高堂の待ち伏せが湖に到着してからとは限らない。正邪をしばいた後で聞きだした情報は、いかんせん天邪鬼相手とあって信頼性には、良く言えば限りがあり、悪く言えばあてにならないのだ。
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「プリズムリバー邸?」
「ああ、あいつなら戻るかもなぁ」
「湖近くのスラム?」
「身を隠すならそこなんじゃねえの?」
「水が必要でこないだの池の近くに野宿してる可能性は」
「それはねえんじゃねえの、変な奴」
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と、まあ始終こんな感じであった。もし否定の解答が「イエス」の裏返しであったのなら水源地の近くにキャンプを張っている可能性がある。
藤花は、高堂の戦闘能力と装備について聞くついでに、かつて竹林を訪れた彼について妹紅から思い出話を聞かされていた。
「うーん、地底では穴の中だっていうのに土蜘蛛相手に催涙ガス使ったりして霊夢がぼやいてたな。戦ってる最中に自己判断で煙草を吸い始める、現場で作ると時間がかかるからって移動が遅くなるレベルの弾倉を持とうとして空飛べる連中に後れを取ったり、そのくせ天人相手にした時は相手の目の前で大掛かりな機関銃を作り始めて……ごめん、私にもよくわかんないや、あいつ」
「妹紅はん……前々から思っとったんやけど、高堂って別に元軍人や無いんやろ。なんか教範を持って戦っとる感じがせえへんもん……厄介なのは能力と、出てくるテッポウが河童の工場で作っとるのよりも新しいって事くらいやね」
長々と話していられるのも、ライトを暗めに、エンジンを絞り運転しているからだ。会話で小ばかにされている高堂とて、待ち伏せ戦術を取れば戦局は有利に運ぶ。妹紅の次のセリフで、更に用心している理由が語られる。
「もしかしたら私の話を聞いて投降してくれるかもしれないって思ってる節もあるけど、どうかな……力に酔ってる若い子ってすぐ尊大になるから。でも怖いのは重火器もだけど、暗闇を見透かす機械とか、離れたところの音を拾う機械とか、そういう能力を補う装置も出してたって事だね」
藤花も、脅威に感じるとしたらその点であるという意見には同意だった。米軍と相対した事はないが、集音マイクによる警戒網は夜襲の際に大きな障害となるだろう。
その時、車載無線機に雑音が混じった。
「あー、あー、聞こえてるかな」
世間さまを見下すような若干幼い声。手段と言い態度と言い、これは高堂からの入電だろう。
車は止めずに走り続けて、と妹紅へ耳打ちして藤花は静かに受話器を取った。
「高堂か」
「自警団だか知りませんが、ごっこ遊びであんまりこっちの手を煩わせないでもらいたいもんなんだけどね」
「よぅ言われるわ。特にあんたみたいな犯罪者には」
確かに聞いていてイライラしてくる口ぶりだ。レミリアが一度ぶちぎれたと耳に挟んだことがあったが、よくぞ一回で済んだと思う。
「その関西弁、聞いた事ある。標準語で喋れよ。お前も外来人だってな。あのなぁ、ぽっと出の素人が戦争できると思ったら大間違いだぞ」
「ひょーずんご忘れてしもたんよ。世の中の事を分かりきったつもりでおるとっちゃん坊やは今までぎょーさん見てきたけど、ウチの事まで知ったつもりでおる奴は初めて見たわ」
高堂は答えない。
「プロやったら教えてもらおか。ウチも自警団はさっさと抜けたいところやねん。せやな……猟師でもええかもしれへん。猪撃ちと鹿撃ち、装薬の緩燃性を重視するならどっち?雷汞を含む弾薬をクロムメッキしたメトフォードボアの銃身で発砲した場合に錆が発生するのは約何発撃った時?初速940m毎秒で撃つ時に獲物の肉を損じない弾頭の種類は?このヤマ終わったらウチも自警団やめるからさ、教えてくれへん?」
通話状態にはあるが、高堂は答えない。藤花とて銃は仕事上必要な扱いを心得ているばかりであって専門家ではなく、これらの質問の解答を知っているわけではない。
森の湿度と地形から鑑みて、個人が携行できるような無線機で会話できるという事は、高堂はかなり近くにいるのだ。至近距離からの射撃を外させるには、雑念と怒り、後は呼吸に乱れも欲しいところなのだ。
撃たれたら即座に車を滑らせられるよう、藤花の手がそっとハンドルを取る妹紅の手に重なった。彼女も、時間稼ぎと気付いたのだろう。小さく頷いてハンドルを握る手を固くする。
「答えられるわけないやんな。とっちゃん坊や。あんたのおったところの証言まとめたけど、あんたロクに弾薬の選定も照準眼鏡の調整もせずにドンパチしてたらしいやん。魔理沙はやられたふり、美鈴はあんたが職にあぶれないように寝たふり、妹紅はんだってあんたの心境を心配して相談に乗っとっただけなんやで。ゴムだか知らんけど、会話ついでに女の子撃つようなあんたは鬼になんてなられへん。せいぜい野良犬から良性取っ払った野犬がええところ。おい犬!返事せェや!」
怒鳴ると同時にタイヤが悲鳴を上げた。走行中の車内からでも聞こえる、弾をめり込ませて枝を落とす木々の音が聞こえる。ハンドルを切っていなければ防弾車とて無事では済まなかったろう。前方に夜の僅かな光を浴びてぬらりと揺れるものが見えた。おそらく湖の近くに到達したのだろう。ここまで来ればある程度道は分かる。ライトを消し、速やかに襲撃現場を脱した。
「妹紅はん、湖まで出たら却って奴と離れすぎてしまうかも……」
「遠くからじゃタマ数でも得物でもこっちが不利か……せっかくの説得の用意も藤花の啖呵で不要になっちゃったね」
「え、それじゃまるでウチがキレさしたみたいやん!」
「だって藤花があんなこと言うから!」
「どのみち撃たれるんやから外させるにはああするしかないやん!」
不要な議論を生じさせるコンビに対して、主張するように車外を風切音が走った。
後ろにいて追ってはいるのだろう。ミラーを覗き込んでみるが、流石に姿までは見えない。魔理沙からもらったフラスコボムは2発あるが、まだ使うときではないだろう。
「どうする?このままいけば5分で湖だ!」
「車は停めずに……飛び降りよう。追い越した今なら、こっちが不意打ちに持ち込める!」
アクセルに棒切れをかませ、速度の上下が収まったのを見て、藤花は二人で飛び降りる瞬間の安全と引き換えに、フラスコボムを一つ犠牲にする決断を下した。
一瞬だけライターを擦り、藤花は腕時計の文字盤を確認する。
「2時間以上かかりそうなら、一目散に逃げるで。それ以上は弾を節約してもこっちが持たへん……100分でケリつけよう!」
「オッケィ!」
暗闇に白の襦袢と青い支那服が躍る。タイムリミット100分の復讐劇は、そうして幕を開けた。
*
文明の光が存在しない魔法の森を俯瞰すれば、一点の光を見出すことが出来ただろう。
フラスコボムは青みがかった炎を上げて燃えていた。藤花は極力炎には目もくれず、のろのろと走り去る無人のアルファを数秒だけ見送ると大事に抱えて飛び出した雑納をかけ直し、匍匐で道路を渡って妹紅を探した。
ここ数日、藤花や正邪がぶっぱなし続けているおかげか動物の鳴き声はほとんど聞こえない。それでも、幻想郷にあっても虫の音だけは夜の空気に満ち満ちている。
ここでじっと待つのも手だが、暗視装置付きと思われる高堂がのこのこと出てくるような真似をするとは流石に思えなかった。
暗視装置なら藤花も知識だけながら聞いた事がある。ただ彼女の知るものより小型軽量化が進んでいるであろうことは心得ていた。
妹紅も道路の反対側に伏せていた。道の脇に出来た窪地に入り、丁度銃を抜いたところだった。
「さっきの無線やと、ウチしかしゃべってへんけど、妹紅も説得してみる?」
「もう遅いって……」
ここへ来て気になり始めた敵の情報もいくつかあったが、既に砲門が開かれた以上ひそひそと話しこむ余裕はない。藤花の脳裏には、蝮の大移動めいてうごめきながら無音で接近、切込みをかけてきた共産ゲリラとの戦闘を思い出していた。
だが、高堂は藤花の既知の戦術と全く異なる方法を取った。突然炎の向こうで閃光が走り、一瞬視界が紫色の残影で染まる。耳を劈くような爆音と共に。だが炎の向こうだけあって、藤花は驚きこそしたものの知覚に大きな影響はない。
「え、なにあれ」
道路の両脇に展開して待ち伏せと考えていた藤花は、出鼻をくじかれたと思い思わず身を固くする。今道路に飛び出すのは危ないが、閃光が炎の向こう、すなわち来た方角からだったのが気にかかった。
「確か、あいつもボムみたいなの投げるんだよ。ある程度の範囲にいると、耳と目をやられてしばらく動けなくなっちゃうらしい」
「なんとなく機能は分かったけど……それって…筒か何かから飛ばしとった?」
「いや、手で投げてたよ」
「………………」
こちらも同様の装備で固めていると思ったのだろうか。にしても暗闇でわざわざ自分が近くにいると分かる投擲武器を使いながら前進してくるのはどういう了見か。いずれにせよ、彼はあの近くにいて威嚇しつつ前進しているという理解で相違ないだろう。
「いるのは分かった。回り込もうか」
「いや、万が一罠やとまずいから、湖の方角にじりじり下がりながら待つで。あいつが道路を堂々と来るか、森の中を来るかもまだわかってへんからね」
おしゃべりもこれくらいにした方がいい。死にはしない弾幕ごっこと違って相手は殺すつもりで撃ってきている。妹紅には「今度近づくときは鳥の鳴きまねをするから、そんときは撃たんといてね」と言い含めて一足先に森を前進した。頃合を見計らって道路を渡らなければならない。
道路の端までにじりよると、手ごろな石を見つけて手榴弾の要領で伏せた姿勢から一気に遠投。数秒して遠くで枝にぶつかりながら落下する音がかすかに聞こえた。
その後だ、くぐもった銃声が数発、音のした周囲に拡散して消えた。おそらく消音機の類を装着した小銃だろう。しかも自動小銃と来ている。発砲を誘発できたのはこちらの意図通りだが、相手が装備に恵まれているせいで位置までは特定できない。
罠に気を付けながら、じりじりと湖の方向へと這い進む。
「…………?」
遠く落ち葉を踏みしめる音が時折聞こえる。妹紅も立派な革の編上靴を履いていたが、仮に藤花の知るような兵隊靴と同じだったとしても足音が少し違うように思える。
「藤花!」
妹紅の叫びが聞こえ、銃声が轟く。高堂が持ち替えたりしていなければ、あれは彼女の散弾銃だろう。何よりこちらに飛んでくるような弾もない。
藤花は太さのしっかりした木にぴったりと身を寄せ、ゆっくりと顔を覗かせて敵の存在を示す兆候がないか注意深く視線を巡らせた。妹紅が発砲に踏み切ったという事は、敵は近い。
起伏の多い森の夜景の一点に視線を固定し、視界の中で動くものがないか待った。
何かいる。
妹紅の叫びとあの位置では、短時間に移動するには疾走しても間に合わない。つまり、自分たち以外の誰かだ。
「来たな……」
だが直後、聞き覚えのある抑え込まれた銃声が立て続けに響き、藤花の隠れている周辺で木の裂ける嫌な音が漏れ出でる。衝撃が身をかすめるたびに、反射で体が跳ねてしまう。フルサイズのライフル弾とはかくも恐ろしいものなのだ。
「来いよ関西弁、それとも降伏したらどうなんだ」
慇懃な高堂の声が着弾音に交じって聞こえてくる。だがそんな状況下でも藤花は身を伏せて待っていられるのも、逃げも隠れもしない銃声、妹紅の散弾銃が近づいてきたからだ。
そして数えていた。彼の連射が二十発で途切れる、その瞬間がもう一度訪れるのを。
「18……19……20ッ、頼むで奨くん!」
とっておきのG18Cが藤花の手の中で爆ぜた。だが藤花は知らなかった。発砲直前にいじったレバーが安全装置ではなくセレクターである事に。
「ッひぃ!?」
情けない声が出た。流石に引き金を引きっぱなしにするようなヘマはやらかさなかったが、数発はラッキーホームランめいて木々を突き抜けあさっての方向へと消えて行った。
「もおおお……なんちゅうテッポウ」
藤花の発砲に呼応したのか、新たな銃声が増えた。新手ではあるまい。高堂は散弾銃と連射火器を目にして相手の評価を改め、M21狙撃銃を捨てて更に短い突撃銃へと切り替えたのだ。銃の名称など知る由もない藤花からすれば、「なんかうるさくなって見えやすくなった」位の感動であったが、高堂の動きが明らかに変わった。先刻よりも躍進距離が延び、足音も聞こえるようになった。おそらく高堂の中で狙撃銃と突撃銃を構える人物の動きが異なるのだろうが、状況が同じでは却って目立つようになっただけである。
そのまま顔を出したりひっこめたりしていては、相手の狙いが次第に正確になる。藤花は木の反対側から、発砲炎を目に入れないよう暗闇に慣らした目を銃本体の影でかばいつつ二、三度バーストで相手の注意を引いた。最後の一連射で、藤花は世話になった大木の下を離れ、次の身を隠す場所を求めて跳躍した。向こうでは藤花に構っていた高堂へ、妹紅が牽制し動きを封じている。
「ナイスフォロー!」
藤花は雑納から予備の弾倉と、最後一本となったフラスコボムを取り出して視界に入った獣道を見てにやりと笑った。
「仕掛けるんやったら、ここかな」