いつもはひっそりと薬売りに出かけたり、ついでに本部の連絡要員として仕事をそつなくこなしたりしていた鈴仙が、珍しく焦った様子だった。
「永遠亭から連絡は受けましたか?」
「何やの藪から棒に……今日は特に聞いてへんよ」
「こないだの死体遺棄、本部が証拠を持ってっちゃったんですよ」
「え?」
藤花と雷鼓は怪訝な顔をした。重大な事件の匂いがするとはいえ、捜査協力ではなく捜査権を持ってかれたというのだ。藤花は、外界程の縄張り争いは無いとはいえ、管内で起こった事件はその支部が解決するのが常となっている認識でいる。中央で何か手口の似た殺しでも掴んでいたのだろうか。
「誰から聞いたの、それ」
雷鼓も納得がいっていない表情だ。ワニの一件が解決して、竹林支部としても本腰を入れて捜査しようとしていた矢先なのだから、無理もない。
「警備局長からお師匠様へ電話で……」
「海野はんが?」
次々仕事をこなしている警備局長が、手すきすぎて暇ヒマと連呼して仕事を引き受けているのだろうか。それにしても捜査協力で済む話だ。支部の挙げたヤマを掻っ攫って良いはずがない。
「うん、とりあえず分かった……藤花、あとで本部に尋ねてみようか。うちの支部だって忙しくないのにそこまでされてもどうしたらいいか分からないし」
「せやね……証拠って何を持ってったん?銃弾と、解剖結果……。うどんげちゃん、ありがとう。とりあえずウチらも本部に聞いてみて、竹林の巡察が終わったら戻るわ」
「分かりました」
鈴仙は一礼して帰って行った。残された二人は、往来の隅でとりあえず煙草に点火して雑念を紫煙と共に春の終わりの空へと吹き上げた。
「あの海野はんにしては、珍しい仕事の仕方よね」
「ああ、そう思う。えー、明日から何すればいいんだろ」
腕組みして苦笑する雷鼓だったが、本部に行ってみない事には分からないという考えは藤花と共通の認識だったようだ。手土産に銃砲店での旋条痕判定結果でも先回りして聞いていこうか、と提案してきた。
「それはええね。ウチらで処理できるってとこ、警備局長に見せたろか」
*
「該当銃なし……?」
「そうです。口径と重量からして32ACPと思われますが、うちでも微妙に取扱量の少ない代物でして……すぐに照会できたんですが一致するものはありませんでした」
「それってつまり」
銃砲店の店先、店員の言を聞いた二人は顔を見合わせた。
里に他の銃砲店はまず無い。あったとしてもモダンな兵器はまず置いておらず、古くからいる猟師が使う種子島や旧式の猟銃程度、ましてや自動拳銃弾の取り扱いは無い。
また里に売った、もしくは旧警防団から自警団に納入された銃器は全て登録されており、所持者がいればすぐに分かる仕組みだ。データの無い銃身とは、それすなわち店を経た銃ではなく、どこかから拾ってきた、もしくは所有者と共に外界からやって来たものというわけだ。
「それ、自警団は知っとります?」
「いえ、これから竹林支部へ打診しようとしていたところですが」
ここへ来て急に難易度を上げてきた事件の闇に、二人は店への礼もそこそこに自警団本部へと急ぐ。道中、目にする里の市井は平穏そのもので、各支部が手一杯になる程の事件にあふれているとは思えない。藤花は脳裏に湧き上がる疑問をぬぐえずにいた。
と、そこへ見覚えのある顔を見かけた。
「霊夢はん、久しぶりやね」
「あん?ああ、誰かと思えば煙草屋の」
珍しく一人の霊夢に出くわした。今日は流石に明るいうちから酒などをやっている様子ではなさそうで、こちらへ向き直る様子から何やら急いでいる様子であった。せっかくなので昼食でもと誘うには都合の良い時間帯ではあるが、二人もまた本部へ急ぐ身であったので、立ち話程度しかできない。
「どないしたの、またえらい急ぎで」
「どうもこうもないわ、また里で変な道具が出たっていうからそれの調査よ。このところ自警団が原因を教えてくれるから探る時間は減ったけど、こうも五月雨式に用事が来るんじゃあね…」
自警団との協調は悪くはないようだが、霊夢はげんなりした様子で天を仰いでいた。収入や神社の信仰に関わる事でもあるので無下にできないというのが彼女を疲れさせる要因だろう。これから稗田邸に行くと言う霊夢を見送り、お互い大変やねと雷鼓と顔を見合わせた。
*
多忙かと思いきや、警備局長は自室にいた。通された二人の顔を見るなり、ああワニの時のと笑みすら浮かべたが、訪れた二人の表情はやや硬い。
「局長、竹林での死体発見についてなんですけど……」
「その事なら心配いらないぞ。やるべき事はまだ山とあるんだ」
管内の事で君達も心配だと思うがね、と言い添えて局長が机から出してきたのは地図と、何かが羅列された書類だった。実はこちらを各支部にお願いしたいと思っていたところでねと言って差し出すので、仕方なく受け取ってみる。
「違法賭場の疑いがある場所のリストだ。里の自警団員じゃ顔の知れている者も多くてね」
「お言葉ですが局長……これ、どちらかというと風紀課の仕事では……」
藤花がどのタイミングで言うべきか迷っていた台詞を、眉間にしわを寄せて書類に食い入っていた雷鼓がついに漏らした。偉い人間の考える事は分からんと二人して思っていたが、流石にこれは問い質さざるを得ない。
だが、警備局長もそんな質問すら織り込み済みだったのか、そう思うだろう、とまたしても笑みを浮かべた。機嫌を損ねるのではと憂いていた二人は、思わぬ反応に目を瞬かせる。
「そういった賭場でやり取りされているのは金銭だけではない。債権のやりとりをして、借金のカタといって目を付けていた家から一人娘をさらっていく輩もおる。また薬物やヤミ銃器。それは竹林での事件にも通じるものだろう」
「確かに……」
「里内のヤマの捜査は外部協力者にも当たってもらっている。竹林の事件の手がかりが見つかるやもしれんからな」
そういうわけでよろしく頼むよと局長が締めくくり、二人としても威勢よく返事するほかない。僅かに残った疑念は、局長が最後に机から取り出した「個人的な表彰」という封筒でどこかへ失せてしまった。
*
待望の金一封で気を良くした雷鼓と藤花は、永遠亭へ一度戻るとその足で妹紅を伴い屋台へと繰り出し、明日からの潜入捜査の成功を祈って杯を掲げた。
「局長ももっとウチら頼ってくれてもええのになあ」
「最初はエッて思ったけど姫さまよか話が分かる感じだよ。まあ賭場調査なんてさっさと片付けて、竹林の殺し捜査に戻りたいよ」
「何とかなるやろ……なんたってウチら」
「「運が良いから」」
*
人里は、つい先日までの冬の冷え込みを想起して足早に家路を急ぐ人々の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
黄昏時の路地裏はひっそりと静まり返り、家々の隙間に細長い闇を何本も作り出している。時折何か光ると思えば、それは猫の目であったり、塵芥を捨てるために開かれた戸口から漏れる灯りであったりする。
そして、どこも同じような黒に塗りつぶされた里を眺めている人物がいれば、雲間から顔を出した月が路地裏の黒の中を歩いていた二人の人物を見止めたであろう。
並んで歩いている二人は、迫りくる夜の世界に慌てる事無く、歩調を合わせて進んでいる。
「昨日の子どないしたん」
そのうちの一人、藤花が口を開いた。
「午前零時の壁時計の鐘と同時に別れた」
もう一方が問いに答える。そちらは言うまでもなく雷鼓だ。
「ええ子やったやん」
「だって生活変えてくれとか言うんだもん」
「相手を変えたがるもんやからなぁ、女って生き物は」
まだ未練があるのか、口を尖らせる雷鼓の言葉に、藤花は苦笑する。
「今更変えられるかっての……」
ため息交じりに、雷鼓も踏ん切りがついたらしい。それはもしかするとこれから始まる仕事の為に一旦記憶の片隅にしまい直すための儀式なのかもしれなかった。
そして二人は同時に、懐の拳銃を取り出してシリンダーを出し、込められた弾丸の底を確認した。どれも撃針の痕なく、真っ新である。二人はこれまでに、二か所の地下賭場を摘発してきていた。盗まれた美術品やヤミ銃器を巡る賭けが行われており、いずれも関係者がお縄についているが、まだ32口径の拳銃は見つかっていない。
今夜は三度目の摘発となるわけだが、そろそろ裏稼業の人間にも顔が割れてきたようで、このように拳銃を帯びての出陣と相成った。
「無理やろうな」
思い出したように、藤花は雷鼓の言に頷いて見せた。
「こんな面白い仕事、やめられないよね」
*
看板を下ろして久しい雑貨屋、そこが賭場の開かれている場所だった。主人が老衰で亡くなり、生前ギャンブルで作った借金のカタに業者が遺族から引きついたものだが、しばしばそういった裏の仕事に供されている噂のあった建物だ。両隣、正面は飲食店や倉庫になっており、夜半の人通りは無いに等しい。人目をはばかる連中にとって、もってこいの立地だったのだろう。
賭場の人間もおおっぴらに見張りを表に立てておくようなことはしなかったが、ここで開かれるという情報は限られた人物にのみ流されており、入り口で都度顔を確認される。だから玄関で煙草をふかしていた男も、控えめなノックに対して「誰だ」とだけ言って僅かに扉を開けて見せたのだ。
しかし覗き込んできたのは、銃口二つ。息を呑んで慌てて飛び退ると、立て続けに銃声が響き渡り、木戸がめりめりと音を立てていくつもの弾痕をつけていく。
大声で賭場荒らしだ等と叫ぶような下手は打たなかった。ただし大急ぎで奥へ駆け込み、様子を見に来た立場が上と思しき男に耳打ちする。奥から来た男は頷くと、客を逃がせ、とだけ言って部下と入れ違いに銃声の止んだ玄関へと向かった。
その間、藤花と雷鼓は余裕綽々といった表情でスピードローダーを取り出し、得物の銃弾をそっくり入れ替えていた。一連の作業が終わると、木戸を蹴破り、土埃の舞う玄関へとゆっくり足を踏み入れる。
「いくら自警団でも、一般人の財産に発砲はこちらとしても腹に据えかねますよ」
「やくざが一般人なわけあるかいな。……奥に通してもらおか」
そう言うなり二人は、男を先行させる事無くずかずかと奥へと歩を進めた。短い廊下の奥の襖を乱暴に引き開けると、まだ肌寒い夜だというのに鯉口の襦袢を来て半纏を羽織った男が一人。
「客はどうしたのさ」
男以外に人も半丁打つスペースも無い和室をぐるりと眺め、雷鼓が男を睨みつけた。
「連日の手入れでサブがって、見ての通りですわ。ボン(賭博)が開けるような状況じゃないんでね」
しらばっくれる男に雷鼓は思わず舌打ちしたが、そんな短時間に賭場の痕跡を隠せるわけはあるまい。藤花は部屋の片隅で積み上げられた座布団の山へ椅子のように腰を下ろすと、手を隙間へ突っ込んだ。
「んー……まだ温いやんか。炭焼き小屋にでも隠したんか?客」
「まだおっしゃいますかい」
鯉口、腹巻、素足。こんな気温の夜に古式ゆかしい賭場の正装でしかない出で立ちの男は、あくまでもシラを切る。しかし、そんな彼の足元へいっとう似つかわしい物体が、投げつけられた。
花札。月に芒。
藤花が座布団の山に紛れ込んでいた一枚を、つまみあげたものだ。
「現行犯やないとかヌかすんじゃないよ。ヤッパ(手錠)かけたげるから外したかったら本部に自分で行きな」
噛みつきそうな表情の男達に、雷鼓は笑顔で手錠をかけていく。もちろん後から自警団員が追いかけてきているので、彼らの手で正規に連行されるだろう。
「客が逃げちゃったなぁ」
「まあ、裏手のうどんげちゃんが捕まえるやろ。姫様のとこにも花持たせとかんと、ひがまれるしなぁ」
無事摘発のスコアを伸ばして鼻高々の二人だったが、裏口から出てみると表情が変わった。
数名の客と思しき男女を連行する自警団員の後ろから、鈴仙がすまなさそうな表情で歩いてきたのだ。
「すみません……一人取り逃がしちゃいました」
「逃がした、て……」
「もう、世間に兎がトロい動物やと思われてしまうやんか。なんで逃がしたん」
「それが、追っている最中に銃で撃たれて……」
鈴仙の言葉に、雷鼓が手を振って苦笑した。
「言い訳するにももうちょっとマシな嘘をついた方がいいって、私らが中にいたんだよ。表で、この場合は裏か。裏口で銃ぶっ放したら音で気づくって」
だが鈴仙の表情はあくまでも真剣だった。上手く言えないんですけど、と追加したうえで更に説明する。
「パチンコや弓矢じゃなくて、ほんとに銃だったんですよ!それが、異様に音が小さいというか、ほとんど聞こえなかったんです」
その言葉を聞いて、藤花も怪訝な顔をした。
「音のしない、拳銃……?」