闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第三部 紅魔館へ The red gate keeper③

 稗田や、ほか里の重鎮達が承認したという資料を、咲夜は表情一つ変えずに、隣の美鈴は請求書か何かを見せられたような顔で眺めていた。

「……とまあ、外界の勅令に範を取って創設する”警防団”が、今後人里を中心に異変時の避難誘導、水火消防を行おうというのが趣旨です」

「大体把握しました」

 活字を追って酷使した目を休ませつつ、咲夜が顔を上げた。紅魔館を中心とした「紅魔分団」の分団長は、レミリアが多忙の為に彼女が任命される予定となっていた。

「おおきに、何か質問は……」

「人によっては既に……例えばこちらの美鈴は既に門番としての仕事があるけど、それと並行して警事課の警戒を行ったりしても」

「全然、問題は。正直なところ、里以外に居住する人間が殆どおらへんので、そういったところは連絡係を置いて万が一の事態は協力関係を結ぶ、とだけしてるようなとこもあります。博麗の巫女はんのとこもそんな感じで」

「ええ、里以外の分団は随分と裁量が認められているようですね。元より妖怪の領域に足を踏み入れる人間の救助というのは……」

 そう、半分自殺のようなものであると藤花も心得ている。里以外に分団を設けるのは幻想郷の社会構造に変革を試みるものではないという承認を周囲に求めているようなものだ。

「実際、紅魔館の周辺に人間は住んどるんでしょうか」

「公式に回答するなら、”いない”ですが、里から抜け出した、何かしら問題を起こして放り出された、館の採用試験を受けにきたけど落ちて帰れなくなったり、美鈴に格闘技の手合わせを申し込んできた人間が極々少数、集落とも呼べないところで寄り集まってますね。果たして無事でいるかは、私も存じませんが」

 先程の通り、里を抜け出す人間は殆どいないというのが藤花の理解だったが、その殆どに含まれない例外が地図にも載らないような部落を形成しているのだろう。果たしてあのような環境で暮らす人間がまともかは分からないが。

 最終的に、紅魔館で家事に従事する妖精達に消火、避難誘導を訓練させ、一部の妖精と美鈴、そして内部からもう一名を警事課に充てて防犯に務める事となった。

「……あら、終わってしもうた」

 思いの外に協力的だった事に拍子抜けしながら、資料をめくって決定事項に漏れが無い事を確認すると、堪能しきった葉巻を灰皿へ放り込んだ。

「藤花様」

「あっはい」

「今夜はもう遅うございますので、今のうちにお部屋へご案内します」

「あぁ……何から何まですんません」

 

   *

 

 妖精メイドの案内で応接室を後にし、明らかに外から見た時よりも長く感じる廊下と矢鱈と多い部屋に困惑しながらも通された部屋は、情報員の頃に投宿したホテルに匹敵する品質を兼ね備えていた。ただ部屋といい浴場といい、どれも一人きりなので落ち着かない。暇つぶしの類も持参しておらず、妖精にヤラシイちょっかいをかけてみようかとも思ったが何かあると出てくるのは咲夜なので自重する。

「…………ん」

 その時、藤花の下腹部が一息つこうと提案してきた。丁度いい。食事、風呂ときて便所も経験しておけばこの館にもかなり詳しくなるだろう。探検する大義名分が出来たところで、部屋着に國民服を羽織って薄暗い廊下へと繰り出した。

「とりあえず、こっちかな」

 明らかな寝室を除き、扉はどれも同じように見えて分かりにくい。と、前方から食堂の片づけを指揮していたと思しき咲夜が現れ、よく訓練されたメイドの性で藤花が何を探しているか察したと見えて、お手洗いはあちらに御座いますと説明されてしまった。

「……ま、しゃーないか」

 おそらく寝る前のお嬢様達の世話へ行くであろう咲夜の背中を見送り、所期の目標を達しようと歩みを再開させた刹那、前方約十メートル、テラスへ通じていると思しき月明かりが美しく透けるガラス戸がギイと鳴った。

「?」

 夜風を受け、廊下の空気が微かにざわつく。一瞬、掃除の妖精メイドが戻ったのかと思ったが、こんな時間にするものでもないし、何より先刻目にした妖精と容姿が異なった。目についたのは巨大な尖り帽、そしてスカートの裾からちらりと見えるドロワーズを履いた足。携えた箒から、西洋の魔女を連想するのに時間を要しなかった。

「えぇ……」

「ん?」

 そして、一拍置いて「どちら様?」の同時発射。

「ウチは、警防団の藤花やけど……」

 一応、正当な客人である事を表明しておく。館の全員が彼女を認識していない可能性もあったからだ。

「おー、お客さんなんだな!道理で見慣れない顔だと思った」

「それで……」

「あぁ、ただの通りすがりの魔法使いなんだけど」

「あ……あ、そう」

 通りすがっているなら仕方ない、のだろうか。何かを委任されているわけでもない藤花がこれ以上聞き出すのもなんだか憚られた。

「じゃあ…あの、ウチちょっとお花摘みに行く途中やから……」

「トイレならあっちだぜ」

「おおきに」

 釈然としない顔で別れようとしたとき、硬いものを柔らかさを持つ物体で激しく叩く音、そして鈴の音が窓外から駆け上ってきた。それが壁を駆け上る足音だと認識できたのは、テラスの手すりにひらりと飛び上がる人影、見覚えのある美鈴の姿である事を見止めた瞬間だった。

「し、侵入者だーッ!!」

「へぶぁっ」

 美鈴としては門番の責務を果たすべく、身体能力をフルに活用し物理法則の限界に挑み闇夜に乗じて侵入せる不逞の輩を懲罰すべく躍り込んだのだった。ただ一つ、飛びかかったのが黒っぽい装束で廊下の暗がりに半ば溶け込んでいた魔法使いではなくやや目立つ部屋着の藤花の人影だったことが誤りだった。

「おおっ、美鈴!?」

「ああっ、藤花さん!」

「な、何が起こってるんや……」

魔法によるものか美鈴の蹴りによるものか分からないが、藤花は視界一杯に星の舞う世界にいた。とりあえず蹴り間違えた客人の意識が飛んでいない事を理解した美鈴は、そろりそろりと離脱を図ろうとしている侵入者の肩から揺れている帆布の鞄をむんずと掴んだ。

「あんたって人はァ!」

「た、ただ家路を急いでるだけだーッ」

「魔理沙、貴女そんな言い訳が通用すると思って」

 加勢に現れたのは十六夜咲夜その人だった。何やら物騒な刃物が一本、彼女の手に閃いている。

「どうしてワシリーサが!?」

 それまで頭頂部にヒヨコを回していた藤花が、相変わらず名前をロシア人か何かと間違えながら復活したのはその時だ。しかし、それに一瞬気を取られた美鈴の手を振りほどき、魔理沙はテラスへと躍り出た。

「ワシなんとかじゃなくて、魔理沙だぜ!夜遅くにとっ捕まえて人の鞄を覗こうだなんて、プライバシーの侵害だなっ!またなー!」

 そう叫んで魔理沙は中空に浮かび上がった箒へ飛び移ると、月の光の中へと加速していく。

「不法侵入にプライバシーもビタミンシーもあるかァ!思い出したその名前!!」

「ど、どうしたんですか藤花さん」

「ウチの!髪の!こんなんなった理由!」

 そう叫んで藤花は両手で自身の髪を掴み、次いで魔理沙の影を指さした。

「お嬢様の意向で警備強化を検討している矢先に……藤花様、撃ちかけて」

「よっしゃァ!」

咲夜の許可が出たなら何も怖くない。懐の北支一九式を抜き放って初弾装填、不逞の魔法使いを駆逐すべく二、三発を夜空に放った。

「ちょっと待って」

 即座に射撃中断。

「咲夜はん、なんでウチがピストル持っとる事知って……」

 藤花は振り返ろうとしたが、ヒヤリとした感覚が首筋に当たるのを感じて動作を中断した。

 

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