てゐの耳がはみ出して気づかれぬよう、雷鼓は彼女の頭を押さえながらしばらくジッと様子を窺っていた。
「あれは……妹の方だな。貧乏神疫病神姉妹の」
どういう訳か、彼女は変装している。いつもであれば里の数少ない洋装の人物の中でも悪目立ちする艶やかな装いでほっつき歩いている印象であったが、今日は違った。わざわざ姿を変えて怪しげな男と会っている。何らかの後ろめたい意図があるのは明確だった。
「この後どうするんだろ。あ、分かれた……げ、こっち来る!?」
厄介な事に、依神女苑が俯き気味に足を向けたのは、里の中心へ戻る方角、すなわち雷鼓とてゐが身を潜めている角に向かってであった。慌てて頭を引込め、周囲を見渡すと店じまい直前の雑貨店が入り口を開けていたので二人してそこへ飛び込んだ。とりあえず手近に積まれていた雑誌を取り、立ち読みを装ってみる。
「こ、こぉら、てゐ、あんたの買い物についてきたんだからそんな雑誌見てないでさっさと用事を済ませなー」
「えー、でもホラ見てよこれ。写真凄くない?」
「寄り道ばっかりしてると……ほんとだ、凄ぇ…」
てゐが店先で取り上げたのがよりによってゴシップときわどい写真まみれの雑誌だったおかげで、却って悪目立ちしそうな変態コンビになってしまったが、女苑の足音は速度を変える事無く店の前を通り過ぎ、そして小さくなっていった。二人はジトリとした目でそっと振り返ってみたが、彼女の姿は無く、途中本気で写真に食い入ってしまった為に後姿すら見えなくなっていた。
「あっ、やべ、見失っちゃったよ……」
「っと、こんなところにおった」
雷鼓が女宛の姿を求めて店を出ると、里へ急行してきた藤花が通りがかったところだった。
「リストの調査はどないしたん」
「いやいや、サボってたわけじゃないさ。今日の店、あえて裏口を張ってたらさ。誰に会ったと思う?」
「待って待って、ウチもどうやら真相につながる証拠掴んできたっぽいところやねん。一斉に答え合わせしようか」
「よしきた。せーの」
「「海野が犯人」」
声は全く重なった。異なるルートから頭を突っ込んで鉢合わせしたのだから、これは信憑性が高いとみて違いない。
藤花は永遠亭でまとめ上げた情報を整理し、手帳に記している。まずは彼女の推理からだった。
「海野は友人を使って賭場のチンコロ(密告)さしとったみたいやね。それで旧警防団の信用を得て、急成長しとる。今回の事件でも、ウチらに雑事を押し付けて"外部協力者"に捜査を手伝わせとったけど、その協力者というのがどうもあいつのお友達と同一らしいねん。里の裏稼業がズタズタになったんと、あいつが一介の捜査官から自警団幹部にのし上がった時期は一致しとった。これは一種の汚職やね」
竹林の殺しは、遺体を持って行かれてしまった為に現物を見る事は出来なかったが、検視結果には致命傷となった銃弾の入り口は"皿状に広がった大きな銃口を押し付けられたような"丸い痕があったという。大きな痕がついているものの銃弾は三十二口径と小粒だった。これはおそらく、消音拳銃を使用した痕であり、口封じに殺された男だろうと断定出来た。
「鈴仙が逃げた客を追ってた時も同じ銃で撃たれてる。下手人は同じってこったね」
雷鼓も頷いた。どちらの事件でも、自動拳銃用の弾薬でありながら薬莢は回収されていない。藤花は英国製の暗器"ウェルロッド"の名を挙げた。
「海野を黒幕として、お友達は一人ないし二人。中核はそいつらやろうね」
「そこでだよ。私らも今日いろいろと見かけちゃったんだ」
「面白くなってきたやん」
藤花もニヤリと笑って懐から一本取り出す。夕闇に白く、目新しい白い煙が立ち上って霧散した。
「賭場の裏口からこっそり、海野警備局長その人が出て来たのさ。お友達も伴ってな。んでそいつは、さっきそこで依神女苑と会ってた。貧乏神を賭場に紛れ込ませれば、密告とみかじめで得られる銭、疫病神効果で巻き上げられる分と合わせてターゲットから巻き上げれば莫大な金額になるだろうね」
これで、このところ犯罪者より妖怪の方が好きそうな霊夢までもが自警団の依頼で忙しそうにしていたのも説明がつく。自由に動かれて貧乏神を退治されてしまっては元も子もない。海野という男は随分てきぱきと仕事をこなすと思っていたが、竹林の殺しの隠蔽と合わせて、ほとぼりが冷めるまで妖怪退治のプロを含めて正規の自警団員を遠ざける狙いがあったのだろう。
「答え合わせは盛り上がってるけど、これからどうするの?」
聞きに徹していたてゐはつまらなさそうに、腕組みをして二人を見上げた。
「決まってるやん」
「貧乏神をとっ捕まえて、海野のお友達を手繰り寄せる」
「最後に警備局長もパクリといくさ」
*
てゐには通常の捜査を続けていると報告させるために一旦竹林へと帰し、今夜ガサ入れする賭場をどうするかを雷鼓と話し合った。海野が裏口から出てきたという賭場は、リストに名が載っている。裏で私腹を肥やす彼が資金作りの重要な要素である女苑を行かせるとは思えず、それ以外だろうというのが大方の予想である。
「運の良さを頼ってリスト外の場所へ行ってみるかい?」
「それは、どうやろな……いくつ立つかも分からへんし、そうするならもっとええ方法がある」
藤花がふと思い出したように周囲を見回した。雷鼓は首を傾げ、まだ真意を掴みかねていた。
「ウチらが独断でガサ入れしたとこ、あったやろ。あそこの元締めをしとった鳴田はんってヤクザ、今日が釈放のはずやで。本部やと海野の横槍が入りそうやけど、出てきたとこで"ちょっと立ち話"する分には、ええんちゃう?」
「そうかぁ……それだ」
30分後、自警団本部の留置所をひっそりと出された鳴田という男を窺う二人組の影があった。
殺しや強盗といった強行犯でもなければ、ここでも外界と同じく保釈金を積んで釈放を早めるのが常だった。彼の釈放を聞きつけていた藤花らは、それを待ち受けたのだ。
出迎えの部下が来ていると言っても二人組のみ。狭い幻想郷の人間社会、市井の一角とはいえある程度の顔が効く彼にしては随分と小ぢんまりとしている。
と、彼らの行く先に何かが落ちている。部下の一人が拾い上げると、財布であった。
「あアアァーッ!」
「どないしたん雷鼓はん!?」
「私の財布が無いィー!どっかで盗られたに違いないわー!どこだー!誰だー!見つけ次第生き胆抜いてステージで食らうパフォーマンスしてやるうううあ、意外といいかもそれ」
彼らの前方10メートルで、二人組の女性が突然騒ぎ始めたのだ。そして一通り何やらわめきたてた後、予告なしに急に振り返り、男たちを指さす。
「いたああァ!あいつらだー!」
「現行犯やァァァァ」
「な、なんだ貴様ら!」
藤花と雷鼓が敢然と走りだし、財布を手にした男と鳴田に飛びついた。だがあくまで親分である彼は渋い表情だ。
「何のつもりだ。俺ぁ今日釈放されたばかりだぞ。訳の分かんねえ手段に出るんだったら、こっちも抗議させてもらうぞ」
「ま、とりあえず話聞かせてもらおか」
激昂する寸前の鳴田を、藤花は有無も言わせず向こうの方へ引っ張っていく。部下二人は健気にも「親分!」と叫んで後を追おうとするが、雷鼓が拳銃を見せて立ちはだかった。
「用があるのはあん人。あんたら動くんじゃないよ」
雷鼓の手にしている拳銃による威圧もあったが、藤花が引っ張っていく先が自警団本部に向かう方向ではない適当な路地であった事が彼らを困惑させた。彼らは、ただ引っ張られていく鳴田と藤花の後姿を見送るほかになかった。
部下の視界から外れると、藤花は鳴田を引っ張る力を緩めた。
「堪忍な。ああするほか無くて」
「どういうつもりだって聞いてンだ。それに納得いく答えが出せねえんなら……」
「海野から何て脅されたん?」
「何だと」
藤花は懐から煙草を取り出し、点火した。物入れに片手を突っ込み、もう一方の手は煙草入れを鳴田の方へ差し出す。
「あんたんとこ、シノギは賭場の一本どっこで頑張っとったやん。それが急になんで無届の盗品を扱い始めたんよ?」
「あんた、もしかして」
鳴田は静かに藤花の煙草入れから一本取り上げた。すかさず彼の眼前に火の点いた燐寸が代わりに出てくると、彼も自身の一本に点火する事が出来た。
二人して一息の紫煙を吐き出すと、藤花は再び口を開く。
「ウチが狙っとるんは、海野と、そこで使われとる貧乏神の行方やねんけど。真面目に極道やっとるあんたが、官憲と癒着はしても使われる側になっとるんは、訳がある思うてね」
「半年ほど前だ」
これだけ気を利かせれば、誰だって藤花が上意下達の組織人ではない別の意図で動いていると予想できる。鳴田が口を開くのは早かった。
曰く。
彼の下で開かれる賭場に、見知らぬ女が増えているのに気付いたという。常連の紹介だと聞かされ、当初は気にも留めていなかったが、数日立て続けに負けた客がイカサマだと自警団にたれこんだらしく、自警団外部協力者の辰宮と名乗る男がやって来たというのだ。
言いがかりもいいところだった。しかし瞬く間に部下を数人虐殺され、従うほか無かったという。司法取引でもないのに自警団の命じるように賭場を開く事を強要され、上納金らしきものもふんだくられていた。
要は、海野の押収品や盗品、他のやくざから巻き上げた金品の浄化や横流しの実行犯をやらされたのだろう。便利に使われていた結果、藤花と雷鼓が踏み込んでも手出しさせなかったに違いない。
「今日、他のボン(賭場)が開かれる場所と時間。教えてくれる?」
「さァな……今夜なら、九つから、船着き場近くの嘉行屋っていう料亭でやるって聞いたが……うちじゃねえ。シマ荒してた別の組の下のモンがやってるはずだ」
「他に、開かれるとこは無いね?」
「あぁそうだよ」
鳴田の言葉に、藤花は満足げに頷いた。どうやらリストの賭場はほとんどがダミーのようだ。海野の策略であるが、とんだ無駄足を自警団総出で踏ませているらしい。
彼女は鳴田達を解放すると、待っていた雷鼓にウインクし、二人肩を並べて川辺へと向かった。
*
暮れの押し迫る船着き場は、外界の情景を彷彿とさせる数少ない場所だった。古めかしい川漁師の小ぢんまりとした木造船ばかりだが、船や橋というのは遠くまである世界というものをここまで思い起こさせるものなのだと知る。
「貧乏神、とっ捕まえたらどないしようか」
「竹林の中に一旦保護してしまえば、おいそれと襲われないんじゃないかな。仮に海野の殺し屋が追ってきたとしても里の人間が単身で来られるようなところじゃないし」
「一人は辰宮って名前らしいってのは分かったけど、もう一人おるんかなぁ」
今宵のフォーメーションについて討議を重ねていると、嘉行屋とされる二階建ての建物が周囲より一回り大きくそびえていた。
名の知れた店であるから、自警団幹部が常連として懇意にしていても無理はない。或いは主の弱みでも握って賭場の会場にするよう強要したのかもしれない。
*
店内では、暖色の灯りが畳敷きの座敷を照らし出していた。横長の部屋は参加者と共興人が対面して並んでおり、間には白い布を張った板が天の川めいて夜の賭場の風景にまぶしい。
藤花がボン(盆)と称している通り、行われているのは手本引で賭けの対象が金ではない事を除けば博徒の良く知る情景である。どこぞの外来人が持ち込んだのか、サイコロ賭博よりもスリリングだとして金銭がかかっているかを問わずそこここで開かれていた。
そしてそこへ最後に入室した客、僅かに会釈して一枚の座布団を用意された女性。それは雷鼓の尾行から逃げ出した依神女苑であった。
海野の指示か、彼女はいつもの出で立ちを捨て、遊び好きな商家の娘といった様子でつくねんと腰を下ろしている。人間で言えば若く、それなりの器量を持った連れを同行させていそうなものだが、彼女は一人客であり、それ故かすぐ隣の男などは賭け金を数える合間にちろりと彼女の方を垣間見たりしていた。
そのような一部を除いていわゆるカタギの旦那衆は胴元の一挙一動を見守っているが、そこに藤花らの姿はない。彼女たちは、未だ嘉行屋外の塀で声を潜め、何やら問答していた。
「やっぱ、こっそり入った方がええって」
「別にいいんじゃないの、ガサ入れなんだから」
「店の人間もグルやと、逃がされてまうかもしれへんやろ」
「……どうするつもりなの」
成人男性程度の高さの塀は、無理すれば乗り越えられなくもない。そして中からは、賭場とは異なる部屋で騒ぐ男女の集団の声が漏れ出でてきていた。
「あれ、寺子屋の同窓会みたいやね」
「まさか」
「同窓会やったら、もしかしたら知り合いで押し通せるかもしれへんやろ」