事の発端はトレーニング中。
アステロイドの分割作業が上達させている最中、青子は迅にこんなことを聞いたことから始まった。
「あんた、夜中に出歩くのとか好き?」
その質問を不思議に思う迅。
「と言うと?」
「昨日、夜中に目が覚めた時にあんたが外出してたのが窓から見えたから」
なるほど、だからか、と納得する迅。
「外に出たのは、オレの趣味は暗躍だからだよ」
「そういえば、あんた未来見えるもんね」
理解したらしい青子。
迅はそんな青子を見て、新しい未来の一つを見た。
「ねえ青子ちゃん」
「なに? 暗躍の理由? たぶん私と遊真関連でしょ」
──話しがはやい。
「そのことなんだけど。明日あたりに本部の精鋭部隊がウチに攻めてくるんだよね」
その事実に反応する青子。
「⋯⋯遊真の黒トリガー?」
「それと、青子ちゃんのトリガーもね」
考え込む青子。
対して迅はもう未来の行く末がわかっているのか、ソファに寝転がる。
「あんた、私に何言いたいわけ?」
待ってましたとばかりに破顔した。
「頼みたいことが一つ。
オレはここに来る途中の本部のチームの足止めをするから、それまでに──」
本部に行って上と話をしてほしい──そう迅は青子に告げた。
「後ろ盾も無しで本部に行けるわけないの、わからない?」
「そこら辺は大丈夫。もう手を組んでるところがあるから」
○
「迅が言ってたのはここね」
翌日の夜。
青子は後ろ盾との待ち合わせ場所に指定された場所で待っていた。
冬だからか人は少なく、道路にはまばらに通過する車だけ。
本来、女子高生を一人で待たすのは危険なことだが、もしそういった輩が来ても壊滅するだけだろう。
「遅れてしまってすまない」
少しするとスーツ姿の大人がやってきた。
「君が蒼崎青子くんで間違いないかな?」
「あってる、で貴方の名前は?」
忍田真史、とその大人は答えた。
時刻も時刻だから、本部まで歩く。
「貴方はこの街が第一の派閥の人間なのよね?」
忍田に確認する。
「その通りだ⋯⋯ところで空閑さんの──遊真くんは元気なのか?」
声色が少し柔らかくなる。
忍田にとって空閑の息子である遊真を心配をするのは当然であり、必然だ。
「ええ、あっちでは私に生意気言って来たりするぐらい」
忍田は少し微笑んで、「そうか、年相応の態度ってことであってるかな?」
「ドンピシャよ」
青子は少しつっけんどんに返した。
▲
この時間、ボーダー本部には訓練生はもういない。
いるのは本部に寝泊まりしているB級やA級、エンジニアや上層部ぐらいなものだろう。だから今廊下には誰も見かけない⋯⋯それは彼女にとって好都合だ。
初めて体験するエレベーターなるものを体験して、青子はある扉の前に立っていた。
「ここが──」
目的の部屋。
未来が決まる場所。
⋯⋯『そういえば』を青子は思い出した。
あれは寒い夜のこと。
彼がいなければ恐らく死んでいたであろう場面。
彼は最も純粋で──あの中で最も異常だった。
その彼に、青子は修を重ねていた⋯⋯どこか歪なところを持つ者どうしだからかもしれない。
「準備はできたかな?」
忍田が確認をとる。⋯⋯その顔は優しい大人の顔だった。子供の代わりに何かをする時の顔。
まるで、今なら引き返せる、とでも言いたそうな顔だ。だが、その気遣いは青子に不要だ。
「当然──こんなの簡単なことよ」
青子は力を入れて扉を開けた。
√
突然の来訪者に警戒する上層部達だが、顔を見てさらに警戒度をあげる。
城戸が目を細めて青子を見据える。その目は異物を見る目と何ら変わらない。
「近界民!? それに忍田本部長!? どういうことだ!?」
鬼怒田が異常事態に怒鳴る。
「迅は遊真たちのために忍田さんの派閥と手を組んだ。もちろん、今日玉狛に攻めてる精鋭部隊に対しての措置よ」
事実だけを淡々と述べる。
交渉に置いては、冷静でないといけない──もちろん、それはこの場面においても正解だ。
「私はここに迅の代理としてきた。
迅の要求は一つ──空閑遊真と蒼崎青子のボーダー入隊を許可することだけよ」
その要求に鬼怒田がまたしても怒鳴る。
「そんな要求、飲めるわけないじゃろ!」
「もちろん、そんな一方的な要求はするつもりなんてないわ。
だから、もしこの要求を飲んでくれるなら──迅は風刃を本部に渡す」
少しだけ、息を飲む音が聞こえた。
もし風刃を手にしても、近界民二人が持つトリガーは手に入らない。
黒トリガーは使えなかったとしても、この女が持つトリガーの技術は調べれることができる。
ならば──
「その要求は通らない。私達の行動原理は近界民の駆除だからだ」
城戸がそう告げる。
当然だ。今の風刃の価値は、太刀川たちボーダーの精鋭部隊数隊より下だと思われているのだから。
迅も言っていたが、今の風刃にはこの場を動かせるだけの箔が足りない。
だから──この状況は予想通りだ。
「でしょうね。風刃一本で許可してもらえるなんて思ってなかったわよ」
だから──青子は小さなチップような物を取り出した。
「私からもこれを出す」
城戸派の一派が目を細め、それを見た。
「これには私がいたあっちの世界の情報が詰め込まれている。
いや、私だけじゃない。姉貴からぶんどった物だからそれ以上の情報が詰め込まれている」
今度ははっきりとしたざわめきが聞こえた。
当然だ、それぐらいの反応がないと困る。
これは──青子たちの切り札なのだから。
「具体的にどういう情報が入っているんだ?」
今度は唐沢が質問する。
「私と姉貴が滞在した国の情報、位置、その国の軌道とか⋯⋯あとは生きてる黒トリガーとか、あっちの世界のロクデナシのヤツら」
「生きている黒トリガーだと!?」
鬼怒田が眼球が飛び出しそうな驚き方をする。
「どういうことだ!?」
「どういうこともないわよ。言ってる通りの訳がわからないバケモノよ。ヒトだったり、人外だったり」
この場にいる全員が信じられない、という顔をしている。
「なぜおまえはそこまでしてボーダーに入隊しようとする」
城戸が口を開く。
そう言われればその通りだ。風刃やあちら側の世界の情報を引き換えにするが、彼らには青子にボーダーに入隊する理由を知らない。
「──修ともう一人、危なげないアイツらが遠征に行って、あっちの世界にいる家族を探すって言ってるのよ。
でも──ハッキリ言ってアイツらは、ある意味異常者そのもの」
独白のように、青子は続ける。
「修は自分のことを考えずに、周りの人間ばっかり助けようとするし、もう一人の方⋯⋯千佳は修と似てるんだけど、あの子も助けれる可能性が少しでもあるなら、助けようとする。
もちろん、遊真もついていくけど、三人をだけだったら絶対誰かが死ぬ。
──だから、私もついていってあげないと、アイツら、泣くことになるでしょ?」
「──それは本当か?」
──蒼崎青子、と城戸がさっきとは違う目をして、青子に問う。
「見つかる可能性は限りなく少ない。むしろ死んでいる可能性の方がずっと高い。それを考慮して、彼らは遠征に行きたい、と言っているのか?」
「ええ、そのことを知ってもまだ言うんだから、つくづく歪んでるって思い知らされるわ」
城戸の目の色は変わらないが、少なくとも目付きは変わった。
「⋯⋯いいだろう」
「城戸司令!?」
根付が驚嘆の声をあげる。
「こいつは近界民なんですよ!?」
「たしかに目の前にいるのは近界民だが、その近界民はボーダーのために利用できる近界民だ。
──勘違いするなよ、蒼崎青子。
私はボーダーのために迅の要求を飲む。おまえたちの目的が果たせるかどうかは別問題だ」
「それで構わないわよ」
青子は
○
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「一応聞くけど、オレ、青子ちゃんになんかした?」
青子が玉狛に向かって歩き出した直後、未来でも見て時間の調整でもしたのか、迅がやってきた。
時刻はもう夜真っ只中だ。だというのに、青子が思っていたほど、夜は寒くなかった。
「いやー、青子ちゃんに任せてよかったよ。交渉が成功したから、戦闘にならずに済んだ」
「あっそ、お気に召したなら良かったわね」
歩みを止めずに真っ直ぐ玉狛に向かうその最中、パラパラと降り出したものが。
「雪?」
「そういえば今日、雪の未来が見えてたな」
激しくなく、淡々と雪が振り続ける夜の三門を、街の街灯に照らされながら歩く。
「ねえ青子ちゃん」
「なに?」
「暖かい食べ物、食べたくない?」
少し考えてから青子は、「何を食べるの?」
「コンビニのおでんとか」
おでん、という単語に首を傾ける。
青子にとって日本の食べ物は未知の物だが、ところどころで「おでん」は聞いていたり、見たりしているので興味を持っていた。
「⋯⋯食べてみたい」
「オッケー。じゃあコンビニに行こうか」
○
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
現在、コンビニのおでんコーナーの前で、おでんと睨み合っているのは蒼崎青子、その本人だ。
文字は読めるのだが、「しらたき」や「はんぺん」などの具の姿を想像できないので、悩みが深くなっていく。
一方、迅は既に玉狛支部青子以外の全員の分を選び終わったところだ。
⋯⋯笑って見ているところを考えると、迅はこの未来を見たから、コンビニに来たのかもしれない。
「決まった」
覚悟が決まったような、何かを犠牲にしたような顔をして、青子はそう言った。
「しらたきと、大根、それに卵が食べたい」
「はいはい」
最後の注文をして、おでんを受け取る。
コンビニから出て、再び歩きだす。
雪はまだやんでいない。
「雪におでんに月、なかなかいい日だね。屋上で食べたいぐらいだ」
「私に日本の風流とかはわからないけど、
街にはもうほとんど人がいない。
帰宅ラッシュの時間は過ぎ、今は家でリラックスしている人が大半だろう。
「あんた、遊真がこっちに来た目的って聞いたのよね?」
おもむろに青子が話しかける。
「ああ、聞いたよ。有吾さんを元に戻すためって聞いたけど」
「そう。私がこっちに来た理由はわかる?」
目をつぶった迅。
おそらく考えながら、未来でも見ているのだろう。
「有吾さんに借りを返すために、遊真を見てるんじゃなかったっけ」
「半分はそれであってる。でもそれだけじゃないのよ」
そう言って右手を一瞬、見つめた青子。すぐに右手から目を離して迅に言う。
「姉貴と繋がりがある人間がここにいるか知りたかったのよ」
青子の姉貴というと、唐沢が言っていた蒼崎橙子だったはずだ。
「姉貴はあっちの世界でもトップクラスの人形師でね、遊真の身体をなんとかできるんじゃないかって思ったのよ」
それともう一人、と小さな声で付け足す青子。
「確実に姉貴がいないと達成できないことがあるのよ⋯⋯まあ、言ってしまえば、ただの私情なんだけど」
「⋯⋯なんで、それをオレに言うの?」
暖かいおでんを持ってはいるが、迅の手は冷たい。
「あんたは未来が見れるから、なんとなく言っておいた方がいいって思ったのよ」
青子は前だけを見てそう言った。
支部まではあと少しだ。
□
1月8日──つまり、ボーダー隊員正式入隊日になった。
「私たち以外みんな白色の服ね」
「オレたちが
こんな場面においてもいつものペースを崩していないところを見ると、近界での生活もある意味役に立つらしい。
「アタッカーとシューターはあっちだから⋯⋯」
忍田の演説が終わり、
千佳はスナイパーなので、少しの間別行動だ。
嵐山の説明によると、どうやらB級に上がるためにはポイントを4000にしないといけないらしい。
ほとんどは1000ポイントからだが、人によってはそれ以上のポイントからスタートの人間もいるみたいだ。ちなみに遊真と青子は1000ポイントからだ。
戦闘訓練をするために移動し始めた時、修は
「遊真、あの子知ってる?」
「ボーダーの上位5%のA級の木虎。嵐山先輩の隊にいるぞ」
「あんた、会ったことあるの?」
「学校にモールモッドが現れたときにな」
へぇ、という顔をする青子。
「あの、すみません」
木虎が青子に話しかける。
「私のことを聞いてたみたいですけど、何か用ですか?」
木虎の対人欲求は『年上に舐められなく、同年代に負けたくなく、年下に慕われたい』、なので必然的に口調が強くなる。
「何もないわよ。修と話してたのを見たから、遊真も知ってるかって聞いてただけよ」
そうですか、と木虎は短く返した。
青子たちが鮮烈デビューを果たすまで、残り僅か。
誤字・脱字などがあったら、報告してくれると幸いです。
ワートリの交渉ほど難しいものはないと思ふ。