獣人で腹筋割れてる系で問題抱えてる感じの女冒険者と二人きりで遭難する話   作:ジョク・カノサ

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孤独の獣

 父様と母様は私の目の前で死んだ。私達金牙族が住む場所に物資を求めて侵入した人間共の手で。

 

 怪我人を装い、こちらの善意を利用し庇護を求め、内に入り込んだ上での騙し討ち。父様は母様を人質に取られ、何も出来ずに首を落とされた。

 

『人間共に必ずや報いを!』

 

 残された幼い私は当然の如く復讐を誓った。他の金牙族もそれに賛同し、私は戦士として鍛え上げられた。

 周囲の誰もが認める屈強な戦士に成った頃、私はそれを悟った。

 

『人間共は……多すぎる』

 

 あの日私達を襲い、取り逃がした人間達の残党。それを残らず殺し尽くす事こそが復讐の目的だった。

 

 だが、人間達は数が多い。獣人(わたしたち)のように目立つ特徴がある訳でも無い対象を見つけ出すのは不可能に近かった。次第に復讐は、人間という種族全体に向けられていく。

 

 だがそこでも人間の数の多さというのは脅威だった。金牙の精鋭だけで人間共を滅ぼせる筈も無い。

 

 そして時流は、人間と獣人の融和に向かっていた。その中で私は一つの決断をする。

 

『踏みつけてやる。人間共を全て』

 

 正面からでは無理なのであれば、その内部から。

 

 融和という時流を利用して人間共に混ざり、権力と地位を得る。そして人間共が虐げられるような世の中を作る。人間に不満を持つ獣人は少なくない。それらを利用して獣人(わたしたち)の世を作る。

 

 だが、私が導き出したこの答えを他の金牙は受け入れようとしなかった。内に入り込み姑息な手で敵を倒すというのは父様と母様が受けた仕打ちと何が違うのかと。金牙はあくまで正面からの闘争に拘った。

 

 そして私は、金牙と袂を分かった。

 

『臆したのか!逃げるのか!――裏切者め!』

 

 金牙はもう私の同胞ではない。人間共の国に入り込み、冒険者として名を上げる事だけに励む余裕の無い毎日。

 

 人間共と馴れ合う気が起きる筈も無い。そしていつしか、同胞とも呼べる獣人にすら私は見向きもされなくなっていく。

 

 私は、一人になった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「ぐっ……ああっ!」

 

 結局、俺が危惧していた夜は何事も無く過ぎていった。ルイゼに見張りを任せる事で短時間だが睡眠を取る事も出来た。

 

 洞穴の外では雨が降っている。勢いは中々で、雨粒の音は休まる気配が無い。

 

「はあっ……!はあっ……!」

 

 だが依然賭けは続いていた。起床した俺がもう一度治癒術をかけ直すのと同時に、ルイゼは苦しみ始めた。

 

 引き締まった筋肉の硬さと女の柔さが混ざったルイゼの肉体、その全身に玉のような汗が浮かんでいる。

 

 治癒術の副作用だ。

 

「何か要るか」

 

「……み、ず」

 

「分かった」

 

 ルイゼの口に向かって水の入った革袋を少しずつ傾ける。この洞穴に多量の水と食料を持ち込めたのは幸運だった。

 

 治癒術は時に死すらも否定するが、その代償は治した傷の深さによって大きくなる。

 

 放っておけば死んでいた状態から、生存可能な状態にまで無理矢理引き上げた事による肉体の悲鳴。今、ルイゼは様々な苦痛を味わっているのだろう。

 

「その苦痛は絶対だ。俺じゃ取り除く事は出来ない」

 

 こればかりはルイゼの精神力次第だ。場合によっては、傷は完治しても心が壊れてしまうかもしれない。

 しかし俺には見守る事しか出来ない。

 

「……父様……母、様ぁ……」

 

 瞳を揺らし、ルイゼは恐らく無意識に呟いた。人間に殺されたという両親を求めるような声。

 

 ……俺には何も出来ない、だが――。

 

「……気張れよ」

 

 力の抜けたルイゼの汗ばんだ右手を取り、強く握る。

 

 子供の頃、俺が体調を崩せば母親はこうやって手を握ってくれた。病や苦痛の中で側で見守ってくれる他者の存在というのは中々に大きい。気休め程度だが、俺に出来る事はこれくらいしかない。

 

「ぁ……」

 

 苦痛の大きさによるものか、ルイゼの目元には涙が流れていた。俺の手に応えるように、あるいは母親とでも勘違いしているのか、僅かな力で握り返してきた。

 しばらく、そうしていた。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 雨は俺達にとって向かい風だった。ルイゼが回復するまでここを動けない都合上、移動の妨げになるというのはどうでも良い。

 

 問題は雨宿り先を求める獣や魔物がこの洞穴に行き着いてしまうのではないかという点だった。

 

 そして、その心配は的中してしまった。

 

「……!」

 

 足音。雨粒の規則的な音とは違う草木の揺れる音と荒い息遣い。それも複数。

 

「クソ」

 

 俺は、はっきり言って弱い。今回この任務に同行したのも治癒術を評価されただけで、戦闘面は考慮されていない。

 

 息遣いと足音は近づいている。ルイゼは当然だが動けない。洞穴には近づけさせたくない。

 

「……俺に出来る事はやる……やるんだ」

 

 ルイゼの手を離し、剣を手に洞穴を出る。近づいて来たのがただの獣であれと願いながら。

 

「……っ」

 

 しかし、俺が見たのはどうしようもない現実だった。洞穴の出口を囲い込むように近づいていたのは猪だった。

 

 通常の猪を凌ぐ巨体、雨に濡れた剛毛、血に染まったような赤い牙、敵意に満ちた目。

 

 赤猪――魔物だ。それが五体。

 

「……大丈夫だ……やれる……」

 

 魔物と呼ばれる生物は総じて強い。通常の獣とは何においても格が違う。正面からは無理だ。

 

 まずはとにかく逃げる。洞穴から離れさせて、森の中で一匹ずつ仕留める。

 

 髪を掻き上げ、横の草木に飛び込む為に俺は足に力を込めた。

 

「っお前らじゃデカすぎてここは使えないぞ!こっちだ!来い――」

 

「貸せ……」

 

 踏み出す寸前、今にも倒れそうな声が俺の手から剣を奪った。

 

「お前っ、何で……」

 

 俺が止める間も無く、ルイゼはそのままふらふらと前へ進む。痺れを切らした一匹がそれを標的に突進をし始めた。

 

 避けろ、とそれに対して思わず俺が声を出そうとした瞬間――。

 

「失せろ……」

 

 赤猪は吹き飛んだ。ルイゼは銀狼が自身にしたように、突進に合わせ横から剣を合わせその巨体を叩き飛ばしていた。

 

 宙を舞い、草木の向こうへと消えた一匹。呆気に取られていた俺が目の前に視線を戻した時、既に残る四匹はそこから消えていた。

 

「は……理解(わか)ってるじゃないか……それで良いんだ――」

 

「おい!」

 

 倒れ込むルイゼの身体を慌てて支える。限界が近かったのか、体重のほとんどを俺に預けていた。

 

 当たり前だ。今もコイツの全身には絶えず苦痛が襲っている筈。傷もまだ治りきっていない。

 

「剣を握る手が……震えていたぞ……軟弱者め……」

 

「喋るな!」

 

 ルイゼを支え洞穴へと戻る。雨に濡れた髪を下敷きにルイゼは倒れ込んだ。

 

 その身体は、小刻みに震えている。

 

「その状態で雨に濡れりゃそうもなる!……ちょっと待ってろ」

 

 持ち込んだ荷物に入っていた布を取り出し、身体を拭いて上着を被せるも震えは止まらない。俺は自分の服を脱ぎ、水気を払ってルイゼの風避けの足しにする。

 

 他に何か出来る事は無いか。そう考えていると、ルイゼが俺の腕を掴んだ。

 

「ん、何――をっ!?」

 

「寒い……」

 

 馬鹿力でそのまま引き込まれ、目の前にルイゼの青白い顔が迫る。

 

「おい!」

 

「熱を寄越せ……出来る事はやるのだろう……」

 

「……お前はそれで良いのか?」

 

「構わん……」

 

 鼓動が雨音に混じる。肌で感じるルイゼの体温は仄かに温い。

 

 ルイゼが小さく鼻を鳴らした。

 

「臭うな……」

 

「……お互い様だろ」

 

 獣のニオイが混じったような、独特な女の体臭。余計な事を考えそうになり俺は顔を横に動かした。

 

「だが、悪くない……」

 

 聞いたこと無い声色で、ルイゼはそう言った。

 

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