彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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アオクカガヤキ(菜種アオ)

 

 

それは小さな日の思い出。まだ私が子どもで、何もわかっていなかった頃の話。

 

 

私は、不気味な子と言われることが多かった。無表情がすぎて、何を考えているか分からない。感情の読めない、虫のようだと冗談めかして言われる事もあった。それはきっと、本音に近かっただろう。

 

私はそれにどうとも思わなかった。

相手がそう思ったのならきっとそうなのだろうと考えたし、きっとそれは正しい評価なのかもしれないと考えてもいた。

それで納得したようにしていたのも、更に周囲に誤解されていたのかもしれない。

 

 

ただどちらかというと、他人がどうでもよかったり、他人と関わることをあまりする必要がないように思えていて、それが私の個であるのだとも思っていた。

 

幸い私の顔立ちは良い方で、黙っていれば人形さんみたいだと褒めそやされる事も多く、ただ静かにしていればなんとかなる事も多かった。

 

 

 

(…ああ、どうしよう)

 

 

だから最初に親から手を離して、迷ってしまった時も、そう思いながらもまあ、なんとかなるのだろうと楽観的に思っていた自分が居た。

 

そこは小さな商店街で、人通りはそこまで多いわけでもない。だからすぐに見つけられるだろうとも考えていた。

 

 

 

 

だけど私の身体は全く動かなかった。

すくんで、動かない。

 

まるで人形の様に弛緩して、動けなかった。

声が出ない。歩く事も出来ない。声をかけようとした人が私を無視して通り過ぎていった。思えばあれは、私の声が小さすぎて気付いてすら無かったのだろう。

 

目の前の、助けを求めた筈の人間が、テレビの映像の様に見えた。触れず、話すことが出来ない、ひんやりとしたものに。

 

 

そうなって、私は初めてわかった。他人をどうでもいいと思っていた訳じゃない。人と関わる必要がないと思っていた訳じゃない。

 

私は、他人が怖かったんだ。視線、声、雰囲気。自分以外が恐ろしく、息が激しくなる。自分から声をかける事が怖い。それで、どう思われるかが怖くて堪らない。気味悪く思われてしまったらどうしようと、そう思ってしまって。

 

 

(……あ…)

 

 

意を決して身を乗り出して、道行く人に声をかけようとした瞬間に、足元につまづいた。

動揺から、小さな段差に気付かなかった。

膝に痛みが走り、血が流れる。

その赤色を見て、それまで必死に心の中に抑えてた不安がどうしようもなく蓋が壊れた。

 

 

(……どう、しよう。どうしよう)

 

 

このまま、親にも逢えないかもしれない。

ずっと一人なのかもしれない。

そんな不安が心を支配して、それと一緒に膝がずきずき痛んだ。その痛みが、更なる不安を掻き立てて、それが痛みを考えさせる。

 

 

ぽろり、と。

涙が落ちてからは早かった。もう何も考える事が出来ず、大声で泣き叫ぶ事も出来ず、道の端で啜り泣いて座り込む。せめて往来で泣けば大人に気づいて貰えたろうに、何故か端に行ったのだから、救いようが無い。

 

 

 

「きみ、大丈夫!?」

 

 

しゃくりあげて声も出てこない。苦しくてどうしようもない私が顔を上げたのは、そんな、少年の声が聞こえたからだった。

 

顔を上げて、まず怯えた。

その少年の顔の半分には痛々しいガーゼが包帯と共に巻かれていた。ほんの少し覗き見えるその下には、痛々しい水膨れが。

 

その私の様子を見て、ふと少年が悲しそうに顔を隠す。そしてその後、その場から走り去っていった。

 

 

ああ、やってしまった。

私に声を掛けてくれた人を、追い払うだけじゃない。傷つけてしまった。

もう二度と、こんなチャンスは無いのに。

心配して声を掛けてくれたのに。罪悪感と絶望感が、更に足の痛みを増やしていく。涙が止まらず、酷い顔だったと思う。

 

 

 

「……よし、お待たせ!」

 

 

それからどれくらい経ったろうか。少しかもしれないし、長いこと経ったかもしれない。

再び、なにもできずに蹲っていた私に声が掛けられた。さっきの少年の声だ。

 

ばっと、声を上げた。

まず謝らないと。ごめんなさいって。

 

 

そう思った私は、次に驚いた。それはさっきのような恐怖故ではない。呆れで、だった。

 

 

少年は顔に、ひょっとこの面を被っていた。

不恰好で安っぽい、サイズがあってない面。

 

 

 

「ごめん、ちょっと痛いけど」

 

 

驚いてる間に、足にピリとした痛みが走った。消毒液と、それを吹いた痛み。そしてその後に何かが貼られた感触。

 

 

「さっき、怪我してたみたいだったから、そこのくすりやさんで急いで買ってきたんだ!

ついでにこのお面も!」

 

 

そう、少し自慢げに捲し立てる様子に、気づけば私は不安を忘れていた。ただ、呆然とそのひょっとこの少年を見ていた。

 

 

 

「えっと、君、迷子だよな?」

 

 

「…は、ハイ…そう、です」

 

 

「良かった!もうあんしんだぞ。

俺が案内してやるから」

 

 

「……そのお面…」

 

 

「…うん?あ、これ?

これなら顔、怖くないだろ!」

 

 

 

そう言って、ひょっとこの顔が近付いて来た。その下できっと、にこりと微笑んだのだろう。

その様子がどうも少し可笑しくて、ちょっとだけ笑ってしまった。

はっと、失礼かと思ったけれど、むしろ少年は満足げにしていた。

 

 

「きみ、歩ける?

それなら交番まで行こう。きっときみのおかあさん達探してると思うから」

 

 

「…ハイ、歩くくらいなら…」

 

 

よろり、と足がついた瞬間痛かったけどそれだも歩く事は出来た。これならまだ…

 

…そう思った瞬間、身体がふわりと浮いた。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 

ひょっとこの少年が、私を無理やりおぶったのだ。恥ずかしかったけど、それを言う勇気や、何より暴れるような元気なんて無かったから、そのままになった。

その内に、そのまま落ち着いてしまった。

 

 

 

「………その、ありがとうございます」

 

 

「ん?俺、まだ君をおかあさん達に会わせられてないからいいよ。後で言ってほしい」

 

 

「…ハイ…えっと。

…あと、ごめんなさい」

 

 

「?何が?」

 

 

「さっき…声かけて、くれたのに。

私、酷いことをして…」

 

 

「…俺、集って言うんだ。

なあ、名前で呼んでよ!」

 

 

「…え?シュ、シュウ…?」

 

 

「うん、俺、集。

慣れてるから謝んなくていいよ」

 

 

「…でも」

 

 

「君は迷子になって不安で泣いてたんだ。だから、謝る必要なんてなんもない」

 

 

 

思えば、何も繋がってない発言だ。何故、泣いてたら謝る必要がないんだろう。きっと今の私が彼に質問したら、困ってしまうだろう。

 

それでも、困りながら答えるだろう。泣いてた子が謝るなんて様子を見たくなかったのだと。

少なくとも、当時の私も、その優しさだけは分かった。

 

おぶられて触れてる所が、暖かく感じる。

泣いている間に身体が冷えていたようだ。

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

「そうだ、君の名前はなんていうの?」

 

 

「私?……私はーーーー」

 

 

「あーっ!お兄ちゃんようやく見つけた!」

 

 

 

びくり、とまた驚く。私の名前はその大きな声に掻き消された。声のした方向を見てみると、そこには一人の少女が居た。

その呼び方からすると、少年の妹のようだ。

 

 

 

「あ、鈴!ちょうどよかった!」

 

 

「ちょうどよかった、じゃない!

もう、急に走って行っちゃうんだもん!私凄いさがしたんだからね!」

 

 

「えー、鈴なら俺のこと見つけられるだろ」

 

 

「そういうことじゃないの!お兄ちゃんは私のいるとこじゃないとだめだって言ってるの!」

 

 

「なんだよそれ…ていうか仕方ないだろ。困ってる子が居たんだからさ」

 

 

「うん?…その子?」

 

 

「ああ。

これから交番に行こうと思ってたんだ」

 

 

「…!さっき、子どもを探してる人居たわ!

お兄ちゃん、それかも!」

 

 

「ほんとか!?えらいぞ鈴!」

 

 

「えへへー。

…ていうかお兄ちゃんそのお面なに?」

 

 

 

私が覚えているのは、これが最後だった。

私は少年の背中の上で、ただ泣き疲れて泣き疲れて、眠ってしまったのだ。

 

私が目を覚ました時には顔をくしゃくしゃに心配した両親が私を抱きしめるばかりで、あのひょっとこの少年…シュウとその妹はどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

近所に住んでいるだろうから、もう一度逢いたい。すぐにでもそう言えたらよかった。

でも私は、そんな簡単な言葉すらいえなくて、お礼どころか、二度と会うことも無く。

この町を離れた。父の仕事の都合だった。

 

最後に町を去る時の車からの光景にずきりと心が痛んだ。

 

シュウ。せめてもう一度ちゃんとありがとうを言いたかった。

なんでそれすら言えなかったのだろう。言ったなら、両親は会わせてくれただろう。

でも言えなかったのは怖かったから。

何か言って、変な目で見られたらと。

 

そう、周りを気にして何もできない自分が、初めて嫌になった。

 

 

だから、その時決めた。

こんな事はもうこりごりだった。

 

今度もし、逢えたなら。

私は彼に会いに行くんだ。会って、思った事を言うんだ。思っている事を、積極的に。

間違っても、伝え忘れないように。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「いやあ、この商店街も最近あんま来ないからなあ。ちょっとぶりだよ俺」

 

 

 

そう話題を切り出す。

横に居る少女は相変わらず無表情だが、握られた手に込められた力が嬉しさを表している。

 

 

さて。今の状況についての説明をするべきだろう。昨日。急に少女、アオが俺に商店街に行きたいと言ってきたのだ。どうも道を詳しくないので教えて欲しいのだと。それなら俺以外でも…と言おうとしたが、シュウと一緒に見たいのだと押し切られてしまった。

 

 

 

『…やっぱり。

少し店並みは変わっていますね』

 

 

「ん。…『…そっか。そういえばアオはこの辺りに住んでいた事があるんだよな。この商店街にも来たことあったのか?』

 

 

『ハイ。ただ1回来たきり町を出たので、道を覚えていないのは本当です』

 

 

そう言って彼女は手を握りなおす。

 

 

 

「色んな所を教えてください。シュウ先生」

 

 

 

…その発言に、なんだか邪な想像をしてしまった自分の顔を一回ぶん殴り、俺はアオと商店街巡りをした。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…ほんとにそれでいいのか?」

 

 

「ハイ」

 

 

 

商店街をあらかた周り、大体を説明した。これ一回で覚えるのは難しいだろうが、そもそもあまり大きくない場所だ。覚えのいいアオならすぐ覚えるだろう。

 

その日のシメとして、俺はアオに『せっかくだし、好きなもの一つ俺が買うぞ』と言ったんだ。

まあ彼女の事だし、そこまで高価なものは求めてこないだろうと打算的な事も思い。

 

 

 

ただ、それは予想外というか、思ったよりもというか。彼女は迷いない足取りで古びた店に入ったと思うと、そこから一つの商品を出してきた。

 

その店は、何故か昔から残ってるうさんくさい古商。…古商なんて言うと聞こえはいいが、実際はガラクタしかない。昔の俺には宝の山に見えてたもんだけれど。

 

アオは、そこの店の、安っぽくてチープなお面を差し出して来た。それも、ひょっとこの。

 

 

 

『…遠慮とかしてないか?

もっと良いものでもいいんだぞ?』

 

 

『いえ、遠慮などはしていません。シュウは私に好きなものを選べと言っていましたよね?』

 

 

『それはそうだけど…』

 

 

「…私、これが良いんです。

これが欲しいです」

 

 

 

そう言われてしまったら断る理由も無い。俺は小銭を出してそのお面を買った。店主のおっさんががなんかいやにニヤニヤしていたが無視しておいた。

 

 

 

「はいよ。…付けていくかい?」

 

 

冗談のつもりでそう言う。

するとアオは、縦に頷いた。

 

 

「ハイ。シュウが付けてもらえますか」

 

 

「………え!?俺が!?なんで!?」

 

 

「お願いします」

 

 

……わからん。彼女の考えてることがさっぱり。ただ、頑として譲るつもりはなさそうだし、まあこれくらいならと思いお面を付ける。

 

そうして、また手を繋いだ。

互いに帰路に着く。

 

 

 

 

「シュウ。

ありがとう、ございました」

 

 

「ん、今日の事か?

これくらいならお安い御用だよ」

 

 

「今日のシュウと、ひょっとこさんにです」

 

 

「?」

 

 

 

そんなにひょっとこが好きだったのだろうか?外国暮らしをしている内に日本文化について調べてハマったりしたのかもしれないな。

 

きっとそうなのだろう。

何故なら、アオは、珍しくそう言うと。

ゆっくりと微笑んだのだ。

 

 

いやはや、多少恥ずかしかろうが、世にも珍しい彼女の微笑みが見れたのだ。これに勝るものはないだろう。

俺は、だいぶ満足だった。

 

 

………

 

 

……?

なんだか、既視感があるような?

 

 

まあ、気のせいだろう。

 

 

 

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