闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第五部 乱階の紅魔分団⑤

「美鈴、銀行ってどこやろう」

「外で言うギンコーという仕事は厳密にはここには無いね。だいたい高利貸しか、両替屋があちこちにあるけど……でも、一か所だけ”銀行”を名乗ってる店がある」

 美鈴の言葉に藤花がドアポケットから地図を取り出し、ずらりと目を走らせると「倉庫街の手前にある」と言われたのでそちらを見やると、「新幻銀行」の名が記されている一角があり、どうやらそこが銀行と名乗っている唯一の団体のようだ。塩谷のメモで、わざわざ銀行と指定してあったのなら、ここと見て間違いないだろう。

「こあちゃんどうしとる?」

「紅魔館にまだいると思うけど……」

「銀行は陽動作戦で、ミサイルはどこにあるか分らへん。銀行に打ち込むのか他に目標があるのか……いずれにせよ、どこかが狙われとる!」

 藤花は無線の受話器をひったくった。

 

   *

 

 警防団本部で、咲夜の心労は徐々にピークへ達しつつあった。

本来のここを訪れた目的と言い、相変わらず行方の知れない部下と言い、そしてミサイル強奪が発覚してからの警防団の騒ぎも彼女の神経を大いに逆なでした。無責任に「爆発物なら紅魔さんとこが危ないんじゃないか」などと幹部が口走り始めたとなると、時間を止めて何かしてやろうかという気もして来る。

しかし、犯人グループが犯行の継続を明言している以上まだ被害が出る事は確実であるという見解が支配的となり、咲夜の責任問題云々が有耶無耶になった。

「犯人が反博麗派で、奪われたのが河童のミサイルなら、里内で発射ということは無いだろう……里外の分団と協力しつつ、ミサイルの捜索に当たる」

 いつしか連続砲撃事件対策会議となった場で、団長はこのように締めくくった。

 

   *

 

 商店街とは異なるにぎわいを見せる昼過ぎの倉庫街は、人里で数少ないエンターテインメント色よりも商業色の強い賑わいを見せる喧騒で満たされている。

 車を隠して徒歩で銀行を眼前にした二人は、まだ事件らしきものが発生していない事に安堵すると、懐から取り出した黒眼鏡をかけて壁にもたれ、それとなく周囲を見渡した。

 行き交う人々の顔は、昼食時を過ぎたばかりとあってまだ明るい。腹も満たされ溌剌とした様子で包みを担ぐ荷役や、すぐそばをクリークが流れる様子は、藤花に上海の裏道を思い出させるのに十分であった。

 目を細め、悲しげとも取れる顔で藤花は煙草をふかしはじめ、傍らの美鈴に向き直った。

「美鈴」

「うん」

「講民党の連中がどこからミサイル撃つかって情報入ってへんよね」

「そうだね」

「てことは、あとは強盗野郎をとっ捕まえて聞き出すしか方法は無いって訳やんね」

「……そうなるね」

 それっきり会話が途絶えると、二人して懐からハンケチを取り出し、藤花は煙草を捨てて連れだって銀行内へと足を踏み入れる。

 中に入ると、寒さは一段和らいだ。ストーブが焚かれているのか、室内にいる客も従業員も着ているものが一枚少ない。同時に顔も観察するが見覚えのある人物はいないようで、二人は一旦入口の脇に退いて周囲に背を向けた。

「ウチらが強盗ってことにして」

「講民党がいないか手荷物検査、しよっか」

「そうしよか……」

 まさに二人が相談している真後ろで、怒号が飛んだ。そして銃声。

「大人しくしろぉ!」

 鉄火場に不慣れそうだ、怒鳴り声だけでなんとなく察せてしまうのが切ない。藤花、美鈴は振り返って行動を開始する。それを見止めた強盗犯はまず警告。

 しかしそれが運のツキであった。まず警告する以上、それを終え動き続ける標的はしっかりと狙わなければ命中弾は期せない。更に拳銃を掲げる男は机に駆け上っており、結果藤花との位置関係は三次元的に刻々と変化する。至近距離とは言え訓練せずに瞬時に標的を選び出して対応する事は困難であり、その間に四十五度別方向から突入する美鈴の飛び蹴りは仕上げの段階に入っていた。

「イヤーッ」

「ぐはっ」

 あっけなく犯人は机上から蹴り落とされ、妙な音がした顎を抑えて吹き飛ばされる。美鈴の計算は完璧であり男を蹴り飛ばした反動で机上に残ることが出来、一瞬で入れ替わっていた。次いで藤花も、別の位置で拳銃を一発天井へ発射して客や従業員を威嚇する。完全に強盗犯の一味と思われているか、すり替わった事にすら気付かれていないだろう。

「おっしゃ!静かにするんや、ベイビー」

 

   *

 

 騒ぎはすぐに警防団本部へも届いた。会議中の幹部、分団長の前でベルが鳴り響き、控えていた若き団員が受話器を取り、二言三言会話をするとサッと顔を青ざめさせる。

「銀行強盗!それで?うん、ホシは二人……うん。それで、一人は?……………カンフーのような動きでカウンターに飛び上がって?も、もう一人は…………"静かにするんやベイビー"…………?」

 警防員の復唱を聞くや否や、全員の視線が片隅の机で頭を抱えている咲夜に集中した。

「とりあえず、狙撃隊を出動させましょう。強盗犯の立てこもりなら、演習と状況も似通っている事だし、ホシが誰にせよ早期解決を!」

 

   *

 

 そして、まだ騒ぎの収まりきらぬ銀行内。講民党構成員が紛れ込んでいるなら、とっととミサイル発射の情報を掴まなければいけない。

「ほンなら、みんな一カ所に集まれや!」

 完全に強盗犯になりきっている藤花が拳銃を振りかざして全員を入り口から遠ざける。

「姉貴、巻き舌でんなあ」

「……こういう時は、そういう方がええんや。上方の人間が巻き舌で喋っとったらだいたい悪人扱いやからね、あんたは向こうから持ち物検査してって」

「オーライ。…おらおら、みんな、持ち物検査じゃけんのう」

 方言をよく分かっていない美鈴も、思い描く悪人像を頑張って演じながら来客の持ち物を片端から覗き込んでいく。大半は両替しようとする外界の紙幣や硬貨を持ち込んでいたが、そんなものには目もくれず、怪しい書類や無線機の類が紛れ込んでいないかに、二人の興味は集中した。しばらく、行内は荷物をいじる音と、出る人間がいない為に鳴り続ける電話機の音が支配し始める。

 藤花は、美鈴の蹴りを受けて呻いている男に歩み寄って、胸ぐらをつかんで起き上がらせた。

「ミサイル、どこ行ったん?」

「…な、何の事だか」

 白々しくせせら笑う男の顎を引っ掴んで揺らすと、ものすごい悲鳴を上げた。あれだけの衝撃を一手に受けたのだからまだ痛むだろう。同時に”人質”の従業員たちも何事が起こっているのか分からず女性などは何事か叫び出している。

 と、背後で再び美鈴の咆哮が巻き起こり、打撃音がして男の悲鳴。どうやら仲間が美鈴の隙を見て掴みかかり、反撃を受けたらしい。肝心のアクションを拝見できなかったのだ残念だが、彼も同じような尋問を受ける事になるだろう。

 だが相手の拳銃を拾いって立ち上がった藤花が見たものは、愕然とした顔の美鈴と、口から血を流して倒れ込むもう一人の犯人の姿であった。

「こ、これ……」

「毒仕込みよったね……」

 そして背後でもう一つ、今聞いたばかりの雑音。

「…………あっちもか」

「何なのさ、あいつら」

 ここまで狂信的な集団とは思わなかった。手を組もうなどと下心を抱かなかったのは正解らしい。これでミサイルの情報はぷっつりと途絶えてしまったかと思われたが、二人の残した鞄に手がかりがありそうだ。

「美鈴、二人の鞄調べて」

「オッケィ」

 藤花は身を翻して電話機の下へと駆けより、鳴り続けるそれを一旦叩きつけてから記憶していたダイヤルを回した。

「はい!」

「こあちゃん?」

 ここへ来る途中、無線で呼び出し里内で待機させていたのだ。

「塩谷の事、何か分かった?」

「ええ、もう一回問屋へ問い合わせたら、彼には義理の兄がいますね。父親が生前、別の女性ともうけた子だそうです。名前は浩太」

「了解。……あと表の警防団なんとかできへんかな。ちょっと出づらいねん」

「今すぐ出るなら裏は固まってないみたいですよ」

 これは良い事を聞いた。気を利かせてそこまで調べてくれたこあに礼を言いつつ、受話器を置く。丁度その時、美鈴が書類を引っさげて駆け寄ってきた。

「一人が地図を持ってた。この見方が正しければ、河童のトラックか何かを襲ってミサイルを奪った後、ぐるっと回って無名の丘の近くまで持って行ったみたいだ」

「河童除けのまじないでも持ってたんかなァ……とりあえず、ここに行ってミサイルを止めればええ訳やね」

確か手帳によると決行は陽動作戦の翌朝となっていた。そして赤線で記されたミサイルの航路とおぼしき線の先は里の中心辺りを示していた。にとりの設計図で弾頭は高性能爆薬となっていたが、戦中にカルカッタ放送で傍受した新型爆弾のそれとは異なるのだろう。

「あと、これ!」

 美鈴が緊張しきった顔で突き出してきたのは、藤花にはまだ見慣れぬデジタル時計のついた爆弾だった。何故かカウントダウンが始まっている。

「みんな逃げろぉぉぉお!!」

 それを叩き落とし、他の人間が入口に殺到するのを尻目に、藤花と美鈴は従業員勝手口を蹴り破って外へと駆けだす。

 白っぽい土ぼこりを伴う爆発が巻き起こったのは、幸いに全員が駆けだした後だった。戸口から飛び出してぶっ倒れる二人の頭上を、凶器と化した文房具や破片が次々に飛び越していく。

 爆音が止み、表で野次馬が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す騒ぎの中で、裏口の二人は服の土を払い、咳き込みながら立ち上がった。

「ちょっと、私たち舐められすぎじゃないかな……」

「あぁ…温厚なウチもちょっとプッツンしそう」

 だが、気を取り直して車へ戻り、発射地点を抑えようと歩き出した二人の前にゾロゾロと警防員がやって来た。

「紅魔分団の二名ィ!」

「逮捕する!」

「ぅえぇ!?」

 たちまち取り囲まれ、胴上げよろしく担がれてもがくこともままならぬまま連れ去られそうになる。このままでは幻想郷での経歴に瑕がつくばかりか、里の人間に被害が出るのを黙ってみている事しか出来なくなる。

 だが。

 藤花が思わず直立不動になりそうになる迫力を伴った排気音が通りに響き渡るのを、やがて全員が耳にした。自然と皆の目が音の近づいてくる方角へと吸い寄せられる。

 最初に見えたのは、一対の巨大な目であろう。そしてそれは黒光りするフェンダーを伴い、後ろに続く紅のボデーへの美しいラインを際立たせる。運転者が望めば、過給機は近代科学の結実を高らかに歌い上げ、数トンある車体を二百馬力で疾走させるだろう。

 グローサー・メルセデス。上級を自称するに足る巨大かつ優美な四輪が、里の通りを爆音と共に人を、犬を、かき分けて突き進んでくるのだ。誰もが足を止めずにはいられなかった。しかも、運転台にはものすごい目つきの咲夜がハンドルを握って座っている。

 彼女の操るメルセデスは、音を立てて急制動をかけると、群衆の直前で停車した。荒々しくドアを開けて飛び降りてきた咲夜が、二、三歩駆けて怒鳴る。

「美鈴ッ!藤花ァ!」

「は、はい」

「……降ろしなさい」

 担ぎ上げられて縮こまっている二人を確認すると、咲夜は群れる警防員達へと視線を映した。

「しッ、しかし!団長より、紅美鈴と藤花と逮捕するようにと……」

「紅魔分団の私が!離せと言ってるのよ!いいから離せエェ!」

「は、はなせー!」

「はい!」

 警防員達が二人を持ち上げる手で一斉に敬礼するものだから、藤花たちはそのまま地面へと叩きつけられた。次々と走り去っていく警防員の群れが失せた後に、腰を抑えて呻いている二人が残された。

「だ、誰……最後に離せって言ったの」

「う、ウチ……いてて」

 唸りながらようやく立ち上がろうとする二人の下へ、咲夜がつかつかと歩み寄ってきた。先程の激高した感じは和らいでいるが、依然興奮状態である。

「……藤花、私は、貴女が嫌いよ」

「し、失礼しました……」

「待ちなさい!」

 これ以上説教されても仕方ないと詫びて立ち去ろうとする部下二人を、咲夜が一括して呼び止めた。肩を掴んで目を見据え、全てを言葉にしようとすると口が追い付かなくなるような感情を胸中で反芻するような、長く感じる一瞬が流れる。

「でも、奴らの事はもっと嫌いなの。次に何を考えてるか知らないけど、犠牲者をこれ以上出すわけにも、いかないのよ!……逮捕しようなんて考えなくていい、ぶっ殺しなさい!」

「へっ!?あ……あっはい!」

そういうや否や、咲夜は傍らで前方を睥睨し続けるメルセデスのドアを開けた。

 館の備品であろうか。機関短銃、散弾銃、拳銃、そして雑多な弾薬が無造作に積み込まれ、一個小隊くらいは武装させられそうな数の火器が積み込まれていたのだ。

 思わず手もみして品定めしつつ、藤花と美鈴はとんでもない事を言い始めた上司を振り返った。

「行きなさい!」

「はいー!」

「行けエェェ!」

 激高した咲夜に気圧され、敬礼とは裏腹に困惑しきった顔でメルセデスへと飛び込んだ。大物過ぎる車体だったが、美鈴はなんとか操作して発進させる。御料車改造の紅魔館専用車は、里を再び驀進し始める。

 歴代の皇帝、国家元首が乗り込んだ車内で、藤花は一丁選び取った散弾銃に弾を込めつつ、小さく震えていた。

「どうしたんですか?」

「いや、幻想郷に来て、まさか御料車で悪人討伐しに行くなんて、ふふ。考えてもみぃへんかったわ」

「なるほどねー」

「あと……」

「?」

「あんたの上司、ええ人やね」

「ちょっとプッツンしやすいですけどね!」

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