闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団③

 翌朝、藤花は自販機に「店主長期不在につき、臨時セール」と張り紙をして高黍屋を後にした。店の売り上げに少なからず影響の出る警防活動であるが、薄利多売ででも凌がなければならない。その代り全ての在庫を一杯にしていく。安くない利用料を河童に払っているのだから、せいぜい機械に頑張ってもらうしかないのだ。

 ジョンソン小銃を布にくるみ、担いで里を出るとまずは博麗神社へと足を運んだ。数多の異変、妖怪と対峙してきた巫女なら多少なりとも情報を持っているかもしれないし、その知名度から言って例の外来人ライフルマンが訪れた可能性も高い。まずは横やりの入ら無さそうな里から探るつもりであった。

「ここーはー、おくーにーを、何百里ー……でもないか」

 本土なのに本土ではない、見慣れた山の緑なのにどこか実感が無い。博麗神社への不気味な山道で包みを解き、警戒して進む藤花はふと戦場から幻想郷、そして帰り着く場所へ繋がる道を考えた。一体誰があのような地獄から曲折を経る事になると予想できるだろう。思えばこの山道も次に行く石段も、ここへ来て最初の方針を固めた場所であった。あとは藤花の計画が発動するのが先か、霊夢がすんなり戻してくれるのが先か、だけであろう。

 大鳥居の下へ行き着き、小銃をまた包み隠して石段を上ると、吹き上げる風の中で面倒くさそうに箒を動かす霊夢の後ろ姿があった。

「お久しぶりやね」

「………あー、あんたね」

 一瞬振り返る動きの間はすごくうれしそうな顔に見えた霊夢だが、向き直る頃には最初に見た時と同じような表情に戻っていた。珍しい参拝客と思ったのかもしれないが、ここまで温度変化を見せられるとこちらも反応に困る。むしろそういうところを愛想良くした方が集客にもつながるのではないか。

 とりあえず雑嚢から取り出したものを賽銭箱に入れながら、巫女のご機嫌伺いとしてみた。

「……っと、景気はどない?」

「相変わらずよー。せっかくだから、お茶でも出すわ。待ってて」

 目の前で賽銭箱に音を立てて落ちた"紙"、満洲国紙幣の束はそれなりに役立ったようだ。町の両替屋でも滅多に見ないから判断しかねると両替を保留にされてしまったものだが。

「いつ来ても、人、おらへんね……」

「一応これでも来てるのよ。あんたが毎日変な時間に来るだけ」

 どうぞ、とお茶に加えて煎餅まで出て来た。初回に比べると紙幣が音を立てて落ちるという一気出しのインパクトが大きかったのか、御利益も大きい。いつだったか実際神社としての御利益について聞いてみたが、「たぶんボム一個分くらい」と適当に返されてしまった。生憎と藤花はボムはおろか弾幕も放てないので、こちらの実体のある恩恵を期待するしかない。

「おかまいなくー、いや…なんか悪いなぁ、突然押しかけてしもうて」

「見ての通り、お手すきだから別に。また見回り始めたんですって?」

 先に一枚煎餅を手に取り、軽快な音を立てて食べ始めた霊夢が、いかにも世間話と言った風体を整えて第一声を発した。藤花も、んじゃあいただきますと言って焼き目も見た目に香ばしい厚みのある煎餅に噛みつく。

「………っ。て言うても勿論お願いされてやし、特定の件だけやで。それもあって今日ここへ来てんけどね」

「妖怪?……あんたならそんなわけないわね。なら外来人かしら」

 煎餅を飲み込みつつ首を振る藤花を見て、霊夢が腕組みする。片目も瞑って何かしら考えているのは、彼女にも心当たりがあるからかもしれない。その間に、藤花は煎餅を一枚多く平らげる。

「ま、若い外来人ほど人生やり直せるなんて甘い考えに取りつかれやすくて、ちょっとはっちゃけた人間が多いのも事実ね。ってか藤花あんた、いま二枚同時に食べたでしょう!」

「けちくさいなぁ……ええやん別に。でもそう、武装した外来人、って知っとる?」

「ぱっと思いつくだけでも片手じゃ足りないわね。武器とか口癖とか、特徴があれば私でも知ってるでしょうけど」

 幸い、霊夢はまだ協力的だ。単刀直入、文から伝え聞いた能力持ちの外来人について問うてみる。

「能力持ちで、好きな武器を作り出せるってやつ……」

「あぁ?あいつね……」

 霊夢が、突然眉間に皺を寄せて肩を落とすのでびっくりした。彼女の「あぁ?」は全部に濁点が付いていそうな発音なので尚更面倒くさそうに聞こえる。とはいえ、すぐさま脳裏に浮かぶという事は相当面倒くさかったか、最近ここへ来たかのどちらかだろう。

「やっぱその筋では……」

「どの筋よ……。射手として腕は立つのか知らないけど、いかにもな有名人のところに押しかけて回ってた奴と言えば、誰でもね」

 煎餅が切れてしまい、茶で口が潤うと一服したくなる。が、霊夢は吸わないらしく神社にも灰皿などの設備が見当たらないので、遠慮する。結果として藤花は意味深に背広の胸に手を入れただけの不審人物と化してしまった。霊夢も煙草なら向こうでなどと言ってくれればよかったが、怪訝な顔をするばかりなので始末に困る。

 やり場のない顔の向きを、仕方なく上空へ向けた時、藤花の視界に芥子粒のようなものが見えた。

虫ではない。

遠くにいるから小さく見える物。

「あら」

 霊夢も気付いたらしい。しかし藤花の緊張と違い、何か親しげなものを見た時の反応であった。

「あれ、魔理沙ね」

 思わず立ち上がって目を細め、手で日光を遮りつつ接近してくる粒めいた影を注視する。明らかにこちらを目指している影はやがて帽子をかぶった上半身を形作り、下半分の形状を理解するには、「箒にまたがって空を飛ぶ」という現象が日常茶飯事の常識を備えていなければならない事に気付いたのは、その後からであった。

「どうしてワ……魔理沙が」

 香霖堂で耳にした正しい名前を記憶した藤花がどう対応してよいか決めかねている間に、空飛ぶ箒は着陸進路を取り、鳥居を一直線にくぐると境内で大きく鼻先を持ち上げ、大きく速度を削いでからひらりと持ち主を飛び降りさせた。

 脇に立てかけられている霊夢のそれよりも、節くれ立った一本木のごつさが目立つ箒をひょいと担ぎ、屈託なく莞爾と笑って挨拶してきたのは言うまでも無く霧雨魔理沙その人である。

「よっ、霊…む?」

 この瞬間まで藤花の存在に気付いていなかったらしい。魔理沙は挙げた片手をそのままにして藤花をしばし見つめていた。

 藤花は森の瘴気を抜くついでに自分の髪をこんなにしていった張本人という情報と、乱射魔の被害者第一号すなわち聞き込み調査を実施しなければならない対象だという情報が脳裏で交錯し、処理に時間を要している。魔理沙は、ともすれば紅魔館の廊下で顔をつきあわせたという事実すら忘れていたのかもしれない。

それから数秒して、ようやく絞り出されたのは双方の口から同時に出た「ど…ドーモ」という挨拶であった。

「魔理沙はん、やったね……なんて言うか、あんときはどーも」

「おぉ!てっきり紅魔館の番人かと思ったら、里で煙草屋やってるんだってな!…いやあ、あそこも外来人雇うようになってからはおちおち本も借りづらくなったなぁ。タカキビさんだっけ」

「それは店の名前で、ウチは藤花やで……」

 トーカさんね、よろしくよろしくとまた明るい笑顔に戻り、魔理沙は頭をかきかき霊夢の傍らへと座る。しばらく行儀悪く皿の底に残された煎餅の欠片をつまみつつ、霊夢と藤花の顔を見比べていたが。

「珍しいなぁー……霊夢がこんなにもてなしてるなんて」

「人をサービス精神欠如してるみたいに言わないでよ。自警団で件の外来人調べてるから、その捜査に来てるのよ」

「確かにっ。最近ガラの悪いやつ増えてるもんなー。……で、誰の?」

 霊夢と藤花の肩が十度ほどガクリとずれた。てっきり根に持っているのかと思ったら、心当たりなしであった。二人が同時に口を開こうとして、しばし見つめ合った後に霊夢がおずおずと掌を見せて発言権を譲る。藤花は小さく咳払いをして、本題に入った。

「またちょっと紅魔館絡みなんやけど、魔理沙はんが前に飛んでるところそいつに撃たれたって話を聞いて、ちょっとお話をと思うてね。なんでも他でも光りもん振り回してたっていう危険人物らしいから、自警団で問題を処理しよかって話に」

「あー!あいつかぁ!」

 ようやく思い出せたようだ。

「でも、紅魔館が腕の立つメイド長をすんなり差し出すかなあ」

「「そっちじゃやないっわてよ!」」

「ステレオでつっこまないてくれよ、分かってるって。テッポウ作れるとか言ってたあいつだろ」

 通じにくい冗談に自分で苦笑しつつ、魔理沙は手をひらひらと振った。その特徴が分かれば、彼女も理解していると思える。遠慮がちにため息ひとつついてから、藤花は話を続けた。

「魔理沙はんがそいつを見たんっていつ頃かな」

「去年の春先が最初かな。紅魔館に向かう途中、何かが飛んでくる音がしたんで、慌てて飛び降りたな」

「と、飛び降りた?」

 さっきこちらへ向かってくるときも、かなりの高度を取っていたが無事では済むまい。その外来人の話以前に魔理沙をよく理解しなければならないようだ。

「飛び降りたて……身一つで?」

「屋敷の屋根に閃光を見たから、何かを飛ばしてきてるっていうのはすぐ分かったぜ。でもレミリアや咲夜じゃなさそうだったからなぁ。あぁ、飛び降りて大丈夫なのかって事か。そういう時は魔法で制動をかけて着地するんだ。箒は自力で手元に飛んでくるしね」

 身振り手振りを交えて説明してくれた本人の談であるから、とりあえず魔法の存在と魔理沙の実力は信じるほかない。その外来人は初弾を外し、飛び降りた魔理沙を見て撃墜したと思い込んだのだろう。戦闘機同士の空中戦でも戦果誤認は良くある話だ。藤花は頷いて、話を円滑に進めるよう努める。

「んで、それ以降あそこに近づくと撃ってくるようになったと」

「そうそう。最初は腕の立つ奴を雇ったんだなって警戒してたけど、あそこでも手を焼いてたみたいだな。里に買い物に来てた美鈴に聞いた話じゃ身内にもぶっ放すらしいって聞いて、私の為じゃないけどクビをおすすめしたね」

「賢明な判断やね」

 だろー?ひどいよなと頷いて魔理沙は腕組みする。と、片目を閉じて中空を見据え、何事か考えていたがその目が藤花へと動き、思いがけない一言を漏らしてきた。

「そいや、里で妹紅からも聞いたけど一緒に捜査してるのか?」

「え、妹紅はんも?」

「なんだぁ、てっきりコンビ組んでるのかと思ったぜ。そうそう、そいつ里でも不良にぶっ放して止めに入った慧音先生に逆切れしたんだった。それであいつもほっとけないんだろうな」

「そうなんや……おおきに」

 今日のところは早々に切り上げて、竹林へ河岸を変える事にした。魔理沙は今後の捜査協力も引き受けてくれたし、問題は無いだろう。さりげなく髪の事について聞いてみたが、「瘴気と薬の副作用」との事だった。いつ抜けるかは分からないらしい。まあ既に里も彼女の髪は見慣れてきた頃合いだし、今更毛染めをするような事でもないだろう。何より今日まで生き延びてこられたのもその薬とやらがあってこそだ。

 

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