森の敵陣地へ突入する前にも、やる事はあった。こあに問い合わせて塩谷浩太の住所を確認し、まずはそちらをのぞいてみる必要があった。
聞けば彼の長屋は南部の貧民窟手前の閑散とした宅地にあるという事で、途中巨大すぎるメルセデスは留め置いて徒歩で静かに向かう。冬の陽は早くも橙に変わりつつあり、年の瀬を思い起こさせる寒空の下で外套を羽織らない二人はお互い首を縮こまらせながら足早に通りを離れる。寒いと言葉少なになるせいか、藤花の煙草の消費も心なしか早い。
「あそこか……」
同じような外観が延々と続く並びのひとつを、美鈴は目で確かめる。藤花も無言で頷き、一瞬視線を交わした後は静かに歩みを進めた。紫煙を吐き出しつつ、吸いきった煙草を地面へ放り捨てた藤花の手が、瞬きでもするようなしぐさで静かに上着の釦を外す。
「……ごめんください」
二、三度戸を叩いてみるが、物音一つせず誰かがいる気配は無かった。半ば予想通りではあったが。等間隔で美鈴が戸を叩いていると、隣の部屋からこちらをうかがっていたらしい中年女性が顔を出して鬱陶しそうにぼそぼそと話しかけてきた。
「そこの人なら三日くらい前から帰ってないよ」
「あホントに……どんな人やったか知ってはる?」
「さあ、家賃の遣り取りくらいしかなかったからね。でも今月だけ急に払われなくて」
さも面倒くさそうに女は視線を逸らせた。家賃の遣り取りと言う事は、彼女が大家だろうか。
「警防団の者やけど……家賃ちょっと出すからこの部屋のぞかせてくれへん」
「まあ、いいけど」
女はため息の後、のそのそと出てきて塩谷室の鍵を回しはじめた。何かネガティブな事をしてからでないと動かないのかこいつは。ガタの来ている鍵が外れ、戸が軋んだ音を立てて動かせるようになると女は藤花から札びらを受け取ってさっさと部屋に引き込んでしまった。口頭で確認してあるし、もう入って良いのだろう。遠慮なく戸を引くと昼の空気を残した風が吹き、塩谷の兄の部屋が明らかになった。
「……何や、この部屋」
まず目に飛び込んできたのは、時を経て黄ばんだ赤白に変色しているレコードプレイヤーや何に使うのか分からない鍵などが大量に掛けられたキーホルダーなど、外界の品の数々であった。
まずは机の書類を検める。目ぼしい物は既に持ち去られているのか、大したものは置いていなかったが、屑籠の中から銀行で見たものと同じ地図を見つけた。しかしこちらの方が実際に使用するものの為か、ミサイルの航路もより正確に引かれており、裏にはいくつかのメモ書きが見止められた。「全ては子供から始まる」。何ともない文章のようだが、表の着弾地点は寺子屋であった。目標は、ここだ。
「拾った物を売って生活してたのかな」
本棚の中身を調べていた美鈴が手の埃を払いつつ立ち上がってつぶやく。
「いや、そうやない…」
藤花が視線を巡らせて恐る恐る取り上げたのは、木製の写真立てだった。そこには、日に焼けたカラー写真の中でポーズをとる両親と子供の姿が見える。蓋を外して写真の裏を見ると、「一九六五、七月、熱海にて」のペン書きの文字が見えた。
「一家、もしくは父子で外来人やったんや……」
こあから聞いた話を思い出せば、腹違いの兄というのは、弟の諸太が幻想郷の女性と父親との間で生まれた子供と言う事だろう。
「郷愁と、社会への絶望と、妬みと……」
「大丈夫?」
気づけば写真を持つ指が白くなるほどに力が加わっていた。美鈴が後ろから心配そうにのぞきこんでいる。
「……大丈夫やで。相手の事は分かった。にとりちゃんの資料では夜一杯かけて設定を行ってるはずや。森のそばとなると妖怪除けに色んな道具使ってるやろから、すぐに分かるはず……」
「ええ」
頷いて美鈴は、捜索の最後の仕上げとばかりに部屋をもう一度回り始めた。畳を踏みしめる足が少し遠ざかると、藤花は懐から煙草を取り出して表へと歩み出た。
「行く前にちょっとココア飲みたいな……」
*
車に何かあっても困る、二人は長屋を辞すと再び八気筒の咆哮も高らかに里を出発した。とっくに日は暮れており、人間の時間は終わりを告げる。これからはあやかしと、悪だくみをする人間の時間だろうか。
目標は分かってもミサイルの発射はおそらく人の手で切り開かれた場所からだろう。後から作られる土地となると、道を走りながら探すしかない。少し走っては止まり周囲を捜索する作業を繰り返し、気付けば鳥の鳴き声が聞こえる時間になりつつあった。
「やっぱり、警防団の応援を要請した方が良かったかな」
「あいつらの事やもん、サイレン鳴らして大騒ぎしながら来るで」
「だよなぁ……」
この距離なら発射から着弾まで数分程度でしかあるまい。わざわざ相手が遠くからこちらを察知できるような戦法は取らないのが吉だ。
「藤花ッ!」
道の反対側を調べていた美鈴が小さく藤花を呼んだ。身をかがめて明かりを落とした車を回り込み、彼女を探すと草むらの前でしゃがんでいる。ゆっくり近づくと、彼女が前方を指さした。
「明かりが見えるよ」
鬱蒼とした森の隙間から、ともすれば見落としそうな照明がチラと見えている。おそらく道を行った先に脇へ別れるルートがあるだろう。よくよく耳を傾けてみれば電動機の音も微かに聞こえる。藤花は身を震わせた。
「じゃあ、銃取ってくる……」
「いや」
藤花は首を横に振った。
「車で突っ込もう」
「本気で?」
美鈴が目を丸くする。無論藤花とて焦燥感や蛮勇に酔いしれる心で思いついたのではない。
「相手が何人か分らへんし、周囲に守備隊がおったら足止め食らってるうちに発射されてまう……突っ込んで、撃ちまくった方が素人の兵隊は混乱するさかいにね」
「カッコいいとこ見せようとか思ってるんじゃないの。藤花ってほら、浪花節みたいな」
「ウチはそんな時代遅れのもんやないで、既にもっとカッコええもんや」
「何それ」
「…ハードボイルド」
「食えるの?それ」
強がるように言って立ち上がり、車へ戻り始めた藤花を美鈴は呆れて首をすくめつつ、ついて行った。
空は白み始めている。
*
「これより、新しい世界と秩序の建設が始まる」
アウトリガーを展開し大地に踏ん張る貨車の横で、塩谷浩太は十名前後の同志の前で最後の訓示を行っていた。羽織っている上着は彼が父親と幻想入りした時、着ていたものであった。
冬の寒気に湯気を立ち昇らせながら、浩太の演説は続く。法秩序の無く、健やかに、豊かに育てるはずの教育機関が妖怪に怯える心の人間の量産機構に堕し、ヒトという種を乾電池のように変換した幻想郷を今こそ破壊し新秩序の樹立を図る。とまあ、要はそのような趣旨であった。
大半の同志が彼の訓示を受けていた一方で、歩哨の一人は里からやってくる人や車の有無を見張らされていたが、昨日の陽動が功を奏しているらしく、人っ子ひとり現れる気配が無かった。様々な理由で貧困に陥ったり妖怪に何かしら恨みを抱いているという人間達であった。果たして破壊し、変わった後の世界というものはどうなっているのか。破壊し、古い血を抜くという段階がこれから始まろうという時では、まだ彼も分からなかった。起動し、架台をゆすって動作を開始したミサイル発射装置のノイズに混じって、麓から八気筒の発動機がワルキューレの雄叫びを上げて突進して来るのに気付くのも、ワンテンポ遅れた。
一応、講民党私兵部隊でも障害物代わりに木箱などを道路に出していたが、四トン近い車体が二百馬力で突っ込んでくることなど想像しているはずも無く、仲間に呼びかけようとした歩哨はライトを消して突入してきたグローサーメルセデスの激突を受けて哀れな最期を遂げた。
「何だ!」
ドラム缶を蹴倒し、土嚢を吹き飛ばしながら驀進する巨体に、講民党の誰もが驚きを隠せない。歩哨が何も言わず吹き飛ばされてしまい、一部の人間はまだ何が起こっているのかすら把握できていないのだ。
数回、威圧めいて派手にふかしながら一旦躍動を止めた車の両側の窓から、黒い手帳をつまんだ手がズイと突き出された。
「塩谷浩太、お縄の時間やで」
「陽動作戦で私たちの目を銀行に逸らしておいてミサイル撃つなんて、誤魔化されると思ったのかな。全く、間抜けな陽動作戦だ…うわぁぉっぅ!?」
相手は見栄を切るという文化が無いのか、発言中にいきなり発砲してきた。ドヤ顔で手をひらひらさせていた美鈴は開きかけたドアを閉じ、慌てて車内へ飛び込む。追加の銃撃が襲い来る。
「………あれ?」
銃火は向こうで盛んに開かれており、弾の飛翔音と弾ける音が体を思わず跳ねあがらせる。が、どれも壁越しのそれだ。
「忘れとった……防弾車や、これ」
「おお!はっははー!館でいつもは加減してるぶん、ズルしてやるもんね!」
陸軍砲兵工廠の手による防弾装備は、小型拳銃程度ではビクともしなかった。勢いづいた二人は、落ち着いて得物をそれぞれ藤花がM870、美鈴はミニUZIへと切り替え、顔を見合わせた。
「行くで」
「オッケィ!」
示し合わせ、ふたりは貫通する事の無い豆鉄砲を棒立ちで打ち込んでくる人影に向けて二度、三度発砲する。二人ばかりもんどりうって倒れたのを確認すると、一気に打って出る。
強気の相手を眼前にして、講民党もそこでようやく身を隠す方に意識が働き始めたらしい。目標は奥に鎮座して天空を睨む河童工廠製の伊号誘導弾改発射装置。手前には集まって来たらしい十人程度の部下たちがそれぞれ身近な障害物に身を寄せて抵抗を試みている。藤花達も上手く手前の木箱の影へと飛び込み、反撃をもろに食らうという下手は打たずに済んだ。身を乗り出して間隔の近すぎる人影めがけてM870を撃つとまとめて影が消える。致命傷にはならないだろうが、素人はこれで十分戦意喪失だ。
「な、なんかいいな、それ」
「撃ってみる?」
「うん!」
いそいそと得物を交換して美鈴は射撃を継続し、藤花は尻を向けて停められている小型の乗用車へミニUZIのシャワーを浴びせた。派手な火花が散り、近くに隠れていた講民党員が慌てふためいて逃げていく。点射を数回繰り返した時、轟音を立てて車体後部が燃え上がった。
「これが満洲にあればなァ」
しみじみとつぶやいて美鈴と再び銃を替えると、消費した弾を込めて前進の時間である。発射台も起動後の試験動作を終えて静かにしているのだろう。あまり余裕が無い。流石に銃撃が長引くと多少は心得のある者が生き残ってくる。中には機関短銃を乱射してくる男もおり、油断はならない。馬鹿正直な直線の突進は早々に考えを捨て、二度一緒に発砲してから二人で扇状に目標となる次の障害物めがけて走り出した。
発射台を挟んで藤花は森側、美鈴が川側を突き進む。散弾銃の一発のでかさを身に染みたのか二人ほどいた敵が森へ飛び込んだのを確認し、警戒しながら美鈴の隠れる方へ機関短銃を乱射する敵を側方から散弾で薙ぎ払う。瞬時に姿勢を低くし、森の敵が戻らないか意識を警戒へと復帰させると、いるいる。草むらからちょうどこちらを狙おうと這い進んでくるところであった。藤花は残弾を確認して、次の突進に備えた。
「ナイスカバー!」
一方の美鈴は高火力の敵が打ち倒されたのを認識すると、ミニUZIを一旦左手へ持ち替えた。人差し指は引き金ではなく、他の指と一緒に握把を握り込んでいる。前方の若い男は拳銃を撃ち尽くしたのか、スイッチナイフに切り替えて拳闘めいた姿勢で彼女を睨みつけていた。美鈴は余裕からではなく、普段の彼女なりの確実な手段で対応する事を選んだのだ。
彼女は眼だけを動かして周囲を確認する。藤花はあえて障害物を飛び越えたり挑発するように草むらを薙ぎ撃ったりを繰り返している。もしかしたらこちらの意図に気付いて不意打ちを防ぐべく敵の注意をひきつけてくれたのかと考えるが、その時間も惜しい。右手が静かに前へ突き出されると、手首がしなやかに回って掌を点へと向け、指を曲げる。
「かかってこい」
炎上する車を背景に、仁王立ちになる紅魔館門番・紅美鈴と男が対峙している。隙あらば撃ってくる藤花を警戒してか、それとも美鈴を相手取る男が講民党内で実力者とみなされているからか、手出ししてくる邪魔者はいない。もしくは、目に見えず噴出する気迫が他者の介入を許さないのかもしれなかった。
いずれにせよ、両者の睨みあう一瞬、つぶさに観察していた者がいたのなら先に動いた方が負けとばかりに気迫の競り合いが永劫続くかのように思われるも、男は炎に巻き上げられる枯葉が美鈴の顔を遮る刹那、ナイフではなくまず拳から動いた。
上方からの顔から首筋にかけての照準線が、美鈴の脳裏に即座に描かれる。舐められたものだ。それとも、評判を確聞して一撃に賭けるつもりなのか。近頃、挑んでくる日本人の戦い方が組手や投げ技のようなものから拳闘のような拳の応酬に移行しつつあった。こいつも同様の喧嘩屋あがりだろうか。体力差は歴然としていたが、男はあくまで止まらなかった。美鈴は上半身ごと反って男の拳を避けると、即座に対となる右足で男のローキックを受け止めた。
美鈴が腕を離したので男は素早く飛び退り、身をかがめて一気に彼女の軸足を狙いに来た。しかし男の回し蹴りが最大威力を得た頃には、赤みがかった髪を翻らせて中空でせせら笑う美鈴の視線を受けるばかりである。 彼女の着地を狙い、体勢を立て直す前に蹴撃……のはずであったが、彼女の動きはすでにそれを織り込み済みであり、男の蹴りをもろに受けても尚姿勢は崩れず、更にその姿勢から足のばねだけで男を三メートルは蹴り飛ばした。
たまらず倒れ込む男を、両手をゆっくりを運んで拳法の構えを形作る紅の門番が遠くから見下ろしている。
「三脚猫功夫、也敢拿出来抖?」
「畜生……ッ」
反撃を受けたがまだ動ける。小出しにショートフックなどで挑んでもこちらが消耗するばかりだ。男もワンアクションで立ち上がると吹き飛ばされて得た距離を利用し、もう一度、一撃の大きさに賭けた。美鈴は逃げるでもなくシニカルな笑みのまま待っている。
だが。
蹴りを両手で受け止めた彼女も、動きこそすれ、あたかも衝撃が電流のように地面に吸い込まれたと錯覚するほど、ぴんぴんしている。
「!」
男の足をがっちりと保持した美鈴は上体を大きく捻って男の脚を捩じりにかかる。たまりかねた男の体もつられて回転、地面と顔が平行になった瞬間、足の戒めが解けて美鈴の脚を、今度は胸に受けた。
肺に強烈なつま先の衝撃が伝わり、しばらく息が出来ないだろう。
ここに至るまで、二十秒ほどの出来事であっただろうか。
次に彼女は、相手に追い打ちをかける事よりも、相棒と、ミサイルを気に掛ける方を選んだ。
発射台も目の前である。ここで打ち上げられてしまっては元も子もない。
せめて、制御盤に辿り着ければ。
駆けだして数歩、美鈴の体が思考よりも早く反射的に捻られ、大きくのけぞった。次の瞬間、そのまま走っていたら体があったであろう中空を、切っ先が薙いでいく。退避に徹した動きで、数歩飛び上がった彼女に立ちふさがったのは、日本刀を携えた塩谷浩太その人であった。
「へへ、素手の女の子に刃物なんて、卑怯じゃないかな」
彼女の能力を以てしても、否、彼女だからこそそれだけで済んだのかもしれないが、美鈴の片腕は掠った刃で紅い液体が滲んでいた。
「貴様ら……」
背後で金属の噛みあう音がして、格闘していた二人はようやく他者の存在を認識した。藤花が背後二メートルから拳銃を構えて歩み寄り、美鈴と並んだ。
「なーにがキサマラや……美鈴大丈夫?」
「えぇ……こら塩谷。子供たちにミサイル撃ち込むなんて、どうやったってジョークになってないですよ」
「座標も既に入力済みだ……俺を殺せばミサイルの発射は止められなくなるぞ」
あくまで態度を崩さない塩谷を前に、藤花と美鈴は目配せし合う。
「…………こいつキ印ちゃう?」
「見ればわかるよ……」
「これはほんのプロローグだ……幻想郷で惰眠をむさぼる妖怪どもと、それに阿る人間への…俺を殺しても、その秩序を破壊しようとする人間は現れる!」
ため息をついて二人が立ち去ろうとしたとき、塩谷がやおら隠し持っていた拳銃で二人を狙う。だが次の瞬間、交叉する銃声の後に斃れたのは塩谷の方だった。
筒先から微かに煙の立ち昇る二丁の拳銃をそっと降ろし、立ち尽くす女性二人は顔を見合わせた。
「……なんで撃ったん?」
「いや、藤花が撃ったから……」
「え、美鈴先に撃ったんやろ……?」
「いやいや、私はこうビュッと振り返って横投げでこうベァーンと撃ったから弾がこうビュッビュッてなってこうカーブして行ったから藤花より遅いもん」
「は?」
「じゃあ撃ってみなよほらー」
「……ほんまや」
「でしょ?」
土壇場で責任をなすり合い始めた二人が異変に気付いたのは、僅かな振動と、背後のミサイルが激しく噴煙を上げて架台を動き始めたのを見止めてからだった。
「あっあっ!」
「アアァーッ!」
駆け寄る二人の目の前で、制御盤のニキシー管目盛が零に達し、ミサイルが轟音と共に加速して空高く舞い上がっていく。流石の美鈴でも走って行って飛び乗るのは至難の業であろう。
朝焼けの空へ、河童の技術で巡航ミサイルと化した帝国陸軍の伊号誘導弾は消えていく。最後に小さな光点となって、明けの明星めいた姿へと変わる。
「綺麗やなぁ……」
「どこまで行くんだろ…………藤花ァ!」
どこまで行くかは知っている。慌てて残された発射台と制御盤へと突っ込んだ。制御盤は一般的な配列のキーボードとカウントダウンを表示するニキシー管時計、そして小型ブラウン管の構成で作られており、あとはスイッチや架台を操作するとおぼしきレバー類がにょきにょきと生えており、素人の二人を一層混乱させた。
「美鈴あんたの方が詳しいやろ!」
「と、とりあえず着弾地点の座標をいじればいいのさ……まずは」
「そうそう、落ち着いて行きや」
「これがルートデータで……」
「落ち着いて行きやァ!」
「あれ、入力できない……」
「落ち着いて落ち着いて!」
「うるさいな!」
右から左から、顔を突っ込んで叫ぶ藤花に美鈴が怒鳴り返す。こうしている間にも、ミサイルは人里上空へさしかかりつつあるだろう。
「…ちょ、ちょっとウチやってみよか?」
「ンァいダァダァァッ!」
遅遅として作業が進まない相棒にしびれを切らしたのか、藤花が押しのけようとしてよりによって怪我した方の腕を引っ掴んだおかげで美鈴は悲鳴を上げて飛び上がった。おまけに暴れる腕がキーボードを闇雲に触りまくってしまう。途端に操作盤から何やらブザー音が響き始めた。
「はー、はー……私もう知らないもんね……指タッチじゃねえんだぞ!!」
顔面蒼白で指を舐めなめ画面に触ろうとしている藤花を美鈴が蹴りまくる。
「あれ、で、でも……なんか、ミサイル突っ込まへんで」
「あ?」
ワンアクションで立ち上がって画面に張り付くと、ミサイルを示す矢印はポリゴンで示された人里で突入直前、再びエンジンに点火して寺子屋上空を通過した事になっていた。
「お……おお!」
「おおお……やるじゃん」
「や、やったかなァ、ウチ!?稗田ちゃんちの本に、名前残るんちゃうウチら!?」
「間違いないね!でも、これどこ行くんだろう」
「さぁ……どっかいくやろ……」
「それもそうか」
「ん?これって、湖?」
人里を離れ、迷走するミサイルの経路をひたすら観察していた二人であったが、デジタルの地図に巨大な青色の表示が現れ、怪訝な顔をする。
「うんうん、次はどうするん?ぐるっと回って…」
「霧の湖の……」
二人は、またまた顔を見合わせた。
「「 紅 魔 館 ! ! 」」
*
「はい、紅魔分団本部……あら藤花さん?え、なに。……ミサイルが紅魔館に落ちる!?」
こあの復唱で、紅魔館の面々は色めきたった。館では丁度お嬢様姉妹が就寝前の一杯を愉しんでいる時であり、咲夜も一連の作業から解放されて珍しく紅茶でつきあっている折であった。言葉を喪っているレミリアの後ろで、妖精メイドがチラと窓を覗き、時間にして二秒ほど空のどこか一点を見つめていた。次いで滝のような汗を流し始め、口をぱくぱくさせ、震える手でガラスに思いきり突き指しながら叫ぶ。
「き……ききき、来たァ!」
日頃の訓練はどこへやら、警防団分団本部でありながら皆が這う這うの体でその部屋から飛び出そうとする。
「お嬢様早くこちらへ!」
「フラン!早くー!」
「逃げろおおお」
次の瞬間、バルコニーで箒を持って硬直していたメイドの一人が伏せたかと思いきや、巨大なミサイルは窓を突き破って部屋へ突入。ガラス片をまき散らし、バルコニーの花を焼きつくし、プランターを土と分からないほどに粉々にし、窓枠を杭めいて成型しお嬢様の心肝を寒からしめ、絨毯を引っぺがし、机を真っ二つにし、お嬢様のティーセットを粉砕し、どちらか分からないがお嬢様を天井まで放り上げ、シェーのポーズで慌てている妖精連中をなぎ倒し、その他ありとあらゆる物体人物を押しのけながら最後にドア、廊下、反対側の壁を破って飛び去って行った。試作品で信管がうまく作動しなかったのか、結局爆発せず、館の被害は右記の損害と、ミサイル通過後の拭き戻しで全てがかきまぜられた程度のものとなった。
「……げほ、お嬢様!」
従者の鑑、十六夜咲夜は一同の中で真っ先に跳ね起き、大小さまざまなガレキの中に主人の姿を探す。辺りには尻をめくってくの字で気を失っている部下のメイド、なぜかリンゴを丸ごと口に咥えたまま目を見開いて大の字になっている小悪魔、天井から剥がれ落ちてきたアフロヘアのフランドール、杭めいて尖った窓枠で標本よろしくナイトウェアを壁に打込まれてノビているパチュリー、そして無表情だが館の主として最後まで直立、吹き飛ばされてきた全員の召し物をちゃんぽんに身に着けて柄だけになったティーカップを保持、立ち尽くしているレミリアの姿であった。
*
「……………よ、良かった。なんか紅魔館も吹き飛んでへん。寺子屋も無事や」
「まったく肝を冷やさせて……今度はこいつ戻ってくるぞ!?」
「ふざけんな!伝書鳩ちゃうねんで!」
「逃げろォ!」
制御盤もほっぽり出して尻まくって逃げ出そうとする二人、の前に、血まみれの男、塩谷浩太が立ちはだかった。まだ拳銃を構えている。
「俺の…勝ちだ……」
「それはどうかな……………」
藤花が名状しがたい表情で、ゆっくりと上空を指さす。地上ではなく空であった事が、塩谷を訝しませる。聞き覚えのあるロケットモーターの音が、数分ぶりに大きくなって帰ってきた。
「おかえりー……」
穏やかな笑みで美鈴が手を振る。塩谷が、声にならない悲鳴を上げる。女性二人分の悲鳴は、はっきりと聞こえた。
「「んぁあああーーーッ!!」」
森に、火柱が上がった。
*
里から、竹林から、神社から、寺から、ありとあらゆる手段で警防員や住人が駆けつけてきたのはそれから十分ほど経ってからであった。
「藤花さぁーん!」
「美鈴さぁん!」
「美鈴!藤花ー!」
焼け跡を大人数が、それぞれ名前を叫びながら探し回った。辺りには、木材や車の残骸、ゴムなどが焼ける匂いが立ち込めている。
「藤花さん……美鈴さ……あいたっ」
捜索隊の中に混じっていた鈴仙の頭上に、何か落ちてきた。
「んん……?」
「これ、靴の左っかわじゃないの」
ゆっくりと顔を上げると、そこには。
「………いやー、気持ちよく飛んだねえ」
「飛んだなァ!……てか、美鈴、靴なんか落としてみっともない」
「ちょっと、ゆるゆるになってたんだよね…」
どのように吹き飛ばされたのか、焼け焦げだらけの服から煤塗れの顔をのぞかせ、木の高みにしがみつく二人の姿があった。捜索隊の一同が、あーっと声を上げる。
「こ、こらー!口を閉じなよみんな!」
「しっかし……」
藤花が、群衆から視線を外し、山々の隙間から森の絨毯を紫から白へ染めていく冬の日の出を眺める。
「ウ、ウチら……すごいな!」
「ワルい奴らには強いし」
「女には強いし!」
「ミサイルには強いし!」
「「もう、何でも来ーい!!」」
(めーりん編・完)
はい!ここで紅魔館パートはいったん終了です。
スパイものでは定石なものの、二次大戦ものでアジアには縁遠いミサイル発射阻止ものに手を出してみました。
まあ阻止できなかったんですけどね!
次回ヒロインは誰になるのか、自警団の任務に振り回されつつも藤花の目論見は前進するのか、気になった方は是非お付き合いください。
次章スタート前に、登場火器解説や用語解説を挟む予定です。