闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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雷鼓編 照門
第七部 永遠の竹林支部①


 男が走っていた。一部を除いて経済活動の競争や公租公課といった要素に煩わされる事の少ない幻想郷にあって、せかせかと生きる人間は少ない。だが彼はそんな例外に含まれるらしく、路地裏で野良犬を蹴飛ばし、曲がりきれずに衝突した植え込みを戻す親切心も見せずに走り続けている。

動物への愛護の精神の欠如を見ても、彼を善人ではないと判断するには十分だった。

現に男は三十分程前、里内で店じまいをしていた古物商店主を脅して現金及び目ぼしい外界の道具を奪って逃走中の身なのだ。

 身に危険が迫っていると判断したのか、男は抱えていた鞄を投げ捨て、右へ左へと折れて不規則に路地を走る。

 その理由は、背後から迫る景気良いステップの追撃者にあった。

 そして、どこをどう間違えたのか男が角を曲がった時、追撃者は目の前に立ちふさがっていたのである。

「お、俺は何も知らないぞ。だいたい妖怪だの物の怪の連中が里で人追いかけまわすなんざ、みんな黙っちゃいねえぞ!」

 何も聞かれていないのに賑やかに喋るという犯罪者の特徴を見事に踏襲しながら、男は虚勢を張るが眼前の人物はあくまでもクールに懐へ手を入れた。

「やー、悪いね。私も自警団なんだ。さ、盗んだもの出してもらおっか」

 追撃者の女は自警団で支給される手帳をつまみ出し、顔の横で振って見せる。

 人里自警団は、拡大の一途をたどっている。

 人間の里の内で妖怪達が人間を襲う事は本来ご法度である。が、例えば里内を逃走中の犯罪者を捕えてよいかどうか、それに関して見過ごすよりは良いのではないかという事になり、天下御免で人間を追いかけ懲らしめられる自警団員というポストはにわかに脚光を浴びる事となった。

無論、人に迎合するものだとして忌避する妖怪もいるし、自警団員の立場で犯人を追撃中に勢い余って食べちゃったりした場合には容赦なく罰せられることとなるが、人を追い立てられる上に畏敬の念も戴けるとあって今のところ目立った協定違反は発生していない。 

「ふん、それで奪われたブツってのはどこにあんのかね?」

 あくまで慇懃に、男は西洋人めいて両手を広げて見せる。

「ああ、さっき来た路地にも落ちてたっけか」

「それみろ、俺じゃないんじゃないのか……」

 男の言葉は続かなかった。不意に女が投擲した物体が男の頭をかすめ、帽子だけを後方へ吹き飛ばしたのだ。投げられた運動エネルギーを削ぐことなく背後の土壁へ突き刺さったのは、一本のビーター。どういう強度をしていてどういう勢いで投げつけられたのか不明だが、帽子は切り裂かれ、頭頂部が二重構造になっていたのかハラハラと紙幣が風に舞う。

「駄目じゃん、盗んだお金そんなところに入れてちゃ。あと、付喪神だ。二度と間違えんな」

 衝撃波と気迫で恐れをなしたのだろう。男は観念した様子でへたへたと座り込んでしまった。

 女は笑顔で手帳をしまい、代わりに手錠が出てきた。

「まっ、今度ヤマ踏むときはうちの管内は避けるんだね」

「あーっ、雷鼓はん!」

 路地へ躍りこんでくるなり、国防色の開襟に袖を通した女性が藤色の髪を直し、両手を腰だめにして不満げな顔をしていた。

「一人でモノにしたかったんやけどなぁ……」

「犯人捕まえたことないんじゃしょーがない。さ、こいつ連れてくよ」

「一人は自決、一人は爆死、一人は正当防衛で撃ったんやもん。ウチかて追い詰めるんは慣れてるんやからね!」

 引きずるように雷鼓についていく男の後ろを、藤花がぶつぶつ言いながら固めている。

「見ての通り、あいつの前を走ってった男はみんな死んでったからね。悪い気は起こさないこった」

「おっかねえ。妖怪以上じゃねえかよ」

「ちょっ、犯人と意気投合せんといてや!」

 

   *

 

 少し日を遡る。

 藤花と妹紅に辞令が下ったのは、高堂事件のすぐ後だった。内密かつ最後の目撃者(のはず)である奨ですら見まがう変装で送り出したはずだったが、正邪を追っていたことがばれてしまい、高堂討伐で金一封でもと期待していた二人はお咎めなしの代わりに褒賞なしという骨折り損な結末となってしまった。

 慧音も言いつけを破った事については怒りこそすれ突進する事もなく個人的な慰労会まで催してくれ、藤花と妹紅は朝まで飲んだくれて黄色い朝日をぼんやりと船着き場で眺め、妹紅と慧音がそれなりの仲である事をその時知った藤花は大いに泣いた。

 それが事件の締めくくりとなった。

 藤花は竹林支部(分団から支部へ改まったのもこの頃だ)に籍を置いたまま、派出所からへ異動となり、今度は本部の置かれる永遠亭に頻繁に足を運ぶ事となった。

 

   *

 

 寒々しい夜に影を横たえる印象とは裏腹の、春の陽気に浮かび上がる永遠亭は誠に風情がある。

 時の移ろいを感じさせないたたずまいの中に「各種処方・調剤承ります」と墨書きされた看板が添えられている様子は見る者に生活感を覚えさせ、建築物の威容を和らげるのに一役買っていた。神社を除いて、里の人間に最も近しい存在が、この永遠亭と言っても過言ではないだろう。

 しかしそこへのアクセスは非常に困難を伴い、案内人兼護衛がつかなくては複雑な地形で立ち入る者を惑わせる竹林を踏破する事は難しかった。今日も今日とて藤花は、異動後も変わらず交流を持ち続けている藤原妹紅と肩を並べて明青色の波の合間を前進中である。

「あぁ、藤花じゃ仕方ないかなぁ」

「んな事あらへんよ、あと一歩のとこやったんやからあそこは頑張りを見せたウチに花持してくれても良かったと思うんよ」

 藤花は何やら不満を表明しており、竹林では半ば保護色として機能している国民服の肩もどことなく持ち上がっていた。

「そーれはどうかな、結果だよ結果が全て。私が優秀っていうね」

 見れば、一行は妹紅を中心に三人連れで歩いていた。妹紅の右を歩く藤花の反対側から、幻想郷には珍しく白の開襟にネクタイ姿も近代的な堀川雷鼓が鼻を鳴らして見せる。

「雷鼓はんは放っといてんか!」

 永遠亭に本部を置く竹林支部はその立地も相まって紅魔支部に次いで人間の比率が低く、藤花が移動時に紹介されたのも影狼と面識があり竹林に縁があったという雷鼓であった。ここに濃緑の上着、白の襦袢、濃紺のネクタイという出で立ちの藤花と、白、黒、臙脂という対照的なカラーリングの雷鼓のコンビが誕生し、以来任務に就いている。

 そして、今の話題は昨日二人が追撃し取り押さえて中央へ連行した強盗犯の手柄の所在についてのようだった。

「あんまりヤイヤイ言ってるとニートがうるさいよ。じゃ、何かあったらうちの派出所に連絡してよ。私と慧音はあんた達には協力するからさ」

 天然の直線に混って永遠亭の甍が別の人工物のアウトラインを見せ始めたあたりで、妹紅はまだ言い争う二人に苦笑して片手を上げ、案内と話題の終了を宣言した。

 

   *

 

「大ばか者ーっ!」

 本部となる広間に、女性の声が響いた。

「誰が、また里の建物壊してきなさいと言ったの。誰が!」

 紅魔館と内装を大いに異にする執務室で怒りをあらわにしているのは、竹林支部の長である蓬莱山輝夜である。太閤秀吉の誇った聚楽第もかくやと思われる天井の下で、輝夜はとりあえず苦笑する二人を睨んでいた。

「里から犯罪者を一掃するのが、自警団の最大のテーマですから」

 実を言うと、輝夜が怒るのも今回が初めてではない。いつだったか誘拐犯を挙げた時も、事件解決で一度は褒賞ものと期待されたが、永遠亭の資金を見せ金として使おうとしていた事がバレて藤花雷鼓コンビは輝夜の大目玉を食らった。またある時は町の不良に拉致されそうだった少女の代わりに雷鼓が拉致されてしまい、藤花が銃を片手に大立ち回りを演じてしまった時も、事件解決のめでたさとは裏腹に「部下の命をダシにするとか姫様おそろしい」と噂されてしまい、あやうく竹林支部の永遠の閑職である竹カウント課(竹の本数を数える)に転属させられるところだったのだ。

 そういうわけで、今回の輝夜の現状も、おおかた昨日の逮捕劇に起因するものであろう事は二人にも容易に想像出来た。

「おかげでこのザマよ、見てみなさい」

「アッ!?」

 輝夜が傍らから取り上げて見せたのは、何やら請求書らしい。おおよそ雷鼓がビーターを投げて壊した土壁の修繕費用だろう。

「い、いやー」

「藤花の追撃すさまじかったもんね」

「このヤロさっきまでウチは頑張ってないみたいな事言うとったくせに!」

「どちらにせよ」

 幻想郷には子供しかいないのかと思えるほどに見覚えのある責任のなすり合いを始めた二人に、輝夜は見慣れた様子でため息をつき、争いを遮った。

「今後、里の内外問わず殺人誘拐窃盗詐欺婦女暴行密輸誘拐放火に関して私の許可なく手出ししたら即、クビ。分かったわね」

「い、いややなぁ。いくらウチかて輝夜はんちの兎コンビには手ェ出せへんって」

「セット兎じゃないわよ!」

 輝夜の投擲したアタリ2600を体の中心線に食らい、藤花は畳を三枚ほど越えて吹っ飛ばされた。藤花に比べてまだ余計なひと言を堪える甲斐性を持っていた雷鼓は、立ち尽くしたまま胸をなでおろす。が、そこへ突き出される二枚の紙片。

「これ誓約書」

「へっ?」

「こうやって縛るのも、万が一の事があっては困るからよ……」

 何かと尊大な月の民、という印象を持たれている事も拭えないが、輝夜も一人の女性として人を気遣う一面があるのだと胸を高鳴らせることが出来よう。しかし、そんな事など二人はお構いなし。

「いやぁウチら運がええから」

「黙って署名捺印!」

 PCエンジンが飛んでくる前に二人は大急ぎで書類に飛びつく。それにややおくれて、襖の向こうから優しげな別の女性の声が漏れ出でてきた。

「ちょっとよろしいですか……?」

 あの声は永琳だろう。入室を許可する輝夜の応答の後、静かに襖が横へ滑り、視界が四角く彩りを変える。

「中央から捜査協力の要請です」

「今度は何かしら……?」

 目の前の二人が関わるとまた心痛の種が増える、と憂いを露わに電報めいた書面に輝夜が目を通すと、予想された文面と異なっていたのだろう。目をぱちくりさせ、部屋の隅の机で書類への記入を済ませて顔を上げた藤花と雷鼓を見やった。

「玄武の沢に奇怪な生物ですって」

「へ、へえ、そうなんだ。あ、ばっちりサイン致しました」

「ウチも署名捺印したで、ほな、これで……!」

 奇怪な生物などという意味不明な依頼には付き合いきれないと、早々に退散しようとする二人。無理もない。人間相手ならまだしも、野生生物相手など姿を捉えるだけでも数日かかる仕事だ。ましてや種類の分からない生き物となると行動パターンすら分からず、問題解決に要する日数は未知数となるだろう。

「じゃ、このヤマは貴女達が当たりなさい」

「ええ……?だって沢やったら河童がまた変な機械作って追っ払ったらええやん」

「その河童が神社に泣きついてきたそうよ。博麗支部は妖気を吐く蛇口の解決で手が離せないらしいから、うちへ回ってきたみたいね。仕事熱心な貴女達にはもってこいの案件じゃないかしら」

「そ、そんなぁ」

 許可なく事件の捜査をしてはいけないという治安維持にあるまじき縛りを課せられた直後に体よく面倒な仕事を押し付けられてしまい、雷鼓などは「グレちゃおっかなー」とか言いながら畳に寝転がる勢いだ。そんな部下を尻目に輝夜は隣の永琳を振り返っている。

「それで、これは誰に返事をすればいいのかしら」

「中央の海野警備局長だそうですよ」

「あー、次期自警団長最有力候補とか言われてるんだっけ。……まぁ里の中のまつりごとなんてどうでもいいけれど、貴女達その海野…えーと警備局長にお会いして、通報内容を詳しく聞いてきなさい。くれぐれも支部の名前にこれ以上泥を塗らないように。はい行ってらっしゃい」

 この二人を大人しくさせておくには持って来いだと確信を深めたらしい。輝夜は立ち上がって手にした扇子で出発を命じた。

「ふぁーい」

「ふぁーいじゃない、ハイ!」

「………ふぁい!」

「イェス」

 

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