もし、碇ゲンドウが少しだけ器用で、用意周到な男だったら。 作:煮魚( )
特に後半が難航しており、前後編で分けさせて頂きました。
第3新東京市立第一中学校 校庭。
昼食後。休憩時間中。
「あ〜あ……猫も杓子も、アスカ、アスカ……か……」
ケンスケは、釣り銭を確認しながら、そう呟いた。
当日に思い立ち、翌日から売り上げを出しているアスカのプロマイドは、今日も好調だ。
「まいどあり〜」
「みんな、平和なもんや」
トウジは客を見送ると、現像されたネガを、日に透かして覗く。
「写真にあの性格は……あらへんからなぁ〜……」
そこには容姿端麗なハーフで中学生の女の子という、輝かしさしか映っていなかった。
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やっぱり、というか、惣流は1日で人気者に上りつめていた。顔がいいし、愛想も良くて、明るい性格。
そこにあの暴力的で、気ままに行動していそうな惣流は陰りも存在しない。
想像を絶する変わり身だった。
転校から二日で男子人気投票の一位になったとか、トウジとケンスケは言っていたし……。
あれからマトモに話した事はないが、意に介さなくても当然かという気もする。
もうNERVでしか関わる事はないだろうな。
なんて思っていたのに……。
「ヘロゥ、シンジ。guten Morgen!」
「ぐ、ぐーてんもるげん……」
学校に入る歩道橋で、まるで友達のように話しかけてくる惣流に、困惑しながら挨拶を返した。
その周りには常に人がいるから、苦手なんだよな……。
「ま〜た朝から辛気臭い顔して。この私が声かけてんのよ?」
満足げな表情で肩をはたかれる。
それに向き直ると、
「ちったぁ嬉しそうな顔、しなさいよ」
悪戯っぽく、額にデコピンをされた。
苦笑いしか浮かばない。
「で、ここに居るんでしょ? もう一人」
「……誰が?」
「あんたバカァ? ファーストチルドレンに決まってるじゃない!」
不機嫌そうな顔。
察しが悪かったから? でも学校では、こんな事で怒る惣流は見たことがない。
何かしたっけ……?
しかし怒らせて徳はないから、綾波は恐らくまだ来ていない事を伝えようと……
「綾波なら……ぁ」
続けようとしたところで、人垣の中に赤い瞳と、青い短髪を見出した。
「あぁ、」
惣流はその視線を目敏く追って、綾波の前に対峙する。
「ヘロゥ、あなたが綾波レイね。プロトタイプのパイロット」
「…………」
綾波は、じっと見つめるだけで何も答えない。
「私、アスカ。惣流、アスカ、ラングレー。エヴァ弐号機のパイロット。仲良くしましょ!」
惣流はいつもの調子で、胸を張って明るく宣言した。
「なぜ?」
綾波の姿は……いつもと変わらないように見える。
「その方が都合がいいからよ。色々とね」
得意げな表情。エヴァパイロットとして付き合う、という、当然ながら一種の線引きをする発言に思わず眉を顰めた。
使徒と戦うのに、人間関係の線引きなんてしてしまったら、命を張って戦えないじゃないか……。
「……それなら、必要ないわ」
「どういう意味よ」
眉を顰める惣流。
「あなたはきっと、ヒトの為に死ねないから」
表情を変えずに、そう言い放った綾波。
多分……綾波の言うことは間違ってない。
惣流とは違うから。
そこには、越えられない壁がある。
ただ……。
それじゃ、ダメなんだ……。
尚も進展の糸口が掴めない、ミサトさんが脳裏に浮かんでいた。
「…………」
惣流はひどく不快そうに睨むばかりで、口を閉ざしてしまう。
「さよなら」
そう言うと、さっさと歩き始めてしまった。
僕の近くまで来ると、一度止まる。
「碇君、お昼に」
「……うん。分かった」
「……またね」
さっきよりも幾分か軽そうな声音。
その後ろ姿を、呆然と見送った。
「なによ、あいつ」
惣流の呟きは、歩道橋に広がる騒めきに消えていった……。
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赤城リツコは空のメッセージボックスを見て、不機嫌にコーヒーを口にする。
遅すぎる。
もう何かしらの情報を掴んでもいい日数が経っていた。
「少し痩せたかな?」
背後から聞き覚えのある声と共に、男の腕が体へ回される。
「そう?」
嘆息する思いで、そう吐いた。
「悲しい恋をしてるからだ」
「どうして、そんな事が分かるの?」
耳元で囁かれる声に、嫌な気はしない。
「それはね、涙の通り道にほくろがある人は、一生泣き続ける運命にあるからだよ」
頬に触れて、瞳を見つめながらそう囁く加持リョウジ。
「これから口説くつもり? でもダメよ。こわ〜いお姉さんが見ているわ」
赤城リツコが目線で示すと、そこには鼻息荒く一部始終を見ていた葛城ミサトが、ガラスに張り付いていた。
「お久しぶり、加持君?」
「や、しばらく」
加持リョウジは、変わらぬ軽い雰囲気でそう返す。
「しかし加持君も、意外と迂闊ね」
「こいつのバカは相変わらずなのよ。あんた、弐号機の引き渡し済んだんならさっさと帰りなさいよ!」
入室するなり、食ってかかる葛城ミサト。
「今朝、出向の辞令が届いてね。ここに居続けだよ。また3人でつるめるな……昔みたいに」
加持リョウジは、戯けるように嘯いた。
「誰があんたなんかと……!」
そこへ鳴り響く警告音。敵性生命体発見の知らせが、あらゆるモニターに表示される。
「敵襲!?」
葛城ミサトは、司令塔へ駆けていった。
NERV本部、司令塔。
「警戒中の巡洋艦、はるなより入電。我、伊豆半島沖にて巨大な潜航物体を発見、データ送る」
「受信データを照合。波長パターン青、使徒と確認!」
日向マコトの報告により、冬月副司令が宣言した。
「総員、第一種戦闘配置!」
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伊豆半島上空。
NERV高速輸送機、EVA専用仕様。
同機体による輸送中、初号機。
プラグ内。
「先の戦闘によって第3新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在の復旧率は26%、実戦における稼働率は0と言っていいわ」
管制車からミサトさんの通信を聞きながら、零号機の本部待機という戦闘配置に緊張していた。
きっと、惣流は作戦を軽んじる。
本当は綾波と出撃したいけど、ミサトさんの作戦部長として、何かあった時に動けるエヴァが無いのは最悪、という判断くらいは自分でも分かる。
あんな事があって、惣流と綾波は仲が悪いし……。
どう転んでも、自分が頑張るしかない。
『碇君、無理は……しないで』
出撃前、綾波はそう言っていたけど、2機で倒せなければ綾波一人で相手する事になるんだ。
なんとしても……殲滅して戻る。
「従って今回は上陸直前の目標を、水際で一気に叩く。初号機並びに弐号機は、交互に目標に対し波状攻撃。近接戦闘で行くわよ」
「「了解!」」
しばらくすると、惣流が口を開いた。
モニターにプラグ内映像が表示される。
「あ〜あ、日本でのデビュー戦だっていうのに、どうして私一人に任せてくれないの?」
本当に一人で倒せると思っている、いつもの自信満々な様子だった。
ため息が漏れる。
「惣流は凄いけど、作戦は聞かないよね……」
「精神論者に言われたくないわよ! 気合いが作戦なんて、ホント、信じらんない!」
「うっ……ごめん……」
先の水中戦闘を根に持たれていたらしく、凄い剣幕で捲し立てる惣流に、思わず謝った。
「なーんでこんなのがパイロットに選ばれたの……?」
そう言われても……それこそ、訓練されたエヴァパイロットが規律正しくないのは、何故なんだろうと考えてしまう。
これはパイロットとして課せられた仕事でもある。
与えられた任務は遂行する。当然、他人にもそれを求める事。
つまり、ミサトさんは指揮官として全霊で任務を遂行するし、命令を与えられた僕らも、別命あるまで全霊で取り組む。
その信頼関係が作戦行動の基本だとミサトさんも言っていたのに……。
確かに自分が至らないのかもしれないけど……。
微妙な雰囲気のまま、降下地点に到着してしまう。
砂浜に着地すると、またもや惣流が口を開いた。
「二人ががりなんて、卑怯でイヤだなぁ。趣味じゃない」
ま、まだ作戦に納得してない……。しかも、ミサトさんの作戦にケチをつけている。
パイロットとして処罰されてもおかしくない行動だった。
「私たちは選ぶ余裕なんて無いのよ。生き残るための手段をね」
ミサトさんは怒っていなかった。
その通信の間に外部電源の接続を完了させる。
惣流は、ひとまず作戦を受け入れたらしく、何も言わない。
やがて水平線に水柱が立ち上がると、中から、光のパイルを使っていた使徒より肩に滑らかな曲線を持つ、人形使徒が現れた。
「来た……」
どんな攻撃手段なんだろう。
腕や足は太く、3本の指のようなものも見て取れる。きっと掴まれて荷粒子砲を撃たれるだけでも、致命傷になりかねない。
「攻撃開始!」
その声で近接武器を支給された弐号機は走り出した。
「じゃ、私から行くわ! 援護してね!」
「了解」
波状攻撃のため、距離を詰めながら射撃を繰り返す。
「イケるッ!!」
反応がない使徒を見てか、そう言って跳躍し、水没した建物の屋上を伝って一気に距離を詰める弐号機。
ついていけない……!!
一度射撃をやめて、走り出す。
水際から一気に、飛ぶ!! が──目測を誤って、膝下まで海に浸かった。
「くそっ……」
建物に登って、更に跳躍しようとしていると……
「うらぁぁぁあああ!!」
その間に肉薄した弐号機は、手にした槍で使徒を真っ二つに切り裂いていてしまっていた。
「すごい……」
「どう? サードチルドレン。戦いは常に無駄なく、美しくよ!」
「……?」
でも、切断面にコアはない。
コアがない……使徒……?
そう思っていると、仮面が内部へ回転し、新しい仮面が出現した。
「まだ生きてる!」
「え……?」
使徒は脱皮する様にそれぞれの肉片から、一回り大きい使徒を出現させる。
オレンジと、白の使徒。
腹のあたりに、コアが見えた。
2対1はまずい……!!
「避けろ、惣流!!」
二号機があった所を弾丸が通過する。が、元々半分ほど撃っていたからすぐに弾切れを起こす。
「大人しく!! やられなさいよ!! きゃっ」
そこへ、弐号機が追撃に行ったらしい……
が。
煙幕が途切れた海上には、無傷の使徒が2体──その足元では、切れたアンビリカルケーブルが電流を海水に撒き散らしていた。
「え……?」
次回 「瞬間、心、重ねて。(後編)」