獣道に罠を仕掛ける前に、妹紅を前進させなければならない。高堂を足止めしたところで、相手の弾薬は無尽蔵なのだから、再装填中か躍進してくるところへ攻撃を仕掛けなければジリ貧状態となる事を藤花は心得ていた。
点射二回、その合間に妹紅を短い叫びで呼び、相手は二度目の点射が終わる直前に応えた。高堂が銃声が途切れたのを確認して銃を構え、撃ち返してくるまでの間に妹紅は道を渡って藤花のすぐ傍へ滑り込むことが出来た。
「弾はどない?」
「道路越しじゃ駄目だ、雑草で遮られちゃう。真ん前でぶっ放せば強いだろうけど…」
「それで、朗報」
藤花はフラスコボムを柄付き手榴弾よろしく持ち上げて見せ、それで獣道を指し示した。妹紅は今一度両者を見比べ、頷く。
「やろう、放っとけば弾の数でこっちが不利になるばっかだもん」
「妹紅、適当な紐ってある?」
どういう原理か分からないが、フラスコボムは投げて爆発させるものらしい。ということは適当な高さに吊るして相手が足を引っかけたりこちらが吊るしているものを切ったりしてフラスコを落とせば罠としての機能は完成する。しかし、二人して身一つで飛び出したものだから身に着けている装備は極めて限定的だ。
藤花が妹紅のサスペンダーを引っ張ろうとしたが、全力で拒否された。確かに、ずりおちたもんぺで足をもつらせて撃たれるなど、やられている様もやられた後の評価も恥ずかしすぎる。警防団大演習の二の舞はごめんだろう。
「もう、別の場所で投げて使おう。早くしないとあいつ追いついてくるよ」
「うーっ………」
藤花は、あちこちの物入れや周囲を探って紐の代わりを探したが、そもそも人通りの無いに等しい森では、そうそうゴミも落ちていなければ漂着物が都合よく転がっている等という状況はなかった。せっかくの好機を逃すわけにもいかないが……。
「妹紅、それ貸して」
藤花は散弾銃をひったくった。
「藤花、ここじゃ良くても相打ちだよ」
だが藤花は、高堂めがけて飛び出していくでもなく、銃身下のハンドグリップを操作してすべての散弾を抜き出してしまった。
「ちょ、ちょっと」
散弾銃が空になったのを確認すると、物入れから小刀を取り出し、片手いっぱいの(それでも数発だが)散弾と共に妹紅へ手渡した。
「それ切り裂いて中の火薬全部出して!」
「わ、分かったよ…!」
妹紅が作業に取り掛かり始めると、藤花はグロックの弾倉を入れ替え、獣道の入り口を今一度確認する。待ち伏せを警戒し、ある程度探し回りながら進んでいるのだろう。位置関係としては、獣道の今いる地点はなだらかな坂を上る途中であり、視界は限定的だが、高堂が進んで来ればすぐに分かる。両脇にしっかりとした岩のある地点を見つけ、ここを待機場所とした。
「と、藤花……終わったけど、こぼれそうこれ……」
押し殺した妹紅の声に振り替えると、粒状の火薬を掌に載せた妹紅がそれを崩さぬようにゆっくりと振り返ろうとしていた。
「これで、蟻の行列みたいに岩陰からこの木まで道を作るんよ。……んで火を点ければ」
藤花は遠すぎず爆破しても危険のなさそうな距離の木に又のある枝を立て掛け、そこに泥を塗って偽装したフラスコボムを挟み込んだ。そしてボムをかませた枝を、火薬に火が走れば焼けてバランスが崩れるよう微調整する。今のところ無風だが、点火の瞬間まで何事も起こらない事を祈るしかない。
「大丈夫かな……」
「時間無いねん、しゃーないよ」
話し声か作業の音を聞きつけたのだろう、厚いビブラムソールが落ち葉を踏みしめる音がはっきりと聞き分けられる距離にまで迫っていた。
「待ち伏せして、その後はどうするつもりだ?妹紅も残念だぞ、お前は味方だと思っていたのに」
藤花は位置を露呈させるために一発撃って怒鳴る。
「ウチの話聞いてなかったんか、妹紅はあんたが先生にキレるほどグレとると思うて相談に乗っただけやってのに、あんた、受付嬢が自分に惚れてると思うタチやろ」
応答は弾であった。
おそらく数十発の弾倉なのだろうが、先刻の狙撃銃と比べて射撃が再開される間隔が短い。近接戦闘に切り替えるだけの判断力はあるようだ。試しにギャッと叫んでみる。
「藤花!?」
示し合わせていなかったものだから、妹紅が驚きの声を上げる。却って真に迫った演出として高堂も戦果誤認したのか、発砲が止む。すかさず手近な石を獣道の行く先、頂上の奥で下り坂になっているだろう方角へと転がした。狭い一本道なら突入を躊躇うかもしれないが、負傷した藤花が先へ逃げたと思えば踏ん切りがつくかもしれない。
悪戯っぽく舌を出し、妹紅の方へ振り返ると彼女も事情を察したようだ。大丈夫か今行くと叫んで藤花と同じ真似をして見せた。結果として、真に迫った状況が物陰から作り出された。
これで獣道はクリアしたと踏んだのだろう。相手が上り坂の向こうへ消えたのなら高みに陣取って地の利を得ようという腹積もりか、若干速まった足音が近づいてくる。
そう言えば火薬の道は向こうの岩へ続くように作ったが、妹紅は火種を持っているだろうか。再び、今度はやや不安げに顔を向けた藤花に、妹紅は指を振って口許へあてて見せた。
めっちゃかっこいい。
藤花は、声に出さずに相棒を称賛して見せた。そして今度は彼女がゆっくりと手を上げる。入り口から罠までの歩数は、当然記憶している。
三、二、一……。
手が振り下ろされる。
妹紅の指先に火が灯る。同時に、花火か爆竹か、細かな火薬の粒が数多の破裂音を立てながら物陰から枯れ草を焦がしながら走った。
「伏せ……!」
二人の向こうで、轟音が巻き起こった。
*
「……上手くいかんと困るけど、上手くいったもんやね」
「………これさ、スペルカードで吹き飛ばしても、よかったのかな」
「も、妹紅……」
「は、はい」
「そういう事は早う言って」
「な、なんかごめん」
吹き飛ばされた枝や木片の落下が収まると、二人はゆっくりと顔を出した。
元は弾幕ごっこ用、手榴弾よりも威力は劣るしガラス容器では破片によるダメージも期待できまい。吹き飛ばして頭でも打っていてくれれば重畳、そうでなくともとどめを刺す時間的余裕が欲しい。
周囲を焼け焦がした爆発の後に立つと、草木とボムと思われる匂いが混じって何とも言えない臭気を発生させていた。流石に山火事はあるまいが、チリチリと線香めいた煙を上げてくすぶる枝を踏み消しながら、ボムを仕掛けた木と反対側をゆっくりと覗き込んだ。しかしこうも暗闇では迷彩服を着こんだ人間の姿はそうそう見つけられるものではない。
二人は頷き合い、意を決して草をかき分け始めた。最初に見つけたのは、枝に引っかかったHK416だった。弾倉が抜けており、遊底も後退しきって止まっていた。もはや火を噴かないそれを、とりあえず藤花が元来た道の方へ放り投げる。
「あれは戦利品になるかな」
「死体持って帰るんもあれやから、何か言われたらあれ見せたらええかもね」
「こっちは?」
妹紅が拾い上げたのは、米軍式ピストルベルトだ。熱で溶けたと思しきナイロンの残骸が所々にぶら下がっていた。簡単な作りのバックルだけが綺麗に取り外されていた。
「え」
この状態で遺すには、自力で外すしかない。
長大なバネを押し縮めるために槓桿を二度操作する音が聞こえたのと、藤花が妹紅を押し倒したのはほぼ同時であった。
*
「あんなん野戦やない…!ただのテッポウのごり押しやんか!」
妹紅を引っ掴んで窪地へ転がり込んだ藤花が絶叫する。50口径弾は容赦なく周囲の木々をなぎ倒しているが、幸いにして二人に被弾は無い。自然の原理に従って二、三回転がっていた二人は、やがて藤花を下敷き、妹紅を上にして止まった。
「藤花……もう放してくれて大丈夫だから」
「う、うれしい……」
「何だって?」
「くるしーっ」
互いにしがみつく腕の力を抜き、妹紅が上体を起こすと胸の下からちょっと笑顔の藤花が現れた。高堂は追撃してこず、盛んに重機関銃を乱射している。ボムによる不意打ちに対する怒りからか、とにかく弾を次々に生成して撃っているようだ。
「ふぅ……明らかに冷静さを失ってるなあ、あれは」
数発の点射がいつのまにか間断ないフルオートと化している。もしかしたら銃身の過熱もそのままに引き金を引き続けていたせいかもしれないが、わざわざ敵の前で据え付け式の重機を出して来たり銃身もしくは新たな銃の生成をせずに撃ちまくっている事から、妹紅の判断は結果としては正しいもののように思われた。
「休んどる隙はない……動かれへんテッポウに切り替えたんやったら、回り込むまでや」
ここへきてようやく拳銃が有利になってきた。高堂の気が変わらぬよう、銃声の合間に「前に進めないよ」だの「やばい」だの消極的な台詞を吐き続けて圧倒されるキャラを演じ続けて移動を開始する。
二人はそれぞれの得物を引き抜くと地形の低みを縫って進み、藤花は銃声が近づくにつれて上着を脱ぎ始めた。
位置が露呈する発声はここで控え、藤花は脱いで丸めた上着を着た方向に向かって思い切り遠投した。夜の森におぼろげに輪郭を浮かび上がらせつつ、木の葉めいて枝に引っかかりながらゆっくりと落ちていく。
目ざとく見つけた高堂がそれへ発砲、見える曳光弾。射撃位置はもう目の前だ。
「……妹紅ッ!」
「おう!」
二人して斜面を駆け上り、遂に二人は高堂をその照準器の先に捉えた。
重機に取り付く高堂が、こちらに気付いて目を見開く。
重なった銃声が幾重もの残響を伴って、湖へ、森へ轟いた。
*
「貴様ら……」
「なーにがキサマラや」
迷彩服の右腕や脇腹を血に染めながら、高堂が恨めし気に二人を見上げている。これ以上銃を出されてはかなわないと、藤花が挨拶代わりに腕を打ち抜いたのだ。
「随分、私たちと遊んでくれたよねえ」
「五百貫文の懸賞金もかけてもうて、なあ」
藤花がせせら笑った次の瞬間、右手を閃かせて高堂の頬をしたたかに殴りつけた。平手ではなく拳だ。命を狙うどころか、一度刺された恨みは大きく、反対側の頬も丁寧に殴りつける。肉と骨のぶつかり合う音に、鼻血か何か、湿った音が混じり始めている。
「乱暴だよそりゃ……ほら鼻血が」
荒く息をつく高堂に、妹紅がハンケチを取り出し乱暴に鼻にあてがい、そしてもう一発殴った。
「しぶといなー、こいつ」
「何ならもう一回戦やったっていいんだぞ」
そう言って妹紅は、傍らの白く煙を上げる重機を見やる。そんなになるまで撃っていたのだから、もう一度撃ったところで狙い通りに弾は飛ぶまい。
「こいつにそんな度胸ないっしょ」
「……それもそっか」
慧音と美鈴のお礼参りも済ませたところで、二人は軽蔑しきった笑みで高堂を今一度見下ろし、立ち上がる。里ではまず見られない怒りと侮蔑の表情そして捨て台詞と共に。
「じゃーなー、マザコン野郎」
「クニ帰ってママのおっぱいでもちゅっちゅっちゅっちゅ吸っとくんだな」
風が通り抜ける。髪をなびかせて振り返り、湖の方へ向け歩き始めた。藤花は、煙草でも取り出すのか腰のあたりをまさぐっている。だが、高堂はどこまでもしぶとかった。よろよろと木に寄りかかり立ち上がると、渾身の力でリボルバーを作り出し、そして撃った。
それをしたところで、負傷した体で命中弾は望めず、ただ怒りの表明にしかならなかった。
そして藤花と妹紅は銃声とほぼ同時、振り向きざまに撃ち返し、高堂の頭の中心線に着弾の煙が上がった。
「今更だけど正当防衛だよね……」
「当然やろ」
風が止んだ。二人は、崩れ落ちる高堂を後ろに残し、森の小路を歩いて去って行った。