闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団②

 里にもカフェーがあると藤花が知ったのは、つい最近である。行動を起こす際に役立つだろうと人里の水利分布を調査していた折、嗅ぎ覚えのある焦げと酸味の交わった香りに思わず振り返ってみれば、夕暮れにランプの映えるガラス窓。覗いてみれば珈琲などと洒落た飲み物を提供しているではないか。思わず腕組みして数分間迷った挙句に入店してはコーヒーを三杯は飲んでしまった。

 それ以来、煙草屋を閉めた後に思い出したように通っている。こちらのカフェの営業もそろそろ終わりが近いが、薄ら寒い夜にスリガラスとランプの明かり、そしてモダンな造りの店舗はどうしてここまで取り合わせ良く、彼女に目に訴えかけてくるのだろうか。もしかしたら帝都の片隅にひっそりと建つような同種の店を瞼の裏に思い描かせるからかもしれなかった。

 しかも、そこいらの家の引き戸に比べると数段凝った意匠の木戸を押し開けると、来店を告げるベルが奥ゆかしく鳴る正統派ぶりである。流石に流行歌とまではいかないが、こちらの楽隊らしき集団のレコードが控えめな音量で流れている様は、寒色の窓外、暖色のランプの陰影と相まってコーヒーを口にする前から体が温まる。

 数歩進み、今夜の一杯を嗜む席を求めて店内を一望する。夕食時直前とあって店内は仕事人風の男や、男女の組みがまばらに着席している程度である。

 藤花は、寒さと温もりとの程よい均衡の中、洒落た沈黙を守ってともすればまどろみそうなひと時を過ごしていたが、彼女の前に誰かが座ってその時間は終わりを告げる。

 煙草から立ち昇る予測不能な軌跡を目でなぞっていると、突如として椅子を引き床の鳴る音で現実へ引き戻された。今更警戒したり、机を蹴倒して立ち上がって対処しなければいけないような相手も幻想郷にはいない。藤花は目を瞬かせて眼前の新参を見上げた。

「なんや……文ちゃんか」

「ご挨拶ですねえ。おっと、今日は手帳もカメラも無し!ただのおねーさんですよ」

 軽装な文は頭冠の飾りを揺らして店主を見やり、私もホットひとつで、と笑顔で注文を入れている。

ふと時計を取り出せば世間は夕食時であった。

「文ちゃんはもう取材はええの?」

「ええ、明日の分はもう。季節の変わり目はそれだけでもネタになりますからねー。人里キャンペーンもしばしおやすみ」

 そう言って文は席に届いたコーヒーをどうも、と言って受取り、静かにカップを口許へ運ぶ。

「天下のブン屋さんがそんなんで満足せえへんのちゃう?何が目的なん?」

「こないだ、里内で会うようにしようってもちかけたの藤花さんじゃないですかー、私も下見ですよん。ここ、いい店ですねえ」

 にこやかに天井や調度品を眺めてはにこやかにコーヒーを飲む文を尻目に、藤花は呆れ顔であったが、やがて彼女も思い出した顔つきで文に向き直った。

「そういえば、里の外に住んどる人間、聞いた事ある?」

「何人かいますね。あ、煙草あります?」

 こういう反応をされたときは、大体数本恵んでやらなければ思い出してもらえないものだ。すかさず懐から箱ごと出して、好きなだけと告げる。

「おっ、どうもです。………んー、魔法使いや紅魔館の使用人…という答えじゃ不満ですね?」

 藤花は、黙って頷く。

「ふむふむ、自警団で外来人探し……当たった!」

 どうだという顔でスプーンを突き付けて満面の笑みの文と、対して表情の変わらない藤花。やがて後者は小さくため息をついた。

「文ちゃん、今日は仕事やないんやろ」

「ははは、そうでしたね。……ここからは世間話ですが」

 ようやく両者の温度差が縮まり、文も藤花の欲しい情報について口にし始めると直感できた。思わず双方の額の距離が詰められる。

「ここ一、二年、幻想郷の著名人の家を訪れては警備や番人を買って出ようとする人間がいたそうですね。いや、それ自体は珍しい話じゃあないですよ。若い外来人は農業に就くより狩人になりたがる傾向がありますからね……でも、極ごく稀に能力持ちの人間が出てきて、それはそちらに属するタイプで」

「能力持ち」

 藤花の口が、気になる単語を反芻する。暗に補足説明を求める彼女に、文はマア慌てず、とくぎを刺して続けた。

「彼の能力は、"思い描いた外界の武器を自由に作り出せる能力"だったそうです。拳銃、小銃、時には機関銃まで。弾も一緒にわらわら出したって言うんですから、大したタマですね」

 文字通り、と言って文は苦笑した。修飾の少ない淡々とした語り口から、なんとなく続きの話しぶりも想像できた。それほどの人物が、里中に知れ渡っていないはずはない。幻獣や妖怪を駆逐する絶対強者として名を残せるはずだ。しかし藤花も知らないとなると、有名だが口々に賞賛されるタイプではなく、むしろ庶民が口をつむぐタイプ……ならず者だったのだろう。

「やけど、評価されなかった」

 文はコーヒーを飲み込みながら頷いた。

「最初のうちは里でも歓迎ムードだったようですね。外来人は少なからず新しい技術や道具ももたらしますから。でも、最初に紅魔館だったかな。冥界や寺子屋にも顔を出していたようですが……里に用意された家を無断で空けて、組合の集いにも来ないとぼやいてる慧音先生の話を聞いた直後ですよ。紅魔館に現れて、パフォーマンスとして魔理沙さんを"撃墜"したそうで」

「ゲキツイ?」

 藤花が怪訝な顔をする。早打ちや狙撃の実演はともかく、いきなり生身の人間相手にというのか。

「その、魔理沙ってウチも名前は知っとるけど、生きてるん?」

「紅魔館の方たちの話によると、弾は猟師が使うような金属ではなくゴムだからと語っていたらしいですが……」

 そいつを紅魔館へ呼び寄せたのは半分はお嬢様の興味本位であったようだが、その実演に引いてしまったのか契約内容も適当になものになり、最終的に居眠り中の門番に発砲した辺りで解雇は本決まりとなったらしい。 

「その後は竹林、冥界と足取りを追っていましたが、その間も霊夢さんの妖怪退治に援護と称して突然発砲する、山の獣をまたまたパフォーマンスとして狩る、とまあさんざんで」

 弾幕と呼ばれる、幻想郷での独自の決闘については藤花も確聞していた。はたしてその外来人がどれほどの戦果を挙げたのかは不明だが、ともすれば相手や周囲から霊夢が卑怯な助太刀を雇ったとみなされかねない。聞いているうちに頭が痛くなってきそうだ、というか。次の文の話でそれはこの話者にも起因すると分かった。

「ま、とにかく山で森で好き放題やってくれたわけで。領域を荒らされて勝手に獣の命を奪って、おかげで天狗の対人感情は一時的に著しく硬化しましてね、あわや戦争という事態でしたよ」

 成る程、文もまた被害をこうむり、怒りを腹に据えかねたという事か。というか美鈴も発砲されていたとは知らなかった。とかくそれで正義漢ぶっていたというのだから、確かに誰も仲間にはしたがるまい。文の外来人評というか愚痴はまだ続いており、おそらくは人妖の均衡を掻き乱し調律を取るために呼び寄せられた因子ではないかとか、まあそんなところにまで及んでいた。

 最終的に自分の言葉で興奮してしまったのか、ぷりぷりした様子で、帰ります!と言って店を出て行ってしまった。

「まったく、騒がしい夜やな……」

 藤花も会計を、そしてその前にもう一服をと思い机の箱を手に取ってみるが、中身は空っぽであった。どうやらマシンガントークの最中、文が凄い勢いで吸って行ったらしい。

「後は、そいつがどこにおるかも聞きたかったんやけどな……」

 かつての相棒も危うい目にあわされているとなると話は変わってきた。同じ不穏分子としてお調子者に御灸をすえてやろうと珍しく義侠心にかられながら、藤花は夜道を帰って行った。

 




前回更新から間が開いてしまいました。
色々忙しかったですが、今後もアイデアが降ってき次第更新していきます!

ちなみに(ちなむか不明ですが)藤花が調べていた水利分布は、上下水道が人里のどの地域を流れているかというもので、水害や(恐ろしいことですが)毒が流れた場合にどの地域に被害が出るかというデータになります。スパイなのでこういうのに目をつける……という事にしておきましょう。

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