闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

17 / 62
第三部 紅魔館へ The red gate keeper⑤

 しゅんとした顔で美鈴が肩を落とす。

「でも、やってみよか」

「!」

「ここは別嬪はんが多いな……こんなにウチ心配してくれるなんて、ウチは幸せもんや……」

「藤花さん……」

「分かったで!美鈴はん信じて、やってみようやん!」

「はい!それに、もし失敗してもこのタスケテェリン錠を飲めば大丈夫ですし」

「そういうの持ってたら先言ってや!」

 つっこみを怠らず、一方で抵抗を感じつつも手にした根っこをままよ大胆バリバリと噛み砕いて飲み込んだ。ヌルヌルする。ヒガンバナの根っこ、もう一度食べたいと思える味ではなかった。

「さ、様子見でちょっと歩こか」

 意気揚々と、とはいかないが、先を急ぐと森を入る手前でものの見事に腹痛と吐き気が二人を襲う!

「め、めーりん……ぎもぢわるい…」

「き、きましたね」

 荷物の重みと、精神力が分散され思わず片膝をついてしまう藤花。屈してしまうのか。そこへ、聞きなれない呼吸音が藤花の耳へ入る。

「スゥーッ!ハァーッ!」

「め、めいりんはん、それは……」

 その時である!傍らの美鈴は腰を落とすと両手を前へと突き出し、独特の音と共に深く呼吸を始めた。

「スゥーッ!ハァーッ!スゥーッ!ハァーッ!」

さすがの美鈴も内臓までは鍛えられなかったか、汗が頬を伝う。だが、その目には覚悟の光があった。

「うぷ……」

「スゥーッ!……ハァーッ!……これが、太古の暗殺者が己が拳法の果てに生み出した、チャドーの呼吸です」

「ち、ちゃ……?」

 再び直立の姿勢に戻った美鈴の顔に、体調の悪さは微塵も感じられなかった。呼吸を整え、特徴のあるリズムと共に内気を巡らせ代謝を促進。通常、発汗のみでは零コンマ数%と言われる有害物質、老廃物の排出を常人の何倍にも高める古の暗殺者の調息。忍びの間で連綿と受け継がれてきた秘術だが、あらゆる武術に通じ、幻想郷の過酷な生存競争を生き抜いてきた美鈴によって、勝るとも劣らない効果を生み出した。

「ご、ごうらんが……」

「藤花さんも、ほら」

「う、ウン。今のは何か、言わなアカン気がして」

 よろよろと立ち上がり、まずは構えを真似る。すかさず美鈴が助けに入り、背後から両腕を支えた。

「あちょッ、美鈴はん……」

「まずは普通の深呼吸から!」

 息を吸う。胸が膨らむ。せなに感じる、柔らかな二点。正面を見据えているはずなのに、藤花にはそれが何であるか、どんな大きさか、果ては張り具合までが手に取るように(手に取りたかった)分かった。

 長い試練(指南)が始まろうとしていた。

   *

 

 湖畔の霧が薄く比較的安全な地帯、遠く紅魔館を望む岸辺で重なる二つの奇妙な人影が浮かび上がる。

「め、美鈴はん。これちょっと恥ずかしい……」

「ガスマスクだって何時まで保つか分からないんですよ!このままじゃおなかぴーぴーで森を突破する羽目になります」

「あんたが根っこ食えって言……ヴぉええ…」

 美鈴の右手が、えづく藤花の背をさする。功夫の鍛錬めいて腰を落とし二つの掌を前方へとかざす藤花の呼吸は、まだ荒い。暗殺者の毒手ほど複雑ではないが、アルカロイドは立派な毒である。腹の底へ鉄の棒を押し付けられるような腹痛に耐えかねているのだ。

「ここ、ここに力を込める事を意識して深呼吸して下さい!吸った後」

「すぅー……」

「少し溜める!」

 藤花の脇腹少し下を抑える美鈴の手に少し力が加わる。背後に回って藤花の全貌を観察しようとして顔を近づけるので、必然的に視界の真横に美鈴の息遣いを感じる事になる。

「んっ……はーっ」

「もう一度!」

「スゥー……」

 腹痛や呼吸の乱れよりも動悸が激しい。何より、ああ何よりも背中に感じる二つの柔らかな感触がこれほどまでに意識をかき乱すとは。

「吐くときは五秒以上かけてゆっくり吐いてみて!」

 今度は胴を回って腹を押さえようと白い腕が藤花を這う。それにあわせて背中に感じる圧が強まった。傍目に見れば、前かがみになって汗ばむ藤花を背後から抱きすくめ、上半身を密着させて何事かを囁きながら下腹部へ腕を伸ばす美鈴の全容をご覧いただけるはずだ。

「スゥゥー…………ハァッ!」

 しかし美鈴の肢体に気を取られた事で、腹痛をしばし忘れて呼吸する事に成功している。美鈴のそれとは若干異なるが、繰り返し息をする事で痛みに支配されていた臓器を中心として腹部が熱を持ってきたような感覚にとらわれた。発汗も苦痛によるものというよりも体温を下げ、悪いものを排出する代謝行為として強く感じられる。

「スゥゥー……ハァッ!」

 彼女のものとして、体質はともかく彼女なりに代謝を高める呼吸法が定まってきたようだ。美鈴も個人差については何も言わない。

 そして、名残惜しいが美鈴の腕が支えを解き、上半身の密着も終わった。

 どちらが効いたのかは分からないが、結果として藤花は通常の排出、休養と比較してはるかに短い時間で腹痛を除去した事を実感する。

「これ……ほんま?」

「本当は、何か特殊な精神の持ち主がより短時間で体調を整える為のものらしいんですけど、藤花さんもなんとかものにできたようですね」

「いや、すごい。これ」

 構えを解き、驚いた表情で腹をさする藤花に、もう苦吟の汗は見られない。心なしか腕の振りや歩行も軽々と行えるようになっているようだ。それを見て美鈴も満足げに頷く。

「瘴気に満ちた森の突破はどうなるか分かりませんが、これまでより簡易な防具で通行できるようになるはずですよ」

「ほんま……おおきに!これすごいわ!」

「即製ではありますが、早速森を抜けましょうか」

「あい!」

 

   *

 

 見覚えのある里の外郭が見えてくると、藤花は旅路の後半になってやはり装着せざるを得ない被甲を取り外した。それでも、以前に比べると心構えに余裕が出てきたおかげか、体調はずっと良い。

「美鈴はん、お礼に晩御飯でもどぉ?」

「てへへ」

 藤花の申し出に、美鈴は照れ臭そうに頭を掻いた。

「実は、警防団の書類を交わすついでにちょっと遊んで帰ろうかなと思ってたとこで」

 その言葉を聞いて、藤花も屈託のない笑顔で応えた。

「決まりやね」

 夕日が潤しい橙色で里を染め上げる中、太陽に負けず劣らずの赤い顔で肩を組み、懐かしい大陸の歌を口ずさむ藤花と美鈴の姿が通りにあった。手土産に葱ぬたの包みをぶら下げている。

「あー、よぅく飲みましたねぇ」

 でへへへと遠慮なく笑う美鈴と顔を見合わせ、藤花が心配げに尋ねた。

「帰り道、大丈夫なん?」

「ええ、ええ。寝ながらでも帰れますよぅ!」

「それは、よかった……」

 調子良く拳を振り上げる連れに苦笑しつつ、里で数少ない中華食堂の軒先で歩みを止めた。幻想郷にあって満漢全席とはいかないが、限られた食材で仕立て上げられる中華料理は却って藤花の記憶へ強く働きかける素朴な味なのだ。

「締めに、ここに寄ってこうか」

 

   *

 

 風体からして店に似つかわしい美鈴を見止め、給仕の一人がぱっと顔を明るくした。

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 木造のいかにも日本建築なのだが、経営者によって至る所に異国情緒を興す苦心の跡が見て取れる。椅子や机はきちんと中国風のもので統一されていたし壁にかかる札や倒福もそれらしい雰囲気の醸成に一役買っていた。

 しかし、今日は見覚えのある風景を遮る衝立が何枚も建てられており、赤黒の隅で転々と雅に描かれた梅と鳥が舞っていた。その奥からは騒がしく宴会の音声。

「繁盛してるみたいやね」

 怪訝な顔で藤花が給仕に尋ねた。異国料理というものは独自の調味料の調達などで、料理の出自に関わらず幻想郷では高級なものに位置づけられる。警防団も里の有力者たちの援助によってそれなりの団結式を執り行ったりしたものだが、他にいったいどんな団体がやるのだろうか。

「講民党の集会だそうです」

「コーミントウ?」

 聞いたことのない徒党だ。考え込んでいると美鈴が壁の文字から勝手に注文を進めていたので、慌てて脳裏に広がる情報を打ち消した。

「あ、ウチは楊春麺で!」

   *

 

 翌日、藤花は畑から戻ると「本日午後より営業」の札を店先へ出し、私服姿で通りを急いでいた。

 警防団へ入って以来、早朝は畑いじり、日中は煙草屋、もし連絡が入れば警防団本部へ出頭し、と彼女の日常は確実に多忙を極めていた。聞けば里内の分団に入った酒屋などは、河童と契約して自動販売機の展開に着手したらしい。手間賃もそれなりに取られるようだが、藤花の時代のそれと異なり、防犯設備も備わっている為に売上金の強奪の心配も無く手間賃はあれど店主不在の間も売り上げが発生し続けるのが良いのだとか。高黍屋の銘柄で一番売り上げの良い刻み煙草「とき」あたりから始めようかと思案した時、彼女の目的地が眼前に現れた。

「飯綱銃砲火薬店」

 指鉄砲や弾丸を図案化した意匠に彩られた看板に墨痕鮮やかな漢字が躍っている。先日縁日で入手した割引券とやらを携え、警防活動中に使用するであろう火器を調達に来たのだった。手持ちの銃は紅魔館住人の一部を除いて所持すら知られていないし、もしも今後「個人的な」戦闘が発生した場合、公に使用する火器を別に購入しておくのは彼女にとって損は無かったのだ。

「おじゃましまー……」

 使用されている建屋に対し、内装が非常にモダンだった。藤花の知る内地の銃砲店などに比べるとカフェーめいた洒落た照明をふんだんに使用し、銃器をさも高級な調度品めいて顧客へ印象付けている。すかさず洋装の店員が現れて恭しく挨拶する丁寧さだ。

「いらっしゃいませ、何をお探しでしょう」

「あー、その、ウチ警防団の者で……」

店員は小さく頷いた。団結式の写真を総天然色で眺めれば、藤花の髪は嫌でも目立ったはずだ。彼もそれを目にした可能性がある。しばし顎に手を当てて考え込むと、その手で陳列棚を一通り指し示した。そこには小銃、散弾銃、拳銃と一通りの種類が取り揃えられていた。

「皆さん選択は様々です。外来人の方には、以前おられた時代や国籍に合わせた個体をお勧めできますが……いかがでしょう?」

 成程上手いやり方である。しかし藤花も戦時下日本から来たと吹聴して回るわけにもいかない。迷わず「リボルバー」の棚を指差し、あそこから選ぶと伝えた。

 自動拳銃は、明らかに(藤花から見て)未来の銃が混じっているし、操作も個体によって大きく異なる。一方でリボルバーは時代は変われど操作系統はまず同じであったし、彼女の出自を誤魔化すには丁度良かった。

 チラと見た限り、リボルバーは知っている形の物もそれなりに並べられていた。警防団の身分で大手を振って所持できるなら敢えて大柄なものを選び、あいつはでかいのを持っていると周知させた方が仕事もやりやすくなるだろう。戦前から慣れ親しんだS&Wの社章が彫り込まれ、重そうな銃身を備えた一丁を選び取った。

「こちらをご存知ですか?」

「えーと、映画で観てん」

「左様ですか。こちら社外製のラバーグリップをお付けして…そうですね、割引券をお持ちですが、現在警防団の方へはもっとお安く提供させて頂いておりますので、そちらはご不要ですよ」

「ほんまに?」

「ええ、もう一丁、無料でお持ち頂けます」

 藤花は目を丸くした。大盤振る舞いもいいところだ。おそらくだが、銃器犯罪の温床と後ろ指を指されるくらいなら、警防団に大々的に売りまくって正義の味方として里へ印象付けたいのだろう。それに一人あたり二丁売れば、弾薬なり交換部品で後々売り上げは補填される。

「地下に試射室を設けておりますので、よろしければ利用なされますか?」

「あ、ああ、せやね」

 懐に忍ばせやすそうな短銃身の一丁を予備として選び、ついでに自動拳銃の棚にあった見覚えのあるコルトと、さも迷っているそぶりを見せて店員に託した。

「ではこちらへ」

 見れば中庭のようなところに地下へ降りる階段が設けてあり、入り口はベトンで囲われている。これで音は上空へ逃がす仕組みなのだろう。案内されるまま階段を下りていくと、かつて訓練で入れられた地下射撃場を想起させた。

 

   *

 割引で浮いた資金は拳銃嚢と弾丸の購入に充て、しかも当日そのまま持ち帰ることが出来た。警防団への銃個体番号や旋条の登録は店から情報を横持ちしてくれるらしく、手厚い対応である。

 家に戻り店を開けると、勘定台の陰で紙袋を開けて調達した得物を並べて観察してみる。黒光りするリボルバー二丁だ。大型の一丁は銃身に357MAGNUMの刻印があり、銃身下には射撃時の錘として機能する押出棒覆いが装備されており、華奢な少女のような一九式と比べたらまるで大男の腕めいている。もう一方は撃鉄を覆う外装が特徴的な短銃身仕様であった。マグナムは大威力すぎるようにも思えたが、いざという時は三八口径弾を使いまわせるので弾丸の調達にも有利といえる。どちらにせよ、銃をちらつかせれば大体のチンピラが、そして度胸のある人間相手でも権力をかさにきた奴が一発ぶっ放せば大人しくなる事を藤花は心得ていた。

 警防団として里の治安に関わる情報を入手閲覧できる立場、公用車という大衆より秀でた足、そして公認で携帯できる銃と、藤花の計画において重要な要素はなんとか取りそろえることが出来た。

「あとは、真面目に仕事するだけかな……」

 銃を仕舞い、傍らの紙片を取り上げる。そこには「お値段異常!自動販売機契約者募集中」と文字が躍っていた。定期的に森の近くへ来ているという噂を聞きつけたので、あとで覗きに行ってみるつもりだ。それさえあれば、多少警防団にかまけていても稼ぎは出せるようになる。

 その時だった。

「ごめんくださーい!」

「およ」

 威勢のいい挨拶は聞き覚えがあった。いつしかのブン屋さんというか文だ。配達鞄とは別に重そうな紙の束を抱え、戸枠を叩いていた。

「藤花さん、いらっしゃいます?」

「ああ、文はん。いらっしゃい、こっちおるで。……って、あれ。新聞はもうもろてるけど」

「いえいえ、先日お願いされていた既刊ですが、流石に取り置きが無くて…代わりに、年始に出した異変解決号外特集があったので、そっちを持ってきましたよ」

「おお!おおきに」

 受け取ってみるとどっしりと重い。過去に起こった異変を調べれば、幻想郷の結界を破る糸口が掴めるかもしれないと思ったが、これだけの異変が起こっても揺るがないのだから流石と言わざるを得ない。

「そういえば、藤花さん」

「はいはい」

「本日は、銃砲店の方へ行かれたようですが……狩猟でも始められるんですか?」

 ぎょっとして顔を上げると、文は手帳と万年筆を手にし、取材の構えを見せていた。もしかして号外は餌で、こちらが本命だったのではないかと勘繰るほど彼女の目は真剣であった。

 しかしそこは藤花も隙を見せず、からからと笑って傍らの袋を持ち上げた。

「警防団の仕事やで。ここんところの売り上げ調査と聞き込み。それだけやって帰ってきたとこ」

「そうでしたか……」

「煙草屋の取材やったら、いつでも歓迎やねんけどね」

「そうですねー、山の天狗達は警防団関連の記事の方が関心が高くて、人里の経済記事は年明けまで待とうかなと思ってたところで……あっ、煙草屋さんに強盗が入って藤花さんが取り押さえたなんて事があれば、もうバンバン書いちゃいますよ!」

「縁起でもない事言ぃな(言うな)!」

 思わず椅子から転げ落ちそうになってしまった。この新聞記者、どれだけ過激なタネに飢えているのか。

「やだなぁ、冗談じゃないですか」

「でも、里で銃砲売ってるなんて思いもよらへんかったけど」

「うん?そうでしたか」

 意外そうに眼を瞬かせる文に、藤花もまた少し考えを述べる必要に迫られた。漂着して日の浅い彼女とはいえ、生き延びる為に霖之助や美鈴からこの土地の特性は聞き及んでおり、人一倍情報を吸収したつもりでいる。人間が安全に暮らす領域が極端に限られている土地柄、新たに旗揚げする警防団の後ろ盾がついたとはいえ里に事業として成り立つ銃砲店があるのは藤花にとってもどこか不思議に思えたのだ。

「なんていうか、幻想郷……ここって妖怪が、えーと」

「妖怪に有利である、と?」

 それとなく発言を引き出すように語尾を濁していたら、文も藤花と同様の考えを口にする。

「そう、そういう土地で人が揃って銃を持てば、力の均衡に影響が及ぶやん」

「確かにそういった考えの声はあるようですね」

 妖怪は人を襲う一方で、人間は妖怪を退治する事も認められている。マタギなどの例を見るまでもなく、信仰の対象とする一方で狩猟の相手や場を取り仕切る存在として君臨した妖怪がおいそれとそれを認めるとは藤花もにわかに信じがたかったのだ。

「里の銃砲店……ちなみに企業の主は私の上司にもあたる者ですが、実はそれほど憂慮はしていません」

「ん、そうなん……」

「人間の退治屋は既に何人か名前を知られていますが、対決はいつも実体の弾丸を用いない弾幕勝負と掟で定められてますからね。狩猟ならばともかく、銃を振りかざして妖怪の領域に突っ込んでいったところで、勝負にならない……いや、相手にされないという現実もありますよ」

 藤花も現場を見たわけではないが、幻想郷における人妖の対決がそうらしいというのは耳に挟んでいる。先日顔を合わせた霊夢もそういった妖怪の起こす異変に対して何度も出撃しては名を上げているとも。

「それは確かにそうなんやけど……」

「ええ、ええ。私も当初は藤花さんと同じ憂いを口にしましたよ。でもですね」

 その瞬間、足元から上着を吹き飛ばされそうな烈風が巻き起こり、藤花の瞼は反射的に異物の侵入を防ごうと何度も瞬きを繰り返した。何が起こっているのか分からないが、眼前の文が姿を消した事を認識した次の瞬間、後ろから肩を叩かれる。

「鼻にかけるわけではありませんが、藤花さんの射撃の腕で今の速度に追い付けますか……?」

「…………悔しいけど、無理みたいやね」

 藤花の反射神経の速度を超えて、文は跳躍し、背後に降り立っていた。辛うじてそれは認識出来たものの、動きを読み先んじて対応するには到底及ばない。身体能力の差というものを、この短時間でまざまざと見せつけられたのだ。

「加えてですね」

 ただそれだけではない、と文は言い添える。

「銃というものは当然弾丸を込めるわけで、人間がそれを手にして制圧能力を伸ばしたところで、その力は弾が残っている回数、そして時間分しかありません。そして妖怪は鍛えるだけ伸びる己の体力で対峙するわけですから……」

「成る程ね、弾を増やして対応しようとすれば、重さと装備で着膨れして動きが緩慢になるってわけ……」

「今のところ、そういった理論で妖怪は楽観視しているんですよ」

 文も十二分に納得しているわけではなさそうだが、今の瞬発力を目にした藤花も銃の能力に限界を覚えざるを得なかった。

「っと!おしゃべりが過ぎましたね。また、警防団のお話、聞かせてくださいよ」

「あ、ああ……おおきに」

 そう挨拶をして表へ出た文は、素早く跳躍して通りではなく空へと消えて行った。あれだけの機動力があれば取材対象もどこまでもつけ回せるに違いない。羨ましくもあり、今後の活動を考えると若干の疎ましさも覚えた。

「さて、と……河童さんに会いに行ってみよかな」

 独り言を漏らして立ち上がる藤花の背後には、またどこからか大量に調達してきた胡瓜に満たされた籠があった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。