闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第五部 乱階の紅魔分団④

 人影まばらな里の通りを、切れ長のフロントライトを灯して滑るように疾走する一台の乗用車があった。

「意外と何でも似合うじゃないのさ、塩谷クン」

 お世辞にも広いとは言えないレパードの後部座席で、蕎麦屋出前の捩じり鉢巻きを引きちぎるように外した塩谷が運転席の美鈴を睨みつける。広場まではもうすぐだ。現地で塩谷を引き渡した後、連れが出来て逃げ足の鈍った相手をとっ捕まえれば決行日とやらの真相も分かるだろう。

 しかし、日付も変わり往来が全くと言っていいほど途絶えた広場に到着しても、待ち受ける犯人らしき人物は影も形も無かった。

 窓を開けて耳を澄ましてみるも、呼びかけや近づいてくる足音もなく、ただ寒風吹きすさぶ広場のうら寂しさが強調されるばかり。

「……罠かな」

「ちょい待ち」

 ハンドルを切ろうとする美鈴を、藤花が制する。前方、月明かりに照らされて不自然に放置された一升瓶がひとつ。拳銃を抜いて車からそっと降り、近づいてみると飛ばされないよう挟まれた紙片があった。拾い上げて大急ぎで車へ駆け戻る。

『無線の周波数を八八.一に合わせて十五分以内に船着き場へ行け』

「……船着き場て?北区の渡しのとこかな」

「川漁師の船がまとまって留まってるところだと思います。この時間ならまず人がいません」

 こあのフォローで合点がいった。そこなら指定された時間で間に合う。

「しかし、勝手な事言ってくれるねえ」

「勝手やから犯罪者になれるんよ」

「勝手なのは先輩たちも同じでしょう」

「何言ってんのさ、私のはわま、まが、わままま……はっきりしゃべりなッ!」

「……………………わがままだなー」

 

   *

 

 力でねじ伏せた美鈴は、荒々しくギアを入れて船着き場へとヘッドライトを巡らせた。

 昼ならともかく、夜なら左右へ行き交う通行人も無く、車は速度をほとんど落とすことなく里を一直線に走る。周波数を変えたので無線の呼びかけや定時連絡も入らず、車内の誰も口を開かなくなると低くエンジンの振動が響くばかり。

 同じ里の中だけあって、船着き場への到着はそうかからなかった。徐行しつつ、一部陸へと引き揚げられている船の隙間を警戒して進む。

「美鈴、ウチひとつ気付いた」

「ん」

「さっき、犯人はこいつんち容赦なく吹き飛ばしたやん。それってもしかしなくても証拠隠滅なわけで……」

 そう言いつつ後ろの塩谷を振り返る。彼は黙って座ったまま、前方を見据えていた。

 まとめて始末する気か。

あまり言いたくはないが、そんな気がしてきた。

そして予感は的中する。突如として無線機から声が流れ始めた。

『……十数える。塩谷を車から降ろせ』

「……どうしよう」

 塩谷を除く一同が顔を顔を見合わせている間にも、容赦なく秒読みは続いている。美鈴がゆっくりと相棒を見やる。

「何かあったら、すぐに飛び込んできて。急発進させる」

「…せやね」

 藤花は頷いて、車からゆっくりと降りて座席を倒した。塩谷を一人で降ろさせる。

 事態はすぐに動いた。視線を巡らせた藤花が黒い水面に小さな船の影を見止めた瞬間、その周囲がパッと明るくなり、三発目のロケットが発射されたと理解する。

「出せェ!」

 美鈴もすぐ応え、アクセルを踏み込むとタイヤが悲鳴を上げた。間一髪レパードは尻を振って攻撃を回避する。

次の一撃を警戒しつつ、塩谷のいた方角を振り返ると、彼も思わず飛びのいたのか炎の真横でゆっくりと立ち上がる所であった。

 川の人物はというと、船の舳先を回して脱出を図る刹那、何かを塩谷に向かって投擲した。彼が屈んでそれを拾い、あわてて降車して殺到しようとする三人に向き直った時、思わず一同は硬直した。

「塩谷……それ、捨てな」

 小型拳銃を握って構える塩谷の目は、見開かれている。

「あの男は誰なん。警防団が守る、アホな事はやめ……」

「これが…」

「あん?」

「これが、ルールなんだ」

 止めようと足を踏み出した美鈴も、塩谷が銃口をこめかみに当てて人差し指が僅かに引き金を引き絞り始めた瞬間には、目をそらさざるを得なかった。

「何がルールだい……」

 

   *

 

 船上の下手人はと言うと、M202に残された最後の一発を派手に船の列へと打ち込み、火災を発生させて逃亡。その火の手を見て殺到した警防団消火班の前で、藤花と美鈴、こあは怒りに満ちた表情の団長によって武装解除させられた。

「貴様ら……容疑者を勝手に連れ出したな…処分は追って知らせる。それまで大人しくしとけッ」

「お言葉ですが、団長の判断を待たずして……即座に行動したから……こそ!ロケットを無駄打ちさせて里の住人に被害も……藤花やめろ!」

 真剣な、どこか悲しそうにすら見える表情で猛然と抗議する美鈴は、服をずらしたり帽子を取ったりして全力で止めようとする藤花を怒鳴りつけた。

「すんません、失礼します」

 藤花はというと、やるせない表情で美鈴とこあの肩を掴んで車の方へと引っ張り、それぞれを押し込むように乗り込ませると最後に自分も助手席へ滑り込んでドアを閉めた。

「どうしたのさ藤花!?えらく物わかりが良いじゃない!」

 車内でも、変わらず美鈴は深々としたシートから身を起こして相棒の理解できない行動について糾弾する。

「大人になったんよ」

「大人になりすぎなのさ!」

 どすんと座り直し、車体を揺らして美鈴はハンドルを握った。乱暴な加速でレパードは船着き場を出て里を離れる。

 

   *

 

 紅魔館警防団事務所で、三人はぼんやりと椅子に座ったまま動かずにいた。時折藤花が煙草の灰を灰皿に落とし、新しい煙草に火を点ける作業を緩慢に繰り返すほかは時計が刻む音しか聞こえず、やがて濃紺に塗りつぶされていた窓が明度を上げて雑音に遠く鳥の鳴き声が入り混じり始めても、誰も口を開かない。

 藤花が遂に煙草を切らし、実は大半をこあが勝手に吸っていたのだと気付いた時、時計が六時の鐘を打ち、それを合図とするかのように藤花は煙草の空き箱を大きな音を立ててゴミ箱へぶつけた。

「静かにしなさい。お嬢様が寝入ったばかりです」

 直後、咲夜が入って来るなり藤花にくぎを刺し、ここでも仕事を増やして……と小さく愚痴をこぼしながら床に転がるくしゃくしゃの空き箱をゴミ箱へ入れ直した。

「こあ、パチュリー様に朝食を御持ちして。また本が増えたらしくて、今日は早くからエクスリブリスを刷ってるわ。それも手伝ってあげて」

「……わ、分かりました」

 こあが気まずそうにこちらを伺いつつ、失礼しますと言って部屋を出て行くと咲夜は分団長席について残る二人を呼び寄せる。

 藤花と美鈴に、まだ言葉は無い。

「一連の事件で、貴女達の仕事ぶりは私が嫌いとする所をしっかりと踏襲していたわ」

「……それは、どうも」

 顔に影を落として俯きつつ、どこか遠い目で美鈴がこぼした。

「今後、私の許可なく動いたら即刻クビよ。美鈴、紅魔館門番としての貴女もですからね」

「……いっそ、三人で去ろうか」

 藤花の嫌味を無視して咲夜が去ったのは、馬鹿に付き合いきれないという意思表示なのか、聞かなかった事にする優しさだったのかは分からなかった。

 咲夜が退出し、足音が遠ざかって十分前と同じ状態に部屋が置かれている事を認識した藤花は、そっと美鈴に耳打ちした。

「ウチ、里に帰ったら陳さんにもう一回話聞いて店の子とやらを追ってみる。やっぱり、あれはウチで上げなあかん犯人やと思うし」

「……そう、ですね」

「犯人は、陽動で銀行を襲う隙に里の爆破計画を練ってるんやで。いけすかん爺ィ連中がくたばってもまだ逮捕すればめでたしで済むやろうけど、子供に被害が出てみ。……夢見悪いで。ウチは警防員辞めるつもりでやる」

「!」

「ほなね」

 辞表らしき封筒を振ってそう言ったきり、藤花は口を閉ざして帰宅の準備を続けた。その背中は何を語るか。

「……藤花」

「どないしたん」

「私も行くよ!どっちにせよ、私たちが最初にホシを挙げたんですから、きっちり借りは返させてもらうよ!」

「よう言うた…!」

 まっすぐな瞳で微笑む美鈴と、藤花は堅く拳を合わせ、それぞれ上着を引っ掴んで廊下へ飛び出して行った。

 

   *

 

「藤花、警防団辞めたら煙草屋に戻るの?」

「ウチは本来あっちが本業やからね」

 はやる気持ちを胸中に滾らせていても、移動時間までは減らせない。静かな車内の二人は、今の内とばかりに今後の話題へ切り替わっていた。

「そいえば美鈴はとうとう煙草吸えへんかったね」

「体動かすからね、吸ってると動けないんじゃないかなー」

「それもそ、う……あら」

 窓から移りゆく湖の風景を眺めていた藤花が、僅かな変化を見止めた。普通ならゴミか流木として視神経が排除してしまいそうなノイズか。しかし水というものは戦場において水源地、兵站、兵器の維持と必要不可欠な要素でありその奪取や占領者への嫌がらせは日常茶飯事であった。大陸であれば川上から子国民党軍が爆雷を流したりしてきたものだが、その観察眼に止まったのは浮かんでいる……人?

「ちょっと、車停めて」

 ついに美鈴も同じものを認識したようだ。停車するや否や二人はするりと車高の低いレパードの側に降り立ち、湖岸へ走る。

「美鈴、ここってそんな土左衛門くるん」

「いや……そもそも人がほとんど来ないから…って、あれ河童だ」

「えぇ………ん、ほんまや、にとりちゃんやん。河童ってほんまに川流れるんや」

 川の流れがどっち方向だったのかは別として、流れ着いているのは川城にとりであった。慌てて靴を脱ぎ、もはや泳ぐに適さぬ冷え切った湖面に足を浸して彼女へ近づいていく。水底に沈んだ小枝がチクチクと痛い。

服の端を掴んで引き寄せると、慌ててかき抱いて岸辺へと戻る。既に腰まで浸かって藤花も凍えそうだ。美鈴の助けを借り、にとりを上がらせると彼女も駆け上がり、腰からフラスコを引っ張り出して一口。

「んー、うまいっ」

「んなことやってる場合かッ」

「おっと、そうやった」

 美鈴が揺さぶってみるが、反応が無い。ひとまず釦を外して呼吸を戻さなければ。

「な、なんか外し方がヤらしい」

「余計な事言わんでええ!」

 これなら呼気の動きは見えやすいだろう。藤花は口元を拭って美鈴の余計なツッコみを脳裏から排除し、にとりの顎へ手をやると薄い唇へ照準を合わせた。

「……………………」

足から恐ろしく寒くなってくることも忘れて、呼気を送り込む作業に没頭する。視線はわずかに上下する胸元を注視しつつ、数回その作業を繰り返した時自分の意思と異なる流れを感じて慌てて唇を離した。

「……………………げっほ!」

 にとりが大きな咳をしてもがく。助け起こすとゆっくりと目を開いて周囲を確認、二人の姿を認識すると更に目が見開かれた。

「うああぁっ、あんたたち!」

「第一声がそれかいな…」

 気つけの酒を差し出しつつ、藤花が首をすくめる。煙草を取り出そうとしたが、止めた。

「そ、そだね……とりあえず礼を言うよ、ありがとう……」

「なんでまた、流されてたん」

「いや、その……」

 にとりの視線が泳いでいる。作業事故でも足を滑らせたでも、なんとでも理由はありそうなものだが、すぐ出てこないとなると、恥ずかしい理由か、自分らに聞かれるとまずい事かどちらかだろう。

「困った事でも起こったん?朋友(ボンユー)やろ、聞いてーな」

「いや、その……」

 にとりが、あくまで言葉を濁すならカマをかけてみるしかない。一計を案じた藤花は霧にむせぶ雑草を指先で弄びながら白く消えてゆく湖面の行く先を見やった。

「そういえば、さっき設計図みたいなんが流されてったけど、それと関係ある事?」

「うぅ……」

 やはり図星らしい。彼女がここまで隠し立てしたい事とは何だろうか。藤花が次の行動を起こす前に、遂ににとりが重かった口を開いた。帽子を目深にし、あくまで言葉少なに語る様子から、一部は推測するほか無さそうだが。

「……ルが、工場で完成したミサイルが、人間に奪われて……」

 ミサイルが人間に?仲間意識の強い妖怪相手に、そんな強硬手段を取る人間がいるとは思わなかった。身元を突き留められれば仕返ししてくるのはにとり一人とは限らない。ましてや高度な技術を複数結集しなければならないミサイルなら尚更だ。思わず、藤花と美鈴は顔を見合わせる。塩谷のロケットの件と言い、噴進兵器を好む理由とは何だろうか。一発の威力の大きさ?殺傷に不慣れな人里のシンパでも抵抗感なく攻撃を実行できる?これに関してはここで論じあっても分かるまい。

 しかし、藤花は相棒も同じ結論に至った事を悟った。

「おおきに……にとりちゃん、よう言うてくれたね。ウチがこう言ってもしょうがないんやけど…その人間は、ウチらで必ず落とし前つけさせるからな」

 それだけ言うと美鈴と頷きあい、霧の中でかっこよく鎮座しているレパードの方へと駆け戻……る前に、もう一度にとりに向き直った。

「なんか、そのミサイルの資料みたいなんあれへん?」

 

   *

 

 警防団本部。

 上司として無鉄砲な部下の非礼を詫びる為、咲夜は里の幹部連中と対峙していた。これ以上紅魔館の名に泥を塗るような真似もせず、以前から定評のある低い物腰の咲夜に当初は頭に血の昇っていた幹部達も次第に落ち着きを取り戻しつつあった。しかしながらこれを公にどう発表するか、再び議論が紛糾しようとし始めた時、会議室の戸を控えめに叩く音が一同の耳に入る。

「入ります」

「何だ!」

 この忙しいときに、という感情のにじみ出た声で誰かが一喝すると、戸を押し開けて入ってきた警防員が、何やら紙片を議長席へと差し出して耳打ちした。

「……なんだこれは」

 部下の言葉に耳を傾ける議長の視線が、途中からこちらへ向けられたのを見て、嫌な予感を抱いていた咲夜の勘は的中した。

「十六夜分団長、君のところはまだ独断を続けとったのかね」

「えっ」

「エじゃない!香霖堂前で君の部下から受け取ったというメッセンジャーボーイがこれを持って来とるんだ!謹慎命令はどうなった!副団長!」

「はッ、私は確かに……」

「いい、もういい」

 団長は、額の汗をぬぐって持ち込まれた紙片を一同に回覧するよう差し出す。真っ赤な顔で恐る恐る受け取った副団長は、まず目を白黒させ、次いで赤かった顔を青くして震える手で隣の咲夜へと紙片を落とすように寄越した。

「これは………?」

 慌てて紙片を確かめた咲夜の目に飛び込んできたのは、河童の工廠の書式で描かれた製品外観図の写しであった。

『イ號誘導弾改 諸元』

 

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