失恋小説短編   作:からからしき

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踏切

 あいつと彼女の家は踏切の向こう側。私はそっちじゃないから、あいつがこの後何をしようと関係ないよ。

 

 僕には幼馴染が二人いた。才色兼備の才媛である彼女と、オリンピック候補にもなった両親の遺伝子を受け継いだ日本を背負うアスリートであるあいつ。

 僕の親は医者で、自身の子が生まれたのと連日で生まれた二人の親の相談に乗ったり相談したり、誰かが体調を崩した時は誰かが助け合うなど、家が近かったのもあって親ぐるみで仲が良かった。

 僕自身は大した才能があるわけじゃなかったが、何か特別熱意をもって打ち込むということもなかったので、勉強だけは二人に負けなかった。

 あいつはスポーツ馬鹿で勉強ができないということもなく、なんでも平均以上にできる奴だったし、僕も彼女もそんな何事もそつなくこなしながらも自身と両親の夢のために頑張るあいつのことを尊敬していたし好ましく思っていた。

 彼女は多才で、小学校のころは絵を描いても文章を書いても表彰されたし、人懐こくて容姿がよくて誰にでも分け隔てなく接しており、その完璧さから疎まれるかとさえ思えるほど非の打ち所のない人だった。

 僕は人づきあいが苦手であまり人と話すことを好まなかったけれど、二人とはよく一緒に夏祭りや初詣に行ったりとしていた。

 ただまぁ、やはりというか、そんなぱっとしない僕が二人と仲睦まじくしていることを快く思わない人間はいた。

 

 「『彼女』は『あいつ』のことが好きなんだからお前は近づくなよ」

 

 「二人はお似合いなのになんであんたが一緒にいるわけ?」

 

 当然だ、僕だって二人の邪魔はしたくない。けど一回断った時に二人して泣きだしそうになって「何か気に障ることした?」だの「悪いところがあったら言ってよ、可能な限り直すからさ」だのとしつこく言ってくるもんだから、そこまで毛嫌いしているわけでもないし、家族ぐるみの付き合いだし、と自分に言い聞かせて、居心地の良いこの関係性を壊しそうになったことが妙に胸を締め付けて、勝手に口が「なんて、冗談」と作り笑いとともにそんなことを言っていたのだ。

 

 中学まではそんな関係でよかったのだ。だがどうしても、高校になったら変わってくる。

 

 僕と彼女は近くの高校で最もと言っていいくらいの進学校に進学した。僕は幼いころから医者になるものだと思っていたから。彼女は具体的な進路はともかく選択の幅は広いに越したことはないから、と言っていた。

 あいつは少し遠いところにある野球の名門校に通うらしかった。

 夏は応援してやろうと、彼女と二人で約束していた。

 あいにくと、一回戦で僕たちの通う高校とあいつのいる高校が当たった。

 あいつは一年生ながら三番に入っていて、期待と実力を存分に発揮しているらしくてわがことのようにうれしく思った。

 しかしあいつ自身は一回戦では振るわず、三三振ノーヒットと精彩を欠いた。それでも名門と進学校では地力が違う。コールドゲームとなった。

 応援に駆り出された一年生としてはあまり愉快な試合内容ではなかっただろう。もちろん僕たちだって応援している学校もあいつもボロボロなのだから面白くはなかった。

 だが、野球になど興味もないであろう女子生徒が言った「相手の一年生の『あいつ』って大したことないね、中学では有名だったんだっけ?やっぱ口だけの威張り散らかしてるような奴はダサいわ~」という言葉には、思わず手が出そうになった。いや、出かかっていたのだが、それより早く振りぬいた彼女の右手が、僕の怒りを消し去ってしまった。

 

 「がんばってる人を、何も知らないのに悪く言わないで!」

 

 彼女は明るく、感情が顔に出るタイプだったのだが、怒りという感情をここまで発露させているのは初めて見た。涙を目じりにため込んで、頬を紅潮させ、声と息を荒げて。

 初めて見る彼女の激情に、僕は何も声をかけることができなかった。

 

 書店に新作小説を買いに行ったとき、その黒く焼けた大きなシルエットがあまりにも異質すぎて思わず吹き出してしまって、それをあいつに見られてしまった。

 書店に何を買いに来たのかと聞くと自身が載っているらしい高校野球の特集を買いに来たらしかった。あの後も順当に勝ち進み、個人成績も上向き注目選手として取り上げられている記事を、満足そうに眺めている顔が、なんだかとても幼く見えた。

 そこで、あの試合の裏で起きた出来事を、どうしてか僕は伝えられなかった。

 いや、伝えるようなことでもないと言い聞かせたのだ。彼女が目の前の男のために泣いて取り乱して同級生を殴るほど、想っているなど、そんなことを伝える必要がどこにあるのだと、言い聞かせたのだ。

 それから、家が近くなのだから、当然一緒に帰ることになった。

 

 赤い夕焼けが宵の色に染まるかというころ、窓から忌まわしい踏切を見た。

 彼女の家とあいつの家は踏切の向こう側。中学の時から、一人だけ踏切を渡らずに見送るのが嫌だった。

 なんで、見てしまったのだろう。いつも見ている。知りうる中でもっとも聡明な彼女と、知りうる中でもっとも努力家なあいつ。

 見続けてはいけないと理性が告げている。それでも目を離すことができない。吸い込まれるように視線は二人の口元にくぎ付けだった。

 あいつが彼女の肩を抱き寄せ、驚いた彼女も抵抗はしない。

 唇が重なるかというとき、八両編成の各駅停車が遮った。

 踏切が上がった時、二人の姿はなく、私は言いようのない不安に襲われた。

 

 あいつと彼女の家は踏切の向こう側。私はそっちじゃないから、あいつがこの後何をしようと関係ないよ。

 

 そう自分に言い聞かせても、私の胸は切なく締め付けられるだけだった。

 もう、彼女の友人ではいられないかもしれないと思うと、声が震えた。

 もう、あいつを想うことができないと思うと、右の手のひらがひりひりと痛むような気がした。

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