「っくしゅ」
初めてのお務めを果たしたマルフーシャは宿舎に帰ってくるなりくしゃみをした。
「ちょっと。汚いわね……」
顔は背けたし口元も手でふさいだのだが、隣にいたライカは嫌そうな表情を隠そうともしなかった。
「すみません。門の外があんなに寒いなんて知らな…………くしゅっ」
「…………。早くシャワー浴びて温まってきなさい。あなたに風邪をひかれて私にうつされでもしたらたまらないから」
少し考えこむようにしていたライカはマルフーシャを促すと、自身はベッドの縁に腰掛けせっせと編み物を始めた。
断る理由もないためマルフーシャは着替えを持って浴室へ向かう。
しゅるしゅると衣擦れの音をたてながら服を脱ぎ、浴槽に入りカーテンをする。
中級国民にしては綺麗な肌に痩せすぎず太すぎない腰回り。胸はほんのりとだが膨らんでいて女性らしさを演出している。
まるで兵士らしくない身体付き。傷一つない身体に、どう甘く見ても筋肉があるとは思えない貧弱な身体。
(ほんと、なんで私が門兵に選ばれたんだろ……)
指導者から直々に選ばれたという話だが、正直マルフーシャにとってその理由が微塵も想像できない。
強いて言うのであればどんなタイプの銃でもある程度使いこなせるという点。これは十分な長所だ。しかし一般兵の軍人からスカウトされるのならともかく、その程度の理由で指導者に選ばれるとは到底思えない。
「スネジンカ今なにしてるんだろう……寂しいって泣いてないといいけど」
門兵として働いて得た給料のいくらかはスネジンカのもとに入るようになっている。そのため金銭で苦労はしないだろうが、寂しがり屋でシスコン気味なためきっと心細いだろう。
「この国の指導者だからって勝手に決めないで欲しい……あぁ、大丈夫かな…………」
スネジンカをシスコン気味だと称するマルフーシャも十分シスコン気味なのだった。
そして身体を念入りに洗い、水分を拭ききったマルフーシャは再び部屋へと戻る。
「ただいま」
編み物を続けているライカの背中に声をかけると一瞬チラリとだけ視線を向けて、すぐ編み物に戻った。
ライカは放っておくとシャワーを浴びることを忘れて編み続ける、というタイプでもないだろう。今日一日慣れないことをして疲れたマルフーシャは再度声をかけることはせずに眠ってしまおうとベッドの中へもぞもぞと入り込む。
「……マルフーシャ、どんな独り言を言うのも自由だけど少しは周りの目は気にしなさい」
手を休めず視線も編み物から動かさないまま、ぼそっとライカが言う。
「今は私しかいないから黙っててあげるけど、他に誰かいたら監査官として働かないといけなくなるから」
シャワー中の独り言を聞かれていたようだ。監査官は秘密警察とは違い自ら進んでスパイ探しをしたりはしないが、それでも政府に属する立場としてスパイらしき言動をしていれば放っておくわけにはいかない。
「ありがとうございます」
「一々礼も言わないでいい。黙ってるのはあなたがスパイ容疑かけられると、今一緒に居る私だって疑われかねないし新しい門兵をすぐに失いたくないだけだから」
まだライカと知り合ってあまり時間がたっていないものの素直でないだけで、正確が悪いわけでないことは既に分かっている。
そんなツンデレ具合につい口元が緩む。
スネジンカと別れ離れになったのは悲しいが、口ではなんだかんだ言いつつも面倒見のいい監査官と知り合えたのは不幸中の幸いだった。
「それより明日もあるんだからあなたは早く寝なさい。私のことなら気にしないで良いから。……それとも部屋を暗くしないと眠れないタイプ?」
「平気。……それじゃあお休みライカ」
「はいはい、早く寝なさいって」
しばらくすると、ライカの背後からスヤスヤと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「……まったく世話が焼けるんだから」
編み物を続けながらうなされることなく眠るマルフーシャに安堵する。
ライカが初めて戦場に立ったその日は、寝床に入って目を閉じても戦場の光景が瞼の裏に焼き付いてしまいなかなか寝付くことができなかった。しかしマルフーシャにはそんな様子もなく、実際の戦闘も思っていたよりもそつなくこなしていた。
少し気になったのは寒がりなのかよく寒そうにしていたことだが、それも今編んでいる物が完成すれば解決するだろう。
「今日は一日お疲れ様、マルフーシャ。ゆっくり眠りなさい」