当時高校2年生だった真白ヒイラギの話。
工業高校出身、模型工作同好会所属の副部長。
なんて変哲もない肩書を持っていた時の話だ。
ある日、部長が失踪したと顧問の教諭から職員室で伝えられた。
無論、本人は何の変哲もなく登校しているが、退部届も無しに2週間近く部活に顔を出して居ない事からの失踪扱いになっている。
当時副部長を務めていた私は顧問の指示で急遽部長職として昇格が決まったが、その時点で部活の状態は崩壊していると言っても過言ではない状況だった。
空調の音のみが響く職員室で私は肥えた体系で椅子にずっしりと構えて
眼鏡を光らせる顧問を前に恐縮していた。
「私は部室の鍵を借りに来たのですが」
「まあゆっくりしていけよ。真白、新たにお前を部長に据えたわけだが状況は良くない。廃部が検討される段階だからな」
「廃部…ですか?」
「スポーツ系みたいに大会に出ないし科学部みたいに発表会も無い。そんな部活の存在は認められないとな」
先輩たちの卒業や退部による私達2年メンバーの中核化に加えて、新入部員たちの幽霊部員化。
終いには2年メンバーも活動を放り出し、部室を私有化してカードゲームに打ち込む始末。
そんなメンバーに加えて顧問の教諭からの廃部の危機の知らせ。
私は部室を開け、空調を付けると揃った部員達に職員室での出来事を伝える。
「まあ正直廃部になっても仕方無いな」
「模型同好会が廃部か…居場所が無くなるのはキツイな」
仲間の一人であるザキがそう呟くが、他の部員たちは無関係を装うかのように好きなことをやっている。
「模型同好会に入りたいあまりにこの学校を選んだ私としては受け入れがたいが…」
「そうだな。とりあえずとしてまずは俺と真白で動こうか」
そう言ってザキと手を取り合い、各々で部の救済プランを練ることになった。
結果、私は最終下校時間まで頭を抱え続ける事になったわけだが。
協調性の無い上に本来の活動内容を無視し、部室として使用許可を得ている大規模実習室の占領。
確かに顧問以外の教諭に見られたところで廃部の意見が出たとしてもおかしくない内容だ。むしろ今年度末までは存続を認められているだけマシな状況と言ったところ。
【閑話休題】
そんなある日の事だ。
私は部活を終えて家に帰り、いつものようにPCの電源を点けて無気力にネットサーフィンに明け暮れた。
そんな中で動画投稿サイトで一本の動画に出会った。
『ハロ/ハワユ』
一本のボーカロイド楽曲の動画だ。
たまたまサムネイルのイラストの女の子に気になって動画を再生した私は、気が付けば曲を聞き入っていた。
『口を開かなければ分からない、思っているだけでは伝わらない。
なんて面倒くさい生き物なんでしょう、人間というのは』
その歌詞に私は心を打たれた。
今までボーカロイドの世界に興味の無い私に衝撃が走ったのだ。
私はさらに色んな曲を聞いてみたいと思い、関連動画の欄を見ると、アレンジバージョンの動画があった。
“ハロ/ハワユ アレンジしてもらって歌いました【鹿乃】”
アレンジが気になって開いて、聞いた。
「この声は、好きだ」
泣くところから始まり、あらゆる感情が頭の中を巡った。
ウィスパーボイスで紡がれる歌詞の一つ一つが心を打ち付けていく。
気が付けば夜が明けて次の朝を迎えていた。
CDを人生で初めて買ってみたり、ファンレターを書いてみたり。
人生に活力を得た私は手始めに模型同好会の立て直しのプランニングから手を付けたのだった。
【閑話休題 完】
どうすれば廃部に向かう部活を救う事ができるのか?
ただその一点を鹿乃さんの歌声を聞きながら連日のように徹夜しては考え続けた。
そして7月、夏休みに突入する手前で私は残った部員たちに召集を掛けた。
塗装汚れ対策の白衣を纏い、黒板の前に立つ。
「10月の文化祭に向け、目玉企画の作品を2チームに分けて作るぞ」
目玉作品としてジオラマと呼ばれる作品を作る。
ジオラマとは、各々が作ったプラモデルを用いて、実際にアニメなどの一場面を再現する作品の事だ。
飾る為の土台作りに加えて精密な模型作品の制作。一人では出来ない規模だからこそ、総員で協力して成し遂げる。
それであれば文化祭という唯一の発表の場において巻き返しを狙うに十分な切り札に成りえるだろうと。
「ジオラマか。いいんじゃないかな?」
「プラモ作るのは慣れないが、手伝えることは手伝うぞ」
結果、全力でのプレゼンテーションの末にメンバーと顧問からは即時で同意を得られた。
夏休みの間、毎週3日の部活登校で、使えるものは全て使った。
顧問の持つ模型の知識に、限られた部費を使っての備品の調達。部員からの材料の提供。
それらをフルに使うことで大規模作品が完成し、後はお披露目の場である文化祭を待つだけとなった。
そして10月の文化祭を迎えた。
文化祭は2日間のイベントで、1日目は校内のみで2日目は外部公開日だ。
元来、模型同好会の企画展はその年に部員が作った作品を展示し、来場者にアンケートを取る事で作品の優劣を付ける展示会であり、本来は企画も無かった。
だが、生徒会に所属する友人経由でそれは伝えられた。
目を引く企画展示”ジオラマ”は校内の生徒の間で話題になり、展示されているプラモデル作品も個性豊かで見応えがあると評判になっているとのことだった。
2月。
文化祭から数ヶ月が経ち、私は職員室に呼び出されていた。
昨年の夏同様に顧問の教諭を目の前にしている。
「活動の継続について許可が出たという事ですか?」
「そうだ。お前主導の展示企画、アレが話題になったらしくてな。俺は異動になるが、来年も頑張れよ」
次に繋げる事が出来たのだ。
私はそのことを6人の部員達に伝えると、ザキが言い出した。
「真白、次は新入生が来るがどうする?」
「もちろん、我々のやり方で行くぞ」
そうして4月。ついに新入生を迎える時が来たのだ。
まずは新入生との対面式。各部活動が新入生に向けてアピールする場だ。
私は以前同様に白衣を着て、ザキと共に体育館の中心に立つ。
他の部員達が新入生達に対してジオラマ作品が見えるように持ち上げながら移動する中で私はマイクを片手に事前にザキと決めた台本通りに活動内容を説明していく。
そしていよいよ演説は終盤に近付く。
『見せてもらおうか、新入生諸君のプラモデルへの興味関心とやらを!』
私はぶち上げた。
最後に白衣の裾を靡かせ、ガンダムで有名なセリフのパロディで閉めたのだ。
その後の体験入部週間でそれは話題になった。
白衣を着た奇人。そんな風に校内で囁かれるようになった。無論クラス内でも。
「あれ真白、今日は白衣着ていないのか?」
「ありゃ塗装汚れ用で私服じゃない」
そして教室を出て部室に向かう。活動開始前にも限らず、部室前の廊下は新入生が集まっていた。
『白衣部長だ!』『決め台詞の先輩だ』
悪目立ちというのかどうかは分からないが、有名人の仲間入りだ。
「はいはい、今開けるから待ってな」
そう言って部室を開け、体験入部組の為の準備を行う。
ジオラマ作品の再展示に加え、模型製作のデモンストレーション等だ。
変わった作業を目の前に新入生たちは目を輝かせて私やザキの元を訪れていた。
体験入部週間も終え、いよいよ正式入部の日。その日は部室に使用している実習室に多くの新入生が入部届けを片手に訪れていた。
結果として新入生含め総勢25人の大所帯になったのだ。
私はザキの提案の元、全部員による投票制によって副部長から部長に正式に昇格し、
相棒のザキも生徒会に所属する関係で役職に就けない事から、非公式で参謀を名乗ることになった。
それからというもの、目に見えるレベルで学校生活が変わった。
まずは朝の登校時には必ずと言っていいほど複数の後輩を引き連れての登校になる。
高校の最寄り駅に着くとザキと合流し、それを見かけた後輩の誰かが元気に挨拶してくる。
「真白先輩、ザキ先輩おはようございます!」
「おはようxx君」
増えたメンバーの名前を覚えるのは苦労することだが、
私は部活動中は日ごとに色んなメンバーと交流することで名前を覚える事に努めた。
それはまるで鹿乃さんがファンの一人一人を覚えようとするのを真似るかのように。
そして授業を終えて部活も終わり、下校時は総勢で駅に向かう。
私やザキを中心にグループを組んでの大移動だ。
更に私は活動の一環として、部員全員で夕食を食べに行く交流企画を実施してみた。
この国に存在する"同じ釜の飯を食う"ということわざに則った企画だ。
結果として部内の結束が強まり、一回限りの企画は月に1,2回の恒例企画となった。
そしてそれは職員室でも話題になっていたそうだ。
「えっと真白だっけか?ウチのクラスの生徒が世話になっているね」
「彼のおかげで私の部も盛り上がっています」
職員室に入る度に所属する部員達の担任教諭たちから呼び止められること数度。
廃部寸前の部活に新入生を大勢呼び込んだ白衣の部長として
校内で生徒間だけではなく、教員の間でも知らず知らずのうちに有名人になっていたらしい。
最盛期の模型同好会の活動は7月を迎えた。
部の改革に乗り出してから1年が経ち、今では大所帯の組織だ。
様々な部活で11月に控えた文化祭の準備が始まる中で私は各所に掛け合って、様々な調整を行っていた。
「文化祭予算が出せないとですか?」
「残念ながら最低限の3000円しか出せない。その代わり、教室等の使用申請は融通しよう」
目の前で実行委員会を務める教諭が残念そうに語る。
分かってはいるのだ。活動内容は言ってしまえば所詮は子供の遊びの延長戦で、その展示企画だ。
本来であれば部費として8000円の予算が出る事すらおかしい活動内容なのだ。
「分かりました。文化祭予算についてはそちらでお願いします。ただし…」
その後に私は実行委員会とのやり取りを伝えるべく、全部員に召集を掛けた。
「今度の文化祭についてだが、部費は確保できなかった」
その一言で部員達からブーイングが飛んでくる
「予算無しで何をすればいいんだ」
「飾り付けすら満足にできないじゃないか」
予想出来ていたことだ。そんな中でザキが全員を一旦黙らせる。
「それで真白、何かあるんだろ?」
「使える予算は少ないが一等地の教室を丸ごと借り切る事ができた。
無い物は手前で作るのがこの学校の教えだから、私たちで無い物を何とかするぞ」
そうして私は幹部を集めて会議に入る。
結果として文化祭の企画はは以下の二つに絞られた。
1.ジオラマ作品の新規製作
2.企画展来場者へのプレゼントの制作
企画について部員全員の承諾を得た私たちは再度文化祭に向けて活動を開始する。
昨年同様に夏休み中の部活動登校でのジオラマ制作は順調に進み、完成も目前といったところでプレゼントの制作に入る。
限られた部費で如何に模型部らしいプレゼントを作るか?
プラスチックの板、通称”プラ板”を用いてのストラップ制作というアイデアを思いつく。
事前に用意した金属製の型通りに後輩たちにプラ板を加工させ、私たち3年スタッフが塗装した上で工具で開けた穴にストラップ金具を通す。
物自体は簡素なものではあるが、ジオラマとはまた別に工業高校らしく物作り作るアピールになる。
そして迎えた文化祭1日目で、昨年同様に校内公開日だ。
文化祭が開幕してから3時間経って、後輩から呼び出しを受けた私は展示用の教室に入ると、そこにはたくさんの生徒で溢れている。
呼び出した後輩から事情を聞くと、1日目の午前中だけで当日分の配布プレゼントとアンケート用紙が無くなったのだ。用意していた来場特典のストラップとアンケート用紙は各日75ずつ。予想を大きく上回る数の来場者数だった。
「それで真白部長、どうしますか?」
「ストラップは明日のために数を作っておけ。アンケート用紙はこっちで刷る」
迎えた文化祭2日目。
部の企画展は更なる盛り上がりを見せていくことになった。
9時開場にして次々と来客が訪れる。昨日の来場特典を貰い損ねた生徒も併せて来場しており、
後の調査で来場者数はアンケートの枚数から200人オーバーである事が判明したのだ。
そんな中で、展示会場でプラモデル制作のデモンストレーションを行っている私の元に一人の男が現れた。
「よう真白、盛況じゃないか」
異動していった元顧問だ。相変わらずの肥えた体系に、眼鏡を掛けたその人。
散々世話になった人だ。
「師匠、いらしていたのですか」
「まあな。あいつらは新入生か?だいぶ増えたじゃないか」
そう言って師匠は笑顔で私の肩を叩く。
「お前の作品はどこにある?」
私は師匠に私の作品の展示場所を案内する。師匠は私の作品を見るなり、まだ未熟と吐き捨てる。
しかし、改善点を提示していくのだ。
「しかしまあ…最初からお前を部長に据えとけばよかったな」
「勘弁してくださいよ、俺は本来矢面に立つようなガラじゃないので」
そうして久しぶりの師匠と談話しながら、3年目の文化祭は終わっていった。
3月になり、私やザキは卒業の季節を迎える。
あの文化祭を皮切りに、部室を訪れない部員も現れる中で、12人が土日や休部日を除いて部室に足繁く通っている。
後輩達に塗装技術や改造技術を教える為に私やザキは登校日以外の平日も学校に来ては昼下がりから部室を開けてプラモを作っている。
「なあ真白、この部室も人で埋まるようになるとは思いもしなかったな」
参謀のザキがそう呟く。
「まあな。お前が参謀で俺が旗印になってから上手くいったからな」
塗装の手を止めずに答える。
1年の頃からの付き合いだったザキは生徒会副会長という立場でありながらも、
非公式に参謀として私のサポートに徹してくれたのだ。カリスマ持ちと策士の協力だ。
「真白が知ってるか分からないけどさ、あいつらお前が居ない時とか結構お前の話題出してるぞ」
「変人っぷりについての話かい?」
「いや?まあそれは後で聞くのが良いだろ」
私は気まぐれにカレンダーを眺める。3月も終わりに近づき、卒業が近づく。
私は専門学校への進学に、ザキは高卒での就職へとそれぞれ別々の道を歩むことになっている。
「そろそろ卒業か」
「この後引継ぎだろ?ちゃんとメッセージ考えておけよ?」
ザキと3年間について振り返る。
学科は違うが、共通の話題で仲良くなり、今では背中を預け合う仲だ。
「そういう参謀さんこそ、泣くなよ?」
「泣くかよ」
時刻は15時半を迎える。後輩達が授業を終えて、次々と部室に集まっていく。
あるタイミングで私の号令の元で全員が作業の手を止め、私を含む3年メンバーが黒板の前に立つ。
見渡せば殆どの席が部員で埋まっている。まるで式典だ。
「今日で私はこの同好会のリーダーを退く。次の主役は君たちだ」
ドラマのように泣く者こそ居なかったが、静まり返っている。
「正直俺は部長なんて向いてないと思っていたが、何とかやって来られたのは
間違いなくお前らのおかげだ。最高の一年間だったよ」
誇張はしない。つまらない嘘も冗談も交えない。それが最後の挨拶に決めたことだった。
最後に私は次期部長を呼び出す。握手をした後に「次はお前がリーダーだ」と伝え、
私は作業していたテーブルに戻る。
その後は17時半まで後輩たちに引っ張りだこだった。
「俺たちは鍵を返してから行くから先に行っててくれ」
そう後輩達に伝えると、参謀のザキと共に二人で部室に残る。
「終わったな、隊長」「そうだな、参謀さん」
私たち以外に誰も居ない部室を見渡す。
さっきまで賑わっていた実習室は今は私と参謀の二人だけだ。
二人でここから始めて、これで終わりだ。
私はザキから部室の鍵を受け取ると、静かに錠を掛けた。
さらば模型同好会と。
8年後。
「ああ分かった、先に入っていてくれ」
私は電車を降りた後、後輩の一人から連絡を受けながら駅を歩いていた。
通話を終えるとスーツのポケットにスマートフォンを仕舞い、赤いストールを巻き直して改札を出る。
あれから8年、卒業から数年経った今も全盛期の一部のメンバー達と交流が続いている。
後輩曰く、私達が卒業した翌年に模型同好会は部への昇格を一度は果たしたものの
次年度にはまた同好会へと降格されたとのことだ。
ただし、プライベートの交流として月に1,2度の行われていた飯会は今も引き続き定期的に行われており、
今日はそのうちの一回になる。召集を掛けた本人が仕事で遅れているわけだが。
ファミレスに入り、私は店員さんに待ち合わせである旨を伝えて店内を見回すと
私に向けて手を振る面々が見える。
「先輩、こっちっス!」「遅いぞ真白」
今回のメンバーは私を含めて6人。ファミレスで6人集まるのは大所帯の方だろう。
ストールを取り、ネクタイを緩め、あの頃みたいに今も語り始める。
「それじゃ、部活動の定例会を始めましょうか」