織斑一夏と愉快な家族達 作:探さないで!
でも、決して失踪はしないので、そこは安心してください(フラグ)
リビングには、重い空気が漂っていた。
ラウラは嗚咽を抑え、ポロポロと涙をこぼしていた。
私はそんなラウラの頭を黙って撫でていた。
千冬さんは、何とも言えない表情で壁に寄りかかり、静かに目を閉じていた。
オータムさんは床に寝そべり、天井をじっと見つめていた。
スコールさんは、テーブルに突っ伏していた。
誰もが、部屋の中央のソファに横たわるそれに目を向けなかった。
違う、向けれなかった。
見てしまえば、自分もどうなるか分からないからだ。
――私は叫び声を聞いた後、一目散に一夏の部屋に急行した。
扉を開ければ、中には虚ろな目で『マドカ』を抱く一夏の姿があった。
私はあの目を見たことがある。
中国で、散々目にした。
あれは絶望の目だ。
私は咄嗟に二人を切り離し、『マドカ』をリビングのソファに運んだ。
『マドカ』は驚くほど軽かった。
私はなるべく『マドカ』を見ないようにした。
見たらナニカが終わる気がした。
そして、再び一夏の元に戻った。
その頃には、家中の人が一夏の部屋に集まっていた。
一夏は先ほどの状態から、一ミリたりとも体を動かしていなかった。
全員固唾を呑んで見守る中、私は一夏を診断した。
病気やらなんやらは私にはよく分からないが、この症状は知っている。おそらくオータムさんやスコールさんも気が付いているだろう。
即ち、絶望。
即ち、生への諦観。
有り体に言ってしまえば、生きる活力の消失である。
そして一夏の中で、マドカなんて言うまでもなくかけがえのない存在だ。
それが居なくなれば当然――
一夏は、ショックで声を失っていた。
反応が無い云々もあるだろう。だから正確には分からない。
だが、一夏は口をずっとパクパクさせていた。
『マドカ、マドカ、マドカ』と。
一夏は瞬き一つせず、ただひたすらにかすれた空気を口から出して、そう唱えていた。
見ていられなかった。
私は一夏の体を寝かせると、現状を把握する旨を伝えて、皆と部屋を出た。
「ッ......」
自然に涙が出てきた。
人の生死にはある程度慣れてる筈の私がだ。
だって、こんなのあんまりじゃないか。
マドカは昨日、一夏にプロポーズされたのだ。
これからだったのだ。
それなのに......
「......こうしていても、埒があかないな」
ポツリと、千冬さんは呟いた。
埒があかない。あの人はそう言った。
何を言っているのだろうか。
あく訳がないのだ。
『ああ、そうですか』などで済む問題では到底ないのだ。
だからこそ、一夏は
なってしまった。
「ふん......」
千冬さんは『マドカ』に近づくと、何食わぬ顔で『マドカ』を背に担いだ。
そのまま軽い足取りで玄関に向かって行く。
「ち、千冬さんッ......!?」
慌ててあとを追う。
頭がおかしくなったのだろうか。
彼女も彼女で精神的なダメージが大きかったのだろうか。
分からない。
「どこ行くんですか!?」
迂回して、私は千冬さんの正面に立った。
千冬さんの瞳は先の一夏とは違い、昨日とまったく変わっていない気がした。
「どけ、私にはやらねばならぬ事がある」
そう言うと、千冬さんは殺気をぶつけてくる。
反射的に殴り返そうとする体を抑えた。
「.......やる事ってなんですか」
代わりに千冬さんを強く睨み返す。
その拍子に、奥でラウラが心配そうにコチラを見ているのに気がついた。
どうしたらいいか分からないのだろう。
私だって分からない。
そして千冬さんが何をしたいのかも分からない。
「お前には関係ない。邪魔をするな」
その言葉に、私は怒気を抑えきれなくなった。
「関係ないって、そんなわけ無いじゃないでっ......!?」
食って掛かった瞬間、千冬さんの姿が二重にブレる。
「グッ......!!!?」
気が付けば、私は廊下の壁に叩きつけられていた。
同時に悟った。私ではこの人に勝てないのだと。
ヘタをすればオータムさんより強いのではないか。
今まで勝手に自分より下に見ていたが、それは間違いだったのではないか。
彼女は己の力を隠していたのだ。
「ふんっ......!」
「ガッ......!!!?」
みぞおちにキツイのをもう一発貰った。
すぐさま視界が暗転する。
「な...んで......?」
「私は一夏に仇なす全てを消しさる。そう一夏に誓ったのだ」
薄れゆく意識の中、私は最後にそんな言葉を聞いた。
ーーーーーーー
目を覚ますと、一夏が心配そうな顔で私を見ていた。
「い、一夏.......も、もう大丈夫なの......?」
恐る恐る尋ねると、彼はあっさりと頷いた。
先ほどのような虚ろな瞳ではなく、何か強い意思を感じる瞳だ。
言ってしまえば覚悟だ。それが見えた。
これからどうしようかと思っていたが、これなら心配ないかもしれない。
......そうこうしてるうちに、私は先ほどの一幕を思い出した。
「一夏、大変なの、千冬さんがマドカをっ......!!!」
――ああ、皆から聞いた。
脳内に声が響く。
どうやったのかと考えて、すぐに気がついた。
いつもやっていた事だ。
ただ一夏の思考を読んだのだ。いや、読まされたと言ってもいい。
――立てるか?
「えっと......うん、大丈夫」
一夏に手を貸してもらって、なんとか立ち上がる。
痛みはあまりない。手加減されたのだろうか。
そうだとしても、何故。
そして『マドカ』を連れていったのも、何故。
疑問が尽きない。
――おい、ぼーっとしてるけど、ホントに大丈夫か?
一夏は尚も心配そうにコチラを見ている。
さっきのように虚ろげな表情ではなく、以前の一夏のような優しい顔だ。
じわりと、目に自然に涙が湧き出てきた。
――り、鈴!?
「大丈夫、大丈夫だから.......」
そう言いつつも、私は一夏の胸に顔を埋めた。
嗅ぎなれた、暖かい香りが私を包んだ。
「......一夏、私アンタに二度とあんな顔させないから。どんな事になっても、私がアンタを守るから」
分かってるよ、と頭を撫でられる。
ブワッと、涙が溢れ出ててきてしまう。
私はしばらく、一夏に抱きしめられながら泣いた。
静かに泣いた。
「ごめん、一夏.......」
――おう
「.......もう大丈夫」
――......了解
私達はリビングにもどった。
リビングでは、オータムさん達が難しい顔で唸っている。
大方、千冬さんの事だろう。かく言う私もいまだに混乱している。
「.......?」
その時、またもや疑問が湧いた。
私が千冬さんと対峙していた時、オータムさんとスコールさんは何をしていた。
いや、
そこが問題なのだ。
ラウラはショックを受けていたようだし、仕方ない。私だって同じだ。
しかしそれとは別に、私のような人間なら精神状態を問わず、荒事には体が反応してしまう筈。
その点彼女達は、私以上にそうだろう。
何かがおかしい。
「......あの、オータムさ」
「一夏、千冬の居場所に一つだけ心当たりがあるぜ」
私の声をかき消すように、オータムさんは一夏にそう言った。
一夏はそれを聞いて頷くと、再び私の目を見つめた。
――鈴、俺は『マドカ』を取り戻したい。
「......分かってるわよ」
――手伝って、くれるよな?
「もちろん。私だって、このまま黙ってる訳にはいかないもの」
――ありがとう
その後、一夏は私にスマホを手渡してきた。
自分は今話せないから、私に楯無さんにも協力を頼んで欲しいらしい。
私は言いようのない不安を抱えたまま、一夏の言葉に従った。