闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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永遠の竹林支部⑫

 輝夜は、二人を睨めつけたまま動かず、その視線は相対する二人を貫いて放さなかった。

 最初に動いたのは、藤花だった。輝夜のそれと絡みついていた視線をようやく解き、懐とそれから腰の銃をそっと机に置く。雷鼓は、その様子をまるで他人事のように信じられないと言った目で見ていたが藤花が銃を置き終わってからややあってそれに倣った。彼女は、銃は一丁だ。

「…………………………………」

 誰も言葉を発しない。机を叩いた輝夜は後悔したのか沈黙を以て部下を押しとどめる事にしたのか。藤花達も支部長としての立場で話さざるを得ない輝夜を慮って、口調を荒げて抗議する事も出来なかった。

 最後に、二人が黒っぽい自警団手帳を拳銃と並べて静かに置いて無言で部屋を出ていってから、ようやく輝夜はやるせない気持ちを息に込めて吐き出したが、それを聞く者は他にいなかった。

 

   *

 

 女苑の移送は、永遠亭の兎達が夜明けと共に行う事となっていた。

 事件が、藤花達の手から離れようとしている。

二人は、迷いの竹林のすり抜ける風を避けつつ、永遠亭を静かに離れた。誰も口を開かず、ただ外套に身を包み、肩を並べて永遠亭の屋根を共振させる風の音の中で目が前のみを見据えていた。こんな時間でも妹紅は迎えに来てくれると言う。藤花達は迷わず行ける限り、ゆっくりを歩を進めている。

「藤花」

 最初に沈黙を破ったのは、雷鼓の方だった。藤花は応答こそしなかったが、その眉が少しだけ上がり、物思いにふけっていた状態を解いた事を表す。

「同じ事、考えてそうだね」

「最後の相手にして不足はあらへんからね」

「くたばったりはしないでしょ……運が良いから、私ら」

 物入れに手を突っ込み、雷鼓は皮肉っぽく笑った。それは失職の自暴でも、悲壮美への陶酔でもなく。ただちょっと相手が許せないだけの事だ。

 妹紅が来るまで、まだ少し時間がかかると踏んだのだろう。藤花は煙草を取り出した。一本を指に取る、少し間をおいて、煙草入れを雷鼓へも差し出した。それに気付いた彼女は、少し笑って一本貰い、風の中では難しかろうと思慮したのだろう。白光するライターを取り出し、風の中で擦った。お気に入りのグループだという音楽集団の意匠が彫り込まれた米国製オイルライターは、そんな環境下でも一発で火が灯り、二人の顔を暖色に染め上げる。

 雷鼓の差し出す火種を、藤花は遠慮がちに筒先を突き出して受けた。彼女の両手は、杯を形作ってライターの炎を包む。自身の煙草から紫煙がたなびくのを確認すると、その手を構えたまま、雷鼓が点火するのを手伝った。

互いの口許に火が灯ると、二人は静かに笑って一服。これから起こるであろう騒動に高鳴る胸を抑えるように、深呼吸めいて煙を吹き上げた。

 

   *

 

「これどうやって使うんだっけ」

 明け方、古めかしいステーションワゴンが未舗装路に肩を震わせながらゆっくりと走っていた。ハンドルを不慣れな手つきで握るのは鈴仙であり、施錠された後部席には女苑がうつむきがちに座っていた。疑問の声を漏らしたのは助手席に陣取るてゐ。無線機に手をかけたが使い方が分からなかったらしい。しかし、やがて思い出したのか、送話器を手に取り、後五分で次の地点を通過する旨を永遠亭へと伝えた。

「こういう道だと罠とか悪戯とか仕掛けやすいのよねぇ」

 灯りもまばらで、まだ人っ子一人見えない里への道を見やり、てゐはニヤリと笑って背もたれへ体をうずめた。軽口を耳にした鈴仙は、後席を気遣い苦笑して見せる。

「また……もう、悪い冗談言わないで……って」

 竹林支部の護送車として走っていたメルセデスベンツS123は鋭くブレーキ音を立てて急停止した。前方30メートルほど先に、突如として覆面をして重たい外套に身を包んだ二人組が飛び出してきたのだ。

 咄嗟に手を伸ばした懐に銃がなかった鈴仙が一瞬慌てたのは言うまでもない。

「じょ、じょじょ冗談が冗談じゃなくってホントにでッでで、出ちゃったじゃないの!」

「い、いやいやあんな事言うから悪人が寄ってきて…」

「そそそ、それじゃまるであたしが呼んだみたいじゃないの!!?」

 何とでも対処の使用はあったはずだったが、一瞬の焦りが伝染し、反射し、相乗効果で共振しあった焦燥は噛みあわないギアめいてやがて戦線の崩壊を巻き起こした。逃走も抵抗も選択できずにいる二羽の兎の前で、悪党二人は小走りで接近してくる。それに慌てた鈴仙が苦し紛れに出した答えは、「とりあえず、手を上げて様子見よう」であった。

   *

 

 夏の縁日の売れ残りだろうか、希望の面で顔を隠した二人組は、無言で車両の両脇を固めてしまった。外套の下からは黒光りする拳銃を握りしめた手が伸び、筒先を振って降車を促す。

 鈴仙が真意を掴みかねたのは、永遠亭からの車と分かって医薬品か金銭を強奪しに来た無頼者か、後席で縮こまっている女苑が目当てか分からなかったからだ。低く作ったような声で「降りろ」と言われた時も、「あの、現金は積んでませんが」と返してみたが、二人組に動揺の色は見られなかった。

自惚れるわけではないが、普通の人間の強盗ならば妖怪が出て来た時点で尻込みするはずだ。しかし、そんな様子はおくびにも出さず、返答も言葉少なであるとなれば何か隠しているに違いない。そう考える程度には彼女も冷静だったが、二人組は油断なく拳銃を構えたまま車のドアに手をかけ、乗り込もうとしていた。

ふと、一人が銃を持ったまま両手の人差し指をたて、それを両のこめかみに当てて天を向ける仕草をしてみせた。いわゆる鬼を模した「怒ってる人」のジェスチュアだ。

「んん………?支部長に?」

 鈴仙が思わず自分の上司に変換して意味を口に出すと、相手は今度は西洋人よろしく親指を立ててみせる。

「よろしく?」

 てゐも、何となく相手のジェスチャークイズに解答してしまった。どうやら二人とも正解であったらしく、覆面の人物は小さく頷くとさっさと車内に収まってしまう。

「え、えーと、ハイ。伝えときます」

「ほなな、ベイビー」

「いやぁ、照れますね……」

 助手席の人物が捨て台詞を残すと、車はタイヤを鳴らして急加速し、行ってしまった。先の読めない謎めいた二人組と、突然始まったゲームに戸惑っていた二人は、そこでようやく車の強奪が意味するところ、そしてもう一つの答えに気が付き、顔を見合わせた。

「"ほな、ベイビー"だって……?」

「き、聞いた事ある声だったよ……!」

 

   *

 

 ロックされた後部座席で身動きの取れない女苑は、最期を覚悟していた。自警団上層部の片棒を担いでいた容疑者として捕まり、正体不明の人物に襲われたのだ。口封じに消されるかもしれない。しかし、どうやって、考えれば考える程に嫌な発想が脳裏を渦巻いた。

 だが、助手席の人間が仮面を剥ぐと、驚きの息が漏れた。

「あ、あんた達は」

 振り返った藤花は、指先に銀色に光る鍵を持っていた。彼女は静かに女苑の手を取ると、行動を制限していた手錠を外す。

「あんたの姉さんと、静かに暮らせるようにしたるって事」

「え、何で……」

「いけ好かない海野と仲間達をパクりに行くんだよ。あんただってずっとあいつらに脅されて姉さんに会えなかったんだろ。あんたは十分罪を償ってるさ」

 てっきり海野に差し出されるとばかり思っていた女苑は、座っているものの崩れ落ちそうになる感覚が全身を駆け巡った。

「でも、あいつは人間とはいえ……それにあんた達だって」

「なんとかするって、それにもうウチら刑事やないし」

「え……?」

「そゆこと」

 ハンドルを取り、里からの視線を憚るように何度も道を変えながら、雷鼓は軽く笑って見せた。不要になった面を、窓から投げ捨てる。紙か何かを固めて作ったそれは、面白いほど軽く後方へと飛び去って行った。何かをかなぐり捨てて決戦に臨む彼女らにふさわしい、なんだかそんな飛び方だった。

「輝夜はんの机には辞表も置いてきた事やし。立つ鳥跡を濁さずってな」

 藤花が苦笑し、どこかで調達したと思しき外套も丸めて車外へ放り捨てた。雷鼓も、しばらく直線を走ると見えて太ももでハンドルを抑えながらそれに倣う。と、彼女の外套の内側に古着に似つかわしくない光る白さの物体があった。

「雷鼓はん、何それ」

 何故か外套を畳もうとする瞬間の姿勢で固まっている雷鼓の手元から、藤花は白いものを引っ張り出した。何の変哲もない、古式ゆかしい文の形に折り畳まれた和紙であった。これが恋文か何かであれば雷鼓も多少慌てたりしたのだろうが、内容は図らずとも、二通の文に異なる字体で記された「辞表」の文字が物語っていた。

「なんか……」

 雷鼓がそろそろと外套を捨て、ハンドルを握り直した。頬を軽く汗が伝って落ちる。

「ひ、姫様の机に置いてくるの、忘れちゃったみたい」

「………はっはっは」

 藤花は明らかに作った声で笑った。雷鼓が珍しく一回り位縮こまって小さくなって見える。

「ご、ごめん!」

 さりげなく彼女らの計画に大きく関わっているであろう失敗を謝罪する雷鼓に、藤花は先刻の拳銃を取り出して突き付けた。

「死ねお前はァ!」

「ンァアッ!」

 銃口から飛び出したのは、鉛玉ではなく水だった。

 

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