闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団⑯

 その後しばらくの二人の情事は、怒り心頭のムラサによって風呂で大津波が起き、脱衣場まで水浸しにされて中止を余儀なくされた。

「で、これが広場の張り紙に挟まれていたのであります」

 つっけんどんなムラサが突き出してきた紙は現物だろう。粗末な紙片に細い字で「今夜十の半に湖畔へ来い」とだけ書かれており、手紙であれば署名が入るであろう位置には上下を指す矢印が描かれていた。文面、模様の意味するところからして、おそらく正邪のものだろう。

 幸いにして、午後には妹紅が行商で里へ出てくるはずだ。合流して計画を実行に移すなら、今のうちから動いておいた方がいい。

 魔理沙は、フラスコボムをとりあえず手持ち分譲ってもいいと提案してくれた。さっき程度の情事で退屈が満たされたのかは不明だが、"追加請求"があったところで藤花としてもまんざらではない。袖口に隠せる小型ボムは後日持ってきてくれるらしい。

「今日あんたが私用で使う分はどないするん?」

「まだ家にあるから、紅魔館に向かう前にまた家に寄るさ」

 別れ際に堅く拳を交わし、魔理沙は飛び立っていく。同族はやはり匂いで分かるか。

「……して、自分はどう動けばいいんでありますかね」

 見送る藤花の背後で、腰だめに手をやったムラサが先刻の出来事を思い出してか、不機嫌そうに言い放った。

「ムラサはん、力持ちやったりする?」

「無論」

 そうでなければ船幽霊やってられないのであります、と鼻を鳴らす。

当然、呼び出されて行くのだから彼女でなければいけない。が、藤花が歩いて同行したり、あるいは袋詰めで担いで行かれるわけにもいかないのだ。戦場においてもそうだが、死んだふりをする奴というのは多い。ましてや追手のついている正邪が(高堂はどうか知らないが)仕込みを警戒して死体を検めないわけがなく、戦場の兵士同様に調べるなら刃物で刺したり下手すれば一発撃ちこんでみる位の事はやるだろう。

「死体用意できる?」

「調達しておきます」

 思いの外すんなり頷いたので拍子抜けしてしまった。その辺の人間を水死させて持ってこないかが心配だ。

「じ、じゃあ店の物置に紐とか天幕あるからよければ使ったって」

「ありがたくあります。では、村紗水蜜、高黍屋倉庫にて携帯天幕及び紐の受領後、死体探索へ出発いたします」

「うむ、ご苦労……」

 あります調で復唱の上に敬礼されたので思わず答礼してしまった。ほんとに海軍じゃないのかこいつは。

「して、藤花さんは」

「ウチはウチでやる事あるねん」

 そう言って藤花は野良着と手持ちの変装道具から長髪のかつらを取り出して見せた。

 

   *

 

「大丈夫かなぁ……」

 大陸で変装の経験もあるし、持ってきた装備の中には先述のしかるべき道具もある。ただ妙に勘の鋭い人間が周囲にいるのも確かだ。

 藤花は挙動不審にならないように、かつ目立たないようにそっと店を抜け出し鈴奈庵のある通りへと歩み出た。思えば小鈴も読書家だけあって洞察力に優れている。できるだけ店内の視線を避けながら、店の傍の河童公衆電話へ取りつく。

「すんなり出てやぁー……」

 記憶している番号は本来自販機の修理問い合わせ回線のものだ。ただ時間帯によっては、にとりが直接電話に出る事を彼女は心得ていた。

 番号をダイアルすると、河童の接客態度とは裏腹に軽快な音楽が流れて、相手を呼び出し中である事を告げられる。藤花が記憶したメロディを口だけ動かし、ノッてきたあたりで音楽が途切れた。

「あい、河城ですがぁ」

「……うらめしやぁ」

「何言ってんの煙草屋」

 一発でばれた。

「ウチもどうしてもにとりはんにキュウリを奢りたい!その一心で現世に留まって……あちょっとまって、命蓮寺読経Remixかけんといて。その音量はウチに効く」

「あいあい、てゆーか朋友生きてたんだ。なんか死んだって聞いたけど」

「ワケあって死んだ事にしてるだけやねん。内密にな。てか新聞まだ読んでへん?」

 藤花の耳を劈いていたユーロビート調の読経の声がため息が聞こえるレベルまで小さくなり、営業マンじゃないからねーと気の抜けたコメントが返ってきた。

「そうなんや……で、この回線でお願いしたいことがあるんやけど」

「えー、なに」

「佐々木奬って子の家に電話ってあるかな。良ければ番号教えてもらいたいんやけど……」

 藤花の願いに、何かポリポリしながら対応していたらしきにとりが電話交換手じゃないんだけどなあ、と声を上げた。

「顔広いんだなー、あいつも。ちょっと待ってね」

「おおきに!」

「通話料は三分キュウリ一本ね」

「エッ、アッハイ」

 にとりはにとりで妙なところで親切なのが読めない。言われた通りに待っていると、先ほどと同じ呼び出し音楽が流れ始めた。一応繋いでくれているらしい。しばらくそのまま、今度はサビまで流れ始めたので空いた手でリズムを取りながら歌う暇すらあった。

「……もしもし?」

「みーどり♪あっ?」

 思い切り歌ってしまった。

「ごめんごめん、奬くんかな」

「はい……えっ、あれ、どちら様ですか……」

 受話器向こうの声は困惑している。確かに電話加入者が圧倒的に少ない幻想郷にあって通話する人間は基本的に顔見知りばかりだろう。そこへ突然かかってきた電話だ、藤花の顔を覚えていてもすぐに結びつかないのは無理もない。

「ああ、ごめんごめん。ウチやで、煙草屋の藤花」

「と、藤花さん?なんでこの番号……」

「あー、それは、あれやん。こないだウチ来たとき教えてくれたやん」

 その時、奬は一服盛られて爆睡していたので記憶はないはずだ。騙されやすい性格であってほしい。

「そうだったんですね、あいや、あは、そうか……」

「?」

 藤花は気に留めていなかったが、奬は「おねえさんと番号交換とか久しぶりだな」みたいな感じで舞い上がっていた。だが直後の藤花のおずおずと切り出された依頼に、ちょっと声を堅くする。

「奬くん、前々から気になっとったんやけど……銃、持っとるよね」

「ちょっと待ってください、何でそれを……」

当然だが、焦りらしきものが音声情報からでも伝わってくる。だが藤花としてもまずは自身の目的を達したい、そういう人間であったので努めて奬には落ち着いてもらおうと再度口を開く。

「あいや、別にお縄とかやないねん。どうしても、今追ってるホシとケリをつけるんに必要なんやけど……こんなこと頼めるん、ウチには…奬くんしかおらへんの……」

「えぇ……」

 語尾を震わせて男の気を引いてみるが、果たしてどこまで動くかわからない。思わせぶりより、実利的な物言いが好まれるタイプだろうか。

「あとで、女の子紹介したげる。今夜会うねん」

 受話器の向こうで息を呑む音が聞こえた。あと一押しだ。

「えっえっ……俺、あの僕もしかして女紹介するって言ったら何でもしてくれるキャラみたいになってるんですか」

「……思ってる」

「ええぇ…………………絶対紹介してくださいね」

「ふふ、オッケーおっけー。ああ、あとキュウリも二、三本用意しといて」

「きゅうり?」

「好きな子がおるんよ」

 そして今夜里に一番近いニトマートの前で、と言って通話は終わった。

 高堂の能力を鑑みると、無策で丸腰は一番いけない。使い慣れないものであったとしても、何かしら小道具がある事が必要だった。

 




ついに、よその子を使いっ走りにしはじめました、藤花さん。
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