彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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雛鳥の哀歌(古賀鈴)

 

 

 

兄が最近良く女性と会う。

 

 

いえ、別に会うだけなら良い。男女交際なんて個々人の自由なのだから。というか第一、別に知る事さえなければ別によかったのだ。私が知らなければ万事OKという事だった。

 

 

なのに、問題はその、知る他無いというか…

なんというか…家に連れてくるのだ。

兄曰く断っても付いてくるのだと言うが、そんな訳がないでしょう。そんな美人さんが押しかけてくるなんて、物語ですら無いですよ。

 

 

…いえ、まあ、連れてくるのもいいんです。ちょっと…いやだいぶ気に食わないような気もしますが、まあそれでもよかったんです。

 

問題は家に来る女の人が2人目になった辺り。それも、1人目と違って随分と体格の小さい。

ただでさえ、不特定多数の異性を連れ込むのなんて言語道断。しかもそれに加えて、二人ともその見た目が麗しいと来ていて。

 

それはもう、駄目だろう。

ラインを超えてしまっているでしょう。

母さんも父さんもニコニコしてる場合じゃないでしょう。

 

 

 

「ちょっと、兄さん!」

 

 

 

そう、怒鳴ってしまう回数が増えた。

別にそうしたい訳では無い。

無いのに、怒鳴ってしまう。

何か言い返してくれてもいいのに。

 

 

どうしてだろう?それは勿論、家族内における風紀を悪戯に乱すような行動を謹んでもらいたいが為。でも、それは兄だけが悪い訳では無いし、何より、そんなに申し訳なさそうな顔をさせるつもりは無かった。

 

そうわかってる筈なのに、どうしても頭がカッとなり冷静で居られなくなる。今日こそ冷静にと思っていても、いつもの兄の人当たりの良い笑みを見ると、どうしてか。

 

 

「勘弁してあげてくれないかな。

彼というより、ボクのせいだからさ」

 

 

 

そう最初に言ったのは、その連れ込まれた女性の一人だった。赤い目が記憶に残っている。

 

 

「兄妹として、兄の不貞を咎めねばなりませんので」

 

「話は聞いているよ、自慢の妹さんだって」

 

 

成り立っていないような、微妙な会話の後に、続けてこう言った。

 

 

「大丈夫、キミは思っているよりはお兄さんから愛されてる。だから、すぐに『取って食べたり』なんてしないし、出来ないよ」

 

 

「…すみません。何を言ってるか」

 

 

「怒る気持ちはわかるって事」

 

 

わかる、だと?何がわかるというんだろう。ニコニコと笑ったこの人に、私の、私たちの何が。私たちの関係の何がわかるというんだ。私たち兄妹の。私の。

 

わかっている、相手はそんなつもりで言ったのではない。それでも丹田の奥から、溶岩のような熱い何かが込み上がって止まらない。ぐつぐつと煮えたぎって、はち切れそうになる。

 

 

(ああ、ダメ。ダメなのに)

 

私は、完璧でなければならない。それがせめて兄に寄り添うに相応しい事なのだから。感情を御す事も出来ないなんて、よっぽど完璧からは程遠い。だから息を吸って落ち着こうとした瞬間。

 

ふと目があって。

 

 

瞬間、脳裏にあの光景がフラッシュバックした。

あの日の光景。兄はもう帰って居るだろうかと下校したあの日、顔をその目と同じくらい赤くして、兄に肩を掴まれる彼女。その、それを。

 

どうして、それがここで浮かんだのだろう。

どうして、それを未だ覚えてたのだろう。

 

…どうしてそれで、この胸の溶岩がタガを外したのだろう。

 

 

 

 

翌日、声が枯れていた。

声を張り上げる事なんて久しぶりだった。

 

声を荒げるなんて、良くない事だ。どうして、してしまった?考えないと。失敗を恥じるだけではなく、それの分析をして同じ過ちをしないようにしないと。

 

 

私は、あの赤い目の彼女に、仮初の理解を示された時に、どう思ったのだろうか。苛立ち。怒り。激怒。

…間違いない。ではその怒りは何故?

 

…嫉妬。何に向けての?私を知っているような言い振り、私たち兄妹を知ってるような口ぶり。私たちの繋がりを。私たちしか知らぬ筈のものを知ってるような。

 

そんな事で、私は怒ったのか?下らない。あまりにも。それでは、完璧であろうとしている私の想いも私自身に笑われよう。どうしてそんな下らない事で?独占しているはずの関係が無くなったみたいで。

 

関係の独占の無くなり?独占していたものが無くなったからどうだと言うのか。兄に関係性が出来たら、嬉しい筈だろう。

 

でも、違う。違う!

嬉しくなんて無い。思うだけで胸が苦しくなる。どうして私以外と話すの。どうして、私以外とも。

 

何故だろう。

……一つの答えが、ぷつりと繋がる。

 

 

『兄さんの事が好きだから』

 

 

 

 

「ーーーッ」

 

 

息が詰まった。馬鹿な、有り得ない。でも、そうなら全てに辻褄が合うのもまた事実。嫉妬も、怒鳴る苛つきも、全て。

この想いも、兄を見るたびに広がる暖かさも、兄の周りの人に抱く黒い想いもなにもかも。

 

 

…この時はあり得ないと蓋をした。

禁忌だからというそういう倫理も働いたのだろうけど、それよりも、自分の感情と思慕に名前を付けるのが怖かった。

 

 

だけど蓋をしても、ふとした時に擡げる。普通に話している時。後ろから見る時。一緒にTVを見てる時。私はこんなに、兄さんを見ていたんだっけ?

 

吐き気がした。初恋は甘酸っぱいレモンのような味だと聞いた。それは嘘だと、まじまじと感じた。

 

 

完璧であろうとした。

皆の為、兄の為?兄の横に並んでもいい存在になりたかった。違う。気に入られたかったから。なんで?確かに好きだった。でも、こんな。こんな、穢らわしい、汚い感情から、兄の隣に居ようとしたのか?

 

完璧であらねば。

兄さんの横に並ぶため?並ぶ為に完璧になろうとしたんだっけ?完璧になってわたしはどうしたかったんだっけ。わたしはどうなりたかったんだっけ?

 

 

わかんない、わけわかんないよお兄ちゃん。

頭が痛くなってきちゃった。

 

鏡を見ることが嫌いになった。

その中に映る者が、酷く汚く見えた。

 

 

 

……

 

 

ある日、兄の部屋に女性が一人入るのを見た。

あの赤い目の女の人ではない。

 

折角なら謝りたかったが、仕方がない。それに、私はまた怒鳴ってしまうかもしれない。それはもう嫌だった。これ以上、自分を嫌いたくは無かった。

 

 

 

「あ…えっと、妹さんですよね?

その、初めまして」

 

 

「…初めまして、鈴といいます。兄のご学友ですか」

 

 

「いや、僕は後輩で…

その、どちらかというと色々教えてもらってて…」

 

 

嫌になる。この人がじゃない。この人に向かう、自分の感情が。後ろ暗いものが。兄に纏わり付くなという、薄汚い自分が。

 

 

「…兄の事が好きなんですか?」

 

 

そう問う自分も、嫌だ。今までは人並みに自分を肯定できてたのに、この関連については、こんな思いばかりだ。

 

 

答えは帰ってこなかった。顔を見てみると、少し赤くしていたけれど、どちらかというと首を傾げてるようだった。

 

 

「う…多分…」

 

 

「多分?わかってないんですか?」

 

 

「うん」

「…わからないけれど。

でも一緒に居たいっていうのはだめかな」

 

 

「………ッ」

 

 

 

 

…なにもわからない。

この感情が綺麗なのか汚いのか。

この思慕が性欲なのか憧憬なのか。

私が兄にとって、よい妹でいれてるのか。

考えても、考えても。

 

 

それでも、一緒に居たい。

それだけは本当。

恋でも、愛でも。

 

 

…目を逸らしたいって事は、きっとこれは恋なのでしょう。してはいけない、ダメな。ここ最近ずっと感情の制御が出来ていなかったから、よくわかる。

 

 

 

 

「兄さん、これ出しっぱなしです」

 

 

「あ、わりぃ」

 

 

 

結ばれる事は絶対に無い。

それでもただ想いたい。

 

 

兄さんに、気づかれなくても構わない。

きっと生涯、気づかれる事はないだろう。

あの人は、とっても鈍感だから。

 

 

それでいい。

兄さんにとってはわたしはずっと良い妹。

それが幸せなんだ。彼にも、わたしにも。

 

 

…この想いを諦める事など到底できない。

するつもりも、ない。

それでも今は、ただ今のままである事を望む。

いつか終わる空間だとしても、だからこそ。

貴方と一緒の、唯一の時間だから。

 

 

結局、何も変わってなど無い。

兄はまた家に女の人を呼ぶし、私はそれに少しイライラする。その度に兄は困った顔をして、それを見た人がくすりと笑う。

 

 

でも、自分を嫌いになる事だけは少なくなった。

そんな、何の意味もない、小さな歌。

 

 

 

 

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