闇の奥 ~昭和二十年の幻想入り~   作:くによし

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第66話

 草叢で慎重に切り替えしを終えていた車体は、小細工なしに道路へと躍り出た。金属の軋む音とV8エンジンの織り成す轟音に、猛獣めいた恐れを覚えたのか、里の方角からこちらへ疾走してくるパトカーの内数台は、思わず制動を掛ける程だった。

「突っ込めッ!」

 藤花は、してやったりという顔で前方をビシリと指差す。

今の反応を見れば分かる通り、ヒラの自警団員は最低限自分で事故を起こさない程度の運転技術しか有していない。通常、治安機関の人間ならば自動車をただ追尾するだけでは追いかけっこが終らない事を心得ているはずだ。走る車のどこにぶつければ相手は

だが突っ込むダッジ・チャージャーを(確かに思わず身を引くような迫力ある光景ではあるが)避けてしまっているようでは、イニシアチブを取る事は出来まい。藤花は、大柄な車の体格も鑑みてハンドルを細やかに操作せずに突っ込ませる戦術を選択した。

里に入ればこの車では曲がるのが精一杯だ。追手を減らすなら今の内しかない。香霖堂へ行く道は、里を離れる程に歩く人が限られて細まっていく。だが里の周囲は一部がだだっ広い草原となっており、相手を振り回すには絶好の地点と言えた。ハンドルを握る雷鼓にその旨を伝え、彼女も快諾した。

「いっちょやったろうじゃん。こんなゴージャスな車、ちまちま走るにはもったいないよ。あぁこの音、最高だね。股座にクるよ」

「雷鼓はん、来るよ!」

 後方を確認した藤花が窓枠を掴む。後席の女苑も慌てて前の背もたれに取り付いた。

 数台はまだ追いすがってきている。雷鼓はタイミングを見計らうとクラッチを蹴飛ばし、パワーに物を言わせて振り切ると見せかけ、大きく舵を切ってパトカーの群れへ挑むように尻を振って方向転換した。 

 地割れが如く車がさっと左右に展開する様は壮観だった。が、何人か外来人でも在籍しているのか殿を務めていた二台はタイヤから白煙を上げてサイドターン、行方を塞ぐように立ちはだかった。

 このまま突っ込ませても良いが紫苑を拾うのが先だ。派手なアクションで躍り込むのは最後の最後、自警団本部に乗り込む時くらいでいい。藤花は指を振って雷鼓に退避を要請し、雷鼓も黙って同意した。

 若干の加速の後、再び車は衝突間際で障壁を避け、算を乱された数台が方向転換に四苦八苦している渦中すなわち里の方角へ向き直る。取り囲まれないように群れをかき乱しておいたのは正解であった。さもなければこのターンで取り囲まれ、身動きが取れなくなっていただろう。

 ダッジ・チャージャーは轟音と共にようやく追いつき始めた一台の鼻先をかすめて草原を突破した。

「はっはっは」

 V8エンジン搭載の大型車で大立ち回りを演じた雷鼓は鼻高々だ。藤花が差し出した煙草を「サンキュー!」の一言で咥えると、尻の位置を少し直し、少し踏み込むだけで咆哮を上げるエンジンをなだめにかかる。

「さて、貧乏神さん、姉さんの居場所を今のうちに聞いておこうか」

 未だ浮かぬ顔の女苑が首を回して現在位置を確認している間、藤花は車内から物を捨てたり尻を振りやすくするために積んでいた石の塊を投げ捨てたりと、遅滞行動に忙しそうにしていた。

 

   *

 

「こちら三角池303、容疑者三名はまだ発見できません」

「本部より各移動、容疑者らは聖輦305を奪ったものと断定。当該車両を速やかに確保されたし」

 竹林支部、永遠亭では周囲との調和を一切考慮していない無線機が時折声を上げていた。

部下二名が護送中の被疑者を強奪するなど前代未聞の不祥事と言えたが、鈴仙が応援として里に出向いており、妹紅が属する寺子屋派出所からも一台を回して巡邏中だった。

普段は永琳が受話器を取り、外部との交信を取り仕切っていたが、今はこちらが応答するような事柄は何もない。会話にならない一方的な言葉の濁流の傍らで、輝夜は座して静かに視線を落とし、何かを考えていた。

 

   *

 

「とーかーー、藤花いるかー」

 一方の妹紅は、現在藤花の煙草屋前に到着しており、車から降り立ち、ドアから自販機までの距離をくまなく、くまなく捜索した。無論、自販機の中に隠れていないか、硬貨を投入して取り出し口を調べる程の入念振りだ。だが一度接触に至った彼女の必死の探索もむなしく(?)、成果は上がっていない。

仕方なくと言った様子で取り出し口から煙草を摘みあげ、早速封を切って一本を口にする。

「もしかして……」

 竹林の案内人という名も実も素朴な業務と打って変わり、官僚主義の支配する自警団はやはり肌に合わない。自身でとことんやり込む事の出来る活計と異なり、命じられるまま仕事をこなすだけの日々に、嫌気がさしていたのは事実だ。

 もし、海野の汚職が本当で自分に与えられた命令がその悪事から自分の目を逸らすためのものなら。笑える苦労話として片づけるには喉に引っかかるものが多すぎだ。

 気付けばすっかり短くなってしまった煙草を落とし、妹紅は彼女自身の意志で自警団本部へと舵を切った。

   *

 

「あいつらが動いてなければ……倉庫街の自警団倉庫にいるはず。死んだ男が竹林で見つかってから、海野は未登録の銃が漂着物だという名目で部下にそこを抑えさせているの。他の自警団員が出入りしなくなれば、あそこが奴らの根城になってるはず」

 女苑の道案内は、二人の表情をやや曇らせた。倉庫街という事は、里に入らなければならないという事だ。里に出入りできるルートは限られる。という事は、里に藤花らが入ったのを確認したのちにそこを検問か何かで塞いでしまえば、自由に出入りする事はかなわなくなるという意味だった。やり直しがきかない救出劇と、突入を一夜にやりきらなければこちらの体力が尽きてしまうだろう。

「ま、ええよ。どのみち里の外には用が無くなったんやから、5分で紫苑を救出して、自警団本部に車ごと突っ込んでやろうやん」

「その、5分が長いんだよ……」

最短ルートで里へ入る術は諦めた。森の辛うじてすり抜けられる道を縦横無尽に走り回り、里の反対側、倉庫街に出来るだけ近い入り口から入る戦法を取るしかない。

 外環は事故を恐れてか一般人の姿はほとんど見られない。小回りでは相手に分がある以上、藤花達が追ってから距離を稼ぐにはここしかない為、その点は好都合だった。

 重しを捨ててしまい、尻を振りづらくなった車で何とか最後の角を曲がり、里へ入ろうとする刹那、彼女達は待ち受ける自警団に変化が生じている事に気付いた。幸いに障害を築かれる前に第一関門を突破する事が出来たが、何とか駆け付けた団員の一人が躊躇わず発砲してきたのだ。

「お、おおぃ、実包撃って来たよ!私らの射殺命令が出てんのかな……」

「やるやろうね、海野ならそれくらい…」

 面白くないといった表情で藤花は取り返した拳銃を抜き、シリンダーに納まっている六発の弾の尻を確認した。

「何と言うか、妖怪ならともかく、藤花に万が一の事があれば……」

「ええよ、ウチの作戦は全部危険からスタートしてるんやから」

 大陸なら命令など受けずとも殺す気で撃ってくる奴が万単位でいた。もし幻想郷で藤花が情報員の手管を仕込まれた女だという情報が広まっていればもっとキツい対応を取られていたかもしれない。出自を隠しておいて損は無かったようだ。

 すり抜けざまに、構築途中の検問の看板や停止棒を車体と銃で打ち崩し、追いすがる先頭車が見事にそこで足止めされると止まりきれない後続が次々と追突して白煙を上げるのが見えた。思わず二人でハイタッチ、一旦は車による追尾をゼロにすることに成功した。

「もうすぐ倉庫街だ、飛び降りる!?」

「いや、車無くしたら本部に行くのに苦労が増えるで、なんとかして紫苑を押し込んで、乗ったまま脱出せなあかん」

「なら、仕方ないね!」

 道路脇に立ち並ぶ家々からは住人の好奇に満ちた顔がのぞいている。雷鼓はアピールとばかりにエンジンを吹かし、封鎖しようと引き出されてきた大八車を荷物ごと弾き飛ばした。思わぬ衝撃に、乗り込んだ一同は鼻先をぶつけそうになる。

 時折車体に銃弾が爆ぜ、フロントガラスにも蜘蛛の巣が二、三生まれていた。更なる障害物を押しのけてスピードを落とし、停まる事なく白壁の倉庫の並びへと進入、自警団の倉庫を探す。

「雷鼓はん、どれが自警団のか分かる?」

「藤花ってば知らないのか!…まぁ私が知ってるからいいけどさ、それだけ木造だからすぐ分かるよ!」

 空いた土地に無理やり収まるように建てたのだろう。雷鼓の言う通り、小さな旗竿に自警団の紋章が染め抜かれた旗をほんぺんと翻らせている倉庫があった。恐らく警備と思われる二名が、慌てて飛び出してくるところだった。

「右の方、撥ねて」

「オーライ、っておおおい!ホントに轢いちゃったじゃんか!やばいよ」

 急に自信に満ちた声で女苑が指示を出し、雷鼓は思わず従ってしまった。これだけカーチェイスを繰り広げるまでに相当やらかしている事になっているはずだが、これ程の仕業となると青い顔をせざるを得ない。

「あっちは辰宮の右腕、海野の手駒だったのよ。あんた達が来るのを待ち受けてたんでしょうよ。……恨みもあるしね」

「……車ごとドライブスルーとは予想してなかったのね。文字通り、貧乏くじを引かされたわけだ。……藤花、大丈夫かな私ら」

「な、何としても海野倒して潔白を証明するほかにないやろ……辰宮が来たら面倒や。早いとこあの子を探そう」

 もろに轢かれた方はともかく、もう一人はノビているだけだ。追手が撃ちかけてくる前に紫苑と、役立ちそうな小道具を拝借していくしかなければならない。

 倉庫といってもちょっとした部署のような造りになっており、玄関(見る影もなく破壊され、車が鎮座している)を抜けると廊下があり、押収物のカテゴリごとに小部屋を分けて保管されていたようだ。

女苑の案内で雷鼓を奥へ行かせると、藤花は「押収火器保管庫」と書かれた札の下がる一角へ押し入り、ミサイル騒動の折に美鈴が使っていた機関短銃とよく似た一丁を取り上げた。せめてもの足しにしよう。

「藤花!行くよ!」

手錠か何かを無理やり壊したのだろう。銃声が一発轟き、三人分の足音が廊下を戻ってきた。藤花も、イングラムM11の弾倉を二本ばかり頂戴し、すぐさま車へと戻る。

バックで出ようと振り返ると、不安げな依神姉妹の表情の奥、バックウィンドウを通して見る風景に白い工業製品が飛び込んできた。

「やばい、あれ竹林2号じゃないか」

 黒のシトロエンが、速度を抑えつつ倉庫街へ入ってくるところであった。運転の主は誰か、二人ともよく知っていた。

 雷鼓が悲痛な声を上げる。セルモータの音が繰り返されるのを聞くに、理由は察しがついた。

「しまった!エンジンをやられてたんだ。切るべきじゃじなかったな……」

 発進できずにいるダッジのもとへ、シトロエンは滑るように接近してくる。たとえ撃ちかけても、相手が相手だけに不利だ。

運転席に永琳が座り、後席には険しい表情の輝夜が座していた。彼女らが里へ来るのは滅多に無い事だが、自警団車両であるので検問も通り抜けられたのだろう。

「輝夜はん……」

 数メートル先で停車すると、永琳が無言で降り立ち、輝夜の降車を手助けする。怒って弾幕の一つでも飛んでくるかと身構えたが、輝夜は小さくため息ひとつついただけで、少し表情を軟化させた。

「依神姉妹は私達で何とか護送するわ。本部で、あいつが局長に直談判しに行ってるの」

「あいつって、まさか妹紅……」

 竹林の喧嘩事情を知らない藤花ではない。一瞬耳を疑うような連携だったが、重ねてきた年数が想像もつかない以上、藤花の与り知れぬところで協定か何か作られていたのかもしれない。もしくは、案外仲が良いのか。

「あまり時間が無いわよ。さっき無線で、海野が辰宮を動かすと言ってたから」

 これ以上、依神姉妹を引き連れた状態で逃げ回りつつ、新手の応対は確かに厳しい。という事は。

「分かりました。……私らの事、信じてくれてるんですね」

 雷鼓が、思わず涙をこぼしそうな微笑で応じた。輝夜は再びため息をつく。

「この事件が終ったら自警団やめようかしら。もうこんなのはこりごり」

 藤花は苦笑し、ハンケチを取り出して傍らの死体から黒光りする塊を拾い上げた。

「そん時は盛大に酒盛りしよな。じゃあ、お願いします……これ重要証拠物品のウェルロッド」

 輝夜達は徒歩で本部へ向かい、証拠と証人を海野に突き付けて止めを刺すつもりだと教えてくれた。歩いて行くと言うので引き留めたが、姫様ということでファンが多いらしく、手助けしてくれる連中がいるという。

「案外強いなぁ、竹林支部も」

 ある意味美味しいところを持って行った輝夜達を見送ると、しばらくして一台のパトカーが遠目に見えた。

「話の速い事やね」

「来たな、スーパースターが」

 

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