警備局長から指定されていなかった賭場の摘発は、思いのほか反応が大きかった。
ある程度は怒られるだろうと思っていた藤花と雷鼓であったが、輝夜の叱責ではなく本部からの直々の呼び出しと聞かされた時は、思わず顔を見合わせたものだ。
曰く、「リスト外の賭場については違法性を調査中の段階であるので、あまり見切り発進で踏み込まれて空振りに終わると自警団の威信に関わるので止めるように」という事だった。
「そうは言ってたけどさ、昨晩の賭場だってヤミ物資のやりとりがあったわけだし、だからこそこっちが踏み込んだ時に慌てて客を逃がしてたんじゃん。むしろ棚ぼたで誉めてもらいたいもんだよ」
昼食の為に立ち寄った食堂で、雷鼓は味噌汁をすすりながら険しい顔をしている。里に顔を出しつつ暮らしていく為の収入源としては唯一の自警団勤務がそんなようでは、やっていけないというのが彼女の主張だった。煙草屋と二足の草鞋の藤花とは重みが違う。
「やっぱり」
雷鼓と対面して腰を下ろす藤花も、鶏そぼろと共に甘く煮込まれた大根を麦飯に乗せてかっこみ、全体的に淡い色の膳を平らげている最中だ。
「警備局長から来る話、全体的におかしいと思うねん。証拠をうちから持っていったり、捜査からウチらを外したり」
「藤花もそう思う?」
ねっとりと口内を満たしていた大根と麦飯のでんぷんを、漬物と茶でさっぱりと洗い流し、雷鼓の問いに藤花は再度首肯した。
「本筋の殺しについては何の進展も聞かされてへんやん。賭場のヤミ物資摘発が関係あるんは確かやけど、それよりも」
摂取作業を中断した藤花が声を低くし、上体を前に倒すと雷鼓もつられてそれに倣った。
「殺しに使われた32口径、該当銃なしっていう銃砲店の話は、ウチらに初めて話したって店員も言うとったのに警備局長は何でヤミ銃が使われたって知っとったんやろ?」
藤花の言に、雷鼓は一秒ほど固まっていたが、思わず机を叩いてその手で藤花を指さした。その通りだと言わんばかりのひらめき方だ。
「そうだよ!私らに話したから店から直接返答はしてないはずだよ。私らが捜査に加わったら真っ先に報告して警備局長からの株上げようってんで隠しといたのに出さずじまいだった情報……を、なんで局長は知ってたの?」
「ウチに聞かんといてよ……」
藤花が眉を下げて困惑した表情をしてみせる。ただ一つだけいえる事があった。
「今回の事件、ウチらで独自に動いた方がええかもしれへんね」
彼女の提案に、雷鼓も異存はないようで頷く。藤花は物入れから小さな金属の塊、支払いのほか占いや物事の決断にも使われるコインを取り出した。
「じゃ、これでどっちがやるか決めよか」
「よしきた。じゃあ私は黄金色の面で」
「……どっちも黄金色やねんけど」
藤花は指先の硬貨を弄び、雷鼓へ両面を見せる。額が小さい硬貨は里でも使用する機会が少なく、そうやって彼女らの順序を決める儀式ことコイントスくらいにしか使われなくなっていた。
「分かったわかった、じゃああの、ハトがびゅーんって飛んでる方!」
雷鼓の指定が済むと藤花が親指で小気味よい音と共に硬貨を跳ね上げ、手の甲で受けてさっともう一方の手が覆い隠す。
両者の注目を浴びながら結果が開陳されると、なるほど一銭硬貨の面は鳥類の刻印を上にして出てきた。思わず雷鼓がガッツポーズをする。
「ィやったぁ!真実はやっぱり私の手で明らかにしなくっちゃなー!」
だが喜ぶ雷鼓を尻目に、藤花は呆れた顔を崩さず、静かに言い放った。
「これ、ハトやなくてカラスやねんけど。おばちゃーん、お勘定お願い」
「がくーっ」
*
結果、雷鼓が表向きのリストアップされた賭場の捜査を継続し、藤花は一旦竹林へ戻って永遠亭に保管されている僅かな写しからの再調査を実施する運びとなった。
コイントスに不本意な結果で敗れた雷鼓は、不機嫌な表情で街角で待機している。視線の先には夕方から賭場が開かれるという空き家が雨戸を閉ざし、午後の往来の中で一段黒々と横たわっていた。
「あんな話聞いた後じゃあね……結果が分かりきったような賭けに付き合わされてるのと同じじゃん。面白くないなー」
彼女も付喪神だけあって物に八つ当たりするような不遜さは持ち合わせていなかったが、短時間で次々と消費される煙草は胸中に隠された苛立ちの数少ない発露と言えた。
「それなら証拠なり証人見つけてキョクチョーに突き付ければいいのに」
壁に寄り掛かっている雷鼓の足元から、退屈しきった子供めいて間延びした声が打ち上げられてきた。見れば彼女の足元には柔らかそうな白い耳が一対生えており、それは周囲を警戒するようにひょこひょこと動いている。持ち主は藤花の代わりに竹林からやって来たてゐだ。退屈しのぎに枝で吸殻を集めたりかきまぜたりしていたらしいが、それにも飽きて持ち場を離れかねない勢いだ。
「今の段階じゃしらばっくれられて終わり、じゃないかなー。だからさっさと賭場に出入りしてる人間で局長とつながりがある奴をとっ捕まえたいとこなんだけど……」
むずがゆい思いなのは雷鼓も同じだったようだ。もー!と叫んで立ち上がったてゐに、「裏口を張ってみるか」と提案したのだ。
裏路地は店舗の入り口も無く、一足先に暗くなる。この雰囲気を前にして、カムフラージュの賭場であっても何か出くわすのではないかと雷鼓も内心期待していたのだ。ただ現実はそう都合よく事が運ぶわけがないという訳か、路地はシンと静まり返っている。
しかし、ひとつの裏口が軋んだかと思うと、光の筋が裏路地の冷たい地面を切り裂いた。雷鼓達は慌ててゴミ箱の影に身を潜める。遠くてよく分からないが、「その調子で頼むよ」等と誰かが用件を済ませて出てきた様子だ。
ゆっくりと顔を出し、立ち去る人影の顔を戸口からの灯りで見止めた雷鼓は愕然とした。傍らのてゐが、怪訝な顔で彼女を見上げる。
「どうしたのよ」
「あれ……自警団の海野警備局長」
私服に帽子で隠されていたが、雷鼓は裏路地の暗がりで照らし出された人相を見誤る事は無かった。
事態の展開を面白く思ったのか、てゐも目を輝かせる。悪い奴相手ならば里の中でも心置きなく悪戯を仕掛けられるからだ。
「追いかけてみようよ!」
俄然やる気を見せるてゐに対し、雷鼓はあくまでクールさを忘れなかった。しばし腕組みをして考え込み、去りゆく局長達の背中を目で追う。
「いや……局長は次だ。……一連の事件、黒幕が局長ならもしかしたら竹林の殺しは連れの男の仕業かも。後を尾けてみて、分かれるようなら男を追うよ!」
*
雷鼓達の張り込みが進展を見せる頃、藤花は永遠亭の静謐の中で警防団時代からの資料と永琳が用意した数少ない竹林事件の捜査資料へ目を通していた。
本部が捜査資料を引き取りに来るまでに作られた範囲でしか写しは存在しない為、残りの部分すなわち死んだ男の素性や里からの足取りについては所持品の資料や服装から推し量るしかなく、推理には慎重を要した。
だが、いま彼女の興味を引いていたのは海野が警備局長へ上り詰めるまでの経歴だった。外来人である彼は、幻想郷へ来て早々にスペルカードの才能を発現させている。いわゆるフリーで活動していた間は、時折里の内外の著名人と衝突していたこともあり、その点は高堂や他の外来人のような野心型もしくは問題児と言い換えて差し支えない手合いのように思える。
だが、里で「何でも屋」を始めたあたりから彼の地位は向上の兆しを見せていた。高黍屋から持ってきた文々。新聞の過去大小の異変に関する記事の片隅に、「友人と開業した……」という一文を見つけた。何でも屋と言いつつ用心棒めいた業務内容であったようだが、奇妙なのは彼が旧警防団に入ってからその友人とやらの記述がぱたりと途絶えた事だ。幻想郷へ来るという事態を考えると、せっかく合流した友人と袂を分かつとは考えにくい。
それに警防団でも彼は変わらず成績を上げ続けており、藤花らがミサイル騒動に躍起になっている間も、何やら表彰されている。
「んー?……強盗、窃盗、盗品売買、人身売買、無届賭博、同じく、盗品売買……」
傍らの紙片に、海野が解決した事件の内容を書き連ねて行った。興味深い事に、発生後に制圧に赴いたような事件を除き、大半が水面下の売買の摘発であった。
「大半が初犯て……」
ついでに摘発された賭場や地下競売の詳細を見たところ、ぽっと出の泥棒が売りさばこうとしたであるとか、少なからず任侠めいた色合いを持つ業界へ参入しようとした新参外来人が多数だった。
藤花の頭をよぎったのは、リスト外の賭場の様子だった。客を逃がす手際と言い、外界でも通用する狡猾さと組織力だ。おまけに無届け銃器の援護もついていた。これほどまでに根を下ろした組織犯罪の匂いがしていながら、何故海野は新参者ばかり逮捕しているのだろう。
「……癒着と、汚職の匂いがする」
同じく外からの身でありながら、外来人は道具だけでなく新手の犯罪まで持ち込むのか、と小さくため息をついた。
だが目星はついた。黒幕は海野だ。おそらく里のどこかに、海野への密告者と、竹林の男を殺した人間がいるに違いない。藤花は書類と上着、そして拳銃を引っ掴むと表のどこかで待っているであろう妹紅の下へと走った。
「お待たせ妹紅!あれ、妹紅おるー?」
屋敷のどこかで姫様が執務中の今、大声で呼ぶのははばかられるが、事は急を要する。一刻も早く雷鼓に伝え、次の手を打たなければならない。
「やー、ごめんごめん」
一度竹林の入口へ戻っていたのか、竹の青い簾の奥から、妹紅がひょっこりと顔を出した。
「ああ、そこにおったん……もしかして忙しかった?」
「いやいや、例の白い覆面車が見つかったって連絡が入ってさ。それを受領しに行ってたんだ」
「ほ、あれが?」
高堂討伐の折に乗り捨てたと思っていたアルファが、見つかったらしい。里へ乗っていくかと提案してくれたので、それに甘えさせてもらう事にした。
*
「……分かれたね」
「局長は本部の方向に歩いていくな……よし、予定通り男を尾行するよ」
藤花が海野の陰謀に確信を深めている中、こちらも事件の核心に迫りつつあった。男は色を変え始めた空の下、往来に溶け込んでゆっくりと歩いている。鈴仙の話が確かなら、消音拳銃を持ち歩いている恐れもある人物だ。迂闊に手は出せない。
「藤花は何してんのかな。海野の尻尾を掴んで来たなら、完全なクロだけど」
「でも、何でギャンブルで人死にが出るの?……あっ、口移しか」
「何を移すんだよ……口封じね」
呆れ顔の雷鼓をよそに、男は黙々と歩き続けていたが、やがてとある角を曲がり、姿を消した。二人も続き、曲がる直前で壁に身を寄せて行く先をそっと窺ってみた。
「増えてる……」
てゐの悪目立ちする耳を押さえながら、雷鼓はこめかみを指で掻いた。人影は、ずっと尾行してきた男のものと、それよりずっと背丈の低い影がひとつ。傾いた陽が深い黒の影を作る側に身を寄せていかにも怪しげな雰囲気であった。
「あッ?」
「どしたの」
「あれ、貧乏神姉妹の……」