闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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妹紅編 銃爪(ひきがね)
第六部 警防団から自警団へ


 ミサイル騒ぎで出ずっぱりであった冬が終わりを告げ、藤花にようやく高黍屋の店先を守る日々が戻ってきた。里の甍の波を透かして仰ぎ見る山々が生命の息吹に彩られ、花咲く季節が近づきつつあったが彼女の周辺は何事も無く日々が流れている。

というよりも、何事も為さないまま季節の変わり目を迎えていた。

 無論日々の隠匿した兵器の手入れや里内外の重要人物の資料作成、またミサイル騒動を受けて無差別的すぎる計画は破棄するなどの活動はしみついた癖で寝入る前に行っていたが、あの後の藤花にとって衝撃的だったのが、ミサイル事件が異変でもなんでもなく、新聞での扱いも大変小さなもの(『人里に怪飛翔物~云々』)で終わってしまった事であった。

ひょっとして妖怪たちの間でだけでも語り草になれば、死んだ戦友たちも浮かばれ、自身はひっそりとこの地で生きて行っても良いのではと思っていた彼女の淡い期待は打ち砕かれた。結局美鈴に約束のステーキをおごり、文が一度だけインタビューに来た位で後は恐ろしいほど速やかに、静かにまた平静の日常が始まった。その事に対して、燃え尽き症候群ではないが、虚脱状態に陥ってしまっている。

 今日も今日とて店先に座り、時たま思い出したように傍らの号外(一応宣伝になるかと思って切り抜きを貼ってある)を眺めるばかり。

しかし、

「やっぱり警防団は朝早いんですか?」

「ウチは巡回重点期間くらいかな。別に下着泥棒やってるわけやないし」

という受け答えが

「下着泥棒みたいなもんでんがな。はっはっは」

とまで改変されるとは思っても見なかった。あの天狗適当に書くにもほどがあるだろう。他にも「張り込み中は餡パン一個で粘る」と答えたところが「ヤツメウナギ串にビール」になっていたり、おかげで藤花が下着ドロの為に早起きを欠かさない酒飲みの変人みたいな扱いをされる羽目になった。

 あのあと演習での失態やミサイル事件の後手対応、その他大小さまざまな不祥事等を経て警防団が解体改組された事だけが唯一の幸運と呼ぶべきか。

「紅魔館へ行く用事も無くなってしもうたし……あーあ」

 いかにも閑古鳥な欠伸ひとつ。いっそのこと余った時間で正しい欠伸の仕方でも教わろうか。

「さーぁおだけぇー、さーぁおだけぇー、たーけのこっ、たーけのこっ」

 おお、退屈な日々の中にも雅を感じる旬の物売りの声。しかも可愛らしい。物売りだけあって、声のみで製品の形状を伝えようというのか特徴的な物言いですぐわかった。流石に今後の活動に差支えてもいけない、ここいらで今やシーズン至らんとする筍でも刺身で食えば元気が出るかもしれない。

「………って、あれ妹紅はんやん」

「およ」

 そこな道行く竿竹売り、あの出で立ちは見まごう事なき藤原妹紅であった。背中に背負った籠からは今朝採ったであろう筍がその先を覗かせており、ついでに炭も少量入れて売り歩いているようだ。

「ああ。煙草屋さんかぁ、そういえばお店ここだったね」

「年末はずっと警防団やったからなー、久しぶりやね」

「そういえばあれ以来か。すごい事になってたね」

 店先で籠を降ろし、行商で疲れた肩を労わりながら妹紅が苦笑した。思えば彼女も、大演習でまさかの「射殺」判定を食らい新聞に写真(足だけだが)が載った事を思い出した。

 妹紅が壁にもたれて話すので、カウンターに灰皿を出し自分もと一本取り出す。

「そういえば、藤花は……」

 壁にもたれたまま、妹紅が往来の中空を眺めたままふと呟いた。何やら深く考え込んでいた様子で、横顔をつぶさに眺めていた藤花にも、その視線は春先の蝶めいて探し物が何であったのかを忘れてしまったような軌跡を描いていた。竹林で案内人としての彼女を間近で見て以来、奇妙な感情に揺れ動いていた藤花は彼女をそこまで思わせる物とはいったいなんであろうかと勘を働かせる事も苦ではなかった。

「自警団のニュース、見たかな」

 続いた妹紅の言葉に、眠りに落ちた学生めいて頭がガクリと落ちたのは答えに比較して藤花が真剣に妹紅を眺めていた事の証左である。が、藤花の表情があまりにも分かりやすすぎたのか、妹紅が慌てて謝罪してきたので藤花も場を取り繕った。

「いやあごめんね。んでも自警団は新聞で読んだくらいしか知らんけど、そんな妙な事になってるん?警防団の頭がすげ変わったくらいにしか思ってへんかったけど」

 人里自警団。警防団の資金、組織を大幅に見直して幻想郷に会った形に改組するという年始に式典をやったばかりである。制服も一新され、流入資料に基づく藤花の見知った制服から、米軍式に改まったのも覚えていた。紅魔分団が廃止となった為、藤花もお役御免になったのだが、妹紅の所属する竹林分団は存続しているらしい。

「現場の人間は警防団経験者が多いらしくてね、それはいいんだけど、新しい里の幹部が私に何かとお伺いをたてに来るんだよ。竹林一帯は、実質私が一人で昔からやってたようなものだから、幹部以上に経験者みたいな扱いされちゃってね」

 それには藤花も頷いた。旧警防団にしても、本来はそのような活動を統合する目的で結成されたはずだ。しかし、以前から同様の活動に従事する事を本業としてきた妹紅が藤花にお願いするようなことなどあるのだろうか。素直にその事を訊ねてみる。

「それが、狙撃隊の事なんだよ。さすがにテッポウは私も専門外だし、聞けば藤花が経験者だっていうから」

 照れ隠しのように笑って、妹紅は吸い終わった煙草を灰皿へ押し付けた。彼女は笑っているが、藤花は内心訝しんだ。

「ウチ、そんな心得あらへんよ……?どっかの噂話かな」

「演習と先だってのミサイル騒動で藤花が紅魔館の門番と大暴れしてたって、里のおばさんから聞いたんだけど、もしかして違ってたかな?」

「…………あれか」

 そういえば河童製らしき実包を見せられた時、咄嗟に実家の稼業だったなどと嘯いたのだっけ。適当な取り繕いは思わぬところで足をすくってくるものだ。

「まぁ、やってみん事はあらへんけど……外来人で、妖怪退治が手につかへんかった連中が畑守やってるやん。あのあたりじゃアカンかったん?」

「仕事内容がかぶるから、食い扶持を持ってかれるんじゃないかってけんもほろろでね」

「ありなん……。妹紅はんの頼みやったら、断るわけにもいかへんね!」

「ほんとに!ありがとう…」

 

   *

 

 永遠亭の許可も取り付け、竹林の比較的里から通いやすく、かつ山から離れた一帯を切り開いて射撃場をこしらえた。流石に皇軍丸出しの教練をするわけにもいかないので、あちこち米軍式にしてみたり、銃に合わせて腕手の動きを基と変えてみたりしている内に独自の執銃動作が完成する。まずは木銃でひたすら執銃動作を仕込み、これはと思った人間から狙撃銃を与えた。銃を撃ちたがる若い人間、というか子供もやたらといたが、そういう奴はもったいつけて仕事をしない割に武器を振り回したがると最悪の評価を旧警防団が下していたので、抜擢してくれた妹紅に恥をかかせるわけにもいかぬとその点は特に留意した。

今日も今日とて、藤花は双眼鏡片手に伏せ撃ちの姿勢で地面に固まっている射手の姿を後ろから行ったり来たりしつつ眺めていた。今日などは風も弱く、湿度も低いとあって射撃にはもってこいの日である。

 一連の銃声が耳を劈き、射手が口々に○○撃ち方終り、と怒鳴るのを確認してから、ゆっくりと評定へ入る。

「一番。……息止めが長すぎる。二番。……重さに腕が負けてへんかな、脇を閉めた方がええよ。三番。…ええ感じやね。四番……は、あんた兵隊やったっけ、上手いね」

 将校の真似事などしたことが無く、こそばゆい時間が過ぎると、銃を担いで里へ帰っていく訓練生たちを見送り、藤花はようやく煙草に火を点けた。

 銃砲店が提供してきたのは戦後三十年近く経ってからソ連が開発した自動小銃という代物らしく、担いだ団員の肩から突き出た影を見る限り、里内で使うには大きすぎるようにも思える。

帰って本部に結果を提出しなければと考えつつ、乗馬袴を履いた脚で将校めいてずかずか帰る道すがら、久しぶりに文の取材を受けた。

「お久しぶりですね!」

「あぁ、文ちゃんか。今日は幹部のおっちゃんらは不在やで」

「だからこっちに来たんですよ。藤花さんは私のいい取材対象(カモ)ですから」

「十分早かったら、ウチの部下に撃ち落とされとったところやで」

 包み隠さず、のように見えて底知れないブン屋の文の笑みに、藤花も悪い冗談で応じた。

 文が物入れをごそごそやっていたので、こんなんしかないけど、と紙巻を差し出して火を点けてやった。

「こんなタチの悪い言葉を咎める人もおらんことやし、世間話しとってもまあ罰は当たらへんかな」

 そう言って紫煙を鋭く吐き出す藤花の横顔を、文は意地の悪い笑みで眺めていた。天狗の普段口にする煙草は人間のそれと比べても辛く強いのか、彼女の口許へ運ばれる紙巻きの先端は既に尖って燃えていた。

「本当は藤花さんが咎める側なのに、悪い人だなあ」

「せやろね」

 互いにクックと笑って顔を見合わせると、藤花の目から笑みが消えた。

「山の政治情勢はまだ動かんンの?」

「ないですね」

「やっぱ、アカンか……」

 藤花にとって昨今の興味は、里を数歩歩けば視界に飛び込んでくる凄まじく高い山、通称「妖怪の山」の勢力図であった。ミサイル騒動では、内容の物騒さに比べて妖怪達が静観を決め込んでいた事に落胆と疑問を抱く羽目になった。一方で、今後何らかの武力衝突を勃発させて妖怪の人里武力進出を促し、不慮の「いきすぎた一撃」を打ち込めないかという画策であった。

 さすれば、人妖の均衡や互いの在り方の掟は崩れ去り、幻想郷という地は存続不可能になるのではないか…………

 あの講民党騒動が藤花へ与えた戦訓は多く、個人で行う無差別攻撃の無謀さと、里の危機に対して妖怪の中立表明や協力が非常に迅速に行われる点に注目していた。その結果、藤花は紅魔館の面子と独自の捜査を脇目も振らずに行うことが出来たと言える。

一方で、争いの種といえる数多の妖怪が跋扈する山の動向を文を通じて入手したところ、数や様子が伺えた。それこそ藤花が付け入る隙と判断した要因であり、軍閥や部落相手に培ってきた交渉術を用いる好機と見ているのだ。

「それじゃ、今度こちらの所望した自警団内部資料も見せて頂けますね?」

 見れば、文は一足先に煙草を吸い終わり、一本下駄で器用に吸殻を踏み消していた。

 


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