闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

35 / 69
紅の自警団⑤

 息を切らせてきた道を戻ってみたが、あろうことかテラス席の男女は忽然と姿を消していた。会計も、片付けも済まされていると見えて、机の上は空いたカップひとつない。当然、藤花の上着も拳銃もそこには無く。周囲の席にもそれらしき物体や、藤花の姿を見止めて忘れ物を差し出してくれるような人物もいなかった。

「こ、この辺で、ノーフォークジャケットみたいな服と……あと何かの忘れもん見ませんでした……?」

何度か席を見渡した後、店内へ駆け込んで店主へ訊ねてみたが届けられてはいないという。

 里に出回っている銃は、全て店から旋条痕等のデータを自警組織に提供され一応管理されているという体裁をとっている。外の世界から持ち込んだ未登録の一九式なので仮に犯罪に使われたとしても即藤花の身上が明かされるわけでもないが、逆に何処に問い合わせても使用されたかどうか、誰かが拾ったのかも分からない。

「困った……」

 やはり先程の二人には住所くらい聞いておくべきだったと悔やむが後の祭りであった。帰りが遅いせいか、妹紅が心配して見に来てくれた。

「さっきからどうしたの、なんかストレスマッハの犬みたいになってるけど」

「上着と、拳銃がどっかいった……」

「どこか行くって……つ、付喪神的な?」

「ちゃうねん」

 上着はともかく、拳銃は問題だ。妹紅もようやく事態を理解したらしくとりあえず寺子屋が近いのでそこで落ち着こうと提案してくれた。

「びっくりパフェでもあればな……」

 

   *

 

 寺子屋。

 既に大人として社会生活を営む藤花にとっては無縁の場所だと思い、あえて足を向けようと考えた事も無かったが、今のような状況に立ち至った身にしてみれば、幻想郷ひいては人里の内情を基礎から知るのにうってつけかもしれない。仕事中にもかかわらず心配してくれる妹紅に深く感謝しつつ、太い木でがしりと作られた寺子屋の入り口をくぐった。

「今は子供たちがいるから、こっちから静かについて来て」

「うん……」

 成程、春の日差しに新緑と日差しが映える庭園には、どこからともなく講義の声が聞こえてくる。良く通るが、眠りを誘うように思えるのは春の陽のせいか幼い日の記憶のせいだろうか。

 本来であれば、互いの情報を突き合わせて足取りを掴み、その地へ赴くはずだったが、拳銃が無くてはどうしようもない。いざという時の保険は持っておきたいし、今はともかく現場で妹紅に面倒をかけるわけにもいかなかった。

 悩みの種が尽きない藤花を尻目に、妹紅はしめやかな足取りで板張りの廊下を渡り、とある一室の前で足を止めた。彼女は藤花へここで待っててほしいと告げると、どこかへ行ってしまった。

 そっと障子を開けて足を踏み入れると、日に暖められた紙や草の香りが鼻腔をくすぐった。空き教室などではないらしい。壁には一面の本棚がどんと構えており、大小さまざまな書籍が詰め込まれている。資料室か何かだろう。

 つい癖で部屋の大きさや方角、調度品の配置を観察している自分に気づき苦笑してしまった。しかし、背表紙をつらつらと眺めている程度なら許されるだろう。部屋には座布団が置かれていたが、そちらに座らず、靴下を挟んで擦れる畳の感触を指で愉しみながら数ある蔵書の景色を見やった。

大半は説話集や図鑑、時代がかった算術の参考書といったものだった。一角に稗田家が代々記してきた本だと記憶している題名がズラリ並んでいたので思わず手に取りそうになったが、誰かが鳴らす鐘の音と足音に振り返って動きが止まった。今度個人的に借りられないか聞いてみてもいいだろう。新聞の扇情的な書き口よりも冷静に過去の異変やその失敗の経緯を学べれば、これ以上ない情報となる。

 障子戸の向こうからは、足音と何事か会話を交わす様子が近づいてきている。断片的に漏れ聞こえてくる単語から察するに、妹紅が経緯を簡単に説明してくれているらしい。本当に親切だ。正直なところ、一目惚れに近い感情を抱いていると最近自覚してきたが、そこまで親切にされると色々通り越してこそばゆい。無論、向こうがそれを理解しているかは別問題だが。

 やがて戸が奥ゆかしい音と共に滑り、足音の主たちが姿を現した。

「……どーも」

 改めてお辞儀し、一通りの挨拶を経ると妹紅が紹介してくれた。

「藤花、こちらが上白沢慧音先生だ」

「初めまして、貴女が…」

「藤花です、よろしゅうに……」

 妹紅とは対照的な、寒色系統の装束に身を包んだ女性、慧音が穏やかな笑みで座布団を勧めてくれる。

「妹紅とは既にお話を?」

「ああ、えーと、追ってるのが共通の男……というか少年かな。……っていうのが分かったのがついさっきの事で」

「成る程、じゃあ最初から順を追った方が分かりやすいかな」

 いわく。

 寺子屋でその存在を認識したのはそいつが幻想郷へやって来てすぐの事らしい。当初、人里に住むつもりか空き室を探してうろついているところを慧音に助けられ、お礼代わりと言って外界の社会構造や戦争について講義した事があるようだが、その時点ではまだそこまでの悪評は出ていない。

 その後、里の集いに顔を出さず、家へ行ってみたがいつの間にか無人になっており、紅魔館から連絡が入るまで行方不明という扱いだった。その時点で慧音も世話した身としてかなり心配したようだが、彼からの連絡はそっけないものであったという。

 連絡の内容はともかく、無事である事に安堵したのも束の間、その後すぐに例の魔理沙銃撃事件を引き起こしていたのだ。それ以外にどんな事をしでかしたのかまでは慧音も耳にしていなかったが、「紅魔館に近づくと撃たれる」という事で物好きな釣り人などは随分恐れていた声があったらしい(そもそもそんな所で釣りをするなと言いたいが、そういう声もやはりあると)。

 その後も、しばらくの空白を開けつつ永遠亭や竹林周辺、妖怪の山で目撃証言があり、その大半が発砲の報告であった。そこでようやく紅魔館から「銃を作り出せる能力」についての情報がポツリポツリと出始めたが、遅かった。

 その少年が人里をうろついているという情報を受け、旧警防団で警戒していたが往来でチンピラ風の人間と口論になり突然発砲、彼と顔見知りでもあり心配していた慧音が駆け付けた(警防団日誌の写しには突進して止めたと書いてあったが藤花はよく分からなかった。体を張ったのかなくらいに思っていた)ところが手を出したのは先方だの一点張りで正当性を主張、埒が明かなかった。

「……乱射魔っていうか、キ〇ガイやん」

「端的な感想、ありがとう」

 慧音が、個人的感情と、教師と言う聖職の立場上保たなければならない面目の間で揺れていた。あれはそういう顔だ。庇護は要求するが自身に求められる事柄への対応はおざなりで、外界の規範や対人関係が消えた反動からくると思われる無軌道さ、そして常軌を逸した倫理観。

「もしかして、そいつって年齢は」

「寺子屋を出て働き始めるくらいか……そうだったな」

 慧音の言葉に、妹紅も頷いた。

「あ、そういえば妹紅はんはどんな話をしたことがあるん」

「いや……煙草あげたら”俺は変わった”とか言ってたな」

 煙草やったくらいで何が変わるというのか。粘膜が荒れたくらいでいちいち報告してこないでほしい。少なくともここで得られた情報を総合しても、夜道で出会ったら三秒で回れ右して逃走しようと判断する事請け合いだ。

 それはともかくとして、要は外界でうだつのあがらなかった少年が芽生えたばかりの自我と能力を持って暴走し、自分にではなく能力を恐れられているという事に無自覚なまま突っ走ってどこかに潜伏しているという事だろう。

「慧音はん、それで、何か特徴は?」

「そうだな………左の掌(たなごころ)に、私の角の痕があるはずだ」

「つ、つの?」

 思わず藤花は手を頭にやってしまう。もしかしてその御召し物が、と言いかけてそうじゃない、と否定されてしまった。

「その、慧音先生、もしかして青草とかお食べになられる……」

「牛じゃあないんだよ!」

「ご、ごめんなさい!」

 慌てて頭を下げる藤花に、そうか、まだ知らないのかと言って慧音は簡単な身の上話をしてくれた。それはそれで大変グロ100パーセント(藤花は戦前の人なので表現が変)であったのだが、流石教師をしているだけあって物言いも語彙も洗練されている。このような人物に世話されておきながら奴はどうしてああなったのか。慧音の角の粉末を煎じて飲ませてやりたい。

 被害者の身上とホシの情報、過去をあらかた掴めたという事で、これからまた教え子たちのもとへ戻るという慧音に礼を言って寺子屋を後にした。

 

   *

 

 昼下がり、落ち着きをみせている往来をすり抜けながら、妹紅と今後の捜査方針について話し合う。

「里外にいるのは確かみたいやね。武器があるなら幻獣の類は退散させられるやろうってのは熊の一件であきらかやし」

「問題は、場所だなァ」

「霧の湖近くのスラムはどうやろう。あそこも少なからず人がおるって咲夜はんに聞いた事あるけど」

「どうかな、あそこはあそこで監視の目を光らせてるらしいし……一度は紅魔館がクビにした以上、また近づくのは許さないんじゃないかな」

「とすると、妖怪の山……」

 言いかけて藤花は止めた。なわばりを荒らされて怒り心頭の天狗の口へ飛び込むほど馬鹿でもあるまい。いや、話を聞く限り馬鹿っぽいのだが。

「そういえば」

「おっ、何か思い出した?」

 癖で煙草を差し出す藤花から、どうもと言って一本もらい、目にも止まらぬ速さで指先に火を灯すと紫煙を吐き出す妹紅。もしかして困窮しているのは本当なんだろうか。

「あの少年を人里を村八分にしようって意見が盛り上がって、能力の事もあるから警防団で捕縛計画もあったらしいんだ。ちょうど藤花達がミサイルを追ってた時」

「おお、あん時かぁ」

「でも、消えた。逃げおおせたんだ。……一発も撃たずにだから、誰か手引きしたんじゃないかって話だ」

 不気味な話だ。利用しようとした紅魔館や親切心で保護した寺子屋や永遠亭を足蹴にしつつふらつくような人間を、誰が匿うというのだろう。

「おもろそうやね。……心当たりあるん」

「調べてみた結果だけど、キジンセイジャじゃないかって話が、里のスラムで噂になっていた」

「…………きじん?」

 




しばらく間が開いてしまいました。
クロスキャラは「玄関開けたら八雲邸」より、佐々木奬くんにご登場願いました。
先方作品を読まなくても理解できるように書いていきたい……ですがせっかくなので両方読んでもらえるとより楽しめる!……はずです

サテ本編はコンビを組む妹紅に、上司である慧音先生の登場を迎えつつ問題の人物を追う糸口を掴むかというところまで来ました。
しかし寺子屋と警察組織の兼務ってストレスがヤバそうですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。