闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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紅の自警団⑰

 竹林へ向かって、日の影り始めた道を歩いていた。

 まだ日も短く、逆光の自然は真っ黒い影となって日中感じさせる優しさのようなものを拒絶して視界に迫ってくる。それは生命とは真逆の、肌に冷たい風のせいかもしれない。

 最終決戦に向かう勇姿にしては、少しさびしい。

 北支戦線で八路軍を急襲した時もそうだが、藤花の戦い方は常に地味で妙に泥臭かった。上海時代が懐かしい、と思ったが上流階級に取り入ってというような華やかさでもなく、使用人とチェスをして接近などというような手法ばかりだった。

 正道とは無縁。

 それが情報員だと分かってはいても、いや、割り切っていたがどこかで釈然としない自分がいた。

 死んでも靖国に名前が刻まれるわけでもない。しかも自分が外へ帰りたい理由の一つでもある戦友たち、彼らは藤花と違う。しかしその最後や故人を偲ぶ遺品は国へ帰れず、生きた証を抱えた藤花が消え失せてしまっては本当に消えてしまう。

 人は、その人を記憶する人が消え失せて初めて死ぬ。

 それが藤花の思想だった。自分とて、忘れ去られたくない。だから屈託のない顔で忘れないと言ってくれる、わかさぎ姫たちのような存在が彼女には何よりも大切だった。

「寒いと考えが暗くなってあかんなぁ」

外套を羽織ってこなかった事を少し後悔した。

その時であった。前方が、嫌に騒がしくなった。何やら追いかけっこの声も聞こえる。それも子供の遊びではなく、本気で捕まえようと、逃げようとする足音と、混じる怒号。

「止まれエェーッ!」

「およ」

 曲がった道の向こうから、怒号は接近してくる。だが妹紅より先に別の人影が飛び出し、あわや藤花と衝突しそうになる。

「どけェーッ!」

「正邪!?」

 姿を現したのは、赤いラッシュの混じった髪を振り乱し、疾走してくる正邪だったのだ。珍しく真剣な表情で全力疾走していた彼女は、藤花を見止めるや否や口元を歪ませていつもの天邪鬼な顔つきへと戻る。

 藤花の横を駆け抜けるかと思われたが、素早く腕を回して彼女を軸に方向転換し、そのまま腕を巻きつけて密着。片手にはどこから取り出したのか45口径まで握りしめている。

「へッ、へへへ、神様たちは私の味方だったみたいだなァ……」

「あっ正邪貴様!」

どうやら竹林付近で出くわして追いかけてきたらしい妹紅が思わず驚きの声を上げる。

「どーぉするよ!竹林の案内人さんは人質もろとも私を撃てるか!」

「どこまでも卑怯なやつ……!」

 ここへ来て、藤花は感じていた違和感の原因を突き止めた。

 正邪は、今人質に取っている女が藤花だと気付いていない。長い黒髪と化粧で顔だちも違った印象になるように変装しているので、当然と言えば当然なのだが、思いがけない効果をもたらしたようだ。

 妹紅まで気付いていないといけないので、もがくふりをして正邪に気取られぬようかつらを少しずらして地毛を引っ張った。ついでに目の形を変えるために小さく貼っていたテープもはがす。

 案の定、妹紅は目を丸くしていた。だが、気付いてくれたと分かる。

 とりあえずこれで大丈夫だろう。二人は、小さく頷きあった。

「瓜子姫、今助けるからな」

「う、うり……えぇ!?」

 予想外の名前が登場し、正邪が素っ頓狂な声を出して抱きすくめている人物の顔を覗き込もうとした時、藤花は正邪が顔を回そうとした方向へ一気に上体をひねらせた。抑え込もうというブレーキが緩んだ方向へ正邪は引っ張られ、二人してバランスを崩しそうになる。妹紅が走り込みとび蹴りを直撃させる時間を稼ぐには、それで充分であった。

 その後、二人がかりでしっかりと正邪を縛り上げ、ビンタしまくった。

 嘘交じりの正邪の証言と、妹紅の情報、そして藤花が里で得た情報を突き合せたところ、死体の見分の為に正邪単身で里の近くへ潜り込み、ついでに食料泥棒をやらかすつもりだったようだ。しかし途中で妹紅に発見され、現在に至ると。

「妹紅はん、車ある?」

「あるけど、ニートが邪魔とか言ってきたからニトマートの前に停めてある」

「おお、丁度ええやん。ニトマートで人と待ち合わせしとるからそっち行こうか」

 

   *

 

 丸焼きよろしく長い木の棒へとくくりつけられ、ウマい話があるから聞いてくれとか実は双子で悪さをしていたのは妹の方なんだとかいろいろ嘘を騒ぎ始めた正邪を二人で担ぎ、約束の時間の差し迫るニトマートへと急いだ。もちろん正邪の銃は藤花が失敬して腰に差している。

 時間通りにムラサは来ているらしい。既に店を閉めたニトマートの前には、大きな包みと壁にもたれている人影がある。

「あれ、藤花さん正邪捕まえたのでありますか!」

「いやあ、なんかそこで会うてね……」

「ありゃあ、せっかく死体用意したのに無駄足でしたね」

 死体を用意したと言っているムラサの後ろの袋は何故か動いており、「あー」とか「うー」とか「はーれのさんさも!」とか色々口走っている。

「ムラサはん、死体はしゃべれへんよ……何入れてきたん」

「こっちのほうが犯人が覗き込んだ時に食らいついたりして便利かなと思ったのであります」

 そう言って袋の口を少し開けると「中身」が顔だけを出し、青いカボチャ帽を被りお札をつけられた頭がぽこんと飛び出してきた。

「キョンシーやんけ!」

「でも、これは実際犯人にけしかけたりすると便利であります」

「まーどのさんさも!」

 袋から顔を出すキョンシーに正邪を近づけるとものすごく首を振って逃げようとするので面白かったが、縛った正邪で遊んでいる暇はない。どこからともなく排気音が接近してくるのが一同の耳に入ったのだ。

「単車、でありますか……?」

「にしては小ぶりやなあ。でも高堂が正邪取り返しに来たんやったら厄介か……せや、ウチの変装用かつらかぶせて盾にしよっと」

「ハンッ、三下の知恵でそんな上手くいくわけ……やっぱ無理むりいやいやいや、そういうのやめようぜ!なあ!!なあってば!!!おい撃つなよー!」

 かつらをかぶされて別人の顔で騒ぐ正邪を見るのも面白かったが、幸か不幸か近づいてくる音の主は高堂ではなかった。なにより奪還作戦にライトをつけた単車で乗り込むのもおかしな話だった。

「ああ、あれ奬くんか」

「お待たせしました!」

 ラフに肌着など見せているが、淡いジャケットを羽織りカジュアルさを損ねない完ぺきな春先ファッションで固めた奬が、原付に乗って颯爽と到着した。モッズよろしくパーカーコートなど羽織って服への配慮も万全だ。

「えらい気合入ってるやん。デートでも行くん?」

「えー。だって、せっかく……じゃなかった、まずはお仕事を済ませてしまいますか」

 そう言って降り立った奬は、座席の一部と後部を利用して器用に結わえつけられた荷物をどさりと下ろす。米軍のダッフルバッグめいてもち運びと梱包開梱が容易になっているそれをひっくり返すと、銃と弾倉がごろごろと出てきた。

「お好きなものをどうぞ」

「おぉ………おおお」

「いや……はははは、こりゃすごい」

 銃一丁につき、当然予備弾薬が必要になるので実際の種類以上の黒い山となっているのだが、却ってそれが壮観で何とも頼もしい山に見えてくるのだった。

「流石やわ奬くん!やればできるやん!」

「それと、はい、キュウリも」

「おっ、サンキュー」

 奨はしっかりと袋詰めされたキュウリも用意していた。藤花は笑顔で受取り、もみ手して銃の選別にかかる。この際、苦手意識は持っていられない。散弾銃もあったが、妹紅が手にしたので彼女に任せる事にした。藤花は黒光りする拳銃を取り、一丁だけの代わりに予備弾倉は多めに頂く。

 だが、和気藹々とした時間もこれまでだ。正邪の戻りが遅いと高堂も気付いているに違いない。これから向かうのは相手の構える筒先の真ん前だ。藤花と妹紅は静かに顔を見合わせて頷く。乗り込むのは妹紅の愛車である白塗りのアルファだった。

「ちょ、ちょっと藤花さん」

「何やのカッコよう出撃しよ思てたところに」

 車に向かう藤花を、遠慮がちに奬が呼び止めた。

「藤花さんの紹介してくれるって誰の事なんですか」

「あぁそうやった……悪いわるい」

 藤花は苦笑して妹紅に少し待ってくれと言い、後ろを指さした。

「ほら、河童、船幽霊、死体、よりどりみどり」

「え、えぇ……」

 流石の奬も不満をあらわにする。彼もまた幻想郷にそれなりに通じていれば、目の前のメンツの名前すら分かってしまうだろう。

 しかし、そんな奬の視線が一人の人物に向けられて止まった。

「あれ」

 藤花も視線の先にあるものを見て、理解した。奬は見慣れない少女に気を取られていた。藤花は大急ぎで取って返し、縄を懐の小刀で切った。正邪も怪訝な顔をする。

「え……な、なんだよ」

「こいつについて行ってドンパチが収まるまで大人しゅうしててくれるんやったら、あんたとは今夜会わへんかった事にしといたる」

「何だって……」

「と、藤花さん。その人は……」

 小声で正邪への耳打ちが終わると、立ち上がって振り返り、にんまり笑った。

「そうかそうか……奬くんも隅に置かれへんな。確かに、せいちゃんって野性味と清楚のバランス抜群やもんね。ぷれぜんと・ふぉー・ゆー!」

「うおお、ほんとですか!綺麗だ……」

 ビシッと西洋人よろしくサムズアップを決めると、せいちゃんこと正邪を奬へと明け渡す。

 並んで立ち、周囲からお似合いだとかご両人なんて声をかけられて奬は顔を赤くしている。一方、未だ状況の呑み込めていない正邪は、かつらを外すのも忘れてきょとんとしていた。正邪に対する先入観を排除すれば、確かに小柄なのにキツめの視線に黒髪ロングヘア―(かつらだが)は男心をくすぐるのかもしれない。

「ほな、おふたりさん!達者で暮らしやー!」

 車に駆け込む藤花が笑顔で叫ぶ。奬の方も愛車のスタンドを蹴飛ばし、出発の用意をしている。正邪は、彼の事を逃がし屋か何かと思い始めたのだろう。あの天邪鬼が他人のスクーターの始動を静かに待っているのはなんだか微笑ましい。

 やがて二台分のヘッドライトが並び、藤花と妹紅は手を振って囃し立てる。正邪はというと、天邪鬼な叫びを返していた。

「はぶ・あ・ぐっど・タイム!」

「いぇーい!」

「うるせー!」

「丈夫な子を産めよー!」

「いぇーい!」

「ふぁっきゅー!」

 正邪のお礼(とは思えない何かの叫び)がスクーターの灯と共に遠ざかっていく。

「いぇーい!…………ははは、奬のやつ、分かってなかったんじゃないかな」

「正邪も分かってへんかったと思う」

一通りの騒動とやり取りを終え、ニトマートの敷地を出ようとする車へ、ムラサが駆け寄ってきた。

「私も行きます!」

「面倒なところばっかりムラサはんへお願いできへんよ。それより、里のことお願いな」

「や、やだなあ。それじゃあもう会えないみたいな挨拶じゃないですか……」

「元気でな、いい女見つけなよ」

 妹紅と藤花が静かに笑い、車は森への道を滑って行った。

 ムラサは追いかけようとして数歩走りかけたが、それ以上は続けなかった。

「妹紅さん……藤花さん………」

 




もこたんの愛車はアルファロメオ164です。あんな曲がらない車を幻想郷で乗るのはどうかと思いますが、まあカッコいいのでヨシとしましょう。

そしてコラボしてくれた「玄関開けたら~」の佐々木奬くんですが、能力を利用させてもらいこちらも火器を準備することができました。
初のコラボ相手に天邪鬼をあてがったのは悪かったかなと思いつつ、面白かったので許して下さいなんでもryという気持ちです。

では、次回から本格的に高堂への復讐が始まります。
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