闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第三部 紅魔館へ The red gate keeper④

 感情が昂ぶっている時に思わず咲夜の呼びかけに応えてしまった身を悔いた。

「そのまま歩きなさい。美鈴、貴女は持ち場へ戻るように」

 咲夜の声が一層冷たく耳たぶを撫で、ナイフが当てられた藤花の首筋に別の冷たいものが流れた。人里を妖怪、妖精に対する破滅的な戦乱に巻き込み幻想郷という機構の維持を困難にして脱出する。そんな身の丈に合わない計画をため込んでいる以上、叩けば埃の出る身だ。大人しく従う外にない。

 廊下を戻る形で連れられ、そのまま部屋の一つに引きずり込まれた。

 しかし、寝室のひとつに見えても扉の厚さが明らかに藤花の通されたそれと異なり、別の用途に用意された部屋であると分かる。

 拷問、か。

 異世界での拷問は何をされるのだろうか。いずれにせよ、ほっとけば命に係わる何かをされるのは違いないだろう。

「何これ」

 藤花が、部屋の中央に鎮座したそれを見た最初の感想は「電気椅子とパーマネントマシンを足して割らなかったもの」だった。着席した者を拘束するようにできた椅子と、頭部をおおう金属製のドーム。それからは色とりどりの導線が伸びており、傍らの機材に接続されていた。

「本来はお嬢様が口にされる血液から"夢抜き"をする機械ですが、最初の実験台は貴女にしてあげましょう。手荒な手段はあまり使いたくないので、体に直接聞く事にします」

「え、なんか、その言い方興奮する……」

椅子に投げ込まれ、拘束された藤花を睥睨する咲夜の、メイド服の短い袖に消えてゆく白い二の腕の肉感と、優雅さの中に野性味を感じる髪形に見え隠れする耳たぶあたりをチロリと見やり、思わず正直な感想を漏らしてしまった。直後、怒りに満ちた表情でぶん殴られる。

「て、手荒な事はせえへんって今……」

「お嬢様のペットに噛み殺させて、過失ってことで人里に無言のお帰りをなされてもよろしいんですよ」

「すみません!すみません!ほんまに悪意は無いんです!あのピストルかて森での護身用やったし!」

 藤花の懇願は、届かなかった。咲夜は気に留める様子も無く機械に取り組む。

なんだか頭頂部が熱くなってきたような気がして、身をよじる。が、拘束具は圧倒的な強度で彼女を押さえて放さない。

「ち、ちょっとさっきの夢抜きって何のことなん。頭が熱い気がするねんけど」

「吸血鬼は人間とは異なる栄養を血液から摂取しているので、手間はかかりますが余計な記憶などは除去して接種されています。それを行う機械ですので、と……おしゃべりが過ぎましたが……しかしノイズが…パチュリー様に改良を進言しようかしら」

 なにやらぶつぶつ言いながら咲夜が機械をいじり続けている。どうやらあちらの手元のブラウン管には藤花の思考が殆どそのまま映し出されてしまうらしい。先程の変態的な妄想が反映されなければいいが。

「単語に反応して出てくるイメージを映すから、他の考え事をしても無駄ですよ。嘘発見器も兼ねてるとご認識下さい。貴女はこの紅魔館へ……って、何故紅魔館と聞いて馬と軍人の映像が出てくるんでしょうか」

「それは、庭の隅っこに置いてあった車やね。あの……ほんまに正直に話すから、乱暴せんといて……」

「それは貴女の協力次第です」

 藤花の言う「正直に話す」も「ああは言ったけど嘘は言ってないもんね」戦法で切り抜ける気満々の提言であったが、咲夜があくまで拷問ではなく尋問の体で話してくれるのは気が楽だった。

「ウチは外界……それもあの車が製造された時代から来た。あの車、ここへ来たとき黒焦げやったでしょう」

 それを聞いた咲夜の目が意外そうに瞬く。当初冷徹な機械人形めいて認識していた藤花だが、人間味のある一面を垣間見て考えを改めた。

「ええ、その通りです。あれは車庫に格納して今日初めて外へ引き出していたものですよ。知る限りでは暑い盛りに里へ来て店を開いていた貴女がどこでそれを」

「やから、あの車の外界での末路を知ってるからやねん。あのグローサーメルセデスは空爆で焼けた事になってる。あの車の防弾装備を施したのはウチのかつての親玉、帝国陸軍やで。それに天面の照明、あれは方向指示器やなくてパイロットランプやから、操作通りに点かなくて当然……布で隠してあったんは、それと勘違いしたから」

 御料車、すなわち皇室専用車が転がっているなど恐ろしい事だが、あの化け物めいたというかそのもののお嬢様なら似合うかもしれない。少なくとも、藤花にはあれを乗り回す度胸も技術も持ってはいなかった。他に出していない自動車の詳細を語って見せたことによって、身元にまつわる質問に素直に答えている姿勢を表明した。

 咲夜は藤花が従順になったと判断したのか、小さくため息をついて足を組み直す。

「嘘は言っていないようですが、その観察力で貴女が探偵かスパイ、あるいはそれに類する紅魔館を嗅ぎまわる犬であろうという証拠にしかなりませんね」

「確かにウチはスパイやった。……外界では。でもここで誰かの為に軸足を置いて情報をかき集めるなんてことは、してへんの」

「ならば、何故人里から離れたこちらに?」

「美鈴はんに世話になったからよ。こっちきて死にかけてた時に助けてもろうて……本人に聞いてもらったら分かるんやないかな」

 これも嘘は言っていない、のひとつだった。何らかの形で恩返しをしたいという考えはある。

「分かりました。今夜は部屋へお戻り頂きます」

「おおきに……」

 ドームの目隠しから解放されると思いきや、直後の咲夜の言葉にぎょっとさせられる。

「この時間の記憶は消させて頂きますが」

   *

 

……………

………

 霧の中の夜明けは、陰影ではなく光が物質化して世界に満ちているような不思議な錯覚を起こさせる。

 藤花は、寝台で身を起こすと大きく伸びをしながら片目で室内をぎょろりと警戒した。少なくとも荷物や調度に動きが無い事を確認すると両足を回して寝台から降り、窓からの光を遮っているカーテンを引き開けた。

「ん……」

 植物の意匠が這った肉厚のカーテンはよほど高価なものらしく、遮られていた朝日が予想以上に双眸を貫くので思わず彼女は目を細めて唸ってしまう。

 直後、背後で電話機めいたベルの音が歯切れ悪く鳴り始める。藤花はなんでもないように向き直ってナイトテーブルへ歩み寄り、小刻みに震える懐中時計を取り上げて目覚ましを切った。

 そしてすぐに今度はノックの音。

「藤花様」

 咲夜の声である。起床時間すぐに現れるのは、流石従者の長と言わざるを得ない。目頭をこすりながら応答し、扉を開いた。

「あぁ、咲夜はん。おはようさん」

「おはようございます、昨晩はお疲れ様でした」

「うん、咲夜はんもね」

 咲夜は穏やかな笑みで微笑み、お辞儀する。そして、下にお食事の用意が出来てございますので、と一言添えて退いて行った。

「ようできた女給さんやなあ」

 瀟洒な出で立ちに何やら見とれているような藤花でも、去りゆく咲夜の表情までは知る事は出来なかった。

 

   *

 

 昨晩の騒動を知る由も無い藤花は、お嬢様不在の朝食もそこまでの警戒心を抱かずに平らげると、帰る為の身支度を開始した。最後に一服していこうかと考えたが、その為だけに応接室を開けさせるのも忍びなく、かといって湖に吸殻を放り捨てていくのもこちらの土地柄、何を招くか分からない。

「帰りは美鈴に送らせますので、お待ち下さい」と、咲夜に言われたのは良いものの、ハテ門前にも見当たらず、かと言ってでは失礼しますと一人でほいほい出て行くわけにもいかない。

 どこ行ったのかしらと腰に手をやって不機嫌そうな咲夜を尻目に、ふと館の壁沿いに視線を走らせれば東屋へ向かう道の手前に見覚えのある造型が。ちょっと煤けている所といい間違いなく灰皿だろう。待つついでにちょっと利用させてもらっても、これなら咎められまい。

「……でも、誰やろ」

 美鈴ではあるまい。外見から推し図った経済状況ではなく、あの体力と技術はこんな物をしゃぶりながらでは維持できないだろうからだ。一方でお嬢様は見た目からして嗜まなさそうだ。となると残るは咲夜を筆頭とするメイド達だが……。

 考えを巡らせながら手は頭とは別に駆動し、燐寸と煙草を引っ張り出している。これも吸うようになって長いが、葉から自分で育てたとあって愛着も湧いてきた。

「あか~い、花なーら、曼珠沙華……あら」

 歩み寄る藤花の目の前で、植木の陰から白シャツを纏った腕と細い指が静かに滑り出してきて、指先で保持した煙草の灰をちょんと落とした。カフスの無い袖、あれはメイドの物ではない。

「あら。こあ、ちょっと美鈴見なかった?」

「はえ?」

 藤花ごしに咲夜が「こあ」と呼びかけたのに対し、白シャツの主が陰から反応して顔を出す。藤花に負けず劣らずの赤みがかった長髪、お嬢様と似たようで異なる羽が背中に次いで側頭部にまで見える。羽ありに慣れてきた藤花も、まさか増えるとは予想していなかった。

「ほんまに飽きさせへん土地やな……」

「美鈴さんですか、さっき庭で見かけましたよ」

「まったく……」

「咲夜はん、こちらのこあちゃんとは」

「ああ、藤花様は初めてでしたね。図書館で司書手伝いをしている小悪魔です」

「あ、あく……」

 我ながらとんでもない所へ志願してしまったのかもしれない。人間離れした整った顔立ちや羽に見とれていると、植え込みからガサガサと音がして、今度は見覚えのある顔に再会した。

「あら、藤花さんお待たせしました!」

「どこ行ってたのよ美鈴!」

 咲夜が怒りを通り越して呆れた声で肩をすくめる。美鈴が平謝りしている間に藤花は煙草を吸い切り、こあに懐からルビークイーンを取り出して手渡した。

「あの、こあちゃんこれウチの商品。お近づきにどーぞ」

「わあ、いいんですか!ありがとうございます!」

 封印の印紙を珍しげに眺めているあたり、いかにも図書館員らしい。エクスリブリスめいて凝った意匠に興味を示す様子を見ると、ちゃん付けで呼ばれながらも館の中でも文化水準はかなり高い方に位置するのではないだろうか。

「藤花さんでしたっけ、私も図書館を見回るので警防団に入る事になると思います。その時はそちらの先輩としていろいろ教えて下さいね」

 礼儀正しくお辞儀されて慌てて応えるが、里の生意気なガキンチョ連中と違ってこんなに大人しいのに悪魔の眷属ときているのだから、幻想郷は分からない。

 

   *

 

「そうそう、藤花さん」

「ん、どしたん」

 紅魔館の滞在を終え、昨日歩いた湖畔を戻る途中、ふと美鈴が足を止める。先程庭いじりをしていた時に採取したのか、何やら植物の根に見えるものを持っている。

「藤花さんは、森の瘴気に対する症状が他の人と比べても特に重いように見えるんです」

「せ、せやね……昔いろんな毒飲まされたせいやろか」

「えっ」

「あいやいや!冗談……」

 そこで、と手にした根をずいと突き出す美鈴。さっきから気になっていたが、何なのかは教えてくれない。一本手渡されたのでしげしげと眺めるが、ノビルやニンニクにも似た根っこ。これはもしや。

「私を信じて、かじってみて下さい」

「いやこれ明らかにヒガ…曼珠沙華やん!」

 藤花の脳裏に、一面に咲き乱れる美しくも不気味な赤い花とあの旋律。アルカロイド系の毒を含む茎や根は食えば腹を下すこと間違いなしであろう。

「その通りです」

美鈴自身は至って真面目な顔なのが解せない。藤花の体調を崩して何をしようというのか。

「これは受け売りですが……格闘技を為す人の間で、代謝を高め、毒気を抜く特殊な呼吸法があるんです」

「え、それって」

「流派や体質もあるらしいのですが……藤花さんが会得できれば、森の瘴気に打ち勝つこともできるかもしれません」

 予想外の申し出だった。蹴りで瓶割もできる美鈴の事であるから、格闘技に関する知識は人一倍あるのだろうが、様々な種類の師範に即製ではあるが指南を受けた中でそんな話は聞いた事が無い。

「でもそれって会得失敗したらウチは腹下して数日寝込まなあかんって事やん……」

「…………そうなりますね」

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