闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団⑥

 容疑者、高堂洋治は山中に潜伏せる模様。

 自警団にはそのように報告を入れた。だからといって増援がついたわけでも情報を寄越された訳でもなく、噂の裏付けを取るべく地道な聞き込みが継続される。妹紅はしきりに店を訪れては進捗を教えてくれたが、高堂と鬼人正邪どちらから接近したのか、そもそも噂の信憑性を確かめるところからである。まだ井戸端会議以上の情報は集まらなかったが、伝聞をさかのぼり、近いうちに目撃者に辿り着くだろうと語ってくれた。

 藤花にとってもう一つの懸案事項であった拳銃は、素性を極力隠したい方針から一刻も早く回収したいところだが、カフェ、商店を回ってもあの二人と再会する事はなかった。

あの時同席した少女の挙動が気にかかったが、善良な市民である可能性も考慮して改めて店の位置も記した広告を貼り出した。これで店に届けてでもくれれば手間も省ける。

一縷の望みに賭けながらも、ここへ来て初めて遭遇する事態に、万が一敵対的な人物であった場合の対処をどうするか考えずにはいられない。心のどこかで鎌首を擡げる嗜虐的な一面を否定しつつも、今夜もジョンソン小銃の手入れに勤しんでいた。

面倒な動作機構、複雑な螺旋式弾倉に手を焼かされたが大陸ではこれを肩に西へ東へ飛びまわっていた。しかし、幻想郷に放り込まれてからは一度も火を噴かずにここまでこれた。スパイにしてみれば目立つ長物の発砲や正体の発露は愚の骨頂である。このまま計画が動き出せば、と思っていたが今やその気持ちも揺らいでいる。何しろ山に棲む得体のしれないモノから寺子屋の教師に至るまでめちゃくちゃ強そうなのだ。これではヤケを起こして完全軍装で蜂起したとて今度開通する路電のキオスクすら占拠できないだろう。

「どーしたもんかなあ」

 くさくさしても仕方がない。表で夜風に当たり、一服したら寝よう。そう思って空いた缶詰の灰皿と紙巻きを携えて表にふらふらと出ると、日中は往来に満ち鳥が餌を求めて低空を行ったり来たりする通りもシンと静まり返っている。番犬が吠えている声も、どこか遠くなのだろうが良く聞こえるほどだ。

「ふう…………」

 と、紫煙をたなびかせていると、通りの向こう、薄暗い路地への入り口に誰かが立っているのが見えた。さっきは気づかなかったが、いつ頃からいたのか。

「………………?」

 こんな夜半に何をしているのか。里の中とはいえ、危険なのは妖怪だけとは限らない。不逞の輩だってそれこそ路地に潜んでいないとも限らないのに。

「うお」

 一瞬、足元が暗くなった。何かが頭上を通り過ぎて月影が遮られたのだと顔を上げて気付いたが、通過した物体を目で追うのが一拍遅れる。視線と焦点が物体に合わせられた時、方向は先ほどの人影の位置へと戻されていた。

 首が飛んでいた。

「ちょっと藤花、こんなところで寝てると風邪ひくよ」

「あっぶぶさぶぶぶ」

 朝の冷え込みに体の芯まで熱を奪われ、震える藤花を妹紅が揺すっていた。既に空は橙と水色の陰影に彩られた夜明けを演出しており、人影も首も消えていた。

「うわっ、冷たっ」

「ふ、ふふふふろにっに」

「そうだね、すぐ沸かそう」

 勝手に体が震える藤花を抱え上げ、妹紅は二笑亭の木戸を押し開けてくれた。藤花一人ではあぶないと判断したのだろう。新春の夜に外で外套も羽織らずにいれば、それはそうなるだろう。

「そ、そそうやっもももこたん」

「どうしたのさ……」

「でっででで、出たんよ、かか、か怪人赤憲兵マント……」

藤花の言葉に、妹紅の目が点になっていた。連絡に来たと思えば相棒は店の前で冷えているし、訳の分からないモノを見たという。タチの悪い妖怪の妖気に中てられて気を病んでしまったのではと一瞬心配になる。とりあえず藤花の指し示す方向に浴室を見つけたので、大急ぎで水を張って火を起こした。

 一度落ちすぎた体温で、藤花はしばらく火のそばでぶるぶる震えていたが、やがてお湯も沸きなんとか寝間着を脱ぐと転げ落ちるように浴槽に飛び込んだ。

「おぉ……極楽が見える…」

「極楽見ないで。何があったか説明してよ」

「ああ、そやった。ゆうべウチが店の前で煙草吸うとったら、真っ赤な憲兵マント来た首なし人間が、現れたんよ……」

「憲兵マント……?」

 藤花の説明によると、トンビコートの上っ張りだけのような丈の短い立ち襟マントを羽織っていて、首が無かったらしい。

「何となく誰かわかったけど……それで、どうしたの。そいつに話しかけられたりしたのかい」

「妹紅はんに起こされたんやで」

「えっ」

「えっ」

 しばし沈黙。

「……………藤花、気絶してたのか」

「妹紅はんに起こされたんやで」

「……気絶、してたな?」

「うるさいな!」

 浴室から水面を叩く音が聞こえる。確かに恥ずかしいのかもしれないが、何事かあると不安なので妹紅も訊ねたまでだったのだ。

「ま、なんにせよ元気になってよかったよ。これからは表で気絶するのはやめな?」

「やから、気絶ちゃう!」

「分かったわかった、じゃあ私も案内が一件入ってるから今日はこれで行くよ」

 浴室の窓から湯の飛沫を飛ばして抗議する藤花を尻目に、妹紅は二笑亭を辞して竹林へと帰って行った。

 

   *

 

「やぁ、お待たせ」

「私も丁度来たところですよ、妹紅さん」

 炭焼き小屋の側、いずれを向いても竹竹の景色の中でひときわ大きく育った竹にもたれてサキが立っていた。

「定期的に医者に通わないといけないってのも、不便なもんだね」

 サキを気遣い、物入れの煙草をぐいと奥に押し込みつつ妹紅が一歩先に竹の迷路へと足を踏み入れる。サキは苦笑しつつ、肩からかかる鞄を歩きやすいように後ろに回して妹紅の歩調に合わせていた。

「神様の分霊とはまた違って、ヒトの例が少ないらしいんですよね。私も出来るだけ協力をと思って、気になる事があれば診てもらう程度なんですけど……妹紅さんも、忙しそうで」

「まあね、今朝も一人助けてきたところ」

 無論それはここではなく里で、しかも目の前のサキと会った事がある上に重要な忘れ物の行方を知りたがっている人物であったのだが、互いにそれは気づいていない。不運なすれ違いとはつゆ知らず、二人は雑談に興じつつ静かな春の朝の霞をかき分けて永遠亭へと向かって行った。

 




前回に引き続き、「玄関開けたら~」よりサキさんにちょい登場していただきました。
顔見世程度にすれ違うだけじゃ味気ないし……と思ったら本当にすれ違ってしまって藤花の拳銃がまだ取り戻せません。
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