闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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永遠の竹林支部③

 問い合わせてみたところ、ニトマートは里に近い一軒が営業を継続しているらしい。他にどこの店舗があるのか等未だ不明な点の多い企業だが、まずはそこへの聞き込みを開始しようという点で二人の意見は一致した。

「聞き込みもそうだけど、やっぱり退治なり捕獲なりについては河童の協力が必要なわけだし、そっちでも頭下げなきゃいけない感じかなあ」

「まあ、せやろね」

 ニトマートを訪れるなら日中に済ませておきたい。また煙草屋の人間一人が行くよりも、付喪神であるとはいえ雷鼓も帯同していけば河童の態度は軟化してくれるだろうとも予想していたからだ。

「それよりも」

 自警団中央本部を出て以来、口にしていた紙巻きを投げ捨てつつ、藤花は相棒を振り返った。

「お腹減ったなぁ」

 

   *

 

「でもさ」

 食堂でファーストフードともいうべき丼ものを注文し、席で海野局長から受け取った資料を右へ左へ流し読みしている藤花へ、雷鼓が話しかける。

「博麗神社の巫女さんが忙しいからって回ってきたお鉢だし、技術屋の河童の身内でも解決できないってんじゃ軽く異変級なんじゃないかな。なんだか不安になってきたよ」

「里の外に動物と話が出来る仙人がおるって書いてある。これにお願いしたらええんやないかな」

「おお、耳より情報。で、どこにいるのさ」

「それが書いてへん…………仙界ってどこ……?あ、どうも」

 藤花が眉を下げて困っているところへ店の女将がお待ちどおと言って二人の丼を運んできた。 

藤花は、帝都での味を懐かしんで「豆腐丼」のレシピを幻想郷で再現できるよう考え抜いてメニューに組み込ませた。雷鼓は、いつも「ロックだから」という理由で川魚の揚げ天を飯に乗せたものを注文しているが、どのあたりがロックなのか分からない。

「ま、とりあえず脳みそに栄養を行き渡らせへん事にはええ考えも浮かべへんやろ……いっただっきまーす」

 苦笑し、藤花は硬めに炊き上げた米と醤油ダシが満ち満ちた丼へジャクリと箸を突き入れた。少しすくいあげて濃いめのダシを米でかきこむと、頂上に鎮座する褐色の存在、崩れかかるまでに甘辛く煮込まれ、これまたダシを吸いまくった豆腐へと手を付けた。

帝都で味わったそれと若干味は異なるが、海の幸が手に入りにくい幻想郷でモダーンな東京を懐かしめる程度には仕上がっている。彼女は胸中で女将に感謝し、熱く、ほとんど反発無く咀嚼できる豆腐を飲み込むと白米とダシで追い打ちをかける。

「おーい、藤花ってば。もう、それ食う間は無言になるんだから」

「…………ん、どうしたん?」

醤油と甘辛ダシの連撃で少しくどくなった口内に効くのは漬物、無論これも待機していた。

それへ箸をつける刹那、相棒の呼びかけに応じた。

「警備局長じゃなくて、うちの本部には何て言っとこうか。そういえば昼に終わったら連絡するって言ってたの忘れてたよ」

「あー、そうやったね……ニトマートに河童電話あるし、そこでかけたらええんちゃう?」

「ん、そうしようか」

 雷鼓が、箸で取った魚の揚げものとにらめっこしつつ頷く。藤花はそれっきりまた豆腐飯の摂取へと戻り、ダシと温度で適度な柔らかさに変化しつつある白米へと目標を切り替えた。崩れてきた豆腐によって嵩増しされた米をダシでかきこみ頬張る、そして噛み締めると多幸感はいやがうえにも満腹中枢と脳を駆け巡る。

 雷鼓の倍近い速度で丼飯を平らげると、ここへきてようやく湯呑みの茶を口に含み、藤花の一連の栄養そして幸福の摂取作業が完了した。

「退治の専門家に声かけるんは後でええやろね。まず生物とやらがなにかも分からへんし、河童のメンツもあるやろから……」

「そういえばそうだった」

 恐らく博麗神社に個人的に相談しに行ったか、噂が伝わって自警団が動く事になったのだろう。あくまで住まう河童を中心とした駆除ないしは捕獲計画を立てなければ、後々やりづらくなるだろう。

「とりあえず……」

「一服しようか」

「せやね。おばちゃん、お勘定」

 混み始めた店内を一足先にすり抜けると、二人は表で煙草へ点火した。栄養摂取に忙しかった精神が、研ぎ澄まされてゆく。

「分かった」

「え、何が」

「ロックて、岩魚やろ。あの丼」

「ええ、今更……?」

 あきれ顔で雷鼓が頭をかいた。

   *

 

 ニトマートは開店しているらしいが、道中の掲示板に何やら張り紙がしてあり「今月は午後より営業」とだけあった。もしかして不明生物の影響だろうか。

 そして、店へ向かう道には懐かしい顔が。

「小鈴ちゃん、こんなとこで何してるん」

「ほぇ」

 まだ戸を閉ざしている軒先へ向きを同じくして歩く、貸本屋の看板娘の姿があったのだ。年のせいか容姿のせいか、不良がたむろしている風には見えない。

「ここはまだそんなに危なくはないけど、何してるんだい」

 くわえ煙草の雷鼓が藤花の後ろからひょっこりと顔を出す。携帯電話や携帯ラジオの文化もなければ端末もないので、集うメンツの行動は自然と煙草を吸うかきょろきょろするか、持ち合わせがあれば文庫本の一冊でも取り出して木陰へ移動するという行為に収束するだろう。

「うちのお店に置いてる山の新聞、ここでもらってるのもあるんですけど、今日来てみたら、あれですよ!」

 困ったように張り紙を指さす。何時頃からいるのか分からないが、昼食を済ませて来た藤花達よりは長いはずだ。

「それでまた、藤花さんは今日はお店はいいんですか?」

「いやあ、ウチは自警団でちょっと用事がね。そっちは小鈴ちゃんのお友達?」

 藤花の興味は目的が判明した小鈴から、彼女の隣にいる背丈も年齢も、ついでに言うと仲も近しいと思しきもう一人の少女へと向けられた。

 子供向けながら、丁寧に誂えられた訪問着に身を包み、足の運びも慎ましくしかし並んで歩く小鈴に後れを取る事がない。目線の高さを同じくすれば、圧倒されるような「家柄」のようなものを感じさせる少女である。

 一方で赤青みがかった髪に光る飾りは少女に許された大きな花だ。見とれているとそれが揺れ、会釈されたのだと気付いて慌ててこちらも続いた。

「稗田阿求と申します」

「ご、ご丁寧にどうも……ウチの事は藤花って呼んで」

「はい、新聞で拝見した事があります」

「アッハイ、どうも……」

 何だかやりにくいのは、子供離れした言動か佇まいのせいだろうか。背が低いだけで、存在感はまるで大学教授めいた落ち着きがある。

 着慣れた開襟でくわえ煙草な自分がなんだか嫌で火をもみ消そうとした時、一同の行く先で戸が開かれる音がして、自然と視線がそちらへ向かう。

「はーい、いらっしゃ……なんかすごい組み合わせが来てるね」

 これから点灯されるであろう店内の薄暗い空気からのっそり顔を出したのは、にとりであった。昼食なのか間食なのか装飾なのか、木箸を刺したきゅうりを片手にしている。

 目的がはっきりしており、足早に駆け込む姿が似合う小鈴達を先に店内へと促し、藤花ら大人はゆっくりと、従業員たるにとりについて入り口付近に留まった。河童としても、あまり人間の子供を周囲に置いて話したがる話題でもないだろう。藤花もあくまで小声で続ける。

「霊夢はんから聞いてきたんやけど」

「あー、まさかあれ」

「沢の……"不明生物"」

 プライドを傷つけまいと出来る限り低姿勢で来てみたものの、にとりの反応はどちらかというと呆れた感じに近い。不機嫌になられるよりは良いが、予想外だった。

「若いのがよせばいいのにあちこちで喋っちゃうからねー、あの"怪獣"もほっとけばどこか行くかもしれないのに」

「でも、"でかぶつ"が居座ってる間はそっちも不便じゃ?」

「そりゃまあそうなんだけどさ」

「何の話ですか?」

 気付けば、息を弾ませ小鈴が後ろで立ち聞きしていた。いつもなら多少焦るところだが、にとりの先程の反応を見た後ならまだ大丈夫だ。

「いやー、ちょっと沢に"化けもん"が出るって話でな」

「河童が知らないと言うからには、未知の?」

 阿求の言葉に、小鈴がおぉーと感嘆する。

「小鈴ちゃんえらい気に入ったんやね、"化けもん"の話」

「だって、外の世界じゃ滅多に見られないという妖怪がわんさかいるのに"分からない生き物"って、それだけで好奇心くすぐられちゃいますよ!」

 本と言う知識の源泉に常に触れている身分の為か、小鈴の意見は随分と外来人にも分かりやすく、闊達な見解表明だった。そもそも河童と付喪神が目の前で立っているというのに、"不明"なのは確かにおかしな話なのだ。

「資料見てみる?こいつをどうやって追い出すか捕まえるかしよって事やねんけども」

「その前に……」

 藤花が手にした封筒を開けようとする。人質のいる事件等であれば捜査資料を見せびらかすわけにもいくまいが、半ば自警団の管轄を逸脱した任務である。むしろ子供の目で見てもらい、新しい意見でも出た方が得策だと踏んだのだ。

 だがその前に、背伸びして資料を覗こうとする小鈴を阿求が制した。

「まず"名前"を決めるべきじゃないかな。"不明生物"とか"化けもん"じゃまだるっこしい……退治するなら、認識を統一するのが先だと思う」

「「こいつ頭いいな」」

 藤花と雷鼓がステレオで感心してしまった。予想以上にもっともな意見が子供から出てきてしまった。藤花が阿求の生い立ちというか血筋を理解していれば、その感動ももっと早かったのかもしれないが、妙なところでアンテナというのは立ちにくいものである。

「じゃあ……じゃあ作戦会議、名前募集」

「そ、そだね」

 にとりが青緑色のパイプ椅子を人数分出してきた。彼女もちょっとやる気になってきたらしい。

一通り自己紹介を終えた後、議長役を藤花が担当する。

「えーと、じゃあ、阿求ちゃん。早速で悪いねんけど、学術的な観点から名前は決められるやろか」

「そうですね……」

 阿求が目を細めて、証言に基づくスケッチの写しを観察する。スケッチとはいえ描いた側もよく分かっていないのだろう。ただ水面から、目と、長い鼻が突出されているのだろうと推測できる程度だ。

「証言とスケッチから言って、外界でいうジュラ紀に生息していた恐竜、オルニトレステスの頭頂部に似ているかも。仮に外の世界から来たとすれば、土地の国号を取って"ニッポニア・オルニトレステス"とでもするところでしょう」

「おおぉ………」

 耳を傾けていた一同から感嘆のどよめきが起こった。物腰もそうだが、そんな知識を即座に引き出せるとは、阿求という子供は只者ではない。藤花は胸中で敬服せざるを得なかった。

「でもちょっと長くない?」

 阿求の意見は十分な説得力に満ちており、また学術的な手続きも踏んでいるように思えてけちの付け所がなかったが、小鈴は逆に超庶民的な、しかし同じくらいにもっともな疑問をぶつけてきた。

「ま、今のはあくまで分類が同じか、近いものと仮定して学者が名づけるとしたらっていう想定だからそうしたけど、自警団が作戦を立てる上でそれを連呼するのはちょっと不便かもね。でも凶暴な生物を相手取っていると全員が理解するなら、必要な要素ではある…」

「うん………おおきに」

「そういえば」

 そこで、腕組みして考え込んでいた雷鼓が何か思いついたらしくぱっと顔を上げた。

「外の世界の学問じゃ、発見した人の名前がつけられる事があるそうじゃない。最初に見つけた河童の、あだ名とか無いの」

「あー、確かね、そばかすのある……そうだ、ごましお」

 不運なあだ名としか言いようがない。しかもそれを恐竜につけるのか、と藤花は不安げに雷鼓を振り返ったが、彼女はあくまで真面目だった。

「ごましおが見つけた恐竜でしょ………決まり、ごましおザウルス」

「えぇ……」

 短くなった。恐竜(と思しき凶暴な生物)である点も分かる。問題点は解決したが、逆に言うと問題点しかクリアになっておらず、他がまた問題になっていそうなネーミングだ。もっとこう無いだろうか、藤花が考え込みつつ、助け舟を求めて視線を泳がせていると、もう一人、真剣な眼差しの人物を見つけた。小鈴だ。

「私は……」

 藤花の目が瞬いた。先程から子供に驚かされてばかりいる。きっと小鈴嬢も阿求に負けず劣らず事態の打開策を提示してくれるのではないだろうか。謎の他力本願に憑りつかれつつ、藤花は発言を促した。

「恐竜ならドンがいいと思います。ごましおドン」

「えぇ……」

 まさかのそこ。

「馬鹿な、恐竜ならザウルスと相場が決まってるよ」

 何故そこで粘る雷鼓。

「いえいえ、ドンですよ。通はドンを選びます!」

 物おじせず小鈴は鼻息を荒くし、胸を張っている。まだ反論は終わらない。

「しかも、なんとかドンという恐竜は決してマイナーではありません!プテラノドン、ディメトロドン、シノコノドン、イグアノドン……いずれも根強い人気があります!」

「どこに!?」

 具体的な名前も挙げて自身の説を補強し、小鈴をニヤリと笑う。

「つまり王道を選ぶならドンを付けるんですよ。分かりましたか。それに、私が幼少期に恐竜博士と呼ばれていたという話は、もうしましたか?」

「くッ、くそぉ……」

「あの、あの、一応断っとくけど自警団の生き物駆除の会議やからね、これ」

 ていうか雷鼓もなんで悔しそうにしてるんだ。子供に言い負かされるんじゃない。

 阿求、雷鼓、小鈴と来て、順番が回ってきたと思ったのだろう。にとりも一応と言って発言しようと努力していた。

「話によると、そいつは水の中をかなりの速度で泳いでたらしいんだよね。素潜りの河童も遅くは無いから、それなりだよ。ずばり、"リバー・イーグル"じゃないかな」

「なんでまた横文字やの……」

「や、や。それもどうかと思うな。まだ水棲とわかったわけじゃない。上陸したら"リバー"は余計になるじゃん!」

 雷鼓が、汚名返上とばかりに反論する。

「水棲じゃなかったら陸地で見つかるはずじゃん。それに横文字だっていいでしょ、藤花達なんかババくさいというか、ゆとりがないんだよ」

「なッ、バァ!?」

 にとりの一言で藤花も議長役の肩書を完全に忘却した。阿求や小鈴はともかく、残るメンツの中では一番若いはずだ。

「おのれ言うに事欠いてババアとはええ度胸やん!表出ぇ!」

「おっ、人間ごときがやるってゆーの?」

 最後まで聞き手に回っていながらキレるのが一番早かった藤花を見て、雷鼓も落ち着きを取り戻したらしい。慌てて二人の間に割って入る。

「ちょ、店長さんも落ち着きなって!藤花も!ちょっと嬉しそうに脱ぐのは止めな!子供が見てるって!!」

 上着を脱ぎ捨て、タイを緩め、何故か襦袢のボタンにまで手をかけていた藤花を無理やり座らせる。藤花もため息を一つつくと、腕まくりに留め、事態の収拾へと戻る決意を固めた。

「それやったら、議長のウチが決める………断固、"ズドバン"で」

「え何それは」

「何でもええ、強そうやったら」

 これまで積み重ねてきた生物学、分類学的観点をかなぐり捨て根拠のない"強そう"に裏打ちされた命名に、今度は他が一致して非難の声を上げ始めた。

「ズドバン!?いい年こいてズドバン!」

「だったらズンズンとでもすればいいでしょう!」

「パンダか!だったらフレハリ・モンドべとかにすればレスラーみたいじゃん!」

「やっぱり、最初の案通り、ニッポニア・オルニトレステスで……」

「それやと子供が覚えにくいやろ!」

「外界の台風みたく女性名つければいいじゃん!"ひばりちゃん"で決まりだよ!!」

「くっそーどいつもこいつも毛唐の言いなりになりよってからに!今度やれば絶対勝つねん!!」

「何の話だよ!ごましおザウルスでいいだろ!」

「ドン!誰が何と言おうとドンは外せません!」

「ニッポ…」

「あっきゅんまだおったんか!」

「あのー……」

 ここで、一同は部外者(?)の存在に気が付いた。

振り向けば奨とサキが買い物かごを手に立っており、暗に会計を促していた。

そして彼らの後ろにはまだまだ雑多な妖怪が列を成して待たされており、そのどの目も来客そっちのけでドンとかバンとかで言い争う一同を睨みつけているのだ。

「ひッ…………!」

 その後、一同の悲鳴に基づく「ギェェェン」が公式呼称として発表されたが、誰一人として使わなかったと言う。

 




あけましておめでとうございます。
僕は元気です。

話し合いってクッソどうでもいいところで盛り上がるのは何ででしょうね。
背景キャラとして『玄関開けたら~』より奬くん達に再登場願いました。
さて次の更新はまたいつになるか……

ちなみに藤花が食べている豆腐丼は我々の世界に実在しており、「とうめし」という甘辛く煮た豆腐を載せたどんぶり飯です。
東京の古くからあるおでん屋のメニューに現存しておりますので、興味のある方はぜひ。
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