闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第五部 乱階の紅魔分団③

 目隠しと手錠で拘束した塩谷を後部座席へ押し込み、レパードは紅魔館へ滑り込んだ。幸いにして牢獄が作り付け(?)になっている館というものはこういった時に便利であった。

「どこだよここは」

等間隔で松明が灯され、じっとりと湿った石が重苦しく敷き詰められた地下の牢獄。そこへ連れ込まれた塩谷の第一声がそれであった。すかさず軽い音がして、美鈴が後頭部を叩いた手を素早く戻す。

「こーゆー時はね、"お騒がせして申し訳ありませんでしたデカさん"でしょうが。まったく、どういう教育受けてんのさ」

「俺を誰だと思ってやがる。里が黙っちゃいねえぞ」

こういう時でもまだ自分の立場を分かっていない辺り、もともとドラ息子であったのだろうと想像がつく。責任重大な塩の取扱いの家系でありながらこんなのに巡り会ってしまった塩の長者に同情せざるを得ない。

取りもあえず手錠をそのままに牢屋の一つに塩谷を放り込み、取り調べの段取りについて協議する事と相成った。

紅魔館、地上階の廊下。

「あ、そうだ」

 藤花のやや後ろ、こあと並んで歩いていた美鈴が何事か脳裏に浮かんだようだった。思わず藤花も意外そうな顔で振り返る。

「何や名案?」

「晩御飯の件、忘れてないでしょーね」

「………塩谷の何かかと思うたら、そんな事かいな。ウチが約束破ったりした事、今までにある?」

「何度もあったよね」

「……あの時はスマンかった」

「私、前から何百グラムってステーキ食べてみたかったんですよね」

「なッ……ステーキ!?食堂の玉丼じゃアカン?玉ねぎも入ってるで」

「ステーキって言ってるでしょ」

「何で五十グラムくらいにせえへんの……」

 ともすれば牢屋の塩谷の事など忘れて夕食へ繰り出しかねない二人であったが、こあの心配そうな声で現実へ引き戻される。そういえば咲夜への報告もまだ済んでいないのだ。上手くいけば里の分団へ全て投げて、晴れて全員が夕食を楽しみに足取りも軽く外へ繰り出せるだろう。

 と、そこへ分団長咲夜が現れた。一行は意気揚々と容疑者逮捕と里への移送も容易な事を告げる。

「そう、ご苦労さまね。里の方から引き渡してくれって連絡もあったわ。直系の家族へ話は通してあるから、これから塩問屋を捜索して容疑が固まったら是非曲直庁で生前審判って流れになるそうよ」

「えーっ」

 一声に不満の声が上がる。当然と言えば当然だった。普段何かと応援と言われて雑事を押しつけられているのに、里の注目度の高い事件に限って美味しい所だけ持って行かれたのではたまらない。

「もう、こっちでやっちゃいましょうよ」

「金一封、それで手ェ打とうやん。もし拒んだら広場で即刻処刑……!」

 咲夜に逆らう事も出来ず、可能かどうかわからない策を練りながら地下へ降りる。再びかび臭さとネズミの糞の匂いが立ち込める牢屋の並びに至ると、鉄格子越しに塩谷を怒鳴りつけた。

「おいロケットマン、移送やで」

 慇懃な様子でふらふらと入口へやって来た塩谷へ目隠しをし、面倒極まりない人里への移送の為に再びレパードの下へと移動を再開する。肝心の犯人が押し黙っているが、先程までの尊大な口撃が鳴りを潜めた事に藤花は首をひねっていた。

「こちら紅魔三号、外環道路を走行中。あと二十分ほどで本部へ到着予定。どうぞ」

「本部了解」

 

   *

 

 夜間と言う事で、塩問屋への立ち入りは最低限の人数で行われた。流石に凶器であるランチャーの押収と報道陣への発表は紅魔分団に花を持たせるという事に落ち着き、藤花ら一行は警防員数名を引き連れ、高級住宅街にほど近い塩問屋へ続々と立ち入った。人間の生存に必要不可欠でありながら幻想郷には海が無い為、莫大な利益を上げ決して小さくない発言力を持つ塩問屋であったが、それゆえに養子とはいえ塩谷諸太のような人物が今日まで手出しされずに生き延びてきたのだろう。

 塩の生産(?)はどのように行われているか、個人的な興味は一同持ち合わせていたが、主人と従業員たちは工場らしき建物の前は素通りして敷地の片隅、塀に寄り添うようにひっそりと建てられた離れへ案内した。

「ここが、それの使っとった離れです」

「なるほど、諸太さんは、他にどこか出入りを?」

「いやあ、本人がもうここから出んのですよ。出かけてるか、ここで寝起きしているかでした」

「分かりました。では失礼して……」

 主人の許可を得て鍵を破壊し戸が開け放たれると、警防団はぞろぞろと室内へ入っていく。あちこちで明かりが灯り、犯人の個人生活が明らかにされた。

「……特に変な部屋ではないね」

「少し殺風景なくらいだ」

 入り口付近で警防員達が口々に感想を述べ合っている中、藤花は靴を脱いで椅子の下、本棚、水差しの中とあちこちをひっくり返し始めた。相手は得体のしれない団体であり、破壊工作などを仕掛けてくる連中となると、何かしら計画書などが存在する可能性もある。

 と、そこで彼女の動きが何もない壁の一点で止まった。

「虫眼鏡貸して」

 受け取った藤花は、しばらく壁の穴とにらめっこをしていたが、やがて小さく頷くと傍らで手帳や紙の束を抱えて歩く美鈴を振り返った。

「やっぱり、何か貼ってた跡があるわ。画鋲かな……ここに小さい穴が開いてるけど、中が殆ど酸化してへんから…」

 藤花は慌てて美鈴を引き連れて玄関へ戻り、外で待機しているであろう主人を探した。

「どゆこと?」

「昨日ないしはつい最近剥がしたって事やね。ご主人、諸太はんが宗教に傾倒してとか、何か頻繁に持ち込んでたとか、分かります?」

「いえ、私どもも殆ど近寄らなかったもので……掃除も自分でやると使用人すら入れなかったくらいで。あ、でも」

 主人は例外となる人物を挙げたが、それを聞いて二人は目を丸くした。

「時々訪ねてきた人が…あれはどこかで見た……そうだ、陳さんの店で働いてる人ですよ」

 中華料理屋の主人、陳の名前を聞いて思い出した。講民党絡みの捜査を開始してすぐ、店の従業員が一人、殆ど顔を出さなくなったと聞いたはずだ。

「明日すぐ陳さんあたってみましょ。とりあえず今夜はランチャーをさっさと見つけなきゃ」

「せやね……ご主人、おおきに」

 藤花が捜索に戻ろうとする刹那、彼女の耳朶を聞き覚えのある、空気を切り裂く飛翔音が劈いた。反射的に「砲弾落下!」と叫んで伏せる。

 塀をかすめ、煙の尾を引いて焼夷弾が離れに着弾したのはほぼ同時であった。

「みんな逃げろ!」

 慌てふためいて飛び出してくる警防員達の後ろで、離れは火の手に包まれた。誰かが消火班を要請している後ろで、藤花は頭を抱えた。

「あああ……証拠品が」

 狼狽して傍らの書類を抱える美鈴を振り返る。そう、書類を抱えて。

「めーりん……!」

「き、鍛えておくものですね!」

「でかした!ステーキおごる!」

「女の子も忘れないでよ」

「も、もちろんぴっちぴちの若い子見つけてあるねん」

「鈴奈庵の子じゃだめだからね」

「ぎくっ」

 

   *

 

 消火班と入れ違いに、北区の端にのっそりと建てられた警防団本部へ舞い戻った藤花達は、早速書類の選別に取り掛かった。証拠を焼失したかもしれないと団長がおかんむりであり、早い所どれか逮捕の材料だけでも見つけておかないと里から放り出されかねない。

大半は事件と関係ないものと思われたが、隠語で書かれたものもないとも分からない。

 しかし分かりやすいがゆえに後回しにしていた手帳を試しにめくってみたところ、カレンダーに印をつけてあるのを見止めた。

 大演習の日に「烽火」と書かれ、師走の数日に点々と印が続いている。メモには破り取られた頁があり、鉛筆で薄く塗ると、懐かしさすら覚えるアルファベットが浮かび上がってきた。

「これは……」

 とりあえず塩谷の罪状は明白となったが、事件はまだ終わりではないらしい。藤花は横で舟をこいでいる美鈴を揺すって「夜食に蕎麦でも取ろうか」と提案して注文へ行かせた。

 暗号を解いている姿を見られるのは、本業を知られるおそれもあって避けたかった。

 そもそも軍事とは無縁の幻想郷にあって、暗号は無用と言って差支えない環境である。したがって寺子屋では秀才と言われた塩谷の使用した暗号も、方式としては古典的なものであろうと藤花は予測する。そういえばと思って書類を探すと、にとりの店のチラシや地図に混じって落書きだらけの書類が数枚出て来た。論文か何かかと思ってよくよく呼んでみれば南北戦争に関する本の写しのようだ。

 何となく使用された暗号のあたりはついた。記号を使用していないから南軍式ではあるまい。北軍となると暗号強度は跳ね上がる。コード・ブックが必要になったりしたら一晩では終わらないだろう。思わず目頭を押さえた。

「待てよー……」

 いくら塩谷が秀才といえども、組織の他の人間は幻想郷出身者が大半だろう。あまり複雑にしすぎると復号に時間がかかり、計画に支障を来す。となると意図的に復号が楽な方式を採用するはず……。

 紙を細く割いて文字列を書き殴り、色々なものに巻き付けてみたが文章は出てこない。となると、

「フェンス・レイルかッ」

 新しい紙に文字列を写し取り、抜き取って並べ替えると……。

「おお、読める読める」

 暗号要員ではなかった彼女だが、暗号強度の低さが幸いした。とにかく、中身を読み解いていく。

『ケイボウダン ダイエンシユウ ハサイ シラシメル

 ヨウカイ ケイジ ユウカイ イカ チクリン コウマ

ヨウドウサクセン ギンコウ

ケツコウビ』

どうやら計画の段階を記していたらしい。警防団の演習を邪魔して存在を知らしめ、刑事誘拐は里から離れており妖怪の比率の高い竹林、紅魔分団から攫った警防員をダシに身代金でも取ろうという事だろう。そして、陽動作戦で捜査の目をそらしつつ、何か大事を起こすつもりのようだ。

「よう考えてるなあ」

 感心している場合ではない。何なら自分も混ぜてもらっても構わないくらいだが、計画によっては自分の身も危うくなる可能性があるなら止めなければならない。とりあえず今回の事件も手持ちの資料に加えて置こう。

 丁度、背後の戸がノックされた。

「蕎麦屋さん、もう少ししたら来てくれるって」

「おお、おおきに!さて、塩谷の計画も分かったところで団長に報告して汚名返上といこか。第二のロケットマンは里で頑張ってもらったらええやろ」

 久しぶりに軍人張りの仕事をしたとあって、藤花の機嫌は上々そのものであった。しかし、団長ほか幹部のおじさん連中は、浮かない顔をして並んでいた。

「……どないしはったん」

「さっき、匿名の電話があった……逮捕されている同志を広場へ釈放しなければ、里の建物を無差別に攻撃すると」

「……はァ!?」

 思いの外、相手の対応が早く一同驚きを隠せなかった。それきり、板張りの廊下に沈黙が垂れ流される。いわば里全体が人質に取られたようなものだ。

「とりあえず、目星はついてるねん。中華屋はんの店の子、至急手配して……」

「もうしてある。里長へは、使いを走らせた……にしても、一度とらえた猛獣をまた野に放つなんて、言語道断だ。対応は慎重に検討せねば…」

「とりあえず、塩谷を連れてきましょう!そうすればそいつに連なる組織も芋づる式にぶち壊せます!」

 横から美鈴も援護した。秩序警察とも言えない警防団であったが、気付けばあたかも法律が存在するかのようにふるまい始めたのは藤花にとって興味深かった。

「わ、私が許可出来ない。無茶苦茶だ……」

 演習後、かろうじて狙撃隊をかき集めた程度で大半が戦闘など未経験の幹部連中に、期待できる事は少ない。

会話が迷走し始めた時、玄関から何者かが声を張り上げた。

「なんか、蕎麦屋の出前が来てますが」

 その言葉を聞き、腕組みして考え込んでいた藤花が顔を上げた。数秒、中空を見つめていたが急に笑顔になって振り返り、美鈴の肩を叩く。

「それ、ウチらが呼んだやつ。さーて、里長の判断を待ちながら腹ごしらえでもしよっかなー。こあちゃんもおいで、一本あげる」

「なんですか一本って……」

 こんな時に何を悠長なという目で団長が睨んできたが、頼んだのはもっと前なので仕方がない。藤花のわざとらしい蕎麦だ蕎麦だという即興の歌声が遠ざかっていくのを、幹部連中はただ見送る事しか出来なかった。

 

   *

 

 夜遅くに里の危機と言う事で、憮然とした表情の里長が警防団本部に入ったのはそれから十分ほど後であった。

 暖色のランプの炎と暖房で可能な限り快適な部屋を用意され、上等な椅子に腰を下ろした里長は杖を傍らへ置き、相変わらず厳しい表情で警防団幹部の報告に耳を傾けている。

 が、肝心の紅魔分団の警防員達がまだ蕎麦を食いに行ったきり戻っていない。青い顔で別の警防員が階段を駆け下りて来たかと思うと、廊下で待機していた幹部の一人に耳打ちした。

「……いないって、どういう事だ」

「それだけじゃありません」

 おい、と男が呼ぶと制服姿の警防員二人に抱えられた青年が現れた。

「誰だそいつは」

「塩谷の牢屋に入れられていた蕎麦屋の出前です。どうやら入れ替えられたらしく……」

「な、何!?」

「勘弁して下さいよ……」

 幹部の驚愕と出前の悲痛な叫びが、同時に廊下にこだました。

 

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