もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。 作:煮魚( )
決戦、第3新東京市
NERV本部、ケイジ内。
シンクロテスト中。
碇ゲンドウ、赤城リツコ等、技術責任者が船橋のようなモニタールームに集合していた。
今回は、純粋なシンクロ率やハーモニクスデータをチェックするため、ダミープラグを使用していないからだ。
責任者である赤城リツコ博士の他に、興味を持った碇司令、冬月副司令が訪れた。
「綾波レイ、何か、あったんでしょうか」
赤城リツコの呟き。
碇ゲンドウは、眼鏡のツルを触るだけで、声を発する事は無かった。
モニターには、シンクロ率73%という驚異的な数字が表示されている。以前に比べ、10%以上も上昇したのだ。
「適正がある。むしろ、当然だろう」
「そうですが……しかし……」
赤城リツコは困惑していた。
綾波レイのダミーは不完全だったのだ。明らかに、1人目の性質を完全には受け継いでいなかった。
感情感覚の相違……というより、あれは喪失だった。だからこそ、コアとなった1人目とシンクロ出来ないのであり、喪失したそれを、外部から与えるのが困難な事を、医者である自分が一番よく知っていた。
碇司令と、1人目と同じように行動を共にすればあるいは……と思っていたが、改善は見られなかった。
変わったのは……碇 シンジ。
彼が来てからだ。
碇ゲンドウの息子。サードチルドレン……悪魔の子供。
『兄妹なら納得出来るかなって』
流石、あの人の子だと言えよう。本質的に近い所まで、ヒントも無しに辿り着いてしまった。
計画に必要なだけで、肉親関係ではない! と叫んでしまいそうなのを、必死に堪えるので精一杯だ。
あの時点で否定出来なかったのは、明らかな失敗だった。
あの後、更に何かしたに違いない……。
確かに、今はいいかもしれない。たが、今やダミーシステムは完全に失敗していると言っても過言ではないのだ。
本来なら計画に関係のない、予備である碇シンジが必ず必要になるのだから……。
ありえない。
一番、ありえない……が。
もしかしたら、全て知っていて、恨みから復讐されているのかも知れない。
『可愛い顔して、なんつーか、冷めてんのよねぇ〜。アタシ、たまに思うのよ。まるで子供じゃ無いみたいだ……って』
以前、ミサトが酔って言っていた。
その時は「確かにシンジ君の方が、あなたより精神的には大人かもしれないわね」とか返した記憶がある。
しかし……
ミサト、あなたの勘、案外当たってるかもしれないわ……
赤城リツコは、涼しげな顔でシンクロ率75〜8%を維持している碇シンジを、憎々しげに見つめていた。
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「総員、第1種戦闘配置。総員、第1種戦闘配置──」
シンクロテストの正にその最中、本部内にアナウンスが鳴り響いた。
「聞いた? レイ、シンジ君」
続けて入るミサトさんの通信。
まさか、今日来るとは……。
綾波の事を知らないまま、使徒が来てもおかしく無かったんだろう。
『戦場での不仲は死ぬわよ』
ミサトさんの言葉が思い出される。
良かった……。と、使徒が来ているのに、どこか安堵する自分がいた。
「休憩ナシで悪いけど、そのまま出撃してもらうわ。シンジ君が前衛、Aの3からリフトアップ。 レイがバックアップ、Cの6からリフトアップ、いいわね」
前衛、バックアップと言っても、どちらもやる事は変わらない。ATフィールドを中和し、物理攻撃をコアに与える。
今回は、バレット等を装備しての出撃ではないけど……。
出撃してから回収するんだろう。
「「了解」」
「初号機、零号機、両機発進準備」
「第一ロックボルト外せ」
フリー状態の赤いランプを確認する。
「解除確認」
「解除確認」
「了解」
「第二拘束具外せ」
実際に行ったのは2回しかない発進準備は、未だに慣れない。
「了解」
これから戦うであろう、強力な使徒を想像して、鳩尾の辺りが燃えるようだった。
綾波は守りきる。どうなろうとも……。
「エヴァ両機、発進準備よし」
「発進!!」
ミサトさんの号令で、体にダンベルでも載せられたかのようなGがかかる。
以前と違い、鈍くだが風の感覚すらも捉えるようになっていた。
光が差し込み、リフトアップ完了が近い。
独特な浮遊感を伴って、リフトが急停止する。すぐさま辺りを見渡して──
「ダメ、避けて!!」
悲痛なミサトさんの叫び。
ビル群から一つ抜けた所、快晴の空に、濃紺の水晶体が浮いていて……
閃光が、視界を覆った。
瞬間、熱と痛みがプラグ内を制圧する。
全身の肌が痛み、肺が燃えて、脳が熱に対してあらゆる拒絶反応を示していた。
声にならない叫びを上げるが、その声を脳が処理することもない。
朦朧とした意識の中で、力が抜けていくのが分かる。
瞬間、体に衝撃が走って痛みが復活した。
が、何かが切れたように、視界が闇に閉ざされた……。
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NERV本部、司令塔。
第5使徒会敵より136分経過。
同時刻。
エヴァンゲリオン初号機1/1ダミー。
第3新東京市を使徒に向かい進行。
「敵荷粒子砲、命中。ダミー蒸発」
報告を受けるが、葛城ミサトの表情は変わらない。
「つぎ」
指示を受け、独12式自走臼砲が芦ノ湖を隔てた対岸より使徒を狙撃。
「12式自走臼砲、消滅」
「なるほど、ね……」
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10分後。
NERV本部作戦部 第2分析室。
「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと思われます」
モニターには、爆散するダミーや12式の映像が流れている。
「エリア侵入と同時に、荷粒子砲で100%狙い撃ち。エヴァによる近接戦闘は……危険すぎますね」
今度こそ融解するだけだろう。
「ATフィールドはどう?」
「健在です。相転移空間を肉眼で確認出来るほど、強力なものが展開されています」
映像には、光の壁とでも言うべき薄氷のようなそれに、アッサリと12式自走臼砲の攻撃を弾かれる様子が映る。
「誘導火砲、爆撃など、生半可な攻撃では泣きを見るだけですねぇ、こりゃあ」
「攻守共にほぼカンペキ、まさに空中要塞ね〜……で、問題のシールドは?」
「現在目標は我々の直上、第3新東京市0エリアに進行、直径17.5メートルの巨大シールドがジオフロント内、NERV本部へ向かい潜行中です」
「敵はここ、NERV本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね」
「しゃらくさい。で、到達予想時刻は?」
「……は、明朝午前0時06分54秒。その時刻には22層全ての防御を貫通してNERV本部へ到達するものと思われます」
葛城ミサトは焦っていた。あと10時間足らずで、実行可能かつこの使徒に有効な攻撃を考案するのが自分の仕事だからだ。
しかし……。
「敵シールド、第一装甲板に接触」
悩んでいる時間も惜しい。
「こちらの初号機の状況は?」
「胸部、第3装甲板まで見事に融解。機能中枢をやられなかったのは、不幸中の幸いだわ」
「あと3秒照射されていたら……アウトでしたけど」
「3時間後には換装作業、終了予定です」
「了解……零号機は?」
「問題、ありません」
ケイジからの報告を受けて、考えを巡らせる。
「初号機専属パイロットの容体は?」
「身体に問題はありません。神経パルスが0.8上昇していますが、許容範囲内です」
「敵シールド到達まで、あと9時間55分」
「最悪ではないけど……決定的な手が無いのも事実ね」
「白旗でも上げますか」
「その前に、ちょっちやってみたい事があるのよねぇ……」
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NERV本部、総司令官公務室。
「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね」
冬月副司令の復唱が部屋に響く。
「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー収束帯による、一点突破しか方法はありません」
「マギはどう言っている」
「スーパーコンピュータ、マギによる回答は賛成2、条件付き賛成が1でした」
「勝算は8.7%か……」
「最も高い数値です」
「反対する理由はない。やりたまえ。葛城一尉」
黙っていた碇司令が、許可を出した。
「はい」
これで、ひとまず実行には移れるだろう。
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NERV本部、エヴァ兵装管理棟。
直行中のカレーター上。
「しかし、また無茶な作戦を立てたものねぇ。葛城作戦部長さん?」
「ムチャとはまた失礼ねー、残り9時間以内で実現可能。おまけに最も確実なものよ?」
「コレがねぇ」
リツコは、しかし、スペックを改めて確認するまでもなく、NERVの所有するエヴァ
数分後。
兵装を前にして、ケーブルの規格などを確認するが、やはり不可能だ。
「やっぱり、ウチのポジトロンライフルじゃそんな大出力に耐えられないわよ? どうするの?」
「決まってるでしょ、借りるのよ」
「借りるって……まさか」
NERVになければ、そんな兵器は他国か、犬猿の仲である戦略自衛隊くらいしか保有していないだろう。
「そ、戦自研のプロトタイプ」
貸してくれる訳がないだろう。
笑顔のミサトに、リツコは嘆息した。
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戦略自衛隊兵器開発研究部。
試作自走陽電子砲保管倉庫内。
「以上の理由により、この自走陽電子砲は本日15時より特務機関NERVが徴発致します」
徴発令状を掲げた葛城一尉は、つくば技術研究本部所内に集められた戦略自衛隊研究員の責任者各位にそう宣言した。
「かといって……しかしそんな無茶な……」
「可能な限り、原型を留めて返却するよう努めますので」
明らかに納得していない顔の戦自職員であったが、葛城一尉はあくまでも明るく言い放った。
「では、ご協力感謝致します。いいわよー! レイ! 持っていって!」
すると、つくば技術研究所本部の、一般的な平面のつり天井は巨人の手によって捲り返され、青空の元に試作自走陽電子のパーツコンテナが晒された。
「精密機械だから、そぉーっとね!」
搬出作業を見守っている、徴発令状を認めた本人である日向マコトは、武器の調達にひと段落した事に安堵しつつ、次の段取りの不安を上司である葛城一尉に伝えた。
「……しかし、ATフィールドをも貫くエネルギー産出量は最低18000kW。それだけの大電力をどこから集めてくるんですか?」
「決まってるじゃない。日本中よ」
それは、誰が各所に許可を取るのだろう……。
日向マコトは、軽い絶望に見舞われた。
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〝本日、午後11時30分より明日未明にかけて、全国で大規模な停電があります。皆様のご協力を宜しくお願いします。繰り返します、本日……〟
全国のテレビ、ラジオ、その他あらゆる伝達手段を用いて、同じ情報が伝えられる。
日本は1人の女性によって、全国全ての発電所の直結という、未曾有の事態を経験していた……。
第3新東京市
NERV本部
総合作戦司令室発令所(発令塔)
「敵シールド、第7装甲板を突破」
尚も使徒侵攻の様子がアナウンスされる。
「エネルギーシステムの状況は?」
「現在予定より3.2%遅れていますが、本日23時10分には、なんとか出来ます」
「
「技術開発部第3課の意地にかけても、あと3時間で形にしてみせますよ」
「防御手段は?」
通信は第8倉庫にも飛んだ。
「それはもう、盾で防ぐしかないわね」
「これが……盾ですか?」
「そう、SSTO(単段式宇宙輸送機※俗称スペースシャトル)のお下がり。見た目は悪くとも、元々底部は超電磁コーティングされている機種だし、あの攻撃にも17秒もつわ。2課の保証書付きよ」
「結構、狙撃地点は?」
「目標との距離、地形、手頃な変電施設を考えると……やはり、ここです」
「うん……確かにいけるわね。狙撃地点は双子山山頂。作戦開始時刻は、明朝0時。以後、本作戦をヤシマ作戦と呼称します」
「了解」
「……あとは、パイロットの問題ね」
数分後。
「初号機パイロット、意識回復しました。検査数値に問題なし」
「そう、では作戦は予定通りに」
「はい!」
「……でも彼、もう一度乗るかしら」
第8倉庫から発令塔に戻ったリツコは、ミサトにそう声をかけた。
「……どういうこと?」
「肺まで焼かれて、14歳が怖気付かないかしらって事よ」
「……腹を裂かれて、立ち直った子よ。レイも付いているし、問題ないわ」
「14歳らしくないわね。本当に」
「まあ、ね……」
ミサトは深い思考の沼に嵌りそうになり、しかし、すぐに復帰した。
「双子山決戦、急いで」
同時刻。
中央病院 第3外科病棟。
目が覚めると、ぼうっとする頭に、ひぐらしの鳴き声が染み入る。
左手に、人の手のような触覚を覚えて振り向くと、両手を添えて、ベッド脇の椅子で船をこぐ綾波がいた。
手の感触を確かめながら、その姿を見やる。
どうして……こうなってるんだろう。
やがて、目を覚ますと、綾波は微かに微笑んだ。
「碇君……顔色、よさそうね」
「うん……大丈夫そう」
「…………」
満足そうに目を伏せて、手を離す顔をじっとみていると、気付かれて、フイ、と目を逸らされる。
所在なさげなその姿が、なんだかこそばゆい。
感覚がしっかりしてくると、倒れる前の記憶が胸に鈍痛を与えてくる。
そうだ。確か、使徒に焼かれて……。
「使徒は?」
頬を緊張させて、そう聞いた。
「殲滅作戦が進行中」
真面目な顔をすると、そう伝えてくれる綾波。
「進行中……?」
「使徒はNERV本部へ向かってボーリングによる掘削を開始、到達予想時刻は明朝0時」
「この後、夜ってこと?」
「そう」
でも、どうやって止めるんだろう……。
「同時刻、発動されるヤシマ作戦で殲滅」
綾波は、手帳を取り出すと読み始める。
「碇、綾波の両パイロットは本日1730ケイジに集合。1800初号機、及び零号機、起動。1805、発進。同30、双子山仮設基地に到着。以降は別命あるまで待機 明朝、日付変更と共に作戦行動開始」
「エヴァで山に?」
綾波はうなずく。
「どうして……?」
「知らない」
「分かった。今は?」
「1706」
もう、行かなきゃいけないのか。
「今度は、倒せるといいけど……」
「不安なの?」
「……ちょっとね」
「失敗したら、ヒトが滅びる……私達も、死ぬだけよ」
綾波は、真面目だった。
それは悲しいことなのに。
紛れもない事実だ。
「…………」
「…………」
「綾波」
「なに?」
「僕か綾波のどちらかが死ねば、使徒が殲滅できるとしたら、どうする?」
今、聞かねばならない気がした。
「…………」
綾波は、思考の海に潜ってゆく。
「なぜ、そんな事を聞くの?」
「そうなった時、お互いに迷わないように」
「私は死んでも、いい」
「僕も、別に死んでもいいんだ」
「なぜ? 碇君に、その必要はないわ」
「綾波が死ぬより、ずっといい」
「……なぜ」
「なぜ、私に生きることを望むの」
「綾波だって、僕に望んでるじゃないか」
「…………」
「…………」
「同じ……」
「僕は……今、綾波のために、生きてる」
言葉にすると、湧き上がる実感。
どんな事情があろうと、
互いに安らげる、関係。
初めて守りたいと思えた、存在。
世界で唯一の……価値。
それは、命よりも重い。
「…………」
「わたし……」
「私……は……」
「いいんだ。綾波」
「…………」
「犠牲になるとしたら、僕だ」
彼女は思い詰めたように、ベッドの虚空を見ている。
「続きはあとで話そう」
「…………そう……ね」
綾波はゆっくりと立ち上がって、ドアの前で一瞬振り返ったが、ケイジへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
双子山山中、朝日滝付近。
「敵シールド、第17装甲板を突破。到達まで、あと3時間55分」
アナウンスが鳴り響く。
山道には、大量の変圧設備を載せた車が列をなして、作業所に向かっていた。
「ハブ変圧システム、問題なし」
「四国、および九州エリアの通電完了」
「各冷却システムは、試運転に入って下さい」
担当 初号機。
「精密機械だから慎重にね」
リツコさんの監督で、山肌に急造された基礎部分に設置を完了した。
「でも……こんな野戦向きじゃない兵器で……」
「仕方ないわよ、間に合わせなんだから」
「……倒せますよね」
「理論上はね」
「けど、銃身や加速器が持つかどうかは、撃ってみないと分からないわ。こんな大出力で試射したこと、一度もないもの」
嫌な気分だった。
そんな奇跡に頼らないと、人間は生きていけないのか……。
「本作戦における、各担当を伝達します。シンジ君、初号機で防御を担当」
「はい」
「レイは零号機で、砲手を担当」
「はい」
「これは、今はレイと零号機のシンクロ率の方が高いからよ。今回は、より精度の高いオペレーションが必要なの」
葛城一尉のブリーフィングが終わると、リツコさんが口を開く。
「陽電子は地球の自転、磁場、重力の影響を受け、直進しません。その誤差を修正するのを、忘れないでね。正確に、コア一点を貫くのよ」
「はい」
「テキスト通りにやれば、大丈夫だから。最後に真ん中のマークが揃ったら、スイッチを押せばいいの。後は機械がやってくれるわ」
「分かりました」
「それから、一度発射すると冷却や再充填、ヒューズの交換等で次に撃てるまで時間がかかるから……」
「初弾撃破を、目標にします」
「もし、反撃されたら──」
「僕が守ればいいんですね」
「そうよ」
「分かりました」
「時間よ。2人とも着替えて」
「「はい」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カーテン一つで仕切られた更衣室で、防御を担当する事について考えていた。
あの攻撃をもう一度、体で受けることになれば、致命傷になるかもしれない。
だが、素肌に刃物が触れて、冷たさと痛みを感じた時より、恐怖はずっと少ない。
これで、いいんだ……。
そう思いながら、その手首のフィットボタンを押した。
「……碇君」
「……なに?」
「私が、もし……死ねと言ったら……どうするの?」
「綾波のために?」
「……そう」
「嫌だ……と思う」
「……どう、して?」
「僕は、綾波がなにより大切なんだ。それは、兄弟で、綾波のためだから、死んでも良いと思える」
「…………」
「僕は、何があっても綾波に、死ね。なんて言えないし、言わない。それが、どれだけ怖くて、苦しい事か、知っているから」
「…………」
「それを知らずに、試すつもりで言っているなら、僕は綾波を許さないし、嫌だと思う」
「知って、いたら……?」
「もし、知っていて死ねと言うのなら……」
「…………」
「綾波の恐怖は、僕が貰うよ。僕を暖かいと言ってくれた、綾波のために……。それで、綾波が生きられるなら……」
綾波は、泣いていた。
顔を覆って、声を出して。
初めて見る、激しい感情の発露だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エントリープラグ 搭乗搭。
迫り出した鉄板の上で、綾波レイと碇シンジが座っていた。
双子山の夜空は澄み切り、月と星が輝いている。
「碇君……」
「なに?」
「私……碇君が私のために死ぬと言うのに」
「…………」
「なのに、私は碇君のために、死ねない……それが、苦しくて……寒いの……」
「……どうすれば……いいの……」
「…………」
「綾波は……エヴァに乗る、理由があるんでしょ?」
僕には綾波の他に無いもの。
死ねない、理由。
「…………」
「……あるわ」
「なら、僕が居なくても、戦えるよ。綾波は、強いから……」
「…………」
「こんなに……苦しいのに……?」
綾波は、またぽろぽろと涙を落としていた。
「綾波……」
「…………」
「僕は、その時、居ないかも知れないけど」
「…………」
「でも、僕が居たことは、本当なんだ」
「…………」
「僕が、綾波に、生きていて欲しいと、心から思うのも……本当のことなんだ」
「ッ……ぐ……」
「ひど……い……わ……シンジ、くんっ……」
「……ごめん」
自分は死んでいるのに。
自分の願いを押しつけて、生きることを強いている。
胸が……苦しい。
「………ぅ……」
「…………」
「行こう」
綾波は、顔を上げた。
「……時間だ」
その顔は、悲痛に彩られていた。
ヤシマ作戦が、はじまる。
〝ただいまより、0時0分0秒をお知らせします〟
双子山 14式大型移動指揮車
車内。
「作戦、スタートです!」
「レイ? 日本中のエネルギー、あなたに預けるわ。頑張ってね」
「はい……」
「第1次、接続開始!」
葛城一尉の号令がかかる。
「第1から、第803管区まで、送電開始!」
〝第一次送電システム、正常〟
〝ハブ変圧機、出力問題なし〟
〝超電動誘電システム稼働〟
〝変換効率は予定内を維持〟
〝電圧上昇中、加圧壁へ!〟
あらゆる変電設備に通電し、日本のエネルギーそのものが、移動を開始した。
「了解、全冷却システム、出力最大へ」
〝電子凝縮システム、正常〟
〝補助系列機、作動中〟
〝オーム判定、問題なし〟
「陽電子流入、順調也」
「第二次、接続!」
「全加速器、運転開始」
「強制収束機、稼働!」
〝全電力、双子山変電所へ〟
〝第3次接続、問題なし〟
「最終安全装置、解除」
「撃鉄おこせ」
〝地球自転、及び、重力の誤差、修正〟
〝+0.0009、電圧、発射点まであと0.2〟
「第7次、最終接続」
〝光電子収集菅、収束を開始〟
「全エネルギー、陽電子砲へ!」
変圧器は煙を吹き上げ、冷却設備は過剰運転を余儀なくされる。
いま、まさに、一国のエネルギーが1点に集中しようとしている。
〝カウント、8〟
〝7〟
〝6〟
〝5〟
「目標に高エネルギー反応!」
〝4〟
「なんですって!?」
〝3〟
〝2〟
〝1〟
「発射!!」
瞬間、同時に射出された2つの閃光は、中間点で互いに干渉して歪み、互いの至近距離で爆発を引き起こした。
双子山変電所に吹き荒れる暴風。
「ミスった……!?」
〝敵シールド、ジオフロントへ侵入!〟
「第2射急いで!!」
ボルトハンドルが引かれ、使用済みのヒューズが飛び出す。次弾の装填に時間は掛からなかった。
「ヒューズ交換、再充填開始!」
〝銃身、冷却開始〟
〝陽電子加速再開〟
「目標に、再び高エネルギー反応!!」
「まずい!!」
浮遊する結晶体が、閃光を発する少し前。待機していた初号機は、駆け出していた。
「レイ!!」
「碇君……!!」
双子山を守るように、盾を地につけて構える初号機。
「盾がもたない……!」
「まだなの!?」
「あと、10秒」
その数秒後には、融解した盾は意味を為しておらず、その身一つで閃光の海を割る初号機があった。
「いけます!」
「発射!!」
瞬間、結晶体から発せられる光を破り、襲来する陽電子砲の攻撃に、第5使徒は火を吹いて沈んでゆく。
「いよっしやぁ!!」
誰もが喜びを露わにする14式大型移動指揮車、車内。
対して双子山、山中。
姿勢制御も出来ずに、沈む初号機。
各装甲板が融解した姿は、大破といっても過言ではない。
「碇君!!」
融解した初号機の背部装甲をむしりとる零号機。
エントリープラグを射出させると、熱を持ったそれを接地させ、自身も降機した。
「ッ……くぅ……」
そのエントリープラグを解放しようと、煙を吹き、焼けついたプラグスーツを無視してハッチをこじ開ける。
「碇君……?」
エントリープラグには、気を失った碇シンジがぐったりと横たわっていた。
「碇君、大丈夫? 碇君?」
演習通り、肩を叩いて呼びかける綾波レイ。
ゆすられた碇シンジは、微かに目を開くと、かすれた声を発する。
「あや……なみ……?」
「良かった……!」
気がつくや否や、綾波レイは、碇シンジの首筋に頭を埋めていた。
「怖かった……ッ……碇君が、本当に……」
「……まだ、生きてるよ」
綾波レイは一度離れると、碇シンジの頬に両手を添えて、やや強引に正面を向かせる。
「私、絶対に守るから」
赤い瞳は力強く、その黒い瞳を捉えていた。
「…………?」
「死なせないわ」
そう言って抱きしめられる碇シンジは、困惑しながらも、しかし安心して、眠りに落ちていくのだった……。
次回 「願い、明日の彼方に。」