失恋小説短編   作:からからしき

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即興曲

 部活の先輩に恋する話っていうものは、他人事だと思ってた。技術的な憧れを恋心と勘違いしているのだと思っていた。

 私は軽音部に所属していた。流行りの曲のカバーばかりで、音楽が好きなのではなく楽器という素人がちょっと触ってできるものではないものを手足や舌のように操ることができる自分が好きだったんだと思う。先輩は唯一の二年生で、三年生の先輩達は私みたいに自分が好きなタイプで、見栄えの良い演奏を好んでいた。演奏のスキル自体は私と同じがそれ未満で、お世辞にも二年間部活にまじめに取り組んでいたとは思えなかった。

 だから私も、遊びながら文化祭でソロパートを入れるだけで沸く観客に気持ちよくなっていればいいや、勉強だけじゃなくバイトなどやりたいことは山ほどあるのだから。

 夏休みの期間も遊んでいた。勉強もついていけないほどじゃなかったから、適当に、全部の教科で平均を超えていればよかった。

 先輩は毎日部室でギターもベースもドラムもキーボードもやっていた。友達の部活が終わるまで涼しいからと部室で待っていた時、夏服で薄着の女子と二人きりだというのに一瞥もくれずに一心不乱に演奏していた。

 私は幼いころから楽器には触れていたので、クラシックや洋楽、邦楽関係なくそれなりに知っていたが、先輩は私が知っている曲を演奏したことはない。それでいて退屈しないほど上手いのだ。音楽を知っている自分だけが先輩の凄さを知っているということ、この演奏を聴けるのが私だけだということの優越感で、私は気づくと毎日先輩の演奏を聴きに学校に通っていた。

 

 「先輩と付き合ってるの?」

 

 夏休み終わり、友達にそんなことを言われた。あまりにもピンと来なくて返答に困ってしまった。その時私はなんて言ったかわからない。とにかく付き合っていないことと演奏が素晴らしいことを述べていた気がする。

 同じく軽音部の同級生の女の子が、秋以降なぜかやる気を出していた。あまりにもへたくそだったから先輩が付きっ切りで指導していた。私は自分の練習も適当に、友達と駄弁りながら、課題曲を淡々とこなすだけだった。

 春になり、新学期が始まるという始業式の日。先輩が表彰された。ピアノのコンクールで賞を取ったらしい。ピアノを弾いている姿が想像できなかったので、調べると有名なピアニストの息子らしかった。普段無表情で演奏をしている先輩が、色気に満ちた表情でショパンを演奏している姿に、私は釘付けだった。

 私と同じように動画サイトで彼の演奏を見た女子が入部届を持って殺到した。流石に全員入れてしまっては軽音楽ではなく吹奏楽になってしまうということで入部できる人の音楽の経験や実力で絞ることになった。その選別に例の女の子、彼に付きっ切りで教えてもらっていた子が関わっていた。

 彼女はメキメキと実力をつけて、私よりも断然上手かった。けれど見栄えしないというか、コンクールで審査員から点数をもらえる演奏といえばわかるだろうか、面白みのない演奏だった。まじめな彼女らしい演奏で私は好きだったが、独学で学んだ素人からすれば地味で下手な演奏に見えただろう。あいつより上手く演奏できると抗議する人が後を絶たなかった。そんな人間をバッサリと切り捨てたのは彼だった。自分が見ても君たちより彼女の方が上手いと、彼は言った。

 私も彼と同じように判断できる。私も彼と同じだと、優越感に浸っていた。彼を理解できるのは私だと、本気で思っていた。

 彼は音大に進むらしかった。偏差値も高く、技術のない私には雲の上のような大学だった。彼は表彰されて以降まじめな演奏ばかりしていた。夏休みの即興曲は私だけが知っているということが、二人だけの秘密のようで、気持ちよかった。この学校から同じ大学に進む人間はいないだろうと思って、推薦枠で行けるかもしれないと淡い期待を抱いていた。

 しかしそんなことはなく、私は地元の大学に進学した。彼の進んだ音大には誰か進学したのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩から年賀状が届いた。例の女の子と赤ん坊が幸せそうにしている写真だった。

 ニュースでは、日本を代表するピアニストの夫婦に第一子が誕生したことを喜ぶ音楽関係者のコメントが流れていた。

 夏の日に聞いた即興曲は、いまはテレビで流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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