闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団⑭

 天井までそびえる本棚の群れと、薄暗い中で点々と主張する背表紙。それが、目が覚めたのだと認識した最初の印象だった。紅魔館にいると分かってはいても、昨晩初めて踏み入った領域で寝起きするのはまだ慣れていない。その為か体が目を醒ましたのは随分早い時間だったらしい。周囲にはまだパチュリーや使用人として客人を起こしに来るであろうメイドの姿はなく、魔理沙が去った時と同じようにシンと静まり返っている。違うのは、蝋燭が消えていてもぼんやりと周囲が見渡せるようになっている程度だ。

 小悪魔が就寝前に持ってきてくれた西洋風の部屋着のまま、冷たい板張りの床へ足を下ろした。足音を忍ばせ、滞留したまま冷え切った空気をかき分け、雑多な本や機材の合間を縫って進む。やがて視界は、どこからか差し込む僅かな光で本棚の輪郭が浮かび上がる広大で荘厳な景色へと変わる。本を守るために計算されつくしているのか、光は本棚を直接照らしておらず、それが規模を図りづらい図書館の奥行きをより際立たせていた。

 そういえば、傷の治癒はどうだっただろう。慌てて服をまくって腹を見てみると、なるほど手術の痕ではない。まるで皮膚や肉を「溶接」したような跡がうっすらと残っていた。パチュリーの言葉をそのまま信じるなら、この痕も消えるのだろう。

 背後から咳払いが聞こえた。

 慌て服を整え、外気に晒していた腹部と下着を身に着けていない地続きの下半身を隠す。図書館で露出など変態と思われても致し方ないだろう。

 後ろで立っていたのは、何やら包みを持った咲夜であった。足音も立てずにここまで接近するとは何者なのだろうか。やはり瀟洒な従者に見えて戦闘力は高いのかもしれない。

「その成りではご帰宅は難しいだろうと思ったので、着替えをお持ちしました。サイズが合わないといけないので、美鈴が練習着を貸してよいと……」

「……おおきに」

 見れば咲夜の手には、丁寧に折り畳まれたラオズブの支那服上下が。これならゆったりとしたつくりで多少の体格差は問題にならないだろう。藤花は改めて深々と頭を下げた。

「何から何まですんません…」

 咲夜は、恥ずかしいのかぽりぽりと頬を人差し指で掻き、再び咳払い。

「輸血はお嬢様の間食用のストックを、寝床はパチュリー様から、服は美鈴ですから、お礼はそちらへ。……追って請求はさせて頂きますけれど」

 仕方のない事だ。仮に天下の帝都で金持ちの屋敷へ駆け込んで輸血して手術しろと言って応じるところもあるまい。大体のところで蹴りだされるだろう。請求はされど、命を助けられた事には変わりない。

「朝食のご用意をしておりますので、着替えられましたら、食堂へお越しください」

「あい」

 といっても肌着なしの直に羽織るだけなので時間は要しない。お嬢様の前にそれで出て行って問題ないかが気がかりだが、あちらからの提供なので有難くそれで出させてもらおう。それより、こあが図書館のどこかにいるらしいのでまずはそちらを探さなければいけない。

 結局そちらも時間はかからなかった。こうも文字通り人里離れた館でありながら構造はしっかりと図書館然としている。閲覧机をずらりと並べた一角があり、その片隅の電灯が点っていた。

「こあちゃん」

「あら、藤花さん。お着替え、似合ってますよ」

「おおきに!……ていうか、里やと似たような恰好でうろついとるしね……咲夜はんが朝ごはんできたやって」

「おー、それでは、上がりましょうか」

 小悪魔は、ひざ掛けと何やら数冊積み上げた本をどかして退出の身支度を始める。

「何の仕事しとったん?」

「増えた本にエクスリブリス貼ってたんですよ。そうしてしまえばもう逃げてったりしませんからね」

 本が逃げるという表現も気になったが、なにしろ目の前にいるのも悪魔なので最早驚かない。

 

   *

 

 見覚えのある食堂は、陽光の降り注ぐ健康的な空気で満たされていた。

 食事はというと、卵や肉がちらほら見える豪勢なもので、基本的に大量の白米を塩分過多の一品と漬物でかき込む昭和十年代の食生活を送っていた藤花は面食らった。

 傍らの咲夜を見上げる。

「な、なんか前にお邪魔した時より豪華やない……?」

「一応、療養中でいらっしゃいますので」

「そっか……パチュリーはん、あれってどこまで行ったら治ったことになるんやろ」

 お嬢様の姿は見えないが、藤花からやや離れたところに腰かけてスープを口にしているパチュリーを見やる。

「痕が完全に消えたら……ね。くっついたわけじゃなくて、体に”傷なんてない”と思い込ませてる状態だからあんまり無理をすると切られた時と同じ状態に一瞬で戻っちゃうから、気を付けてね」

「お、おぉ………」

 そんな治療は寡聞にして聞いた事が無く、本当にその場しのぎの魔法の類なのだろう。後からの請求が怖いが、ここで臆して栄養補給を怠るわけにはいかない。食えるだけ食って、憎き正邪と高堂に責任を取らせたらきっちりと返しに来よう。藤花は猛然と朝食を平らげ、パチュリーをはじめとする面々へ礼を述べると食堂を辞した。

「藤花」

 食堂を出、打って変わって夜半と変わらぬ薄暗さを保たれた廊下へ歩き始めた彼女を飛び止める者があった。その声には聞き覚えがある。見やれば奥からゆっくりと浮かび上がってくる有翼のシルエット。

「レミリアはん……この度は、ほんまにお世話になりました」

「いいのよそれ位。何やら面白い人間を追ってたそうじゃない」

「まあ、ちょっとおもしろすぎるくらいに危険なやつを……」

「そのようね」

 そういえば、高堂は紅魔館にいたことがあるはずだ。藤花の考えを見透かしたのか、うちには大した証拠も資料も残ってないけどね、とレミリアは言い添える。

「うちの門番も屋根もめちゃくちゃにしてった奴よ。人間同士でカタがつくなら、必ず責任を取らせなさい。それが貴女を治療したことに対する要求よ」

「そんな虫のええことは言わへんよ……後日高堂の首とあわせて、お礼は返さしてもらいます」

「絨毯が汚れるから首はいいわ。貴女の腕でなんとかなるとは思うけど」

 シニカルな表情を崩さず、レミリアは笑った。

「はは、おおきに……って、ウチの腕とは」

「知ってるものは知ってるの。そんな怖い目をしなくてもいいじゃない」

 刺されて穴の空いた服に何か入っていただろうかと、藤花は脳裏で考えを巡らせる。彼女は知る由もないが、初めて紅魔館で魔理沙と顔を合わせた直後から、記憶は一晩分消されている。

「嫌やなぁ、そんな……まあ、ウチはどうあれ、必ずやらせてもらいます」

 カマ掛けなんて初歩のトリックだ、藤花は取り乱してぼろをだすよりも、会話を終わらせる方を選択した。軽く会釈して、荷物を取りに図書館へ戻ろうとした彼女が、はたと足を止めた。

「そういえば、前に小耳に挟んだんやけど、レミリアはんは、運命が見える、とか」

「ええ、そうね。貴女も教えてもらいたいの?何故か知らないけれど、外来人からはよく聞かれ…」

「私の運命を、誰にも言わないでほしい。私自身にも」

「ええ…………ぅえ?」

 突然口調を変えて真剣なまなざしでお願いを言ってきた藤花に、畏まってるし荘厳な雰囲気で接し続けておこうと腹を決めていたレミリアも、思わず腕組みしたまま目をぱちくりさせて言葉を乱してしまった。

「ほな、ごきげんよう」

 いつものひねた笑みに戻った藤花は、それっきり、階下へ歩み去ってしまった。

「別に、まだ見たわけじゃないんだけど……」

 調子を狂わされたレミリアは、首を傾げつつ自室へと戻っていった。

 

   *

 

 図書館の一角に藤花の荷物は集積されていた。といっても破れた服を乾かして畳んだものと、身に着けていたもの程度だ。

 だがその中に、見慣れない紙片を見つけ取り上げてみた。

「妹紅から伝言!藤花の"ニセ葬式"は、ばっちりセッティングしといた!」

 手書きの文字の下には、三角帽子の署名。藤花はにんまり笑って、持ち物をまとめるとその場を後にした。

   *

 

 紅魔館を出た藤花は、湖からの声で出迎えられた。

「藤花さぁーん!」

 姫様の聞き覚えのある声だ。水際まで走っていくと、湖畔の岩によじ登って手を振っているのが見える。

「おおきにな……おかげでこの通り、助かったわ」

「良かったです本当に、命あっての物種ですもの」

 心優しき姫に藤花は再び目頭が熱くなるのを堪えながら、うんうんと頷く。そして姫が用件を思い出し、森の方角を指さした。

「魔理沙さんが、里で人に会ってから迎えに来るそうですよ。何でも、作戦会議だとか……?」

「そうそう、あいつら懲らすためにちょっとな……姫様も、しばらく安全なところにいてな。どんどんぱちぱちやってるって言うて肝っ玉ある人間でも流石に里を出たりすることはせえへんみたいやから、あんたのお友達も顔出されへんみたいやし」

 藤花の言に、姫も頷く。とはいえ、地続きではなく住む環境が違いすぎる姫に、しばらく引きこもっていろというのも辛い。せめてではないが、藤花は一歩踏み出して岩に坐する姫と抱擁を交わした。

「魔理沙さんは車で走るのと同じ経路を通って来てほしいと言ってました。そうすればおそらく道中で会えるはずです」

「手伝わせてしもうてごめんな……おおきに」

「いーえー!お気をつけて」

 藤花は笑顔で片手をあげて応じると、服を整え、所持品を納めた背負い袋を結び直すと復活の道程の一歩を踏み出した。

 

   *

 

 連日の銃撃戦で鳥獣の類が警戒しているのか、不気味な静けさだった。

 思えば警防団に関わった時以来、ここは車で通っていた。時間もかからず獣の類にも強いので安心していたが、まさか武器なしで魔理沙を待たなければならなくなるとは。思わず近場の枝を拾い上げて振り回してみる。

 無いよりはましより少し下くらいの安心である。魔理沙よ早く来てくれ。

 と、路傍の黒い影に気付いたのはその時だった。

「え」

「その声は、煙草屋さん?」

「そ、そうやけど……」

 てっきり黒い球かと思ったら反射している部分が見当たらない。まるで細かい毛で覆われた玉のように見える。どちらにせよ良くないものの匂いがぷんぷんしているのだが、こちらを煙草屋の人と認識しているのはどういうわけか。

「ほんとだ」

 一瞬、影の球の中に金髪の少女が見えたような気がした。魔理沙もそうだが、記憶にある彼女と容姿も声も似ていない。影のある女性は美しいが、濃すぎて見えない。

「ごひゃっかんもんとお昼ごはん、もらったー!」

「えええ!?」

 警戒していなければ咄嗟の回避が効かず、喉笛を食いちぎられて鼻と口以外から空気を漏らしてのた打ち回っていただろう。突然藤花めがけて少女の声で喋る球が飛びかかってきたのだ。

 七生報国で残機が七くらいある藤花でも、体力上、回避は一回が限度だ。今度あの速度で来られては避けきれまい。

 ああ、魔理沙の声が聞こえる……。

 心細すぎて待望の声が遠くからでも聞こえるようになっていたらしい。這いずり回って逃げつつ上空を見上げれば移動する黒点。あれは逆光の魔理沙なのだと分かった。そして向こうもこちらの事態を認識したようだ。速度を変えてぐんぐん近づいてくる。助かったと思って背中を切られる例は枚挙にいとまがない。

 とりあえず、魔理沙が到達するまでの時間だけでも稼ごう。

「ウチ、煙草屋のお嬢さんやないよ!」

「えーそうなのかー」

 一瞬の沈黙

「なんて言うと思ったのかのろまめー!!」

「ぎゃーこいつ賢い!」

 今度こそ喉仏とおさらば…。だが間に合った。

 間に割って入った魔理沙は地面すれすれで箒の鼻先を跳ね上げ激しい土埃と共に着地、両足で地面を踏みしめると跳ねあがっていく箒を片手で抑え、もう一方の手は懐から八卦炉を掴み出していた。

 それでも這い寄り続ける球への閃光。が、魔理沙の構えた筒(?)先が球へ突っ込まれ時に何を持っているか認識したのか、相手の動きがぴたりと止まった。

「……し、失礼しまし」

「マスタースパアアアァァァァァク!」

「ンアアアアーッ!」

 撃った、やっぱり撃った。影っぽい少女はそのまま閃光の勢いで木々の向こうへと吹き飛ばされていった。

「大丈夫かー煙草屋さん。……て、何で五体投地してんの」

「伏、せ!これは伏せてんの!!」

 仕事柄、ついつい閃光や落下音がするとその場に伏せてしまうようになっている藤花は、よろよろと立ち上がり服の埃をはたいた。魔理沙は苦笑し、改めて大丈夫かと尋ねてくれる。

「お迎えおおきにね。武器を落としてしもうたから心細くて……」

「だろうなぁ。なーに、こっからは早いさ!」

 魔理沙の携える箒を見やる。初めて航空機へ乗り込んだ時、一般子女がまず体験しないだろうと感想を抱いたが、まさか箒で空を飛ぶ事になるとは開戦前の自分でも予想するまい。ただ元のところへ戻ったとして「天狗や河童が乱舞し、箒で少女が空を飛ぶ世界で自分の葬式を見た」と語ったところで気が狂ったか死線に見た幻と断じられるのがオチだ。

「あのー、ところで魔理沙はん」

「はい何でしょ」

「その箒……二人乗れるん?」

 箒の柄は歩兵銃とそう変わらない長さだ。棒状の物体に人が跨り、体が下に回転してしまわないようにするには両手の保持と両足でしっかりと挟み込むことが必須だろうと推測する。そうなると藤花が魔理沙にしがみついたところで、彼女の尻と足の為のスペースは残されていないように感じるが…。

「それなら大丈夫、ほら!」

 魔理沙がどこからか取り出したのは折りたたまれた風呂敷状の物体。

「……てかそれウチの携天やん!」

 見覚えがあると思ったらカーキ色の生地にアルミの環が等間隔に配され、革の補強が所々に施された陸軍の"携帯天幕"であった。

「あんたの店先に置いてあったからさ、ちょっと借りたんだー」

「ま、まあ借りるんはええけど……もしかしてそれ」

「?」

 数分後、魔法の森上空で悲鳴を上げながら飛んでいく袋が目撃され、文々。新聞のコラムの隅を飾ったというがそれは別の話。

「降りるよー」

 携帯天幕をこれでもかと突っ張らせ、梱包された藤花は箒にぶら下げられながら魔理沙のアナウンスを耳にした。だが胎児よろしく四肢を折り曲げて呼吸すらおぼつかない彼女がどうしようという事もない。魔理沙がうっかりして接地の瞬間を伝えなかったものだから、衝撃で野太い声の「ぅごはぇ」みたいな呻きが漏れる。

 苦笑する魔理沙に包みを解かれ、藤花はようやく四肢を伸ばすことが出来た。

「も、もう嫌……」

「長旅おつかれさんー、そしてようこそ」

 魔理沙がサッと向ける手の先には、藤花にあまり良い思い出のない森の光景に溶け込んだ建物ひとつ。

「あれ……ここ、魔理沙はんの家?」

「んで、店さ」

 藤花の疑問に追加して、魔理沙が看板を指さす。森の湿気で色濃くなった板には「霧雨魔法店」や「なんかします」と書かれており、予備知識が無かったとしても不気味な魔法使いの店にしか見えない。

「道具か何か持っていくん?」

「いやいや、里であんたの葬式を偽装してるんだからさ、そのままの顔と格好で姿現したら大騒ぎじゃん」

「……ああ、それもそうか」

 魔法で豚とかに変えられたら嫌だなと思いつつ、家主の背中に続いて戸口をくぐる。

 魔法店という屋号から業務形態が全く予想できなかったが、そもそも人の足では赴きづらい立地からして店舗の形態をとっているわけはなかった。店内(とおぼしき入り口そばの領域)には魔法の道具と推測できるが使い道の分からない多種多様な材質で構成された小道具、書籍が散乱しており足の踏み場もない。香霖堂にちょっと似ていると思ったが、あそこはまだ一般人の道具の割合が高いので理解しやすい。

 てっきり魔法を使役するのかと思ったが、魔理沙は箒をそこらへんに立てかけると、窓からの明かりだけで薄暗い室内をずんずん進んでいく。迷うほどの豪邸ではないが、何やら怖くなっていそいそと後をついていくと、さっきとそう変わらない混沌具合を呈しているが寝台で辛うじて居室とわかる部屋に行きついた。

「さー時間がない。さっさと着替えてシュッパツでっぱつ」

「えっえっ」

 事がことだけにもてなしは無いと思っていたが、藤花そっちのけで魔理沙がごそごそし始めたのは衣装箪笥らしい。ちょっと失礼して肩越しに覗き込んでみれば、現在魔理沙が身に着けているような普段着とおぼしき服が、部屋の様子に比べるとやや丁寧に収納されているのが見えた。

「あッ!?」

「どしたの」

 魔理沙の意図するところが何となく予想できて変な声が出た。

「その辺の本は不用意に開くと目が焼けるから気を付けてね」

「ンなもんその辺に置いといたらアカンよ!?そうやなくて、もしかして」

「もしかして?」

 藤花の疑念に回答するよりも早く、魔理沙は引っ張りだした一着を広げて藤花の体に重ねてサイズを確かめ始める。いちばんドキリとする形で解答が出てしまった。

 彼女とて変装は初めてではない。日本人新聞記者や満洲人や広東人に化けた事もある。が、魔法使いに化けたスパイなんて聞いた事がない。藤花の常識を著しく逸脱する変装を要求されているのだ。

「せ、せめて猫ちゃんに一時間だけ化ける……とかじゃアカンの?」

「いやぁーそっちは得意じゃないんだよね。さっきのルーミア吹っ飛ばすようなのなら専門だけど」

 もはや逃げ場は無いらしい。腹を決めて破壊専門の魔理沙と共に服を探し始めた。

「そっちの紫っぽい服は?」

「そ、それはちょっと古いから無理かも」

「そうなんや」

だいたい白黒の装束で箒を携えているものだと思っていたが、流石に一張羅でも同じ服が何着もあるわけでもないらしく、それぞれ微妙にデザインが異なっている。

 最終的に「確かこれが一番大きい」とあんまり嬉しくない情報と共に差し出された一着を着るために魔理沙の視線を憚るように大急ぎで着替えてみる。

 身長差と、見えている足が妙に目立つ。

「ちょ、ちょっとウチの年でこのふりふりはキツイんと違う……?」

 赤面して振り返ると、魔理沙は至って真面目にどこからか出してきたかつらををかぶせ、何と見比べているのかンーと唸って考えている。

「……ま、里を突っ切って家に入るまでごまかせればいいから、こんなもんか」

「なんか、恥ずかしい……」

衣装選びに着替えと一通りのイベントを早急に経てしまい、真面目さを取り戻した魔理沙はクールなまなざしで戸口を示し、じゃあ行こうかと促す。

「里の手前までは送っていくから大丈夫!さっと通りを走ってパッと煙草屋に入ればいいんじゃん。声かけられても適当にごまかせば私が後日取り繕っとくから」

 本人がそう言うのなら仕方がない。どうごまかせばいいか迷い、真っ先に候補に挙がったものを真似してみようとして、今一度魔理沙を呼び止めた。

「…………ZE☆」

「……………よし、行こう!」

「何か言ってや!」

 

   *

 

 背負い袋を身に着け、近寄ってみると妙に背の高い魔理沙は、明らかに目立っていた。

 せめてもの抵抗として背をやや曲げ、足早に立ち去ろうとする姿は普段の魔理沙を知る人間からは妙に見えるらしく、顔見知りと思しき道端の商店から声がかかることもしばしばであった。

「まりちゃん、お急ぎかーい?新しいお茶入ったよ」

「ZE☆?」

「えぇ……」

 店先の青年が怪訝というか呆然として立ち尽くしている。どうせ後で本人が取り繕うというのだから、全力で取り繕ってもらおう。

霧雨藤花のラストスパートだった。

「魔理沙ー」

「ZE☆?」

「おや、お嬢ちゃん今日はおひとり?」

「ZE☆?」

「あ、魔理沙さん、サキを見かけませんでし…」

「ZE☆?」

……。

………。

…………。

 魔理沙は相当顔が広いと見えて、老若男女から声をかけまくられ、遂に藤花は全てをZEで乗り切ってしまった。

 息を切らせ、煙草屋まであと一ブロックというところまで来て、異変に気付く。いつもの同じ時間帯と比べても往来が多い。その原因が我が家にある事を理解したのは、角を曲がり視界にそれが飛び込んできてからだった。

 本当に盛大な自分の弔いが用意されていた。

 霊夢をはじめ、里の著名なメンツに声をかけたのだろう。黒白のしめやかな幕が張られた二笑亭は嫌でも目立った。近所の人たちが意味ありげな目で眺めては立ち去り、文がそこここで声をかけてはインタビューに興じているのだ。

「ここ高黍屋店主、藤花さんは旧警防団時代から敏腕捜査員として知られ、年始のあの講民党事件でもミサイル破壊に尽力し地域の信頼も厚い方でした。鋭い勘と行動力で鳴らした名団員も、この度の不運を予測していたのでしょうか。以上、悲しみに暮れる人里よりお送りしました」

「……………」

 自分の葬式を見るってこんな感覚だったのか。ていうか文も警防団大演習の時はこき下ろしまくっていたくせに何を言い出すのか。腹の底から黒い何かがむくむくと湧き起ってくるが、藤花の死を偽装し、高堂の耳に入るよう出来るだけ広めてくれと言ったのは他ならぬ自身なので、苦情のつけようもない。最後に霧雨藤花としてため息を一つつくと、「はいちょっとすみませんねー」と人ごみをかき分けて関係者のみと書かれた高黍屋へと足を踏み入れた。事情を知ってか、文は流石にこちらに話しかけてはこない。

表戸を閉め、帽子を脱ぐとようやく解放された。この年で魔女っ子はきつい。どれくらいきついかと言うと中で湯茶を汲みに来たらしい霊夢が藤花を見るや吹きだして三十秒ほどむせ込む程度のきつさだ。

「お………お、お疲れ様。上でみんな待、待って…ヒッ、ヒヒ」

「霊夢はん、もう何も言わんでええ……てか、あんたもこんな!腋見せびらかして!言う事や!無いやろ!!」

「あはッ、あははははは……あーお腹痛い」

 霊夢の腋と、ついでに横乳も少しくすぐりながら彼女を追いたて、主要なメンツが来ているらしい部屋へと上がる。自分の家だが、果たしてどんな人物が顔をそろえているのか。

 自分の家の階段と廊下なのに心ときめかせながら襖を開けると。

「藤花……よく生きてた…!」

 喪章つきの妹紅が出迎えてくれた。

「あ、ああ……妹紅はんごめんな、すぐに連絡できんで…」

「長年やってたんだ、あそこは私が気付かなくちゃいけなかったところだ」

 勝手に動いたのは藤花なので、謝られると大変心苦しい。だが妹紅なりにもプライドを持ってやってきた仕事であり、それが彼女を傷つけてもいるのだろう。

「まずは、高堂どもを挙げて、ウチらの仇を打って……そこまでいかんとまだ終わりやあらへんからね」

「うん……そうだな、その通りだ」

「た、大変だよ!」

 幾人かは煙草を取り出す余裕も出てきたところで、背後の襖が荒々しく引き開けられた。

「どないしたん、赤蛮奇ちゃん」

「近所の人たちが、藤花に線香あげたいって白蓮さん連れて団体で来てる!!」

「なんで表で誰も止めへんの!?」

 おそらく玄関を通ってもう来ているのだろう。しめやかな、しかし複数人とおぼしき足音と共に既に誰かが嗚咽を漏らしているのがこの部屋からでも聞こえるほどだ。霊夢が狼狽しきった顔で振り返る。

「魔理沙、あんたあっちには相談してなかったの!?」

「いやあ、こういうときだけ寺社頼みってのも節操ないかなって……」

「何でこんな時だけ妙に気を遣うのよ……」

 足音はもう近い。全員が顔を見合わせ、藤花に飛びついた。

「藤花!早いとこお棺に収まりなさい!」

「ええ!?」

 襖の外の足音多数は、もう階段を上る音に代わっている。

 藤花は押し込まれるようにして、白木の棺に頭から入っていった。足をばたつかせながらなんとか全身を納め、大急ぎで姿勢を整えると、出来るだけ来客が間近で藤花を見られないように部屋の全員で棺に取り付き、各々が勝手なことを叫びながら泣き声を上げる。

「藤花あぁ……早すぎるよこんなのおおお」

「一緒に温泉行こうって笑ってたのにぃ……いッ、あんまりだわぁ!!」

「私一人でなんてカッコつけて……悪かったなぁ藤花ぁ……やっぱり、二人で一人だよぉ……!」

 そして襖が開き、商店主たちの意を受けて藤花の弔いを引き受けた聖白蓮が厳かなな表情で棺へと歩み寄り、読経を開始する。

 流石に棺を開けようとする人物はいなかったが、中で腕組みして憮然とした顔で自らの弔いを聞いていた藤花はため息ひとつ。

「……化けて出てやる!」

 




咲夜が持って来た美鈴のカンフー着のラオズブとは、漢字で「老粗布」と書きます。中国の古い綿製品のことです。

魔理沙んちの紫っぽい服は「うふふ」とか言っちゃうやつですね。
彼女のセリフはステレオタイプなZE語尾多用にならないように気を付けているつもりですが、藤花の化けた魔理沙は逆に倍プッシュしすぎたようです。

サテ自身の死を偽装して標的・外来人高堂にどう立ち向かうのか、今の章も佳境に入りつつありますので、皆さんお付き合いいただけると嬉しくて小躍りします。
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