闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団⑬

 多くの人間がそうであるように、藤花もまた夜中の図書館を逗留先に選んだ事など今まで無かった。

 去り際のパチュリーに説明を求めたが、藤花に施されたのは回復の魔法の一種らしく、なるほど腹の傷は塞がっており、大人しくしていれば痕も明日には消えるだろうと言う。

 その影響かは分からないが、彼女は全く眠くなかった。そして周囲には興味深い書物が山と積まれている。しかし、着るものが取られてしまっている現在、全裸で図書館を徘徊するわけにもいくまい。吸血鬼の恐ろしいものが隠れていないとも限らない。そういえば、こあが図書館のどこかにいると言っていた。厠へ立ちたい時など呼ぶ必要が出てくるし、ちょっと呼んでみようか。

「ん」

 どこかで物音がした。図書館がどんな状態でどこまで続いているか分からないが、寝台の周囲を見る限りどこかで本でも崩れたのだろう。結論を急ぐのは解答を知りたくない心理の裏返しでもある。流石に門番まで置かれている館の貴重な蔵書の中に外部の妖怪が徘徊しているとは思えないが、物音を聞いて、こあが来るかもしれない。それが証拠に、物音がした方向から板張りを叩く靴底の音が連続して響いてきた。

「こあちゃん?」

 足音が止まった。

 藤花の脳裏に、いくつもの疑問符が浮かんだ。パチュリーが言伝を忘れたのだろうか。だとしても面識のある彼女が藤花の声を聴いて立ち止まるような事はあるまい。仮に意外だったとしても、一拍置いて返事の一つくらい…。

 足音が、さっきよりもゆっくりと再開した。

 返事くらいしてくれ。

 館の警備体制を信頼して確認するべきなのかもしれない。が、恐怖小説で最初に死ぬ人間はだいたいそういう奴だと藤花は心得ていた。寝台で布団の端を握りしめている彼女のもとへ、足音は着実に接近しつつあった。

 いくら未知の土地とはいえ一介の情報員が妖怪に後手に回り続けるのも面白くない。折り紙一つあれば人は殺せる。何か武器になるものを取って物陰から奇襲するしかないだろう。鈍器か、鋭利なもの……そう思って周囲を見回した時、視界に煌煌と灯る燭台が入った。

 肝心の灯りを消し忘れていた事に藤花が息を呑んだのと、燭台へ移る視線の隅に何かが映り込んだのはほぼ同時であった。

「わっ………ぷ!」

 寝台から飛び上がろうとする藤花に、人影が風のように走り寄り、手で口を塞がれてしまう。が、何かに気付いた彼女はそれ以上抵抗するような真似はしなかった。

「んんん!」

 目を丸くする藤花の眼前で、人差し指を立てて沈黙を要求しているのは、魔理沙だったのだ。

「ちょっと、図書館ではお静かに、ってね」

「……な、何してるん、こんな時間に」

「図書館なんだから、本を借りに来たにきまってるじゃん」

「それもそっか」

 だろー、と囁いて魔理沙は笑った。しばらく笑みを交わした後、白黒の闖入者は自身が乗り上げている寝台と、その下に組み敷かれている藤花、そして二人を隔てている毛布からチラと見える素肌に気付く。

 魔理沙がゴクリと生唾を飲み込んだ。

「いやいやいや」

「お、おおぃ藤花もしかしてそんな……西洋風な……」

「何が!?なにが!?」

 毛布をめくろうとする魔理沙と押さえつけて離さない藤花の間で、今度は喜劇めいた問答が始まった。

「ええじゃないかちょっとくらい」

「ちょッ、やめ、貴様ァーッ!」

 魔理沙の腕は本体同様すばしっこく、片方が毛布の隙間へ潜り込もうとするのを藤花がガードしている間、もう一方が隙を見つけて脇から毛布をめくりあげられてしまった。新春の図書館のシンとした空気に晒され、藤花は思わず身震いする。

「お、おお……」

「ああーもぅ……」

「誰かいるんですか?」

「!!」

 パチュリーのもとで働く小悪魔の声だった。文字通り寝台で文字通りちちくりあっていた二人は思わず顔を見合わせる。返答がない事を奇妙に思ったのか、続いて「藤花さーん」と呼びかけながら足音が近づいてきた。

「どうしよ!?どうしよう……!?」

「か、隠れろ!というか隠れさせろ!」

 胸をさらけ出して魔法使いと抱き合ってるさまなど見られたくない。焦るあまり、侵入者を蹴りだせば済むものをレズの本能がそうさせたのか大急ぎで魔理沙を布団にもぐりこませ、帽子を押しつぶし、自身は半身起き上がらせて極力ひとり分のふくらみに見えるように偽装した。

「藤花さー……ああ、いたいた。どなたかとご一緒でした?」

物陰から現れたこあに、藤花は顔を真っ赤にしてかぶりをかぶる。

「あッいやいや、ウチ寝言が多くてなぁー……おはようさん」

「まだ日は昇ってませんが……おはようございます。あっ、そうか、服がないからおトイレも行きづらいですよね……すみません、何か用意します」

「あは、あは、おおきに……………………んんッ!?」

 小悪魔が一礼して去り、藤花は布団の中で飛び上がった。思わず布団ごと中の魔理沙を押さえつける。

「こら、魔理沙、おふざけが過ぎるって!あかんてそんなとこ……ちょッ、あッ………」

 

   *

 

 予期せぬ騒動に見舞われた藤花だったが、良いこともあった。魔理沙が、妹紅と文へ託けを持って行ってくれるという。何を補給したのか艶やかな笑みになった魔理沙は二つ返事で藤花から紙を受け取り(紙片はそこらから失敬した)、去って行った。

 




個人的に、パチュリーの部下である小悪魔は複数いる説を取っています。
美鈴藤花編で紅魔館分団に配属された子はパンタグリュエルという名前で、中世フランスの風刺小説、更に古くは聖史劇に登場する悪魔の名前です。
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