里まで送ろうかという魔理沙の申し出を断り(箒の相乗りの方法など分からない)、竹林へと足を運ぼうと考えたが、もしかしたら妹紅は行商に出ているかもしれない。ちょうど時間もいい頃合いだし、昼食まで里をうろつく事にした。とはいえ鈴奈庵は子供相手の読み聞かせか何かをしていて入りづらい。気付けばいつものカフェの前に立っていたが、予想外の盛況を見せており思わず足が止まる。
近代的なビルなどひとつもない幻想郷だが、町娘などは新しいものに敏感らしい。天気の良すぎる日はじっとしていてはジリジリと熱せられるとでも言いたげに、店内は満席で、空いていると言えば外に引き出された椅子程度であった。
「若い子でカフェやなんて、何考えてるんやろ……ま、ウチも十分若いけど」
誰ともなしに同意を求めつつ、仕方なく朝の御品書きを引き込めに来た店員に席を求める。
「テラスで御相席となりますが、よろしいですか?」
相席など久しぶりに聞いた。一介の情報員として緊張感を忘れたつもりなどなかったが、気付けばのんびりとした幻想郷の暮らしに呑まれつつあるのではないだろうか。
「まぁ、ええよ」
「ではあちらの奥の席へどうぞ」
店員の指し示す先には、成る程大半の机が二人以上で埋まっている中、三つの椅子に対して一人しか座っていない箇所がぽっかりと空いている。少女が一人、ぼんやりとカップを傾けていた。
「おおきに、ホットひとつね」
「承知いたしました」
席へと向かう藤花の脇を、どやどやと少年たちが駆け抜けていく。なんとも平和そのものである。
ウチにもあんな時代があったんやなぁ……。
待てよ、無いか。
ありもしない男子学生時代の青春の記憶を振り払い、示された席へと到着すると、先客へ相席の旨をそっと告げて、腰を下ろした。目の前の少女は、一度藤花をチラと見たが小さく会釈するとまた物思いにふけるような姿勢に戻ってしまう。
「…………………」
本の類も持ち合わせていないとなると、時折相席の彼女に視線が移ってしまう。春風に揺れるチュニックワンピースは年恰好に見合った可愛げのあるものであったが、足元のアンクルブーツはなんとも活動的だ。服装の割に大きな鞄が脇へ置かれているところを見ると、何かしら仕事をしているのかもしれなかった。
注文の品が来るまでの間を持たせようとしたのか、少女の珍しい洋装に惹かれたのかは分からない。藤花の性的嗜好はともかく、そこまで分別の無い彼女ではなかった。
もしかしたらもっと素朴な、どこか人形めいた整った顔立ちの彼女の表情を揺り動かしたいという衝動からかもしれなかった。気付けば、口を開いていた。
「お嬢さ…」
「ごめん、お待たせ」
洒落た大人の会話でもしようとした瞬間、空いていたもう一つの椅子の背にかかる手と、声があった。
やれやれ、連れがいたのか。見れば、独り立ちしていそうだが兵隊の恰好をすると「まだ子供じゃないか」と言われそうな貴重な時期の青年が藤花と彼女の間に腰かける。
どうやら少女の憮然とした顔は、青年の遅刻に起因するものであったようだ。頭をかきかき、遅刻の非礼を詫びる青年と、やや突き放すようにすました顔でカップを傾ける少女と、年は離れているようだが兄妹だろうか。どことなく距離感は交際相手のように見えなくもない。と、それ以上口を挟めない相手を詮索するのもナンセンスだ。コーヒーを飲んで、予定通り妹紅を探しに行けばいい。
「分かったよ……とりあえず何か頼んだら?」
一時は険悪(?)なムードも漂っていたが、少女の提案は事態の鎮静に向かわせる事をにおわせていた。基本仲は良いのだろう。気分を落ち着かせるのにコーヒーはうってつけだ。
「じゃ、このビックリパフェで」
「びっくりぱふぇで心が落ち着くか!」
思わず突っ込んでしまった。この青年、物静かに見えて実はすごく食わせものなのではないだろうか。それより驚いたのは(それ以上に二人の顔の方が驚いていたが)少女がさりげなく、まるで頬でも掻くような自然さで手が鞄で伸びていた事だ。ルビヤンカから送り込まれてきた殺し屋でももう少し分かりやすく背広の釦を外していたような気がする。
「ご、ごめん……つい」
ずーんと沈んだ表情で深々と頭を下げる。
「あ、あは、すみません。相席の方もいるのについ」
「ほらもう、いつか怪我するよって言ってるのに」
少女の方が、言わんこっちゃないとばかりに眉を下げている。
「あーびっくりした……てかパフェなんて洒落たもん、ここのお品書きにあったっけ」
「本当にすみません、ほんの冗談で、実家の近所にあった喫茶店のメニューでして……あれ」
「ん」
苦笑する青年の顔がきょとんとしたものになり、藤花を見上げた。
「じゃあ、お姉さんもしかして外来人だったりしますか?」
「げっほ!」
思わずむせてしまった。どうして幻想郷の飲食店はこうもむせるような質問をしてくる人材に恵まれているのだろうか。気管支からじわじわいじめ殺すスパイ組織があれば引っ張りだこだろう。下らないことを考えつつ、コーヒーの匂いが気道にしみついて、むせる。
しかしこの青年、するりと藤花の出自を突っ込ませて見抜いてしまった。狙ってやったのならここへ来て以来の一大危機である。落ち着いて胸元を抑え、もう一度コーヒーを今度はゆっくりと飲み下し呼吸を整える。
「やぁ失礼しつれい、ウチは確かに外から来た人間やで。今は里で煙草屋と自警団の二足のわらじやけど」
青年が関心高そうに頷く。藤花はあまり実感した事が無かったが、外来人同士の集いのようなものがあったりするのだろうか。外だと同郷のよしみのようなものがあったが、基本ここは里で完結している。もしかしたら、藤花の外来人という背景を見抜いたのはそういう観点からか。
「自警団…?何か活動してるんですか」
今度は少女が怪訝な顔をする。もしかしたらちょっと警戒しているのではと身構えた。なぜにこの二人はそんなにスペックが高そうなんだ。
「ウチは傭人みたいなもんやから、普段から警邏とかしてへんけどね。紅魔館の美鈴はんとか、竹林の妹紅はんには何かと世話になったから、せめてものお手伝いやね」
「ご存知なんですか?」
ますます二人の背景が分からない。藤花は、思惑もあってだが旧警防団の頃から里を離れる事がしばしばだった。基本的に人間は里から出れば危険が付きまとうというが……。直球に尋ねるのもどうかと思い、自警団の身分を明かした事を利用して、それとなしに聞いてみる。
「そうそう、お世話になったからなァ……ちょっとその自警団で珍しく仕事があんねんけど、外来人で悪さするやつって、有名なんとかおるかな。里の外となると、住んでる人に聞くんが一番かなと思うて」
「ああー、確かにたまに耳に挟みますね。でも、そんな」
煙草を取り出そうとして、テラス席には灰皿を置いていない事を思い出して止める。所在なさげに上着を脱ぎ、目立たないように拳銃も包んで脇へ置いた。
「いや、な。なんかテッポウ創れるやつがおるらしくて」
「銃ですか……?」
二人は顔を見合わせている。まあ、確かに不穏な話題だろう。もしかしたら彼らの流入時期が件の乱射魔の活動時期と合っておらず、事件を知らない可能性もある。
「その、どこかから持ってきたとかじゃなくて、つくる、ですか」
青年が念を押す。確かにただ言葉だけを聞けば妙な話であるから、本来は彼のような反応が正しいのだろう。
「せやねん…」
「取り寄せるんじゃなくて」
「?…だからそうやって」
藤花の答えを聞いて、青年は何故か大きく息を吐き出した。例の天狗の銃砲店の社員なんだろうか、たしかにあそこなら慌てるかもしれない。聞き込みと二人の背景を探るあまり、表情や他の動きに対する注意力が散漫になっていたのかもしれない。一言も発していない少女が訝しげにこちらを見ているのに今頃気が付いた。
冷めかけのコーヒーを呑み干し、会話を切り上げにかかる。とりあえず今日のところはこれくらいにして、あそこにいる妹紅に会いに…。
「おおおおお妹紅はんおったああ!あ、ごめんな急に話しかけて、今度また。ウチ向こうで煙草屋やってるから、もしよかったら寄って」
右記の驚きと挨拶と別れを早口で済ませ、代金をカップの横に置くと席を立って往来をかき分けて見覚えのある後姿を追いかけた。
席を立つ前から騒がしかったおかげか、一区画もいかないうちに彼女はこちらを振り返る。
「あれ、藤花。ど、どうしたのさ。そんなに竹探してた?一揆?」
「ちゃうねん」
息を切らせて否定する藤花。疲れのせいかちょっと笑えた。
「れ、例の……外来人の件で、妹紅はんの名前聞いたから、ちょっと…げほ、一緒に捜査さしてもらいたくて」
「その事か。なんだ、藤花も探してるの」
「ちょっと意趣返しの必要があってな」
呼吸も整い、影に入って風も心地よくなってきた。テラス席で徐々に熱せられた体は遠赤外線でじんわりと温まり、コーヒー豆なら一味違う焙煎の仕上がりになっただろう。今度店主に提案してアイデア料でも取ろうか。ひとつ伸びをすると、脇を潜り抜けていく風が上着なしの上半身に心地よい。
「そういえば、藤花、上着は」
「やばっ」
今回、初めての読者さんキャラクロス回となりました。
幻想郷にカフェがある事は公式で少々触れられている程度なので、かなり独自解釈で書いていますがコーヒーはどこから入手しているんでしょうね……やはりボーダー商事?
それはさておき、青年と少女、よそのこ初登場ですが名前や今作での扱いなど、後々まとめていこうと思います。