獣人で腹筋割れてる系で問題抱えてる感じの女冒険者と二人きりで遭難する話   作:ジョク・カノサ

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洞穴の夜

「ここで良いか……」

 

 山が近い事からかこの森は地形が歪だ。ここまでの道程から、洞穴や洞窟といった落ち着けそうな場所が多い事は分かっていた。

 

 ルイゼの身体を引きずり、初めに辿り着いたのは小さな洞穴だった。

 

「狭いな……おい、生きてるか」

 

 縦横の幅はギリギリで、奥行はほとんど無い。だが場所を選んでいる暇は無い。

 

 内部にルイゼの身体を運び込み、俺は跪いて両手を合わせた。

 

「白き神よ」

 

「……ぅ」

 

 ルイゼの身体が白い光に包まれ、苦し気な表情が少し薄まった。

 

 治癒術。医術とは異なる治療法で、俺が出来る唯一の特技。

 

「後はコイツ次第か」

 

 傷は塞がっていくだろうが、治癒術では失った血を即座に取り戻す事は出来ない。ここに運ぶ際に腹に巻いた布にはかなりの量の血が染み込んでいた。

 

 だが、獣人は元々傷の治りが早い筈。食料と水も十分にある。

 

 何としてでもコイツには生きてもらわなければならない。でなければ博打は失敗、俺の帰還すらも怪しくなる。

 

「あ」

 

 次にすべき事は何なのかを考え、それに気づいた。塞がるといっても傷口の洗い流しや血のふき取りは必要だ。服も破かなければならない。

 

「……文句は言うなよ」

 

 躊躇っている時間は無い。コイツが生き残る確率は少しでも上げたい。

 

 そう思い、傷口……腹に当たる部分に手を伸ばした時。

 

「待、て」

 

「!起きたのか」

 

 ルイゼが目を覚ました。意識が朦朧としているか、声と動きは弱々しい。

 

 ……ここからは気を引き締めなければならない。

 

「お前には出来る限りの治療をする。今は大人しく寝ていろ」

 

「……何故……助けた……」

 

 掠れた小さな声だが、それはハッキリと聞こえた。

 

 俺達が自分に悪感情を向けていた事ぐらいコイツは理解しているだろう。なのに何故助けたのか、この質問はコイツが意識を取り戻した時にするだろうと覚悟していた質問だ。

 

 これにどう答えるか?恩を売る以上、コイツの心情に訴えるような答えが望ましい。

 

 他種族の尊重と融和を掲げる団体のような言葉か。あるいは一目惚れとでも言って男女の愛でも囁くか。

 

 まだ、博打は続いている。

 

「……お前の事は好きじゃないが、冒険者としての実力は確かなのは知っている。これは貸しだ。お前が生き残ったのであれば、俺にそれを返せ」

 

 少し迷った後、俺は正直に自分の思惑を伝える事にした。

 

 恐らくコイツにウソは通じない。獣人が持つという勘の鋭さは侮れない。

 

「これは取引だ。俺がお前の命を助けた。分かるな?だからそれ相応のモノを――」

 

「……人間に……助けられ……」

 

「……?おい」

 

「……」

 

「……気を失ったのか」

 

 朦朧とした様子で何事かを呟いた後、ルイゼは気を失った。まだ言葉のやり取りが出来る状態では無いらしい。

 

「ふう」

 

 息を吐く。俺のような下っ端冒険者の取引にコイツは応じるのか、それもまた賭けだった。

 

 弱者を見下しているコイツのことだ。恩もクソもあるかと一蹴される可能性がある。治した直後に殺されてもおかしくない。

 

 ひとまず、その賭けは持ち越されたようだった。

 

「はは……」

 

 綱渡りすぎる自分の状況に思わず笑う。だがもう引き返せない。

 

 俺は再び、割れ物でも扱うかのような慎重さでルイゼの腹へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「っ!」

 

「……起きたか」

 

 日が落ちかけた夜の手前頃。洞穴の壁を背に座り干し肉を齧っていた最中、目の前のルイゼが飛び起きた。最初に見たのは服の代わりに包帯の巻かれた自分の腹。

 

「ここは――ぐっ!」

 

「動かない方が良い。腹の傷はともかく打ち傷もある。安静にしてろ」

 

「何だこの感覚は……身体が重い……お前、何をした……」

 

「治癒術。それは副作用だ。分かっちゃいると思うが、俺達は銀狼(アイツ)に襲われた。その後、死にかけのお前を抱えてここまで逃げてきたのは俺だ」

 

「……」

 

「これは貸しだぞ」

 

「……貸しだと?名すらもはっきりしない、弱者のお前が……?」

 

 毅然とした俺の態度が気に入らないのか、横たわった状態で不快げにルイゼは答えた。

 

 ここまで弱った状態でも感じる強者特有の威圧感のようなモノに言葉が詰まりそうになる。だが、ここで退くべきじゃない。

 

「名前なら教えてやる。俺はロイだ。……俺が弱いのは正しい。だがそんな弱者に救われたのはお前だ」

 

「……」

 

「治癒術は施し続ける。食料も水もここにある。お前が満足に動けるようになるまで、俺は手を貸すつもりだ」

 

 ウソも脚色も無い事実。それだけを伝える。

 仰向けの状態で少し天井を見つめた後、ルイゼは小さく息を吐いた。

 

「……認めよう。お前の手が無ければ私は力尽きていた」

 

「……!」

 

「金牙族……我が一族は受けた恩を忘れない。たとえそれが弱者かつ打算でしかなかったとしても、命を救われたとあってはな」

 

 不貞腐れたような態度だったがルイゼは俺の訴えを認めた。顔を横に向け、蔑みを隠さない表情で俺を見る。

 

「何が望みだ」

 

「……今は良い。後でキッチリと返してもらうさ」

 

「そうか」

 

 何をもって返させるのか、というのはまだ決まっていない。どこまで要求出来るのか、俺が最も利を得る事が出来る要求とは何なのかは後で考えるつもりだ。

 

 今はともかく、この状況を乗り切る。

 

「……腹が減った。食料を寄越せ」

 

「ん」

 

 要求通り水と食料が入った袋を差し出すと、ルイゼは傷に影響しないようにゆっくりと食事をし始めた。

 

 小さな咀嚼音だけが響く無音の時間が流れる。

 

「……寒い」

 

 ルイゼがぽつりと呟いた。恐らく大量に血を失ったのが原因だろう。

 

「火は無理だ」

 

 通常の獣はともかく、魔物は焚き火程度の火は恐れない。むしろ呼び寄せてしまう。

 

 この森には銀狼以外の魔物も居る。洞穴が狭すぎて穴の奥で火を使うというのも無理だ。

 

「使え」

 

 俺が着ていた上着を差し出す。大きさは合わないだろうが風避けには使えるだろう。

 

 だがルイゼはそれを受け取らなかった。俺が差し出した上着に対し、何かを考えているようだった。

 

 心当たりはある。コイツが最初に意識を取り戻した時に呟いた言葉。

 

「人間の手助けは受けたくないか?」

 

「――お前!どこでそれを……っ」

 

「動くなよ。……さっきお前が起きた時にそんな感じの事を言ってたんだよ。覚えてないか」

 

「……」

 

「別に、珍しい事じゃないだろう。人間嫌いの獣人なんてのは」

 

 今でこそ人間の中に獣人が混じって暮らす光景は珍しいモノでは無くなってきているが、昔は互いが住む領域は完全に別れ、時には争いが起きる事もあった。獣人に嫌悪を抱く人間が居るのはそのせいでもある。

 

 そしてそれは、人間を嫌う獣人が居る事も示している。

 

「格下にやたらと厳しいヤツだとは思ってたが……人間嫌いの感情もそこに乗せてたって事か」

 

「黙れ」

 

 不愉快そうな声でそう言い、ルイゼは俺の手から上着を取った。

 

「そういうのはさっさと捨てた方が良いと思うけどな。人間の中に混じってるんだ、人間嫌いなんて枷でしかない。そもそも、この嫌がらせじみた任務の原因も――」

 

「口を閉じろ!殺されたいか!?」

 

 そのサマは威嚇する獣のようだった。牙のような犬歯を剥き出しに、唸り声でも聞こえそうな顔で俺を睨む。

 

「父も母も人間(おまえたち)に殺された……!どの口で戯言を……!」

 

「……」

 

「ちっ……」

 

 感情のままに思わず口に出してしまったのか、ルイゼは表情を歪め俺から顔を背けるように身体を横に向けた。

 

「……配慮が足りなかったのは謝る。でも助言は本気だ。お前には上手く立ち回ってもらいたいんだよ」

 

「……」

 

「お前が立場を失えば、俺の売った恩も安くなる。俺はお前に賭けたんだ。その為なら友人紛いの事もするさ」

 

 俺は素直な協力の意思を示す。そもそも俺達は相手が銀狼とはいえ任務を失敗した身だ。ここから無事に帰還出来たとしても、身の振り方には慎重さが求められる。

 

 コイツは俺の働きを認めた。ならば最大限の利を得られるように俺は立ち回る。

 

「友人?人間と私がか……?」

 

 小馬鹿にするような声で小さくそう言い、ルイゼは俺の上着を被って動かなくなった。

 

「……」

 

 俺は穴の外を見る。草木から漏れる日の光はほんの僅かになっていた。

 

 この夜を無事に過ごせるのか、それもまた賭けだった。

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