闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第四部 人里警防団大演習③

「おねーちゃん!ウチらとお車で遊ばへん?」

「お姉さん煙草屋の……?すごいの乗ってるんだ!」

「へっへへー、どない?あんみつでも」

「乗せてくれるの?」

「貴女たちの為に、空けといたんですよ///」

「もうずっと前から……へへっ」

 騒動の中心から離れた里の一角で、藤花たちは演習も忘れて公用車をダシに小粋な町娘を引っかけようとするという不謹慎極まりない遊びに興じていた。

「ほなお嬢ちゃんちょっと待っとってな、甘ーいあんみつ買うてくるから」

しかし。藤花の目論見は、無遠慮な無線のブザーによって破られた。

「紅魔三号、応答願います」

「え、なに、警防団だったの?」

 町娘が目を丸くし、やがてふくれっ面となる。

「あーあ、留置場でデートする趣味はないんですー」

「あら、あららら……」

 ばつの悪そうな顔で残された美鈴のところへ、藤花が人数分のあんみつを抱えて戻ってきた。

「あれ?お嬢ちゃんは?」

「藤花さん……あんみつ姫は逃げちゃいましたよ」

「えー!何でまた……って、原因はこいつか!はいこちら紅魔三号」

 ブザーの鳴る受話器を引ったくり、不機嫌丸出しの声で応答する。

「確保した小野塚小町の護送願います。至急新晃堂へ向かって下さい」

「紅魔三号、了解……」

 レパードは、無線連絡を受けて大きく進路を変え、元来た方角へと向かった。

「……しっかし、美鈴はんに運転の才能があったなんてなぁ」

「滅多に乗らないですけどねえ。たまに咲夜さんもお嬢様方の送迎に向かわれてますよ……お嬢ちゃん逃してしまって見せつける機会も失われましたけどね!あんみつ姫逃した警防員の恐ろしさを思い知らせちゃる!」

 狭い里の道を派手にドリフトしながら人ごみ直前まで突進し、急停車する。

「紅魔三号現着ーッ!犯人どこやァ!」

「おお、来てくれましたか。ちょっと今、手を離せない状況になりまして……本部への護送をお願いします」

「あははー、よろしく」

 何故照れているのか分からないが、苦笑して頭をかきかき、小野塚小町が引っ立てられてきた。当然、先程の町娘なんか霞んで見えるほど、肉付きも良く美人である。

 演習ではあるが、美鈴はあくまで本番同様に小町を連行する。

「ち、ちくしょー、離しやがれー」

「大人しくしなさい!大人しくしてたらあんみつあげますよ!」

「何で覆面車にあんみつ積んでるのさ!?」

「ええから、あんみつ食べながら車ん中で待っとき。それで、どないしたん」

「犯人の説得って出来たりしますか」

「え……」

 

   *

 

「こちら小野塚小町容疑者の捕縛現場にほど近い、籠城中の新晃堂の前に私立っているわけですけども……この歓声!聞こえますでしょうか?騒ぎを聞きつけて大勢の野次馬が詰めかけておりますが、それは次第に犯人役の四季映姫様へのエールへと変わりました!日頃の評判からは想像もつかないほどのキャラ崩壊を遂げた彼女に、ギャップ萌えの精神で様々な層のファンが集まってきております!そして、合同取材班の記者の念写によって、店内の様子が少しずつ明らかになってきました!どうやら犯人……四季映姫様は店員と客を人質として縛り上げ、一カ所に固まらせようとしているようですね。そして銃!銃をつきつけております!えー、こちらに見えるのは発砲されたという想定の藤原妹紅氏の足でしょうか。こうして観察しているだけでも、誠に慙愧に堪えないといった気持ちが伝わって来るようです。しかし警防団側にも動きがありました!これから二名が犯人の説得に向かうようです!訓練とは思えない迫真の光景に、我々報道陣も固唾を呑んで見守っております」

 

   *

 

「えーと……」

 妹紅は、眼前に突き付けられた銃口の真意を一瞬理解できなかった。

「……な、何か言いました?」

「ばーん!!」

 映姫の有無を言わせぬ口砲が再度妹紅を襲う。思わず肩が跳ねた。

「そ、そんなのあり……?」

「ありです」

 銃を降ろした映姫の目は、あくまでも真剣だった。

「今回の演習は、筋書きが無く、また一般の警防員が遭遇する事態も想定して人妖、能力を問わず負傷、死亡判定が下ります。藤原妹紅、貴女はこれの弾を食らって完全な即死です」

「ええぇぇ……」

「さ、これ着けて横になりなさい」

 映姫が差し出した札には、大きく「死 体」と書かれていた。

「ええ、えええ……!?」

「さて」

 物言わぬ死体となった(設定の)妹紅に背を向け、冷徹な強盗犯になりきった映姫は続ける。

「これから皆さんを拘束します。方法は、まず女性店員に銃を向けて威嚇しつつ、店の備品である荒縄で皆さんの両手首を拘束させ、妹紅が携行していた手錠を最終的に女性店員に自ら掛けさせて完了します。その間、誰かが反撃したりすることは不可能です。何か質問はありますか」

 真面目な性格ゆえに犯人役も真剣に立案されているとあって、その場で対抗策を口にできる人間はいなかった。

「犯人に告ぐ!」

 突如、窓外から拡声器で大きくされた声が飛び込んでくる。

「これより、二名が君の説得に向かう!これ以上罪を重ねるな!」

 呼びかけの裏で不穏な動きがないか、映姫はあくまで犯人らしく窓枠の陰にそっと近づき、外部を伺った。裏へまわり込む等はされていないようだ。

 そして表には、手を挙げた藤花と美鈴が銃を置き、「これからそちらへ向かう」と叫んで歩み始めている。

「丸腰やで!撃つんやないよ!」

 薄暗い口を開けて待ち受けている新晃堂に向け、ゆっくりと歩み寄っていく美鈴に、藤花が耳打ちする。

「ウチが予備の銃を撃って人質を気絶させるから、美鈴はんが自慢のとび蹴りで犯人をノしたって事にできへんやろか」

「……商店街にいるおばさんって意外と図太いですから銃声くらいで気絶しないんじゃ……」

「うーん」

 決定打に欠ける中、とうとう入口へ到達してしまった。目が外から室内に適応し、納得いかない顔で倒れ伏している妹紅が最初に視界に入ってくる。

 その奥で、床に座らされた人質に銃を突き付ける映姫が立ちふさがっていた。

「説得は受けません。こちらが次の行動を決めるまで大人しく待っていなさい」

「……美鈴はん」

「はい」

「あれ一応閻魔様やんな……」

「今は犯人ですよ……」

「手錠を出しなさい」

 目の前で小声で相談という、説得工作において一番やってはいけない事をやりながらうつむく二人に、映姫が言い放つ。二人は言うとおりにするしかない。

「向かい合って互いの手にかけなさい」

 その声に、藤花と美鈴は顔を見合わせた。しかし、人質がいる以上どうしようもない。面倒くさそうにそれぞれ手を取る。

「幼稚園のお遊戯じゃ……」

「ないってのに……」

 軽い金属の噛みあう音が二つ。そして、二人は両手を鉄の鎖で結ばれてしまった。自然と掌が重なり合う。この距離だと、互いの胸もくっつきかねない勢いで、テレビゲームならば「ばよえ~ん」とか鳴って消えてしまうだろう。

「「…………照れちゃうぜ」」

 

   *

 

「あんた達、やっぱり馬鹿じゃないの」

 手錠を掛けさせられ、鍵も奪われた二人がタンゴを踊りながら野次馬の唖然とした視線を潜り抜けて戻って来るや否や、霊夢が冷静に言い放った。

「あ、あの閻魔様完全になりきっとる……」

「早く強行突入でもなんでもやってくださいよぉ」

「できたら苦労しないわよ。銃砲店の連中に聞いたら、犯人の銃はM16とか言って、切り替えひとつで秒間数百発のペースで弾が飛び出すって代物らしいから、記者の目もあって迂闊に手を出せないのよ。ほら、じいさん連中が責任なすりつけてくる前に犯人護送しちゃいなさい」

 結局、藤花たちの説得は失敗に終わり、再び膠着状態へと陥った。

 

   *

 

「えー情報に拠りますと警防団の工作は失敗に終わったようです。住民の間からは、団の練度に疑問を呈する声も上がっており、今後の評価に影響を与えるのは必至かと思われます。また合同取材班のインタビューに非協力的な態度は、これまで批判されてきた人里の権力拡大方針という声を一層強くするものと思われ、今後我々取材班も幹部団員へのインタビューを通じ厳しく追及していきたいと思います!以上!清く正しい新聞記者……」

   *

 

 

「速報です!犯人からの要求が出されました!天狗の山への亡命と、移動用の車、そして仲間の解放と言う事です!この仲間と言うのは、同じく演習での犯人役として参加し昼頃捕縛された小野塚小町氏の事であると見て間違いないでしょう。警防団側は時間を稼ぎつつ犯人の確保に全力を挙げるとしておりますが、度重なる突入計画の失敗、また客役として店内にいた警防団員アリス・マーガトロイド氏が乳児役として用意されていた人形を使って犯人を殴打しようとするなど、警防団のだらけきった内部事情が次々と白日の下に晒されており今後の対策についても幹部へのインタビューを試みる予定であります!以上、現場から清く正しい……」

 

   *

 

「ラジオ消せ!」

 レパードの助手席で、藤花が咆えた。

「何やねンあの天狗!煽り散らしてほんまに……」

 車内に立ち込める濛々たる紫煙の中で、運転席で押し黙っていた美鈴がさっとラジオを切った。

 小町の護送と称して里内をぶらついているだけの気楽な業務に戻ったつもりだったが、犯人が釈放を要求となるとまた渦中の新晃堂へ戻らなければならなくなる。そうしてまた乗車しようとする映姫を取り押さえろなどと言われてはかなわない。

「いやぁ、あたしがまた日の目を見るなんてねえ。四季様迎えに行く前にかつ丼でもかっこんでいこうかしら、なんつって」

「……行っといで」

 後部席で気楽そうに頭を掻いている小町を尻目に、藤花は車を開けてシートを倒した。

「え、いいのかい?護送は?」

「車も要求されとるんやから、こっから警防団本部は歩いて行けるで。あんたらの車は裏手に停めてあるはずや」

「おーっ、そんなら話は早いね。んじゃ、あんみつ御馳走さん!また縁があればどっかで会おうねぃ」

「そのうち嫌でも会うやろ……渡し賃おまけしてや」

「あたしの食い扶持なんだから、やめときなって。死んで墓場に持って行けぬ~って歌ってたのは北村さんだっけ」

「二村さんや。ほなね」

「はい、ごきげんようー」

 飄々として小町が去っていくと、あとは相変わらず紫煙を燻らせている藤花と、疲れ切った表情の美鈴が残された。あんみつはもう無い。

「藤花さん、疲れましたよー」

「もう、寝てよか」

「流石に怒られるんじゃないですか?」

 そう言う美鈴に、藤花は小町の置いて行った札を振って見せた。そこには「手錠を掛けて拘束中」と書かれていた。

「演習は全部、札に書かれた状態を想定して行ってるんやで。護送されてたはずの小町はんが単身現場に帰ってったって事は、ウチらもそれなりに対応せなあかんやろ?」

「どうするんです……?」

 首を傾げる美鈴に、藤花は札の紙を割いて二人分とし、ペンを取り出して何事かを書き付け始める。作業を終えると、ほれ、と言って文面を読ませてみせた。

「……これは、むしろ寝てないとまずいですね!寝ましょう!」

 

   *

 

警防団本部、電話口。

「どうした?」

「連絡も無しに犯人の迎えの車が店の外に来てるぞ!護送してた二人はどうした!」

「それが、紅魔三号は先ほど里内で発見したのですが……」

「二人はいなかったのか?」

「いたんですが、その」

「その何だ」

「札が……”後頭部をスパナで強打”て書いた札を首からかけて車内でピクリとも動きません!」

「叩き起せ!演習はまだ終わっちゃいない!」

 

   *

 

「いやーでかいスパナやったね」

「ほんとに、なかなか目が覚めませんで」

 美鈴の操るレパードは人通りの減った人里外環を抜けて竹林を迂回する道路へ出ると一気にスピードを増した。流石に天狗の住まう山々まで演習ごっこを続けられない以上、なんとしても車を止めなければならなかった。

幻想郷のカーチェイスも、もう車種が見分けられるほどにまで距離を詰めていたが、後を追う二人のレパードと二台の覆面車のサイレンが鳴り渡るのみで、なかなか進展が無い。拡声器で停車を呼びかけろと言う指示が出たので、藤花も慣れない一九八〇年代の受話器を取って通話スイッチを握り込む。

「あー、あー。そこの車ー、停まりなさい。……停まりなさーい」

「甘いですよ藤花さん!ピロートークじゃないんですから」

「そ、そっか。えへんえへん…………おら待てェ!!おのれ紅魔分団ナメとんのんかァ!!」

「その調子!」

「貴様ッ罰金五十万やぞ!」

「もっともっと!」

「ンン百万ッ!」

「もう一声!」

「二百万やッ!!」

「ええぞー!」

 好き勝手に怒鳴り散らす藤花を尻目に逃走を続けるオオタ号だったが、そこへ来て追いかけっこに異変が生じた。

 逃げる映姫車、の右斜め前方から急速に接近する光点。そしてそれはわずかに煙の尾を引いて飛翔する物体であると視認できた。

「何あれ」

「…美鈴ッ!」

 一瞬の判断で命拾いをした。美鈴が咄嗟にハンドルを切ったおかげで、ロケット弾はレパードを逸れて直後を走っていた別の車を爆発炎上させたのだ。

「停まれ…状況中止!」

 大慌てで情報員の顔に戻った藤花は路肩の窪地に車を飛び込ませると、ドアを開け放ち外部へ転がり出る。咄嗟に実包を込めたボディーガードを抜き放つが、遠く映姫車が慌てて急制動をかける甲高い音の他は何も聞こえなかった。

 

   *

 

 結局、大演習は車に乗り移った犯人を山道で取り押さえたという事で収まった。

 翌日、山の新聞はこぞって警防団がおもちゃに過ぎない烏合の衆だと書きたて、一時は警防員の里内の処遇も危ぶまれる事態となったが、銃砲店がここぞとばかりに狙撃銃の売り込みをかけ、射撃実習も含めたシステム一式を納入する契約が成立した。

 新説狙撃隊は郊外でしきりに訓練をしていたが、訓練風景と新聞記事を眺める藤花の顔は苦々しいものだった。彼女にとって、幻想郷の公式な戦闘規範に沿わない弾丸を使う火器であっても、人里が強力な武装を施されるのは本望ではなかったのだ。

 それに輪をかけて彼女を不機嫌にさせたのが、例の演習を狙った攻撃である。当然是非曲直庁が関与しているはずも無く、天狗も「弾幕ごっこ非適用火器の保有は是を認めず」とする公式声明を新聞に掲載した。

 まず警防団が取った行動は、「大演習本部」と書かれた札を「砲撃事件捜査本部」に掛け替える事だった。

 


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