思いがけず拳銃紛失が解決した事により、藤花も積極的に捜査に加われるようになった。いつしかは電話口で面倒だと言っていた彼女だが、妹紅と共に身内が被害に遭っているなら自ら鉄槌を下すのもやぶさかではない。
「そういえば妹紅はん」
カフェで朝食という、幻想郷では上級階層がやりそうな優雅なひと時を過ごす中で、カップを傾ける藤花が目を上げた。パンを咥えつつこちらを見ている妹紅に言葉を続ける。
「こないだウチが妖怪赤憲兵マント見たって言うた時、何か知ってるって言うてたけど」
「……ああ、あれか。まあね、里も表向きは安全だけど、いろんな思惑で入りこんだり、時にはちゃっかり生活している妖怪もいるんだ」
「へぇ……貧民窟の人間に聞くより、そういう妖怪に聞いた方がヤツと正邪の行方も分かるかもしれへんね」
菜っ葉のサラダをしゃくしゃくと咀嚼しつつ、妹紅は黙って頷く。しばしもぐもぐやっていたが、飲み込んで会話を再開。
「その…赤マントの知り合いがいるからこないだ聞いてみた」
「流石は妹紅はん、顔広いねんね」
「まあ、そっちは竹林にいるからなんだけど」
曰く、以前正邪を追った事のある一人で、属している妖怪組織でも赤マントを通じて高堂の蒸発と正邪の関わりが噂になっていたという。
「で、今度のキーマンは?」
「こっちにとって好都合なのが、目撃者が"草の根妖怪ネットワーク"に属している事だ」
「草……何て?」
「草の根妖怪ネットワーク。一部の妖怪が所属してるコミュニティで、目撃者二人がそれに属してた。まずはその赤マント……赤蛮奇という奴だけど、あまり人には協力的ではないから、わざわざ里に潜んでる彼女を正邪や高堂が単身探しに来るとは思えない」
藤花は妹紅の話す情報を手帳へ書き付けた。妖怪の友好度は彼女の今後に大きく関わってくるだろう事項である。話題の高堂と同じ人種とは思いたくなかったが、選んだ道によっては彼の代わりに正邪のような孤独な妖怪と手を組んで逃亡していたかもしれない。
ミサイル騒動の時もそうであったが、藤花は追う犯人のどこかに自分と同じ要素を感じて感傷に耽る自分に嫌気がさしていた。少なくとも自分は手段は選んでいるし、現にその最中だ。その時点で決定的に違う。それ以上考えるのは止めよう。
そこで彼女らの朝食は終り、席を立つ時が来た。
*
念の為として里内を歩き回ってきたが、赤蛮奇らしき影は見つけることが出来なかった。日没までにと思い、二人は竹林に旧警防団時代に配備されそのままにされているアルファロメオ164を駆って一路霧の湖を目指している。
「湖に、その何とかネットワークの最後の目撃者がおるわけやね」
「そうだね……それも逃亡中のみならず、噂を聞きつけたのか一度正邪が探しに来たらしい。彼女怯えていたよ」
これは確かな情報と言える。とりあえずその鬼人正邪をひっとらえ、高堂の居場所を吐かせれば仇も討てるだろう。ついでに是非曲直庁に正邪も突き出せば、感謝されて藤花の事も語り草になればだが、それは高望みだろう。まずは湖周辺で目撃者を探さねばならない。
「可愛い子やったら、泊りがけで守ったるねんけどなぁ」
「あそこで泊まりなんて正気じゃないよ」
「紅魔館あるやん、あそこどうかな」
「あそこを宿感覚で利用するかね……」
たしかに外来人の出入りは多いらしいけど、と呟いて胸元から煙草を取り出す妹紅。ハンドルを握る彼女の為に、脇から藤花が火種を差し出してやった。
少し開けた窓から紫煙を逃がし、妹紅は頭を掻いた。
「だいたい藤花の言う可愛い子って、基準は何さ」
「ケツやね」
「ケツ……だと………」
「せやねん」
妹紅に出した燐寸を自らの咥える一本にも点火しつつ、藤花は訳知り顔で頷く。
「ええ女ってのは、ぴちぴちの尻を有するもんやねん。ほら、ウチもなかなかの安産型やろ。へへ」
「へへじゃねえ……と、見えてきた」
視界の先がぼやけ始め、それを合図に目を凝らすと、地面と色の違う広大な湖が広がっているのが認識できる。適当な開けた場所に車を停めると、周囲を見渡して獣の類を警戒しつつ、夕闇迫る湖畔を歩き出した。
「それで、その目撃者ってどっちに住んでるん」
「だから湖さ。ここの中」
「えっ……………兎とか鳥で慣れとったけど、そうか、そっちもおるのか……」
思わず腕組みして水面に視線を落とす。静かな湖畔の森の陰から、僅かに鳥の飛び立つ音が聞こえてきた。
「亀か何かに乗っていくん?」
「姫ではあるけど、そういうのじゃないんだな……」
「しっ」
「えっ」
雑談を始めておいて突然沈黙を求める藤花に、妹紅が怪訝な顔で振り返った。眉間に皺を寄せ、手を耳にあててしばらくじっとしている藤花だったが、やがて眼を見開いて霧に沈む湖を見渡し、音源を突きとめた。
「あそこ!」
「いたか」
彼女の指差す先、木陰の近くに若草色の装束が揺れている。
「運がええな、ウチら」
「確かに、わかさぎ姫だ」
「面白くなってきたなー」
安心して歩みを再開した二人であったが、妹紅が何かに気付いた。紅の双眸が、鋭く行く先の対象を観察する。揺れている、が手を振っているわけではなさそうだ。むしろ溺れている人の挙動に近い。だが水棲の姫が溺れるわけもなく、何か理由が無ければならない。
「まさか」
妹紅は顔を巡らせ、湖ではなく陸地にその原因が無いか探る。
あった。