闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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永遠の竹林支部⑪

 女苑を床へ転がして弾が当たらぬように押さえつけ、机を蹴倒し、拳銃を引き抜く。そうしている間にも、二人の視線は今しがた破られ、黒一色の船倉に突如として切り抜かれた四角い群青の一部分、すなわち入り口へと注がれていた。

「はーい、ちょっとお邪魔しますよ」

 藤花は、思わず「また?」と口走ってしまう自分を止める事が出来なかった。

 無論、外界でも幻想郷でも出会ったことは無い。しかしながら闖入者の発言は、藤花が今まで相対してきた外来人、特に十代半ばの男性外来人の口調に酷似していたのだ。

 気軽に文字に起こすなら、語尾に音符でも付して活字をねちっこく練り上げたような口調。

「外来人って、あんなんばっかりなん……?」

「藤花もお仲間じゃん……」

 人生でそういう時期があるという事実は藤花も心得ている。自身だって周囲に耽美派に熱中し、何やら日々の生活に真似た要素を散りばめている同年代を見た事もある。だがそれを寄せ集めて何になるというのか。もしかして自分も慇懃な外来人バリューセットに組み込まれていたりするのかと若干恐れ戦きつつも、戸外のねちっこい丁寧語に怒鳴り返した。

「邪魔するんやったら帰ってんか」

「そうはいかないんですよ。我々は仲間を決して奪われるがままにはしておけないので」

「それなら、残ってるお仲間と一緒にこっちに加わったらどうだい。悪いようにはしないんだけどね!」

 雷鼓もこの短時間に随分と鬱憤が溜まってしまったらしく、いらついた様子で顔も覗かせずにただ声を張る。

「アナタ方が主宰ではあの人の相手は無理です。それに」

 辰宮と思しき男が言葉を切った刹那、戸外に何か確かな質量を持った物体が着弾した。

 藤花は思わず耳を押さえそうになる。何も彼女が人一倍臆病だからではない。船倉の三人が感じた衝撃と轟音は、砲弾のそれと錯覚してもおかしくはない規模だった。

「何今の」

 藤花は心労で目尻が落ちそうになる感覚を振り払いつつ、恐る恐る障壁にした机から頭を出して左見右見。呆れたような声を漏らす。

「大砲や擲弾器、ていう感じじゃないね。びっくりさせるつもりなら、最初に使うタイプの武器だし」

「同感」

 藤花も雷鼓も、荒っぽさでは負けず劣らずのはずであったが、藤花も雷鼓も、荒っぽさでは負けず劣らずのはずであったが、こう方向性の違いのようなものを感じて飛び出す事が憚られる。

こんな状況下でも口から取り落とされなかった紙巻の紫煙が、隙間風にあおられてさんざめく。それを見つめて落ち着きを取り戻すほかになかった。

「もう、私を解放しなよ!そうすれば見逃してくれるんじゃないの。ね?」

「ネッ、やないねん。解放っていうのは悪い事からされるもんやろ。悪い事してるんはどっちかって、一目瞭然やろ」

「随分長いですね。相談事は終わりましたか?」

 気の利いた返しを考えていると、またしても身を隠す廃船ごと揺らす衝撃。

「あッ、あッ、あいつ何べんも撃ってきよる」

 藤花は永遠亭で目を通した過去の新聞記事の記憶を掘り起こす。確か、海野も含めて何でも屋を起業した連中は何かしらの能力を持っていたはずだ。

 藤花達が身を隠していた廃船は衝撃を受けてすでに至る所が歪んでおり、船倉も最早暗闇ではない。中から撃ち返される危険を除けば、あちこちから内部が見えるまでになっているはずだ。ここも安全ではないと判断し、藤花は脱出の用意を図る。

「ら、雷鼓はん。弾幕とか撃てる…?」

「いや、できるけどさ……あいつ自警団外部協力者の立場なんでしょ。てことは撃ち返したら私ら、誘拐犯って事になるんじゃないの……?」

「まずいか、やっぱり」

 藤花の絶望した顔を見て、雷鼓も別にやりたくないわけじゃないんだよと念押ししてから、小さく首肯する。

 致し方なく彼女達は、散乱していた鉄材や棒切れを使って床板を引っぺがし、船底へと転げ込んだ。

 陸に引きずり上げられた船は、手入れされる事無く朽ちかけている。藤花達は大きく隙間のできている箇所を見つけると、雷鼓のドラムスティック連撃で穴を開け、一転してきりりと冷えた月影清かな夜の地面へと落着した。

 雷鼓が女苑の手を引き、藤花がしんがりを務めて一目散に車の方へ走る。

 伏兵を警戒してあちこちに目を向けていた藤花だったが、幸いにして辰宮以外の人間は来ていないようだ。これでますます、海野が個人的に彼女らを秘密裏に処理するつもりなのだと確信した。

「車は無事やろうか?」

「大丈夫みたい!……うん、細工もされてないみたいだ」

「そうと分かればさっさと逃げるで……!」

 船着き場の片隅にひっそりと伏せていたシトロエンは何故か無事だった。これを壊しておけば押しとどめられたのかもしれないというのに。

 エンジンの唸りを上げる車の後部座席に女苑を押し込み、自身も乗りながら、藤花は嫌な予感が脳裏をよぎった。

 

   *

 

 本気で逃げにかかれば旧式のフォードなど敵ではなかった。シトロエンDSは滑るように里の道を駆け、ところどころ迂回して竹林へと無事に辿り着いた。

二人はシトロエンを竹林の入り口、炭焼き小屋の陰に隠し、日付が変わる前に永遠亭へと舞い戻り、就寝前だった輝夜を呼び寄せる。

 容疑者の身柄確保の報告であったが、それを聞く輝夜の表情は硬いものであった。

「輝夜はんが起きててくれて助かったわ」

「別に、ここの誰かの為じゃないわ。……さっき、本部から連絡があったの」

「本部て……」

「あちらの言い分はこうよ。貧乏神・依神女苑は別件で容疑者として挙げられていて、本部の刑事が泳がせていたところだと。竹林支部の令状なし、現行犯といえる証拠もなし、だから、身柄を引き渡せと」

 藤花と雷鼓は目を丸くした。力づくでも取り返すというのか。それで輝夜も悪者扱いになるとしてもだ。

「ちょっと待って!」

 藤花はあくまでも食い下がった。座する輝夜の前に横たわる机に手をついて上半身を乗り出す。

「海野は、博麗分団……支部に雑事を押し付け、わざわざ退治できないように身内を遠ざけてたんです!他の誰にもパクられないようにやで!」

「だからうちから捜査権を持ってったり死体を回収したりしたんですよ!」

 雷鼓も輝夜へ詰め寄った。このままでは自分達のみならず、永遠亭のメンツまで丸つぶれである。それも、悪人をのうのうとのさばらせたままで。

「私だって、おかしいと思うわよ。でもね、現時点で貴女達の自警団、いや、里での立場は非常に危ういものなのよ」

 輝夜の心境は痛い程に分かる。しかし、後半の言葉は支部長としての立場からのものだった。その中で最大限部下を気遣っているだけに、藤花は組織の暴力に抗う精神が不良少女時代以来に湧き上がってくるのを感じた。

 だが、直後の輝夜の言葉が、藤花らを硬直させた。輝夜は目頭をこすりながら、手綱を振りほどこうと暴れる部下二人を抑えるため、やむを得ず最後の手段を選ばざるを得なかった。

「今この場で、手帳と拳銃を出しなさい」

「輝夜は…」

「いいから出しなさいッ!」

 机を叩く音が、永遠亭の静謐を破った。

 

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