朝日が昇り日光が網入りガラスの窓から入り込む。
「ふぁ…………」
その明るさは人が目覚めるには十分な光量だ。
「ん……」
マルフーシャが上半身を起こし眠気眼でうとうとしていると、一緒に眠っていた義妹のスネジンカもむくりと身体を起こし眠たそうに目元を擦る。
「おはようスネジンカ」
「ん……おふぁよぅ、姉さん……」
出会った初めの頃は別れて眠っていたのだがいつの間にか自然と共に眠るようになっていた。
マルフーシャとスネジンカは挨拶を交わし一緒にベッドから出ると、黒いワンピースに着替える。
「朝ご飯用意するから待ってて」
そう告げると嬉しそうにスネジンカは笑う。
朝ご飯といっても料理が得意ではないマルフーシャが用意できるのは、簡単なものだけだ。それでもそんな料理が好きだと言ってくれるスネジンカがマルフーシャは好きだった。
そして十数分ほどで用意した朝食をスネジンカと共にとったマルフーシャは、身支度を整え玄関の前に立つ。
1等級国民のような上流階級の人間ならともかく、5等級国民(中流階級)でしかないマルフーシャたちは働かなければ生活していくことができない。いつものようにパン屋で働く必要がある。
「…………」
スネジンカが見送りに近寄ってくるがその顔はどこか寂しそうである。いい加減慣れて欲しいと思う一方で別れを惜しんでくれるのが嬉しくもある。
「行ってきます」
それでも仕事に行かない訳には行かない。スネジンカを安心させようと頭を軽く撫でてやると、へにゃっと歳相応の笑みを見せてくれる。
「行ってらっしゃい」
閉めた扉にしっかりと鍵をかけ、いつもの道を通って職場へ向かう。
「……」
通い慣れた道。しかしだからといって気を抜いて歩いて通れる道、というわけではなかった。
それはこの国が長らく続けている周辺諸国との戦争が原因だ。長く続く戦争もあって国民の貧富の格差は大きく、それ故に犯罪数も多い。
実際周囲を見回すと高級そうな服やアクセサリーを身に付けた人から、ほつれや汚れの目立つ服を着ている人まで様々な格好をした人たちがいる。
スネジンカのためにも危険な目に合う訳には行かない。気を付けながら十数分ほど歩いて職場のパン屋へ。
先に来ている店長に挨拶し、店に立つ。
まだまだマルフーシャがさせてもらえる作業はパン作りの簡単なことや、雑用といったことばかりでメインの仕事は店長や先輩たちの仕事だ。それでもマルフーシャはやりがいを感じている。
こなれた様子で業務を黙々と行っていくと、当然ながら店にやってくるお客さんとも顔を合わせることになる。
(……なんだか、みんな大変そう)
訪れた半数近くの人が疲れ果てた顔をしていた。
軍人なのだろうか、中には軍服のようなものを着ている人もいる。
「嫌だねえ……戦争なんて早くやめちまえば良いのに」
裏方でマルフーシャが働いていると通りかかった店長が独り言のように呟く。
その想いは珍しいものではない。テレビでは日夜わが軍は全戦全勝していると戦況を報じているが、その割に景気は一向に好転しない。マルフーシャの最近の楽しみと言えばスネジンカの笑っている顔を見ることぐらいだ。
早く仕事を終え、家に帰りたい。そう思ってマルフーシャは働き続けた。
やがて仕事を終えたマルフーシャが家に帰ろうとすると、外は朝の快晴が嘘のように曇天になっていた。幸い雨雲ではなさそうだが、なるべく急いだほうがいいだろう。
足早に朝通った道を引き返していく。
(なんだか、嫌な予感がする……)
戦地とは離れた場所で暮らしているといえど、今は戦時中だ何があっても不思議ではない。
朝よりも三分の二ほどの時間で帰宅したマルフーシャ。
「どうしたの姉さん?」
「なんでもない」
慌てて家に入ると驚いたスネジンカにむしろ心配されてしまう。ただ何もなかったようで一安心だ。嫌な予感は杞憂だった、とマルフーシャがほっと一安心したその時だった。
コンコンコンッ、と激しく玄関がノックされた。
「「?」」
スネジンカと顔を見合わせる。普段訪れてくる人がいないこの家にやってきた人は誰だろう、そう思いつつガチャリと扉を開ける。
そこにいたのは髭を伸ばした大柄で屈強そうな男。そして着ているのはマルフーシャが働いているときに見かけた軍服で、さらにその後ろにも同じ服を着た二人の男がいる。
軍人が一般市民でしかないマルフーシャたちの家を訪れてくる必要はないはずだ。強いて言うのであればスネジンカは中等学校の軍事科目で優秀な成績を収めていて、卒業後は軍学校に入学することが既に決まっているがそれもまだ先の話のはずだ。
「国民番号XXXXX、マルフーシャだな?」
先頭に立つ男が問う。
用はスネジンカではなくマルフーシャにあるようだ。
頭をよぎるのは誰かに通報されスパイ疑惑がかかっている、ということ。過去に政府に対する愚痴を言っていた知り合いがスパイだと疑われ、連行され行った記憶が思い浮かぶ。しかも噂でしかないが、密告したのは実の息子だったらしい。
記憶がよみがえったのはスネジンカも同じなのか、背後からマルフーシャを守るようにひしっと抱き着いてくる。
「そうですけど……」
「おめでとう、君は選ばれたのだ」
男は笑みを浮かべながら二つに折りたたまれた紙を差し出してくる。
状況が呑み込めないままその紙を受け取り、目を通す。
「………………門兵、ですか」
「ああ、そうだ。国家の指導者たるあのお方から直々のお達しだ」
「私がですか?」
門兵に徴兵されるのは数年前から行われていることだ。しかしそれは低級市民のみの話であり、5等級国民という位置にいるマルフーシャには本来関係がない話のはずだ。
「あのお方から直々のお達し、そう言ったはずだが?」
ただ疑問を口にしただけなのに、一触即発といった空気を醸し出す大男。
ここで断ろうものならスパイ扱いされ捕まえられるだろう。この通達をするだけなら一人で良いはずなのに、大男の背後にも二人控えているのは"もしも"の時のためなのだろう。
「……分かりました」
拒否権はない。話を受け入れる他に選択肢はないのだ。
ぎゅっと着ているワンピースを掴んでいる手に力がこもるのが分かる。
「ごめんね、スネジンカ」
不安と寂しさと悲しさと他にも色々な感情が混ざった表情を浮かべて、今にも泣きそうな目で見てくる義妹の頭を安心させるように優しくゆっくりと撫でる。
「それでは我々と来てもらおう。なに、門兵といっても前線の我が兵士たちが撃ち漏らした少数の機械兵をただ殲滅してくれればいい。ただ楽をしようなどとは思うなよ、諸君らに与えられる物はすべて国から出ているのだからな」
「安心してください、死にたくないので頑張りますよ」
そう言うと大男は顔をしかめたが特に何を言うでもなく、マルフーシャを連れたって歩き始めた。
自分の家を離れていくマルフーシャをスネジンカはいつまでも見送っていた。