

 そんな当たり前の事に、羨ましいと思ってしまう……

 

 綾波も望んでそうなった訳じゃないだろうに……むしろ、父さんと楽しそうに話せるのは、兄妹として歓迎するべき事なのに……

 

 嫌な感情だ。

 

 

 

 

 

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 コンフォート17、葛城家。

 

 PM21:28

 

「じゃ、おやすみなさい」

 

 珍しく酔って帰ってきたミサトさんは、机の上でダウンしていた。

 

「うにゃ……ぁ……シンちゃん? あー、ちょっと待って……」

 

 のそのそとバッグを漁るミサトさん。

 

「はい、これ」

 

 渡されたのは、NERVのセキュリティカードだった。

 

 綾波の……。

 

「これは……」

 

「リツコのやつ、今日渡してくんのよね〜。明日までにどこかで渡してくれってさぁ」

 

 明日は日曜日だ。

 

「ミサトさんも午後は本部だったっけ……」

 

「そうよぉ……午前は半休の予定だったのにぃ……って思ったんだけど」

 

「分かったよ。午前中に届けてくれば良いんでしょ?」

 

「さっすがシンちゃん! 話が早くて助かるわぁ〜」

 

「はいはい、ベットで寝ないと風邪ひくよ」

 

「うぇー、誰か私を連れて行ってぇ、優しくしてぇ〜……」

 

「はぁ……」

 

 ミサトさんを介抱して、ベッドにつくころには23時を回っていた。

 

 綾波の家、か……。

 

 カードの住所を見ながら、複雑な感情が渦巻く。

 

 きっと父さんと同居してるんだろうな。

 

 僕は、どんな顔をして、行けばいいんだ。

 

 

 

 

 

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 どう転んでも本部には遅刻しないように、かなり早めに家を出た。

 

 着いたのは、郊外に近い、恐らく耐震工事中の団地の1部屋だった。

 

 古いマンションだ。

 

 コンクリートはひび割れているし、アスファルトは色落ちしている。

 

 こんな所に……。

 

 表札には〝綾波〟と書かれている。

 

 一人暮らし、なんだろうか。

 

 父さんが分からなくなる。気にかけているのに……?

 

 それは、確かに綾波に何かあっても気付かないかもしれないけど……。

 

 これも何か理由があるんだろうか。

 

 あの親しげな様子は、何か義務的な、ものなのかも知れない……。

 

 作られた表情を見抜くほど、僕は聡い人間ではないから。分からない。

 

 複雑な感情のまま、意を決してそのスイッチを押す。

 

 カチ。

 

 ……カチ。

 

 ……カチカチ。

 

 インターホンを鳴らしても、反応がない。

 

「壊れてるのかな……」

 

 ドアを叩いてみる。

 

「綾波? 碇だけど、セキュリティティーカードの更新があるんだ」

 

「…………」

 

「新しいカード、持ってきたんだけど」

 

「…………」

 

 工事の音が響いている。

 

 中の様子は分からない。

 

「うーん……」

 

 玄関前に置いて、気付くような大きさじゃないしな……。

 

 暫く考えていると、ドアの向こうに人の気配が現れる。

 

「碇君……?」

 

「良かった。寝てたらどうしようかと……」

 

「なぜ、知ってるの?」

 

「その、セキュリティカードに書いてあるんだ。綾波の新しいやつ」

 

「そう……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「入ったら?」

 

「え?」

 

「外は、暑いから」

 

 少し、考える。綾波の部屋に入ったとして、何かやる事がある訳でもない。

 

 それに、何かの拍子に変な事を聞いてしまいそうだし……。

 

 NERVの休憩室にでも行って暇を潰そう。

 

「いや、いいよ。本当に、カードを渡しにきただけなんだ」

 

「そう……」

 

 何故か、気配が消える。

 

 暫くすると、ドアが開いた。

 

「私も行くわ」

 

 綾波は、いつもの制服で佇んでいる。

 

 いや、それよりも

 

 今……カギ、空いてなかった?

 

「まだ、早いけど……」

 

「……? 碇君、行くんでしょう?」

 

「そう、だけど……それより、カギは?」

 

「カギ……?」

 

「しないの? 玄関のロック、というか、施錠というか……」

 

「必要、ないもの」

 

「そうかなぁ……」

 

「私は持っていないわ」

 

「カギを?」

 

「ええ」

 

「…………」

 

 絶句。

 

 鍵すら、無いとは……。

 

 つまり開けようと思えば、さっきだって空いた訳で……だから中々出なかったのか。

 

「父さんって、ここに来るの?」

 

「……碇司令?」

 

「そう」

 

「いいえ」

 

 父さんは来ない。じゃあ、何のために……?

 

「人が来たこと、ないわ」

 

 またもや絶句。

 

 つまり、配達も何もないという事だ。

 

 NERVで処理されているんだろうな……ここ。

 

「……なぜ?」

 

 なぜ、と言われて頭が真っ白になった。

 

 なぜって……

 

「なんとなく……綾波が、僕と兄妹なんじゃないかって、思ってたんだ」

 

「…………」

 

 綾波は、驚いたような顔をしている。

 

 といっても、目を少し見開いただけ……

 

 しかし、初めて見る綾波の表情だった。

 

「だから、父さんなら、鍵預けたりとか、たまにここに来たりとか……するんじゃ無いかなって」

 

 なのに、人すら来ないなんて。

 

「どうして?」

 

「綾波と父さんは、ずっと一緒に居たみたいに……話をするから。綾波も、家族なのかなって……」

 

「家族……」

 

 綾波は少し考えていたが

 

「分からないわ」

 

 そう、僕に、言った。

 

 瞬間、脳がオーバーフローを起こし、夏の暑さや、工事音、すべての感覚が一緒になってしまったようだった。

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 父さん?

 

 綾波は、父さんの、なんなんだ?

 

「綾波、父さんの事、どう思ってる?」

 

「碇司令……」

 

 少し考える。

 

「一番の人。尊敬している人」

 

 笑わない、綾波。

 

 僕は、手紙を思い出した。

 

 恐らく。

 

 恐らく、父さんは、綾波とも間接的にしか関わってないんだ。

 

「綾波」

 

「なに?」

 

「やっぱり、たぶん、僕たちは兄妹だよ。血の繋がりが、なくても」

 

「同じヒトの子供……碇司令の?」

 

「そう、父さんの」

 

「……そうね」

 

 思考の海に潜る綾波。

 

「……そうかも、しれない」

 

 その声音は、納得したような、軽い雰囲気をしていた。

 

「…………」

 

「ありがとう」

 

「……?」

 

「分かったから。碇君は、私の兄妹」

 

 頬を染めて、微笑む綾波は、何か吹っ切れたような顔をしていた。

 

 伝わったようで、嬉しいけど……

 

 何故か、ゆっくり近づいてくる。

 

 その距離に困惑していると、そっと、腕が背中に回されて……

 

「あ、綾波……!?」

 

 首元に、頬が押し付けられている。

 

 抱きしめられてる……!?

 

 その身体が、柔らかい感触を伝えていて……

 

「ま、まって、離れて!」

 

「なぜ?」

 

 綾波は、胸元からまっすぐ見つめてくる。

 

「碇君の半分は、私なのでしょう?」

 

「そ、それは……!!」

 

 そうかもしれないけど!

 

 しかし、言葉にしようと考えると、身体全身から伝わる触覚の反応が処理されてしまい、脳は、ついに生成される熱に屈した。

 

 まあ、いいか……。

 

 僕は手を繋いで本部に向かうまで、ほぼ何も考えていなかった。

 

 何か、嬉しさで浮かれていたのもある。

 

 綾波と兄妹になった。

 

 正体不明の状態から、明確な、しかも最も近い距離に綾波が居ることが、とてつもなく嬉しかったのだ。

 

 だからこそ、本部を前にして誓った。

 

 エヴァと使徒。

 

 綾波が実戦に出るのは、仕方ない。

 

 だけど、僕が必ず、守るのだと。




 次回 「決戦、第3新東京市」

 ※私情により、明日(2021/09/09)は更新をお休みします。
 次回更新は9/10、PM20:00の予定です。すみません。
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