数に物を言わせて押し寄せてくるかと予想したが、あくまで海野ないしは辰宮の意志で、藤花達を秘密裏に葬ろうと言う腹積もりらしい。パトカーから降り立ったのは、辰宮一人であった。
「無駄な抵抗をしなければ、命だけは助けても良かったんですけどね」
「言いたいのはそれだけかな。もう証人と証拠は押さえたよ、降伏するのはあんたの方だ」
船着き場での戦闘を見るに、辰宮は再び火器に頼らず攻撃してくる可能性がある。加速した丸太の直撃を受ければ、ただでは済まないだろう。
藤花は、背後の自警団倉庫の構造を見た限りの範囲で思い起こす。
「教えておきましょう、私の能力は"物質を変換する程度の能力"。それがあなた達を葬る術の名ですよ」
「手の内を教えてくれるんか……」
藤花は、黙って雷鼓に目くばせした。倉庫へ誘い込み、そこで戦う。また里全体で追いかけっこは御免だ。倉庫で辰宮を倒せば、あとは団員に連行されようが本部では妹紅と輝夜が待っている。その段階で、こちらの勝ちは確定するだろう。
二人は身を翻し、倉庫へと転がるようにして飛び込んだ。幸い、相手はゆっくりと追って来ている。こちらを侮ってくれれば良し、そうでなくとも、障害物だらけの倉庫なら丸太応酬も少しは威力が薄れると期待できる。
「ライブハウスだ、心が躍るよッ」
入り口付近の扉はいずれも小ぢんまりとした倉庫のものだ。いちばん大きな容積を占めている倉庫は、突き当りの扉をくぐったところらしい。紫苑が囚われていたのもそこだと、雷鼓が教えてくれた。やるならそこしかない。窓から差し込む日の光だけが照らしている薄暗い倉庫まで、二人は走った。
「雷鼓はん、今の内にいっこ聞いといてもええかな」
「どうしたのよ、急に」
「銃のそれ、なんでトンカチなん?太鼓やったらビーターとかスティックやと思ったんやけど」
「だからだよ」
相手が入って来たらしい、暗がりで待ち受ける二人に、廊下を歩く足音がゆっくりと近づいてくる。
「悪は、壊れるまで叩かないといけないからね」
「カッコええ事言っちゃって……」
おしゃべりもそこまでだった。凄まじい風切音と共に扉がぶち破られ、二人は扉の両脇で伏せた。追撃が来る前にと立ち上がり、銃を携えて本人が現れるのを待つ。
だが第二撃は一発だけではなく、放射状に丸太が飛び出し、身を隠していた木箱がメリメリと音を立ててあっという間に強度を失って崩れそうになる。
「あー!」
「どうしたん!?」
動線として残されていた木箱の隙間を挟んで向こう側、雷鼓の悲痛な叫びが上がった。藤花は最悪の想像をよぎらせ、あわてて訊ねた。
「私のビーターが……特注のラディックだったのに!どうしてくれるのさ!」
どうやら相手の攻撃が足元をかすめ、靴が壊れたらしい。特注がどれほどのものかは藤花に分からなかったが、アーティストにとってツールは命と等価だろう。
「おや、一思いに死ねなかったようですね」
辰宮は攻撃と同時に倉庫へ侵入してきたようだ。くさい台詞で藤花達の劣勢を演出している。
一方の藤花も、呼吸を整え、出方を考えた。辰宮と相見えるのは二度目だが、能力は嫌というほど味合わされている。そして雷鼓の方だが、付喪神の中でも群を抜く知名度と能力、そして情熱を持ち合わせている。そんな彼女が怒っているのだから、不用意にいいとこ取りをしようと功名心を起こすのは考え物だ。
それに、辰宮の攻撃は銃火器ではなく、轟音を伴わないおかげで発信源が掴みづらい。銃撃戦なら音のする方を警戒しつつ対処できるものだが、辰宮のそれは藤花の知る戦場の様相と大いに異にしている。ここは雷鼓の怒りはそのままに、皮肉屋の辰宮の発言を誘ってしゃべり続けてもらう他にないだろう。
「せや!雷鼓、ただで済ませたらあかんよ!」
「押収品の山に埋もれて死にたいなら、そうしますよ。あまり時間をかけずに済みますし、ね」
今度の飛翔物は丸太程の存在感は無かった。が、飛んできたそれを見止めて藤花はギョッとした。お次はナイフが飛んできたのだ。丸太が主武装だと思い込んだのは迂闊だった。投げナイフと考えれば室内戦の不意打ちに大きな有利として働く。藤花は襟元の釦を外して大きく深呼吸する。
「…………ああもう」
こちらからも出なければ。こちらが貨物の下敷きになる事を狙っているのなら、巻き込まれる恐れのある中央は通って来ないだろう。とすると壁沿い、2、30メートルの直線、そこを回ってくると予測し、藤花は行動を開始した。
幸い、雷鼓もこちらの真意を組んでくれたと見えて怒号は正方形の倉庫のほぼ反対側から聞こえる。相手は当然雷鼓の位置はおよそ掴んでくるだろうが、藤花が沈黙を守り足音を殺している為にやたらと撃っては来なかった。
「どうしたのさ根暗野郎!声小さいよ!」
用心する相手を雷鼓が叱咤する。さながら舞台で観客か対抗バンドを挑発するパフォーマンスめいて、今の彼女は輝いているだろう。
「いいでしょう、多少手荒いですが一切合財まとめてつぶして見せます」
藤花の体がばね仕掛けのように跳ね、ここで初めて歩武を早めた。声の主はすぐ近くにいる。雷鼓と相打ちにならないようにだけ気を付け、空いた手で心臓を守りながら角を飛び出した。
いた。
積み上げられた木箱の角を曲がろうとする背中。雷鼓の明るい色の服ではない。
「動くなッ」
「ッチィ!」
雷鼓が一呼吸分早く相手を補足していた。藤花が拳銃を構えて相手の全身を捉えるのと、辰宮が雷鼓へナイフを放ったのはほぼ同時だった。
*
静かな部屋だった。春の終わりを告げる窓外の光景は、そんな環境で眺めるのに丁度良い。
「何を根拠にそんな事を言い出す。藤原妹紅」
だが、部屋にいる人物は自然ではなく脳裏に別の思索を巡らせていたらしい。海野警備局長は、以前の堂々たる自信に満ちた笑みではなく、憮然とした表情で微風に揺れる枝を眺め、そう言い放つとゆっくりと振り返った。
「うちの刑事二人が調べ上げたのさ。竹林での殺しに、局長の使っていた外部協力者が絡んでいた事。各支部に中央が口出しして、その殺しの捜査をろくに進めていなかった事、そしてそれが局長、あんたの地下賭場との癒着を隠す為だった事もね」
出世株、里長への立候補も考えられていた大物を前に、物怖じする様子無くむしろ見下げ果てたような光すら目に宿して入り口側に立つ妹紅が、すらすらと述べる。
「貴様も、クビになりたいようだな。あの二人同様に」
「終わりなのはあんたの方だ。無法地帯と何でも受け入れる土地柄は意味が違うんだよ。懲戒免職で済めば……相当な温情だ」
妹紅も内心緊張はしていた。海野があくまでも抵抗し、室内から戦闘が始まっては周辺の住民に被害が出かねない。やはり、藤花達の助太刀をするべきだっただろうかと考えたが、もう遅い。当初は真意を局長に尋ねるつもりだったが、彼の態度が何時もの溌剌とした回答ではなく、何の心の準備もせずに接していればぞっとするような冷徹なものだった事も、妹紅の疑念を確信へと高めた。
戦うほかにないのか。
だが、予告なしに開かれた背後の扉が、妹紅の焦燥感を吹き飛ばす。
「あぁ良かった。誰かが先走って火の海になっていたらどうしようかと」
「………輝夜」
「竹林支部長。こんな所へ何をしに来た。貴女も、追って沙汰される身と言う認識がないのか」
「諦めなさい、海野。証言も正式に記録されたわよ。物騒な証拠付きでね」
輝夜に続き、三つの人影が戸口へと現れた。永琳、そして、依神姉妹だった。硬直し、言葉の出ない海野に対し、永琳は静かに歩み寄り、机に飾り気のない封筒を一通置く。震える手で海野が開いてみれば。
「そっちも大急ぎで作らせたのよ。弾丸と捜査資料を取り上げられても、銃砲店には藤花が調べさせた条痕の記録が残ってたの。さっき押収された銃で撃ってみた結果と……ま、見比べるまでもないけど」
「………………………」
海野は、立っているのがやっとの状態だった。弾幕ひとつ撃たずにこれだけ追いつめられたのも、捜査の積み重ねもあったであろうが、彼と対峙している二人の器量によるところも大きかっただろう。
沈黙の中、たまりかねた女苑が扇子を投げつけ、海野は力なく崩れ落ちた。
*
「雷鼓!」
急所へナイフが突き刺さる事態は回避されたようだ。が、一本は二の腕をかすめ、彼女に赤い染みを作っていた。
「馬鹿野郎………ッ」
逃げようとする辰宮へ発砲したが、初弾を放ったところで彼も振り返り数本のナイフを投擲してきた。逸れた銃弾は彼を貫きはしなかったが、積み上げられた貨物の頂上、固定のいい加減な策を断ち切って誰が最初に願っていたのか、壮大な荷崩れを起こし、一瞬誰かの悲鳴を聞いた気がした。
「…………」
藤花のものではなかった。雪崩は藤花の眼前までで止まっており、雷鼓の姿も見える。哀れな辰宮は何が詰まっていたかしれない重そうな木箱や紙箱の直撃を受け、突き出た腕は痙攣していた。
「……雷鼓!大丈夫かッ」
ガラクタを乗り越え、雷鼓の下へとにじり寄った。意識はあったが、彼女は「へへ」と力なく笑うだけだった。
「ちょっと、雷鼓……」
「あいつは、死んだかな……」
「大丈夫やで。たまに往生際悪い奴おるけど。後でちゃんとトドメ刺しとくから」
雷鼓を助け起こしてみるが、腕をかすめた以外に外傷は見当たらない。もしかして銀のナイフめいたヒト以外には致命的なダメージを与えるものだったのだろうか。
「傷はここだけやで!?」
「藤花……聞いて」
「な、何」
雷鼓は咳込み、片手を上げて藤花の頬へ触れた。
藤花は、少なすぎる幻想郷への知識を悔いた。
「まさか……」
「藤花……毎日、竹林でこの時間にタマに餌あげといてよ。私に懐いてる猫なんだ」
「分かった……分かったから、て」
滲む視界を腕で慌てて拭い、雷鼓の顔を見つめてはたと思い留まった。雷鼓の顔は、麦茶を限界まで含んだかのごとく膨らんでいた。おまけに「ぷ、くく」なんて息が漏れている。
「お前ェ!こんな時に!こんなときに!!」
「あッ、あだだッ!ごめ、痛いいたい!叩かないでー!太鼓だけど叩かないで!!」
「終わりだ……」
馬乗りになり往復ビンタをかましていた藤花は、もう一度打撃を加えんとする姿勢で硬直した。ゆっくりと振り返り、雷鼓も恐る恐る頭を持ち上げた。
ガラクタの山から、辰宮の声が漏れ聞こえてきた。最早虫の息であったが。
藤花は慌てて予備の銃を抜き全弾撃ちこんだ。
「はよ逃げるで!」
「きゅ、急にどうしたのよ……」
「今までああいう奴が最後っ屁に爆弾しかけて行った例はいくつもあるんやから」
藤花が飛び退き、雷鼓も慌てて起き上がり、入り口へ急いだ。
「うおお、案の定」
廊下に、分かりやすい時計付きの爆弾が仕掛けてあった。辰宮は余程自信があったのか、あと数分で爆発するようセットされている。
「あいつ、私達がもう少し粘ってたらどうするつもりだったんだろ」
「そんときはトンズラしてたんちゃう?」
「それもそうか、そうと分かればさっさと逃げ……」
抜き足差し足で爆弾を通り過ぎようとする雷鼓の首根っこを藤花が掴んで引き戻す。今だ動き続けている時計を指さした。
「放っといたらこれ爆発するやんか!」
「いいじゃん!逃げちゃえば他に誰もいないんだから」
「ンな事になって倉庫が全部焼けてみ、食糧難になって蕎麦一杯三千円の時代が来るで」
「三千円はやばいよ!と、藤花、何とかして」
「ま、任しとき。こういうんは、時計を止めるのが一番手っ取り早いねん。……そろそろ一分を切るか。じゃあこれ、十……や、残り三秒で止めてみよか」
「おお!いいじゃんいいじゃん。ギリギリで里を救えばヒーローだよ!でも藤花たまにドジるからなぁ。昼飯賭ける?」
「お、ええよ。じゃあいっちょやったろかな」
藤花はどこからか小刀を取り出し、マイナスドライバー代わりにして蓋を外すと、中を這っている導線を手繰る。爆弾魔要素は無かったと見えて構造は単純に見える。
「ちっちゃいなァこれ……指入れにくい…」
「文句言わないでキメちゃってよ」
「まぁ落ち着きて………っと!どうや!」
「む!止まってなーい!へへ、私の勝、ち……」
自警団倉庫は、押収品の山や海野の手下達の死体と共に、轟音を立てて吹き飛んだ。
驚いたのは近隣住民と、目前までたどり着いていた妹紅、そして車で急行してきた輝夜と永琳であった。
「と、藤花……?」
「雷鼓!藤花ー!」
ちょーっと間延びしちゃった章でしたが……雷藤編もこれにて完結です
美鈴、妹紅、雷鼓と藤花ガールとして立ち回ってきましたが……結構楽しく書いてましたが、藤花ちゃんの自警団刑事ごっこもこの章までです
当初の目的、それを果たす為にどう動いていくのか、今後のおくやみにご期待ください