闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第五部 乱階の紅魔分団①

 警防団の車が吹き飛ばされてから二日後、美鈴は本来の職場へ戻ろうとしていた。これ以上、門番の仕事に穴が空くと紅魔館としてもまずいだろうという事は、彼女も心得ていたのだ。

「じゃあ、藤花さんも気をつけて。私も湖周辺の妖怪に聞き込みしてみますよ」

「おおきに……ウチとしても、本部のじいさん連中が言うとる、閻魔様を狙ったテロルって推測がどうも気に入らへんねん。狙いが分らへんのに捜査範囲を決めてまうのも危ないやろ。ウチもちょっと調べてみるで」

「はい!……あの、いいんですか。車乗って行ってしまって」

 美鈴は背後に鎮座するダークブルーのレパードを振り返った。藤花はからからと笑って手を振る。

「ウチ、ああいう赤兎馬とかいう仕様は運転した事あらへんもん。楽と言われても、体がなかなか……」

「オートマですよ、藤花さん。……まあいいや、そう言われるなら、使っちゃいますね」

「はーい」

 美鈴は改めて手を振り、ハードトップの反射も眩しいドアをくぐるとレパードへ乗り込み、タイヤを軽快に鳴らして走り去っていった。

「さて………」

 心地よい風に紫煙をたなびかせ、振り返った藤花の視線の先には迷いの竹林が遠く、鬱蒼と茂っていた。

 

   *

 

「迷いの竹林とは、よう言うたもんやなあ」

 警防団本部で入手した資料によれば、竹林分団は本部所在地が「永遠亭」とされており、別に「派出所 炭焼小屋」と表記されていた。他の分団ではなかなか見ない表記だが、藤花には理解できなかった。

 演習時、四季映姫が使用した逃走経路は里を竹林方面へ抜けて里と緑の境を行ったり来たりしながら最終的に天狗の住まう森へ至るものだったという。途中、遺留品が無いか道端を探索しつつ歩いてみたが目ぼしい物は見当たらなかった。

 警防団車両基地を出て里を抜け、と歩いているうちにつかれてきたが、いざ竹林を眼前にすると涼しげな風と奥に行くにつれ霞むような視界と相まって何とも幽玄な眺めである。

 脇を見れば、「炭売り〼」の古びた立札。なるほど、その永遠亭とやらは竹林の奥深くにあり、夜半の来訪などに難があるから派出所を設けているのだろうか。紅魔館の連絡員の藤花が高黍屋で情報の受け渡しをするのもそうだが、案外警防団の区分は上手くできているのかもしれない。

 気を取り直して竹林の立てるさざ波めいた雅な音に耳を傾けつつ道をゆくと、のっそりと横たわる炭焼小屋が見止められた。

「吉良はんおるー?って、おるわけないか」

 しかし、小屋には吉良上野介はおろか、主らしき人物の姿も見当たらなかった。約束も取り付けずに訪れたのだから当然と言えば当然だが、事件の最中なので協同できないのは後々苦しい。いつまでも待つわけにもいかず、とりあえず本部とされる永遠亭とやらを目指して林道へと足を踏み入れた。

 瞬間、周囲の空気が一段ひんやりと体を包み込んだ。一人で自然を愉しむなら森よりもこちらが断然いいかもしれない。霧でうっすらと煙り始めた太陽を竹林のすだれから垣間見ながら、鼻歌まじりにあるいていくのは何とも心地よかった。煙草の一本でも取り出そうかと考えたが、主の許可なしに竹を焼くわけにもいかないでのそれは諦める。と、足元の道が入口のそれと比べて随分と曖昧になっているのに気が付いた。しばらく誰も歩いていない道か。もしかしたら正しい経路を外れて作業道に入ってしまったのかもしれない。くるりと向き直って来た道を戻……ったつもりだったが、見覚えの無い石がゴロリと転がっているのを見た時点で彼女は自分が置かれた状況を察した。

「ここ、どこ」

 ひぐらしの、鳴きつる方を眺むれば、いずこも同じうつほなりけり。

 どこからか鳥だか虫だかの鳴く声は聞こえるが、霧の如く判然としない。よくよく見れば火山質の土地めいて不安定な起伏が延々と続く地形でありどこから来たのか見定めようとするほど視線が地形に乱されてしまう。

「……落ち着こう」

 幸いまだ明るい。ここで焦ってより深みへ陥ってしまうよりも、多少遠回りしてでも歩いた跡を戻って確実に入口へ近づいた方がいい。その場で気を付け回れ右をし、片足を上げて足跡を見てみる。そして数十センチ先を見て、足跡が視認できないか、湿った面を上にした落ち葉がないかを探った。スパイと言うのは歩幅で正確な距離を測れたりといった技術を仕込まれるものだが、この地形では過信は禁物だ。

 道具どころか自分の身体能力すら満足に発揮できない環境にあって、藤花の労苦は極まりないものだった。一時間後、遂に藤花は五メートル戻る事に成功した。

「死んでまうわ!」

 日が短くなってくる季節、また密集する竹の中とあって見る見るうちに辺りが暗くなってくる。まして今日は小銃も無ければ付き添いもいない。

「あああ……」

 しゃがみ込んで頭を抱え、天を仰いだ。もっとも、よく見えなかったが。

 こんなところでヘマをやらかすとは。己の選択を悔いながら、せめてというかいつもの癖で煙草を取り出しかけた時、頭上から声が降ってきた。

「煙草ならこっちでお願い出来るかな。あと、丁度切らしてるんだけど一本恵んでもらえる?」

   *

 

「誰!」

 積み重なった葉の上で滑りそうになりながら、声のした方へ向き直った。淡い月影の下にあってスポットライトめいた劇的な登場こそしなかったが、素直に助けが来たとは思えない。しかし煙草について言及したりするあたり単純な怪異とは実感が異なった。

「こないだ、顔は見ていると思うんだけどなあ」

 なだらかな坂を這いつくばるように慌てて駆け上がると、竹の間に僅かな円形の土地が開けており、その中の石に発言の主が腰かけていた。

「あんた……妹紅はんやっけ」

「ああ、うん。その様子だと、大分歩き回ったみたいな?」

 藤花は、ひとつため息をついて頷いた。相手が明らかになったところで彼女の足取りは相当軽くなる。胸元から煙草と燐寸を取り出す余裕も出来た。

 対する妹紅は、腰かけている石の傍らに背負子を降ろしていた。太さと言い長さと言い揃っている竹が切り出されて丁寧に積み込んであり、いかにも作業をひと段落させて休憩中といった様子。

「ひどいもんやで。歩きづらいんは森で慣れとったはずやのに、ちょっと踏み入っただけであれやもん。はい、どーぞ」

「ありがとう」

 藤花の差し出す紙巻きを笑顔で受け取る妹紅。すかさず差し出される火種に筒先を突き出して一服する様は相当手慣れたものだった。目を細めて両切りバットのジリリとくる甘辛さを舌先で愉しむと、目を細めて渦巻く紫煙を竹林へ浮かび上がらせる。藤花もつられて一服。

「ふぅーっ。しっかし妹紅はん、こないだの演習では災難やったね」

 薫りを呑み込みながら、妹紅は小さく頷いた。

「まさか、問答無用とはね。まあ悪人知り尽くした閻魔様の事だもの、そこへあの融通の……お堅い性格だとね」

「あとあの新聞!ウチらの失態もそうやけど、妹紅はんのぶっ倒れてるのも容赦なく写真載せとったし……」

「ああ、あれか。おかげで"あの死体の人"で顔を覚えられる日が来るとはね。皮肉と言うか」

 そう言って妹紅は、西洋人めいた”お手上げ”のジェスチュアで呆れ顔をしてみせた。その下がった眉が、どこか演技めいていない事が藤花は若干気になった。酸いも甘いも噛み分けたという言葉が不釣り合いなほどに、彼女の表情はあらゆる成分で構成されていた。見た目の年は藤花に近いか、下であると断言出来るほどであったが、まるで、写真によって一瞬を切り取ってその姿で旅をするような、芸術家が試行に錯誤を重ねて初めて下絵に手を付けたような画を眺める心持ちで見入っている。。

 それは、目の前の藤原妹紅という少女が美しいからのみではなく。横顔、よく切れるというムーア人のナイフのような、美しさの中に精悍さを持ち合わせた顔立ちに、かつての先輩であり戦友の九鬼の面影を思い出したからかもしれず、それは俗っぽく言えば恋に近いと言い換えても差支えなかった。

 

   *

 

「それで、今夜は永遠亭に用事かな」

 しばしの休息を経て、竹林を急ぐ藤花へ、妹紅が問いかける。彼女は案内人をしているとあって、荷物を背負って地形をものともせず進んでいた。

「あ……いや、その。こないだの演習終りの事件あったやん。あれの調査で」

「あれね…中央の人が地元民の意見でも聞きに来たと」

「中央って、ウチはいっぱしの警防員やで……里じゃ皆して聞いて回ってるそうやけど。どうも推理が怪しい気がするねん」

「閻魔様を恐れるあまり里の悪人が手を出したってやつ?外来人も日に日に増えてるらしいからなあ」

 首を傾げて頭を掻きかき、妹紅が何事か考え込んでいる。背負子を避けて横に流した銀髪がふわりと揺れた。気付けば、道に迷ったという判断の決め手になった石が見えている。話しながらでもこの竹林を踏破出来るのだから、妹紅の能力は本物というか、やはり常人離れしたところがあった。

「ルンペンなんかが使う武器やあらへんよ。噴進砲……ロケットなんて組織だってやらんと入手できへん代物やし、仮に閻魔様狙うたんやったらもうちょい狙いやすい時があったと思うんよ」

「確かに」

「かといって警防団は治安面ではまだそんな大手柄は立ててへんし……まだ昔の人里で個人がやってたような泥棒の逮捕くらいやで。手段の過激さの割に原因になるきっかけがあらへんと思うねん。……警防団の旗揚げを面白く思わない妖怪とかって、おるかな?」

「妖怪がロケットを?」

「人間に成りすまし……あくまで可能性の一つやけど。人の手に拠らないものとしたら、実際やるかどうかは別として、作って撃ちこむことは可能なんかなぁと」

 これは推理と言うよりも、藤花の希望、誘導に近かった。持ちつ持たれつの関係を突き崩し、力で上回る妖怪の一撃を先制させ里の食糧生産や公衆衛生の基盤へ大打撃を与えれば、自ずと社会の維持が困難になる。

「それはどうかな……」

 しかし、案の定と言うか妹紅の見解はそれを否定した。

「私も警防団できる前からここで人助けしたり案内人やったりしてるけど、妖怪たちの間で里に手出しできないっていう不文律がある以上、それをどんな形であれ……」

「うん、そうやんね。変な事聞いてごめんな」

「構わないよ…とはいえ仕事だもの、大変だろうね」

 良かったら炭いる?とカラカラと音の出る袋を差し出してくれた。通い袋なのか、”妹紅炭”の印が不滅インクで押されている。気付けばもう見覚えのある竹林の入り口に立っていた。

「おおきに!…ええの?売り物と違う?」

 おずおずと袋を受け取る藤花に、妹紅は苦笑して右手を差し出した。

「煙草のお礼もあるしね。これから宜しく」

   *

 

「もおおお本部のジジイ共がうるそうてしゃーないねん」

 不機嫌そうにパカパカとふかしていた煙草を灰皿へ放り込んだ藤花は、立ったり座ったり忙しなく事務室を動き回っていた。

 事務室と言っても紅魔館の空き部屋であり、館の清掃を警防員が一部手伝う事と引き換えに机や椅子を持ち込んで設えた仮設感の漂う事務所である。とはいえ悪いものでもなく、住めば都と言ったところか警事課の面々は好きなように使っていたのだ。

 配置としては、入り口をくぐって右手に藤花の席と電話台、左手に美鈴、こあと坐っており、奥に分団長たる咲夜の席(今は館の職務に集中していると見えて不在である)

 河童電気通信によって里との回線も引かれており、電話をかける事も出来る。と言っても幻想郷の通信事情は良くて終戦後十年二十年の日本レベルで、紅魔館周辺となると回線は一本しかなく、地団電話よろしく別のところで電話を使用中だと通話できなかった。

 そんな分団の"新居"に何故藤花が出張ってきているのか。事件発生から調査の進展が無い事に痺れを切らせ始めた里の古老や警防団上層部の御機嫌が日を追って悪くなり、一介の連絡員として出入りしているに過ぎない藤花にもその矛先を向け始めたものだから、たまらず本業を自販機に任せて数日前から紅魔館へ転がり込んでいるのだった。

演習の一件以来、同僚として認められ始めたのか咲夜も上司の口調になってきたし、気付けば美鈴も接待口調でなくなっている。

 砲撃事件後、美鈴とこあコンビで紅魔館周辺の調査や聞き取りを行ったようだが、具体的な成果は挙がっていない。これは二人の頑張りと言うよりも、そもそも犯人が森の住民ではない事を意味していると言って良いだろう。水面下で活動する武力闘争集団?藤花は訝しんだ。目的は何だろうか。自分と同じく自力でここを脱出しようと目論んでいるにしては、手段が意味不明すぎる。

「お疲れ様」

「お疲れ様です!」

 と、メイドとしての業務を一しきり終えたらしい咲夜がいつものきりりとした姿勢と表情で部屋へ入ってきた。藤花も思わず頭の後ろで組んでいた手を崩して部下の立場からきちんと礼をする。

「はい、じゃあ皆の分」

そう言って咲夜が早速机に置いたのは、小さな封筒。

「いいものよね、館の仕事しながら、雀の涙ほどとは言え警防団の補助金までもらえるなんて」

 広大な館の清掃維持も並行して行わねばならない咲夜は、激務に比べて分団長という身分からかそういったものはもらえないらしい。なんだか申し訳ない気分である。

「さ、咲夜はん」

「何かしら」

「この、飲食光熱費差引きって、何……?」

 藤花が震える手で封筒から引きずり出したのは、手書きらしい紙片であった。片隅に「明細書」と書かれているのが読み取れる。

「貴女、いつも紅魔館(うち)に居座ってはご飯ばかり食らってたでしょう。警防員として居るのはともかく、居候や居住者として食べさせてるわけじゃないんだから」

 完全に上司の口調で、「分団長」の札の出された机上から言い放たれては藤花には返す言葉も無い。肩を落としてすごすごと自席へ戻る事しか出来なかった。

「はぁ……流石に里に戻ろうかなあ」

「それなら、車庫に単車があるから、そっちで戻りなさい」

「えぇ!?ウチ、仮初にも女の子やで。股開いて帰れって……?」

「一人の送迎に毎回四輪を出してたら燃料代がばかにならないの。そういう事。メイド妖精に話してあるから、そっち使いなさい」

 

   *

 

 紅魔館の車庫は、秋の色をした広大な庭園の片隅にひっそりと横たわっていた。見覚えのあるグローサー・メルセデスとレパードの並んで鎮座している様子は、里でも外界でもまずお目にかかれまい。マニア垂唾ものの光景にも、藤花はさして興味を示さずに咲夜の言う単車とやらを探していた。

とそこへ、殊勝にも窓拭きを終えたらしいメイド服が一人、車の隙間からひょっこり出てきたのを見止めたので声をかけてみる。

「あのー、そこなメイドはん」

「あたしですか」

「そうそう、咲夜はんから単車の事って聞いてはる?」

 相手はしばし口許に手を当てて考えていたが、無事何事か思い出せたようでこちらですと車庫の裏手へ案内された。流石に大型車とクーペと停めてある車庫内には収まらなかったらしい。

「あれですねー」

「おぉ………おお!?」

 静かな庭園……と思ったら車庫裏手には錆びた一斗缶の灰皿が持ち込まれており、そこを囲むようにメイド達が絶賛休憩を消化中であった。業務中で無い事を祈りたい。

 そしてメイドの群れの中で一人が椅子代わりにしている、泥臭い色の単車が一台。

「陸王やん、これ」

彼女に用意されていたもの、それは米国はハーレー・ダビットソン社が世界恐慌の中で日本にライセンス生産を許した単車。陸王であった。カーキ色と錆びた黒い標識が示す通り、帝国陸海軍でも採用された名軍馬である。

「これまた、懐かしい」

 ちょっとごめんな、と腰かけていたメイドをどかすと年季の入った革のサドルへすとんと飛び乗る。ハンドルへ両手を這わせると、かつての大陸戦線の黄土だらけの風が頬を撫でた気がした。タンクに張り付くように配置された計器を眺め、手元、足元と体が記憶している順序でコックを捻るとかちんと小気味よく噛みあう音がして小さな明かりが灯り、鉄の馬に血液が巡り始めた。

「そうそう、こうでないとな」

いつの間にか遠巻きにして藤花を見物していたメイド達だったが、藤花がキック一発、発動機をかけて唸りをあげると黄色い歓声を上げ始める。

「ちょっと、楽しい……」

 思いがけない思い出との再会に、藤花は派手な排気音をまき散らしつつ紅魔館の門から滑り出していった。

 

   *

 

 無事に森を抜け、里への入口へ到達した藤花は、不意に単車を路肩へ停め、傍らの木造建築、香霖堂へ足を踏み入れた。

「……霖之助はん、久しぶりやね」

 藤花の声に、奥のガラクタの山にちらりと見えていた銀髪の頭頂が揺れ動いた。店の主、森近霖之助は立ち上がって笑みを浮かべ、歓迎の意を表した。

「誰かと思えば、煙草屋の君かい。その後、商売は順調なようだね」

「おかげさまで、あのあと店も家も保ってるわ」

 これお土産、と言って煙草を一包み差し出すと、入れ違いに湯呑みが出てきた。湯気の立つ緑茶が注がれたそれを、どうも、と言って手前に引き寄せる。

「そういえば、新聞で見たよ」

 しばしの沈黙を破って霖之助が口を開き、藤花は持ち上げかけた湯呑みをぴたりと止めて視線だけで相手を見つめ返した。

「あぁ、警防団のあれ……その後の事件、知っとる?」

「勿論、それも見たよ」

「最近里で銃砲店が幅利かせとるけど、妖怪退治やら害獣駆除やってる外来人って結構おるやん?」

「ふむん、とすると世間話じゃなくて君の仕事に関する事かい。心して聞こう……確かに、うちにも時々お客としてやって来るね」

「今んとこ幻想郷じゃ、武器売るんにも持つんにも免許は要らへん……誰かが店で買った道具で火遊びしたからって、売った人間まで処罰される事は今のところナシ……その前置きをした上で、ふと思い立ってお邪魔してんけど」

「成る程、たしかにうちにも関係がありそうだね」

そこでようやく藤花は湯呑みから茶を口にした。一息ついて。

「最近、誰かロケット売りに来た?んで、買って行った人おる?」

 藤花の冷静なまなざしの先で、霖之助は小さく頷いた。

「確かに、流入物を拾って生活する人間が、先月持ち込んできた。そして、二週間ほど前かな……M202FLASH、入荷したてのものをと注文して買って行ったよ」

 その言葉に、藤花は小さくため息をついた。少なくとも霖之助を犯罪に加担したとして告発する意思も無ければ、そんな規律も存在しない。ある種の直感が実を結んだ事に対する感想だった。

「それってどんな武器?」

「僕が見た限りでは、爆発物を投擲するというよりも、着弾させた先に火災を発生させるためのもののようだね」

 藤花は小さく頷いた。

「それ……何て奴が買って行ったか分かる?」

「男の名前は名乗らなかったけど、害獣駆除に一部の林を焼くといって、管理してる団体の名前を出していたよ。……えーっと、そう。講民党」

藤花は、湯呑みの中を一気に飲み干した。ぬるくなった茶が喉をぬるりと湿らせた。

「警防団はその事、知っとる?」

「それが、通報しようか迷っていたんだ。売却して数日後、買った男がおかげ様でと写真まで持って、使った様子を言いに来たんだ」

 霖之助が実際に目にしていたり、映像として残っていたならともかく、写真ならいくらでも偽造できる。それは戦争でいくらでも目にしてきた。

 しかし、聞かれてもいないのに売った香霖堂にまでべらべらと喋って自分に都合よく解釈させようとするのは、いかにも犯罪者めいている。

「おおきに、霖之助はん……!」

 藤花は追加で煙草を二、三箱提供すると、一目散に単車へ向かった。

 人里に入って最初に向かう場所は決まっている。

 


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