二人組に護送中の容疑者が車ごと拉致された。竹林支部の刑事二名が行方不明。
当然、その事実はすぐに永遠亭へと知らされ、次いで本部に報告が入る。奪われた車の色、形状と共に竹林周辺から人里の支部へ捜索の命令が飛び、早朝にも関わらず人里周囲一帯は珍しく多種多様な自動車が走り回っていた。
その中に、協力要請を受け、復活した白いアルファで田園地帯を走り抜ける妹紅の姿もあった。
「全く、とんでもない事してくれるよ、藤花とあの付喪神も……」
久しぶりに案内人の依頼もなく平穏な午前を過ごせると踏んで休む気でいた彼女にとって、二人の奮闘など知る由も無かった。
しかし、突如としてドライブの足並みを乱す車載電話のベルに、彼女は知る事となる。
「ハイこちら竹林1号」
「……もこたーん」
「何だよ、いきなり。みんな探してるぞ。一体全体何をやらかしたのさ」
「最近、海野警備局長名義で依頼いっぱいなかった?」
「……?確かに沢山あったけど、それがどうしたの」
見通しの良い田畑ばかりの道中だが、通話中とあってブレーキを踏む彼女は良い運転者と言えた。歩行者に気を払わなくても良いとあって、煙草を取り出す余裕も出てきた。しかし、次の藤花の台詞に、思わず指先に火を灯したまま固まってしまう。
「あれ、海野の罠やったんよ!あいつ地下賭博場でやくざもんと癒着して荒稼ぎしとった。証人の貧乏神姉妹を押さえてパクりに行きたいんやけど……そこでお願い。没収されたウチらの拳銃、持ってきてくれへんかな」
「いや、そんな急に色々言われても……」
「女の子、紹介するから!お願い、このとーり!」
「いや、難しいよ……没収されたって、あいつのところなんだろ?」
慧音と彼女の派出所にも、余剰の武器は無い。となると、あいつのところすなわち永遠亭に直接取りに行かなければならなくなるのだ。流石の妹紅も難色を示さざるを得ない。だが、食い下がると思われた藤花の声は、あっさりしたものだった。
「んー、そうか……うん、分かった。じゃあ、ええよ」
「申し訳ないけど、ね」
「気にせんといて、そういえば輝夜はんも女の子の話友達欲しいって言うとったから、そっちにお願いしてみよっかな」
「ちょ、ちょっと待った」
藤花が何事か言い始めたので、慌てて制止する。
「分かったよ、もぅ……かわいい子が蓬莱ニートに持ってかれるくらいなら、私がやるよ」
「ホンマ!?おおきに!もこたん愛してる!」
「耳元で気持ち悪い声出すんじゃないよ……はぁ。で、どこに持ってけばいいの?」
藤花が指定してきたのは、里から香霖堂を目指す道から外れた場所だった。仮に紅魔館や里の車が捜索していても、ここを回るのは最後になるか、目を付けないであろうという事だった。それ以上の厄介事は勘弁だよと念を押して電話を切り、妹紅はようやく一息つく事が出来た。
「全く……………ん?」
煙を逃がす為に窓を開けようとして、彼女は異変に気付いた。
通話中ずっと火を点けていたせいか、天井の内貼りがチリチリと燃えていた。
「うわッ!?くっさ!!!」
*
数十分後、アルファロメオは竹林の入り口に駐車されており、その車内に人影はなかった。
主である妹紅は、竹林を踏破し、診療を願う人を待っている永遠亭の静寂の中に立ち尽くしている。
彼女と輝夜の仲は誰もが知っている。だが幾星霜を経て、その争いにもいくつかの決め事が存在していた。と言っても、他人を巻き込まないであるとか他人をけしかけないと言った極々当たり前のことではあるが。
しかし、今日のそれはいずれかに該当したりしないだろうか。それが彼女の懸案の事項であった。
だが時間がない。藤花の電話が真実であれば、しばらく里で姿を見せていない紫苑が危険にさらされているという事だ。彼女は意を決し、永遠亭の建物を回り込むと、整えられた庭を這い、自警団に割り当てられている窓の下に辿り着いた。
流石にここへ侵入し、事を構えるなど余程の事態でなければ経験した事も無い。音を立てぬよう、しかし深く息をつくと、頭上の障子戸をゆっくりと引き開けた。幸い、中には誰もいない。犬猿の仲である知己といっても良い奇妙な関係の輝夜が据わる場所は、何となくわかった。机の傍らにしっかりとした造りの引き出しを見つけ、しばし耳をそばだてて廊下を歩く人物がいない事を確認すると室内へ転がり込んで一気に机へと回り込んだ。
拳銃そのものは、あっさり見つかった。引き出しの一つに並べて収められていたリボルバー、すなわち藤花のM586と、雷鼓のものと思しき銀色に輝くM629を見つけたのだ。
手近なところに空っぽの花瓶を見つけ、それにそっとまとめた。幾分か重みを増したそれを小脇へ抱えて外へ出ようと縁に足をかけた刹那、背後に人の気配を感じ思わず振り返る。
「そんなところで、何をしてるのかしら」
永遠の姫、蓬莱山輝夜が戸口に立っていた。
妹紅は何も答えない。相手が相手であるだけに、真相を話したところで滑稽な弁明にしか聞こえないのは彼女自身も同じだったからだ。
「永遠亭(うち)が慈善事業でやってるのは調剤と診療だけど、何時からフリーマーケットを始めたなんて言った?」
「この花瓶は……その、ただの花瓶だ。何も入ってないぞ」
「それに、もこたんインを封じる罠を張り巡らせているけど、出入りする人間の為に何も手を加えていないここから入って盗みなんて、地に落ちたものねー。ま、元から地を這ってるけど」
輝夜は、そこで言葉を切った。相手をなじる事に満足したからではない。様々な意味合いで長年の付き合いがあれば、良くも悪くも相手の事が分かるのだ。
藤原妹紅は、戦いに来たわけでなく、また盗みを働きに来たわけでもない。
様子が異なる妹紅に思いを巡らせていた輝夜は、今は無人の机の一つにいつも腰かけている人物が共通している事に気が付いた。
余計なやり取りはするまい。輝夜もまた、今は行方の知れない部下を気遣っていたのだ。
「妹紅」
「………何だよ」
「その花瓶、絶対に落とすんじゃないわよ」
「……わるいね。けど、この借りは絶対に返すからな」
それだけ言うと、妹紅は身を翻して窓外へと飛び降り、庭を駆けていき、やがて姿が見えなくなった。
*
妹紅は花瓶ごと拳銃を車へと積み込み、出発した。車は里へ入らず、外環道路をぐるりと回って藤花が指定した場所へと急ぐ。途中、他の自警団とすれ違ったが、同じ捜索隊の一人と認識されているのか、目礼を交わしたのみで特に何か問いただされる事も無かった。車載電話の通話記録が早々にバレない事を祈るしかない。
藤花との会話でおおよその位置は掴んでいたものの、実際に車を乗り入れると温かくなりつつある空気の中で雑草が伸び放題になっており、どこが道だったのかすら見当もつかなかった。
ただ待ち受けていれば排気音で分かるようで、しばらく草をかき分け進んでいると草の合間から藤花と雷鼓がにょっきりと顔を出す。
「ホンマにありがとう……!」
「ありがとうございます……ッ」
妹紅が車から降りるなり、二人は深々と頭を下げた。彼女はため息ひとつ、でも女の子ちゃんと紹介してよ、と念を押して後部座席でシートベルトをかけられて鎮座する花瓶から拳銃とホルスター、ついでに紙箱に収まった飯綱丸印の弾薬を取り出した。
「これで本当に最後だからね。これ以上は、流石に無理」
「分かってますって」
雷鼓が頭を掻きかき、苦笑する。余禄とばかりに煙草を取り出し、妹紅の苦労に深謝した。
「ところで、マジなんだろうね」
妹紅は、今日聞かされたばかりの衝撃の事実について、問うた。今のところ彼女にとっては電話で聞かされたのみに過ぎず、にわかには信じがたい話だった。藤花達の様子がおかしければ、拳銃も手渡さないつもりだった。
しかし、妹紅は里で開業した海野らを知っている。
藤花は表向き真面目に働いている人物が裏であくどい事を、と考えているようだったが、妹紅からすれば、彼らはこの地に来た時からどす黒い片鱗を見せていた。心から信用できる人達ではない、そう心得ていたからこそ、一抹の不安を覚えつつもここまで武器を運んできたのだ。
「で、これからどうするんだい。里じゃ総出で探し回ってるよ。さっき車の特徴も無線で言ってたけど……」
「それなら大丈夫」
藤花は、片手を上げてにんまり笑った。それに示し合わせたかのように、車の無線がけたたましく鳴り始める。
『至急至急!こちら三角池305!奪われた覆面車を発見、追跡中!場所は……』
「あら、あらら?」
彼女らは車ごと逃げてきたはずだ。無線と顔を見比べる妹紅。藤花は、親指で背後の草むらを指さした。
「ちょっと、速そうなやつに乗り換えてん」
「じゃあ、いま里で逃げてるのは……」
*
朝、どこも店を開けて今日は晴れだとか商売がうまくいきそうだとか各々の胸中で考え事をしている眼前を、タイヤを軋ませて複数の自動車が猛スピードで駆け抜けていく。
自警団員には多少の馴染みとなった自動車だが、大八車か、豪商でも自転車が関の山である住民たちにはまだ物珍しい。好奇の目で飛び出してくる歩行者を避けながら、覆面車達(そう思えば自動車が少ない里で自警団がわざわざ自動車の帰属を偽る必要もないのではないか)は懸命に竹林支部の車を追跡している。
しかし無線による連携が取れた追跡者側が一歩先んじた。S123の逃げる先の路地から飛び出してきたトヨタ・パトロールを避けようとして鼻先を家々にかすめ、遂に逃亡者側は停車を余儀なくされたのだ。
「こらァ出てこい!」
自警団員達は手にてに拳銃を携え、降車して逃げられないよう車を取り囲む。が、出てきた人物がボンネットに躍り上がり、外界のR&B全盛期もかくやと思われるしなやかな身のこなしで天を指で突き上げる様を、凍りついたように見ている事しか出来なかった。
「フー!」
洋装と称して良いのか、しかし少なくとも本邦において普段着に選択する事を憚られる赤青白の縞模様や☆をあしらったスーツ、頭頂には同様の柄の帽子も揺れていた。
奪われた車にいたのは、クラウン・ピースと、何故か助手席で腕組みして座するヘカーティアだった。
「ど、どうすれば……」
車を取り囲み、目当ての人物を見止められず動けない群衆の一人が、上司と思しき男を振り返った。何しろボンネット上の道化師は松明でジャグリングに興じており、楽しげな雰囲気にあてられたのか野次馬などは拍手する始末。多少は知識があるのか、「あんまり触れ合ってると気が触れるぞ」等と叫んで逃げ出しそうになっている者もおり、盗難車の始末よりも事態の収拾が優先されるべき事項と判断された。勇気ある自警団員が一人、車を指す。
「お、お前たちは何だ!どうしたんだこの車!」
「えー?なんかカッコいい付喪神が、リズム取りながら来てさ、"自警団の車乗ってみないか"て言うから、ありがたく頂戴してやったのよ!」
自警団員達は、ギョッとした顔で互いを見合う事しか出来なかった。ちなみに後々霊夢に問いただされた彼女らが答えた外出理由は、ヘカーティアが地獄風邪をこじらせたので永遠亭へ向かう途中だったとか。
*
妹紅が去った後、二人は女苑が待つ車へと戻った。
車は、里で派手に走り回ったらしいS123から黒白の塗り分けも印象的な車種へと乗り換えられている。
「さて……さっきの続き、聞かせてくれるかな」
再び後席で静かに座っていた女苑は、指輪をいじりながら、重かった口を再び開く。
「………海野は、摘発で里のやくざ者が抱えていた地下賭博場の網目を、そっくり手に入れたってわけ。そこで賭場に紛れ込んでいた私達を脅し、負い目のある人間相手なら、多少好きにやっててもお咎めなしだった私たちを、利用して金を胴元と客の両方から金や盗品を巻き上げさせたのよ」
「その話、姉さんも分かってるやんな?」
女宛は黙って頷いた。そこで、雷鼓が藤花の脇腹をつつき、窓外を指さした。
おそらく目撃証言を辿って来たのだろう。自警団の車の騒音が複数、近づいてきている。
「逃げまくりますか。さァて、道案内頼むよ、疫病神!」
運転者を雷鼓に変えたダッヂ・チャージャーのV8エンジンが、唸った。サバンナに棲む猛獣めいた唸りが、彼女の踏み込むアクセルに合わせて咆哮へと変わり、重い車体からは想像もできない躍進で草むらを飛び出す。