闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

39 / 69
紅の自警団⑨

 木の側で、水中では不利と見たのかあえて距離を取って釣竿か何かをふるう人影。釣り人ではあるまい。むしろ姫は釣り好きからは慕われている部類だ。もしそんな無礼を犯せば、妖怪仲間から目を付けられるか、仲間内でもただでは済むまい。

「正邪だ…!姫を拉致しようとしてる!」

「ちょっとおもしろすぎるやろそれ」

 藤花が拳銃を抜いて応じた。合図も無く、二人同時に駆けだす。もう目と鼻の先だ。もがくわかさぎ姫の服や下卑た笑みを浮かべて竿を振るう正邪の顔までくっきりと見えた頃、叫ぶ。

「正邪ッ!」

 その声に、正邪は一瞬驚いた顔をしてみせたものの、すぐに笑みを取り戻す。片手で竿を保持したまま、あろうことかもう一方の手はコルトを引き抜いてきたのだ。

「おッとぉそれ以上近づくな!姫様の顔にでっかい傷が付いちゃうぞ」

 初対面の藤花であったが、正邪の性格は嫌と言うほどわかった。なるほど好かれないわけだ。藤花と妹紅は、正邪の脅しに屈せずじりじりと接近する。

「そういうのはまともな人間に言いな!」

「そのガバメントどっから手に入れたん?」

「あんたの事より、その銃を"創った"やつの事を探ってるんでね」

 二対一、人質の通じない形勢を早々に不利と判断したのか、正邪は舌打ちひとつ、竿を放り捨てると身を翻して森へ逃げ込もうとする。

「藤花、姫を!私は奴を追う!車の側で落ち合おう」

「よっしゃ!」

 今こそ可愛い子ちゃんを保護、のはずだったが振り返ると顔を隠して水中に飛び込む姫の尻尾だけ。しぶき一つ残して雲隠れしてしまった。

「ケツが………ぴちぴちしとった……」

 

   *

 

 暴れる竿と人質を手放した正邪はすばしっこかった。追跡する妹紅にも時折振り返っては手にした45口径を発砲する。

「敢えて弾幕を撃たないつもりか……」

 だがそこを妹紅は逆手に取ってみせた。足しげく通う方ではないが、彼女も湖で釣り糸を垂れた事も何度かある。竹林譲りの地形把握能力は、こちらの森でも発揮された。見覚えのある地点では正邪の進行方向に銃弾を食いこませ、着実に藤花と合流できる地点へと誘導する。急な坂道で岩から岩へ飛び移り始めた正邪を確認すると、妹紅は真後ろから追撃する事を止め、別の経路で斜面を滑り降りた。

 行く先で緑色の闇が見切れると、開ける視界と道の脇に止まっている白い車。

 予定通り、最初の地点へと舞い戻る。そして、藤花も拳銃を構えて全速力でこちらへ向かってきている所であった。

「パーティには間に合うたかな」

「一人でモノにしたかったんだけどね」

 シニカルな笑みを浮かべ、妹紅は飛び石の勢いで止まれなくなった正邪が転がり落ちてくる予想地点を指さす。闇の中に、正邪の服と赤いラッシュが見え隠れしていた。

「一発で止めるよ」

「オッケィ」

 並んだ二人が一斉に拳銃を構え、殆ど重なり合った銃声が湖畔にこだました。

「ぎゃッ」

 手ごたえあった。というか何か聞こえた。二人は念の為に起こしておいた撃鉄を下ろし、顔を見合わせて声の聞こえたあたりへよじ登った。

「大丈夫かな?おら、出てこい」

 銃口を突き付けた先に、足を撃たれて転がる正邪が、いなかった。

「あ、あれ?」

 慌てて駆け寄り、地面を確かめる。影になっている所も。しかし、見当たらなかった。岩の一つによじのぼると、かすかにせせらぎが耳をくすぐる。どうやら川があるらしい。

 逃がした。

「藤花さ私……ちゃんと足狙ったんだけど」

妹紅の言葉に、藤花がぎょっとして顔を上げた。地面をなでていた指を叩いて立ち上がる。

「ウチも足狙ったで」

「でもほら……藤花、時々外して撃つじゃん」

 妹紅は渋い顔で現在の愛銃、スタームルガー・セキュリティシックスをホルスターへ納め、両手を広げて見せた。無言のうちにどこからともなく同意を求めている。

「妹紅なんかしょっちゅうやん。本人はインするけど弾はアウトするってよう言うで」

「いやでも」

 あくまで妹紅は譲らない。ここでの舌戦如何で、里に戻った時に慧音に突進されるのは誰か決まるのだ。

「悪いけど、今回はちゃんと撃ったんだもん、アシ」

「でもしょっちゅう外すで」

「いや、ほら」

 妹紅が苦笑する。

「言い方が悪かったかな。別に、あの、責めてるわけじゃないんだからさ。正直に、言ってもいいと思うけど……」

「……外したんやろ?」

「……私は足撃ったって言ってるでしょ!ちょ、ちょっと藤花の銃貸しなよ」

 物入れに手を突っ込んで不機嫌そうに立ち尽くす藤花の脇へ手を突っ込み、胸を手の甲でどけながら妹紅の手が彼女のM586を掴みだした。撃鉄を起こしてシングルアクションでどこかを狙い撃つ。

「ほらホップしてるじゃん藤花の、こう弾がびゅーんて!」

「ウチそれ計算に入れてるもん」

 数秒、銃を手にしたまま妹紅が硬直する。口許が若干歪む。

「しょ、正直に言ったらいいじゃんかよぅ!私は足撃ったって言ってるでしょう!」

 藤花も痺れを切らしたのか、妹紅のショルダーホルスターから相棒同様に銃を引っこ抜くと、遠くの岩を狙い撃つ。

「ほらまっすぐ行くもん私の、ほらほら。同じとこ撃つよ?同じとこ。……ほらちょっと上に当たるもん藤花の!」

 

   *

 

「何てことしてくれたんだ……正邪を取り逃がすなんて」

 翌朝、寺子屋の一室で慧音は目頭を押さえて呻いていた。

「いや!モコーが撃ったんで」

「トーカがやったの!トーカが!」

「こういつもみたく一気にバーンて撃つから」

「あの変なフォームでばーんてやって!で弾がぴゅーんて」

 彼女の前には、机を挟んで藤花と妹紅が指導を受ける生徒よろしく並んで立たされており、早口に、交互に相手の方が悪いと必死に主張し合っている。その度、慧音は一喝して大人しくさせなければならなかった。窓やふすまの隙間からは色とりどりの目がかわるがわる覗き込んでは、大の大人が恥ずかしげもなく保身に走りまくる様子を興味深げに観察している。

「それに、何。湖畔で乱射してるとこを音を聞きつけた紅魔館の連中にホールドアップ取られた上に遺留品も没収されたって?」

「いやそれも妹紅……」

「トーカが悪いんです!」

「どっちも悪い!」

 どのような技がかけられたのか、またどれほどのエネルギーをぶつけられたのか不明だが、二人の体は今ひとたびの慧音の一喝と共に、天井近くまで放り上げられていた。

 慧音を怒らせてからというもの、藤花と妹紅は「正邪を追ったら自警団クビ&寺子屋出禁」を言い渡されてしまった。

二人も「正邪が高堂の用意したコルト持ってんですよ!無理ですよそんな」と抗議するも、その声は発言者ともどもあっけなく撃墜されてしまい、足枷として里内の風俗店の調査など命じられる始末。

 とはいえその程度でへこたれるような連中でもなく、妹紅の「なにも二人がかりで女衒調査することもないでしょ」という慧眼すぎる一言で調子を取り戻し、コイントスでどちらが里にとどまるかを決めようと言い出して現在に至る。

「よっしゃ、ほんならこれ」

 藤花が取り出したるは鈍く輝く「福」の字が刻まれた硬貨ひとつ。指先でつまんで裏と表を妹紅に示し、相手が確認している間に煙草へ点火して一息つけた。妹紅は妹紅でしばらく硬貨を矯めつ眇めつしていたが、サイコロと違ってイカサマのしようがない。オッケーと呟いて返還された硬貨を、藤花は親指で小気味よい音とともに跳ね上げ、手の甲で受けるとほぼ同時にパチンとそれを覆い隠す。

 そして無言で相手を見やり、賭ける対象をどちらにするかそれとなく促した。

「表。……福って書いてある方が表だよね。んじゃ表。あちょっと待った」

 結果を開帳しかけた藤花を制し、妹紅は煙草をつまんだ手をひらひらと動かして硬貨の動きをシュミレートすると、一つうなづいて再び藤花の伏せられた両手を指さす。

「やっぱり裏」

「じゃ、ウチが表やね」

 

   *

 

 居住区からやや遠く、と言えども貧民窟ほど足が遠のいていない微妙な距離。しかし行き交う人間の意味深な視線は、その町がどのようなものなのかを理解し、視線を注ぐべき場所を心得ている人間のそれであった。

成程その通りに面している店はどれも飲食店や床屋らしき屋号を掲げているが、業務形態に似つかわしくない間口や奥から聞こえてきそうな喧噪の不在は見る者に何かあると思わせるには十分である。それが証拠に、今ちょうどとおりすがった男性は窓から顔をのぞかせる女性と何事か言い交したのち、人目を忍ぶように戸口へと消えていったではないか。

「……どうやって調査しろっていうんだろ」

 外套に身を包み、目深帽子で髪を極力隠した女性が一人、往来に明らかに目立ちつつ立ち尽くしていた。

 物入れから取り出した紙片には、ある程度目星がつけられたと思しき店名が書き連ねられている。さすがに日中から娼妓とよろしくやれという指令ではなく、店側が甘く審査しがちな、検査等の必要性の低いいわゆる「のぞき」の店ばかりのようだ。

「……やるしかないか」

 意を決し、とある店舗に向かおうとする後姿を、Tシャツ姿といういかにもな外来人が目ざとく発見した。

「あっ、もこたんが風俗にインしたお!」

「うるさいな!」

 

   *

 

「……とはいえ、わかさぎはんも会うてくれるかな」

 高堂の足取りと正邪との銃撃戦を資料にまとめ、買い物に来ていた咲夜から遺留品の返還を取りつけた藤花は、森を突破すべく高黍屋に置きっぱなしになっている陸王をいじくっていた。

 湖の姫様に話を聞き、高堂と正邪の関係を突き止め一刻も早くアジトへ踏み込むことが当面の目標である。昨晩はそれを前進させる絶好の機会であったが取り逃がしてしまい、なんとか挽回したいところだ。単車でおおよその獣を振り切りつつ突破とはいささか心もとないが、やるしかないとキック一発、マシンの咆哮に頼もしさを取り戻しつつ急発進した藤花は、裏道で前方に飛び出した人影に慌てて停止せざるを得なかった。

「だァーもう!危ないやんかこのタコ!」

「タコじゃない!」「タコじゃありません!」

 眼前に立ちすくんでいるのは、ウェーブがかった濃茶の豊かな髪を揺らす女性と、彼女をかばうように前に立ちはだかる目に鮮やかな赤。

「あ、あんたは」

 藤花には見覚えがあった。あの気絶した夜。彼女の目の前で首を浮かべていた怪人赤憲兵マントその人である。

「今はかまっちゃいられない。失礼するわ」

 マントは鋭い目で藤花を一瞥し、裾を翻して去ろうとしたが、藤花は妹紅の言葉を思い出し慌てて陸王から飛び降り、道を急ぐ二人へ追いすがった。

「ま、待って!妹紅はんから、あんたたちの身内が高堂と正邪を見たって話を聞いて、探してるねん!ウチはともかく、妹紅はんに協力したってんか……!」

「え……」

 少女の声ながら表情に乏しかった光が灯った。目を見開き、藤花へ向き直ったのだ。

「今のところ、湖のわかさぎ姫はんの証言が手掛かりやねん。早いところ湖へ行って……」

「攫われたの」

「……は」

 今まで沈黙を守っていた長髪のドレスを着た方が口を開いた。

「早朝に、二人がかりでって……さっきチルノちゃんが知らせてくれて」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!もうすぐ妹紅はんが戻ってくるから、一緒に行こか。その前に自己紹介しときたいんやけど」

 一刻を争うのは事実だが、訳もわからず散って探したところで網にはかかるまい。大慌てでどこかへ行こうとする二人を落ち着かせ、藤花はまず重要と思われる点を提案した。

「そ、それもそうだったわ……竹林の、今泉影狼と申します。こっちは赤蛮奇ちゃん」

「ウチはそこの煙草屋の藤花言うねん。妹紅はんとは、自警団で。わかさぎ姫はんを一緒に連れ去った高堂て男の足取りを追ってる」

「一緒はいいけど……足だけは引っ張らないでほしいわね」

 頭をかきつつ、次の行動を考えあぐねている藤花を一瞥し、赤蛮奇はあくまで言葉少なである。

 影狼の証言からすると、高堂が正邪に使われている、もしくはそそのかされていると見るのが自然だろう。高堂が本来持ち合わせている射撃の知識がどれほどかは未知数だが、銃撃戦に持ち込んだ方が不慣れな指揮官を置いている相手方を不利にさせる事が出来るだろう。

「それより、妹紅は本当に来るんだね?」

「竹の子ネットワークだますのに単車なんか乗れへんよ!」

「草の根だよ!馬鹿にしてるの!?」

 憤慨する赤蛮奇を尻目に、藤花は表通りの片隅にぽつねんと置かれた河童公衆電話を発見すると、飛び出して行ってかじりつく。とりあえず見回っているはずの店に恥を忍んで問い合わせるしかない。

「あッ小銭あらへん。公衆電話に金貨はちょっと……あ、そこのお札だらけのお嬢さん、そうあんた。小銭持ってへん?」

「何やってんのさ、藤花」

 道端にうずくまっている少女に苦笑しつつ声をかける藤花の視界、その隅に見覚えのある赤もんぺが映り込む。はっとして顔を上げると、妹紅その人が丁度見回りを終えたらしく、軽装に戻って歩いてきたところであった。

「妹紅はん!ええとこへ来た!今ここで二人と会うて……それより大変や、また正邪と高堂が現れて、姫はん連れ去ってしもうたって」

 藤花の言葉と、その後ろで憔悴しきっている赤蛮奇と影狼を見てある程度察したらしい。妹紅は一つ頷くと、高黍屋へ一旦あがれないか、と尋ねてきた。普段あまり人を近づけない我が家だが、この際仕方ないだろう。

「ていうか藤花。里にいるのも驚いたけど、貧乏神からお金借りようとしてる人初めて見たよ」

 二笑亭の一室で、卓袱台を囲んで奇妙な組み合わせの会議が始まっていた。細工なしの茶が湯気を立てて全員の前に配置され、家主たる上着を脱いだ藤花が座布団の上へ落ち着くとようやく一同の顔にも落ち着きが見え始める。

「とりあえず、名前と顔は分かった」

 藤花が手癖で煙草を取り出しかけて客人の顔を見て戻し、とりあえずといった体で頷く。

「高堂の根城が分からない段階でこれはまずいなぁ」

 妹紅は竹林住まいを同じくする影狼やネットワークに属する赤蛮奇については既知の関係であるし、藤花もまた然りだ。これ以上互いの素性を語る時間は必要あるまい。残る二人の視線は、人数分の湯呑みが隅を押さえている幻想郷の地図に注がれていた。

「犯人のプロフィールから行動を予測するしかないね、あいつの知識とか」

「銃火器については、腕はともかく素人よりは扱えるやろうね。厄介もんとして追い払われて、それを認められへん性格なら、向かってくる人間は敵として取り扱うやろうね。だからこそ、姫さんみたいな人間に害のないやつを攫えるんやろうし」

「そこから、何かわかります?」

 影狼が遠慮がちに地図の一角を押さえていた湯呑みを持ち上げ、口をつける前に藤花へ尋ねる。プロファイリングなど、ここにいるだれもが初めての試みだった。

「まあちょっとウチの専門に偏ってまうけど、元兵隊やないんやったら、外で撃ち合う為の設備をこしらえる知識は無いんやないかなって思うねん。野戦の方が得意とか言いながら、そいつ室内か市街地でしか銃抜いてへんのやろ?」

 そういって藤花は、無言のうちに妹紅に見解に対する意見を求める。妹紅もそれを知ってか、首肯してかつて高堂が凶行に及んだ箇所を点々と指差した。

「紅魔館から、居住区で、寺子屋で……とまあ山や森で獣を撃った以外は、基本的に建物のあるところだね」

「答えが見えないんだけど……」

 一連のやり取りに首を傾げたのは赤蛮奇だ。回りくどい方程式であっても、途中を省くと全員の認識に祖語をきたす恐れがある。藤花は言葉を選びつつも、先を急ぐ草の根妖怪ネットワークの要望に応えようと努力した。

「仮にあまんじゃくが協力したとしても、歩けない姫様を連れて動き回るには限界がある。野戦築城の知識の無いあいつが根城にするなら、湖の近く、紅魔館みたいな拠点から見えにくい、かつ往来の無いもしくは無くなって久しいところかもしれへんって事」

 藤花の発言は、出揃ったヒントの羅列に近い。全員が腕組みをして考える後ろで、豆腐屋のラッパが通り過ぎて行った。

 ドップラー効果を伴ったその音色が角を曲がっていったのか小さくなっていったとき、妹紅が顔をあげ、指を鳴らす。

「…………プリズムリバー邸!」

「でも、妖精達が黙ってないんじゃ…」

「何かと出ずっぱりな楽団の事だ、留守中に調べまわって手入れされてない一角を見つければ雨風は凌げる。あそこの立地なら、姫誘拐現場の目撃者がチルノだったのも、説明はつく」

「そうと決まったら、行くしかない」

 立ち上がった、のは妹紅と赤蛮奇だった。出遅れた影狼は、解答らしきものが出た今もなお腕組みしている藤花と規律した二人の顔を見比べておろおろしている。

「一気にいこうよ、藤花」

 決意に満ちた目で藤花と、既に玄関に向かい始めている赤蛮奇を見、妹紅が親指で出発を促す。しかし、藤花は数秒経って力なく首を振った。

「……高堂相手に一気は無理やって。確かに一刻を争うけど、暴れるだけのキチガイやのうてサイコパスの類やで。突っ込んで姫様になんかあったら」

「そうしてる間に逃げられたらどうするのさ!」

 玄関から顔だけ出して(もしかしたら本当の"顔だけ"だったかもしれない)声を張り上げた赤蛮奇の発言には、明確な怒りが込められていた。

「………藤花」

 それ以上の反論がなくなった藤花に、妹紅は静かに告げる。

「私も、これまで結構あんたに合わせてきたんだよ。今回は、竹林でのやり方を取らせてもらう」

 卓袱台の傍に留まっている側の答えを待たずして、二人分の足音が玄関をくぐり抜ける。

「近くに行ったら、あんたの頭で屋敷を偵察してほしい。その間、私は妖精を説得して応援…は無理でも、邪魔だけは入らないように話をつけておくよ」

「仕方ないね……やろう」

 

   *

 

「影狼はん、あんたは行かんでよかったん?」

 戦術を練りつつ湖へ足を進めた二人と対照的に、打って出るタイミングを逃した影狼の傍らで藤花は考えすぎて考えが足りなくなったのか遂に煙草を取り出し、燐寸を擦っていた。

「あのこ……何の抵抗もなしに連れて行かれたのが、どうも気にかかって」

 それを聞いて、紫煙を吐き出す藤花は二、三度瞬きをして、影狼を振り返る。

「そういえば、姫様は何か能力持ってるん」

「優しい性格だけど……水の中で不覚を取ることなんて無いと思って……高波くらいなら起こせるはずで」

「めっちゃ強いやん」

 正邪や高堂相手なら、波をぶつけて駆逐することが出来たのではないだろうか。昨晩は罠(というか釣り針)で自身に危険があったのかもしれないが、一度襲われて警戒していれば同じ轍を踏むこともなく……。

「同じ轍を踏まず……」

「え?」

 やおらに藤花は立ち上がり、壁の上着と拳銃を引っ掴んだ。

「人間なら始末してしまえばやけど、妖怪相手なら脅すなりなんなりして追っ手から遠ざけなあかんよね。まぁウチの推測やけど、人質ないしは人質がいるって脅しを受けたんやないかな。それなら心優しい姫様も無茶はできへんやろ」

「それじゃ…!」

「妹紅はんらは屋敷から調べ始めるやろうね。やから、ウチらは周辺に潜伏してるだろう正邪を追うで!」

 

   *

 

 如何なるカラクリで高堂が見張っているかも分からない。妹紅と赤蛮奇という赤々しい先発隊は、湖の遥か手前で各々の移動を徒歩へと切り替え、傾く太陽の下を急いでいた。

 妹紅の説得にチルノはすんなりと応じてくれ、むしろ「あの厄介者をさっさと連れてってよね」とくぎを刺される始末であった。援護についても彼女の脳裏をよぎったが、わかさぎ姫という人質がいる以上、妖精対人間という無用な確執を生みかねない派手な応援要請は避けたほうがよいと判断した。

 湖畔と草むらの境を、身を低くし進んでいると先んじて屋敷の捜索に赴いていた赤蛮奇と合流することが出来た。

「どうだった?里で買った双眼鏡も役に立ったでしょう」

「……頭だけでどうやって持てって言うの」

「…………オッケーおっけー、先を急ごう」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。