彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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Let's dance!中編

 

 

 

鞄を手に、校門の前で一瞬立ち止まる。

そんな大層なものでは無いと頭ではわかっているが、それでも1日目の空気は少しだけ緊張する。それはきっと楽しみの裏返しでもあるのだろうとは思う。

 

 

よし、やるぞ!

そう意気込んで、教室に向かう。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

…服を手に持ち、立ち尽くしていた。

呆然とする俺の前に、ニコニコといい笑顔で立っているクラスメイトたちがいる。

 

 

「……これを着ろと?」

 

 

疑うように、そう聞く。

きっと何かの間違いだと言ってくれるのだと

 

 

「ああ」

 

 

…そんな事はなかった。

 

 

 

「……いや、やめとこうぜ…」

 

 

…俺が教室に来るや否や渡された服は、今時、演劇やミュージカルでくらいしか見ないようなガチガチの燕尾服だった。ついでに渡されたのは度の入ってない片眼鏡。

…これを着ろってのか。本気で!?

 

 

 

「コスプレもいいとこだろこれ!

ていうか絶対浮きまくるだろ!」

 

 

「まあまあ、それで客寄せでもしてくれ。コンセプトを伝えるにはちょうどいいだろ」

 

 

「いや…コスプレ喫茶とかだと勘違いされるんじゃねえかな…」

 

 

見れば見るほど、なんというか…中世を舞台にした映画くらいでしか見ないような服装だ。俺のクラスの出し物は確かに洋風の飲食店だが、それにしても雰囲気にそぐわないくらいだ。

 

 

「しっかし、よくこのサイズのものあったな…一体どこにあったんだ、これ」

 

 

そうぼやくと、後ろの方で愉しそうにニヤついていた一人が声を上げる。

赤い眼をしている女子生徒…シドだった。

 

 

 

「いやあ、どこ探しても無かったよー。

だからボクの手縫い」

 

 

「手縫い!?」

 

 

「うん、キミが帰った後に細々とね」

 

 

は、と今更になって気付く。

そうだ。昨日含めて、帰らないのかと聞いた時の事を思い出した。

 

『あー…

まだやらなきゃいけない事があるんだ』

 

…ひょっとして、やらなきゃいけなかった事って、そういう…

 

 

 

「マジかよ、これが?すげえ上等な物に見えるんだけど…ていうかどうしてそんな手間をかけてまでこれを俺に」

 

 

「趣味…じゃなくて、キミに着て欲しかったからさ」

 

 

 

趣味って聞こえた。本音が聞こえたぞ一瞬。

 

 

 

「…もちろん、嫌だったら構わないけどさ。

着てくれないか。頼むよ」

 

 

ぐっ、と息が止まってしまう。

そう直球に頼まれてしまうと弱い。それに、俺なんかの為にわざわざ手間暇を掛けてこれを作ってくれたのだ。それを蔑ろにするということは、出来るはずが無い。

 

 

何より、いつも爽やかに、そして不遜に微笑んでいる生徒会長がしおらしく頼む姿にどうにかなりそうだった。

 

 

「わ、わかったわかった、着るよ。

ただ、片眼鏡だけは外させて貰うからな。流石に恥ずかしすぎる」

 

 

「わあい、優しいねえ」

 

 

 

…そうして俺は学園祭を、とんでもなく時代錯誤な燕尾服に身を包みながら過ごす事になった。

 

友達からはサングラスを手渡され、それをかけて『I 'll be backって言ってくれ』と言われた。…それ死ぬ寸前の奴じゃねえか!

 

 

ああ、もうなんというか…

前途多難だ。

 

そう思いながらも、

つい笑う口元を抑えきれなかった。

微笑ましく、楽しくなってもいた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

服を着て、僕、村時雨ひさめは鏡の前で立ち尽くす。…見れば見るほど恥ずかしくなってくる!

 

 

 

「…聞いてない!聞いてないよ!」

 

 

「うん、そりゃ言ってないしね」

 

 

そう、中学時代からの友人の晴果が悪びれもせずにそう言ってくる。

 

 

「な、なんでそんな騙すような事を…!」

 

 

「だって事前に言ったらひさめ絶対嫌がっただろうし…」

 

 

「そりゃそうだよ!

こんな格好、恥ずかしいし…!」

 

 

「大丈夫大丈夫!お客さんそんな来ないと思うし、もっと胸張って!似合ってるし!ほら皆もそう思うよね?」

 

 

そう言うと、クラスメイト達は頷く。

…こんなに見られてたの!?それを思うと、顔にどんどんと熱くなっていくのを感じる。

 

 

「ほらほら、可愛いって。だから胸張って接客してくれれば、すごく皆助かるの!頼むよひさめ〜」

 

 

「…う……わかった…」

 

 

「…あとついでに、呼んだあの先輩にイケイケドンドンしちゃいなよ」

 

 

ボソッと耳元で囁かれる。

…言われた内容に一瞬理解が遅れて。

数瞬後に、顔がボッと赤くなった。

 

 

「ななな、なんでその事を…!」

 

 

「あ、やっぱり誘ってたんだ!やるねえ〜」

 

 

「…っ!」

 

 

「ご、ごめんごめん、悪かったからそんな泣きそうな顔しないでったら。…でも、いつもと違う格好を見せたらきっとその人もメロメロになるんじゃない?」

 

 

「…そう、かな?」

 

 

「うんうん、絶対そう!だから頑張ろ!」

 

 

ふと、脳裏にあの人の事が思い浮かぶ。

いつも屈んで、僕に背を合わせてくれるあの人。大きな背丈を、いつも何かを助けたりする事に使ってる古賀さん。

 

…この格好なら、あの笑顔を僕だけに向けさせる事が出来るんだろうか。

そんな良くない事を一瞬、思ってしまった。

 

 

「…わかった、頑張ってみる」

 

 

「ん、その意気だ!」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「はぁ…だから言ったのにな」

 

 

俺、古賀集は今、クラスから離れて学校の中を歩いている。結局着替える事を許されず、あの燕尾服のままで練り歩かされている。通りすがる人が時たまギョッとしたような顔で此方を振り向いてくるのが、精神衛生上悪い。

 

働くべき時間のシフトが終わり、俺は今ある所に向かっていた。ある所…後輩のクラスに。

 

 

さて、俺の結果といえば…散々である。

まず客引きをすれば、どうしても怖がられてしまい学外の人はあまり入ってこない。かといって店内に居ると相手が萎縮しがちだ。ならば裏方にと思ったが、そうするとその格好で裏方かとクラスメイトにツッコまれる始末。

 

 

実働時間の3倍くらい疲れた気分だ。

幸いにも、今向かっている所は和風テイストのカフェらしい。そこで少しだけ休ませてもらう事にしよう。

 

そう思っている内にその教室が見えて来る。看板と外装を見るに、落ち着けそうな所だ。

 

 

 

よし、とその教室の扉を開け、中へ。

途端に受付の人が声をかけてくれた。

 

 

「い、いらっしゃいませ!

ゆっくりしていってくれたら嬉しいで…す…」

 

 

語末部分がさらさらと消えていく。

それを怪訝に思い、その声の方向に向き直った俺もまた、どきりと動きが止まる。

 

 

そこに居たのは、俺を来るように誘ってくれた後輩のひさめだった。そして固まっている彼女のその格好は丈の長い袴と着物にフリフリの飾りが付き、また前掛けとヘッドドレスが付いた…

 

…いわゆる、和装メイド姿だった。

 

 

 

「……え、えっと…」

 

 

「…ご、ご注文をどうぞー?」

 

 

目をぐるぐるにしながら、やけくそと言わんばかりにそう聞かれる。

俺も目を奪われ、上の空になってしまって、何を頼んだのかもわからないような状態だった。

 

 

「え、ええと…似合ってるぞ、それ」

 

 

席に座る前に一言、なんとか感想をいう事が出来た。後で言おうかとも思ったが、どうしても今言ってしまいたかったのだ。

 

 

気恥ずかしくなりながら案内された席に向かう。その背後で、ぼんっ、と。頭から湯気が出たような音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

「お、お待たせしました!」

 

 

「おう。それじゃ行こうか」

 

 

 

結局、味もわからない程上の空のままにお茶を飲んでいた俺を正気付けたのはひさめだった。

 

真っ赤な顔でお盆で顔を隠しながら言っていた事を聞くに、もうそろそろシフトが終わり、一緒に回る事が出来るようになるから待って欲しいとの事だった。

 

 

「服、そのままでいいのか?」

 

 

「へっ!?…や、やっぱり変でしたか?」

 

 

「い、いやいや!動きにくかったりしないかなと思っちゃってさ。格好自体はさっきも言った通り良く似合ってると思うよ」

 

 

「そう、ですか。…よかったです」

 

 

ゆっくりそう言うと、ひさめがにこりと照れ臭そうに笑う。俯きながらもこちらの表情を少し伺ってくるその様子はいじらしく、そしてまた可愛らしい。

 

 

「そういえば、その…

古賀さんの格好も凄いですね」

 

 

「ん、ああ…これは…

やっぱり変だよな。自覚してる」

 

 

「いえ、似合ってると思います、本当に!

足も長いですし、黒色がシックな感じでとても合ってると思います!」

 

 

「うお…そ、そうか?」

 

 

「…はっ。す、すいません…」

 

 

 

そんな事はないと、興奮したように否定してくれた。それに少し動揺していると、ふと我に帰ったようで、またとても恥ずかしそうに身を縮めてしまう。ヘッドドレスに抑えられている髪の毛がくるくると動いているようにも見えた。

 

 

「はは、そう言って貰えると嬉しいよ。

ひさめは本当に優しいなあ」

 

 

「…そんな事、ないです」

 

 

優しい、と言うと、恥ずかしそうにしていた素振りも鳴りを潜めて、少し落ち込んでるようになってしまう。…なにか、気に触るような事を言ってしまったのだろうか。そうなら、悪い事をしたな。

 

 

「…ところで、先に行っておきたいところがあるんだけどそこ行ってもいいかな?」

 

 

話題を変えるように、そう聞く。

我ながら酷く不恰好な話題の変え方だが。

 

 

「…あ、は、はい。大丈夫ですよ。何処に行きたいんですか?着いていかせてください!」

 

 

「ああ。えっと…確かこっちだな」

 

 

「あれ、こっちの方面は…

中等部ですか?」

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

落ち着いた空間に、静かな音と周りの喧騒が聞こえて来る。

 

私、古賀鈴のクラスは小物作りの出し物をテーマにしている。食品関連もまた候補に出たが、需要に対して供給が過多ではないかという意見から、こういった物になった。

 

幸い学外学内問わず客は継続的に来てくれているし、子供連れの方の需要も満たしている。何より、少しだけ祭りの雰囲気に疲れた人のちょっとした休憩の場にもなっているようだ。

 

 

そうしていると、少しだけ受付の辺りが騒がしくなっている事に気が付いた。

何かトラブルでもあったのだろうか?とも思ったが、そういったわけでも無さそうだ。

怪訝に思い見に行ってみると…

 

 

「あ、鈴。忙しかったか?」

 

 

「ど、どうも…こんにちは…」

 

 

 

…なんだかおかしい格好の二人が来ていた。

 

片方は和装でふりふりの女中さんの格好。

そしてもう片方は巨大な背格好のスーツ…いや燕尾服、執事の…

 

 

 

 

「……」

 

 

「ど、どうした顎に手を当てて黙り込んで。

もしかして急に来られても困ったか?」

 

 

「いえ……なんでも。

いや、なんでもあるんですが」

 

「……とりあえず写真撮っていいですか?」

 

 

「なにがどうして!?」

 

 

 

ひとまず考える事をやめて衝動に身を任せた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

一通り写真を撮られ(後で母さんたちにも送るそうだ。やめてくれ!)た後に、鈴たちのクラスの出し物も体験する事にした。

 

小さな布のアクセサリーだったり、キーホルダーをデコレーションしたり、スマートフォンカバーに手を加えて自分だけの小物を作れるというコンセプトの出し物らしい。

なんとも楽しく、面白い試みだ。何より俺はこういう細かい作業が嫌いではないので、ついつい楽しくなってしまう。

 

 

「うあ…うまくいかない…」

 

 

「ああ、こちらはピンセットを使うとやりやすいですよ。もしよければ」

 

 

「あ、ありがとう。

えっと…古賀さんの妹さんだよね?」

 

 

「はい、その説はどうも」

 

 

 

にこりと愛想良く笑う鈴と、少しだけ人見知りぽく動揺しているひさめの姿を目の端に捉える。よかった、シドと鈴はあまり仲がよろしくなさそうだが、彼女達の仲はそこそこ良好なようだ。どちらも心根が優しく、相性がいいのかもしれない。…ああ、シドが優しくないという訳ではなく。

 

 

そうしている内に、手元の作業に没頭してしまい、二人の会話は聞こえなくなってしまった。ただ様子からしてあまり長いこと話していた訳でもなさそうだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

「…今日、兄を誘ったのはひさめさんですか?」

 

 

「…はい。僕の方から。断られたらと思ってもいたんですが、快諾してくれて」

 

 

「そう、ですか。やはり兄の方から誘った訳ではないんですね。それならよかったです」

 

 

「……」

 

 

「…変な事を聞いてしまってすみません。

あと、先日はありがとうございます」

 

 

「先日…ああ、集さんが風邪をひいてしまった時ですね。こちらこそ、ありがとうございました。おかげで楽しかったです」

 

 

「楽しい、ですか」

 

 

「いや…実は本当は僕がやるべきような事をもう既にやってしまっていて。結局大した事は出来なかったんです」

 

 

「ああ、たしかに…そういう事をします、兄は。それはまた、心配をかけさせてしまったでしょう」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ!お陰で、その…いつもは見られないような集さんを見られたので…」

 

 

「ふふ、そうですか。…これからも、兄の様子を見てやってくれますか?」

 

 

「い、いやいや!むしろ僕が面倒をかけてばっかりの立場でして!様子を見るなんてそんなおこがましいですって!」

 

 

 

 

……

 

 

 

「よし、出来た!」

 

 

だいぶ時間をかけて、一つ可愛らしいアクセサリーを作った。可愛らしい…というのは主観だが、まあそれなりには良いものだと思う。

 

 

「あ、古賀さんも終わりました?

…って、凄いですねそれ!」

 

 

「ああ、ひさめも終わってたか。

…えっと…ひさめのは…芸術的だな!」

 

 

「オブラートに包まれると尚辛いです…

昔っから不器用なんですよう…」

 

 

 

接着剤などを乾かすためにある程度時間が経った後にまた来てくださいと言われ、クラスから出る。座りっぱなしだった事もあり、少しだけ肩を伸ばした。

 

 

「そういえば、鈴と話してなかったか?」

 

 

「へ?あ、はい。話させてもらっていました。なんというかしっかりものの妹さんですよね…」

 

 

「だろ?自慢の妹だ」

 

 

「でしょうねえ…気持ち、すっごくわかります。僕一人っ子なのであんなお姉さんが欲しかったなあって思います」

 

 

「はは、妹じゃなくてお姉さんなのか」

 

 

「だってお姉さんって感じがしません!?こう…キッチリとしてて凛々しくって…!」

 

 

ひさめは、誰かを褒める時、とても口が良く回る。その様子を何度も見ているので、本当に誰かの良いところを探す事ができる、良い子なのだなあとつくづく思う。そしてそれはきっと、全く意識してない行動なのだなあとも。

 

 

 

「……それでも、負けたくないなぁ。

なんて、改めて思いました」

 

 

褒め終わる最後に、一言。

少し寂しそうなそう付け加えてもいた。

 

 

「?…なんの話だ?」

 

 

「えへへ、なんでもないです」

 

 

そう言って、はぐらかされてしまう。

その哀しみを含んだ笑み。昨日の、夕暮れをまた少し思い出してしまった。

誤魔化すように、顔を逸らす。

 

 

そうして、色々な所を回った。

輪投げやボウリングなどの娯楽をテーマにしたクラスだったり、たこせんなる物を売ってる所、中には古本屋(!?)などもあって、改めて色々なものがあると思ったものだ。

 

どこを行くに当たっても、俺もひさめもよく笑い、そして、楽しんだ。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

こーん、こーん。

 

終了まで、あと少しだと知らせるチャイムが鳴り響く。外を見ると、日が落ち始めている。

 

 

言わなきゃ。

 

どくん、どくんと心臓が早鐘を鳴らす。

僕はそれを必死に、表に出ないように努める。

 

 

 

「ああ、楽しかったな。

…と、ひさめは楽しかったか?」

 

 

「ひゃい!た、楽しかったですよ!」

 

 

虚をつかれた事もあり、噛んでしまう。

またやってしまった…

そんな事ばかりしているから、僕はきっと…

 

 

 

「さて、そろそろクラスに戻ろうか。

明日もあるし、解散かな」

 

 

「!ま、待っ…」

 

 

 

待って。その一言すら、最後まで言えない。

どうして僕はいつもこうなのだろう。

 

…ちがう、『いつもこうなのだろう』じゃない。諦めるな。こんな自分にはさよならするって、あの時に決めたんじゃないか。

あの夏の日に、何も言えなかった日に。

 

 

 

「待った」

 

 

 

それを、言ったのは僕では無かった。

真剣な目をして、真っ直ぐにこっちを見ている、古賀さんがその言葉を発していた。

 

 

「…何を、言わなきゃいけないと思ってる?

何にそんなに追い詰められてるんだ?」

 

 

 

どきりと、した。

それはさっきまでの動悸とは異なる跳ね方。心を読み取られたような、驚愕だった。

 

 

「どう、して。

…どうして、わかったんですか?」

 

 

「多分…今日、1日中ずっと思ってたよな。

ふとした時に考え込んだり、ずっと何か思って、追い詰められてた。それくらい、見てたからわかるさ」

 

 

 

それほど、見た目に出ていたのだろうか。違う。それでも僕はわからないようにしていた筈。なのにどうしてここまで。

 

そしてどうしてここまで、見られているということに、喜びを覚えてしまってるのだろう。

 

古賀さんが言葉を続ける。

 

 

 

 

「…だから、今日ずっと、『何か言わなきゃいけない』みたいな感じで気負ってるように見えたんだ。…君がそれを決断したんなら尊重するけど、無理はしないで欲しいからさ」

 

 

「…ごめんな。気持ち悪いかもしれない。でも、これくらいの事は俺だって出来るから。君のこと、見てるつもりだから…一人で思い詰めないでくれ」

 

 

 

真っ直ぐと、こっちの目を見つめてくる。

その眼はたしかに、僕を見つめていた。

 

 

(……ああ、僕が写っている)

 

 

今日。絶対に言わなければならないと思っていた。今日に、必ず伝えるべきだと。

 

 

…きっと、言わなければいけないと思っていたのは、僕が周りを見ていたから。

 

生徒会長の、シドさん。

彼の妹の、鈴さん。

どちらも、僕よりも全然器量も良くて、可愛くて。僕なんかよりも全然に、優れている。

 

でも、きっと、違うんだ。

比べていたのは、僕が勝手にやっていただけ。少なくとも彼は、僕を見てくれているのだと。

 

そして何より、僕自身が一番、僕を見つめて居なかったのだ。

 

 

『何かと比べた』『何かよりも劣った』僕ではない。古賀さんは等身大の僕を、村時雨ひさめを見てくれている。

 

 

焦燥感がすうとひいていくのを感じた。

 

自分の事も見られてもいないような人を、彼が放っておけるわけがない。

だから今、想いを伝えた所で手放しに、恋仲になる訳なんてないじゃないか。

 

まずは自分を見てから。

自分を好きになってからと。

そう寄り添ってくれる筈だ。

 

僕は。

そんな彼の姿を見て好きになったんだから。

 

 

 

「……ごめん、説教臭くなったな。

それで、どうだ。伝えるべき事か?」

 

 

「…はい。

いつか、絶対に伝えなければいけない事です」

 

 

「そうか」

 

 

「…でも、それは、『今』伝えるべきではありません。それに気づけました」

 

 

「…そっか」

 

 

大きな手が、僕の頭を少しだけ強めに撫でる。ともすれば乱雑なそれがとても暖かく、心強いものに感じる事が出来た。

 

 

 

「でも、いつか伝えます。

…その時まで待っていてくださいね」

 

 

結局、伝えなくばならない事を伝えることのできない自分のままで終わってしまった。

 

だけど少し、いつもより、自己嫌悪に苛まれる事はなさそうだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

…本日の文化祭は終了しました。

明日のお越しをお待ちしています。

 

ひさめとも別れ、日が沈み始める。

放送が、今日の祭りの終わりを告げる。

 

さて、残るは明日。

明日は鈴と学校を回るのだ。

 

ひさめと鈴の顔が脳裏にふと浮かぶ。

…瞬間、寒気が走った。

風邪か。違う。これは。

 

そうだ。その時に、ようやく気付いたのだ。

 

 

 

「……アクセサリー取りに行くの忘れてた!」

 

 

 

 

 

 

let's dance!後編に続く…

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