彼の周りは少し愛が重い   作:澱粉麺

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雪兎に君が泣く:後編

 

 

夢を見ていた。

頭から降り掛かる災害。

雪。違う。熱い、熱い何か。

肌を破壊する温度の液体。

 

 

子供の頃の記憶が遡る。

この顔が焼ける瞬間を思い出す。

大事な存在を、自分よりも大切な存在を、家族を殴り飛ばしてまで、なんとかしようとして。

瞬間に意識を失えたらよかったのに、少しだけ痛みを感じる猶予はあってしまった。

 

 

俺はあの時一度、死んだのかもしれない。

怪我だとか、古傷だとかというわけではない。肉体がどうというわけではない。

 

ただ、親切から、何かを助ける俺はもうあの時が最後であったような気がする。

その痛みで、一瞬。その行動を少しでも後悔してしまった瞬間から。

 

今だって、親切からであるのは確かな筈。

だけど、またたしかにあるのは強迫観念。

誰かを助け続けねばならない、あの時の行動を嘘にしてしまってはならない。そんな思い。

 

後悔なんて嘘だと。あの瞬間に思ったのは嘘だと証明し続ける為に、誰かを、何かを。

 

 

ああ。つくづく俺は……

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

ハッと、目を覚ます。

 

見慣れない天井と消毒の匂い、そしてガンガンと痛む頭、顎、腕が、正気を取り戻した事を後悔させる。

身体の色々なところが、遅れてまた痛む。ぼーっと頭に血が回らないような、薄い膜がかかったような気がする。

 

 

そうして居るうちに、横たわっている臍の辺りにかかる、やわらかな重みにようやく気付く。

出来るだけ身体を動かさないように目を動かしてみる。そこには疲れが見える顔で寄りかかり、仮眠するアオの姿があった。

 

 

起きた身じろぎで、そんな彼女を起こしてしまったらしい。パチリと目を覚ましたかと思うと、そのまま驚きと喜びが混じったような顔をしてから、自分の開いた口を抑えた。

相変わらず表情は控えめだったが、しかしいつもより余程、表情に出ているようでもあった。

 

 

それに声をかけようと口を開けようとした途端に、また激痛が走る。

顎が痛い。しゃべれたもんじゃない。

咄嗟に、蹲るような前屈みになってしまう。

 

 

その様子を見たアオがおろおろと立ち上がり、そして大急ぎで部屋の外に出て行く。

 

部屋。部屋か。見覚えの無い白い部屋…

ここは病室か。保健室じゃないって事は、かなり深い傷だったみたいだ、あれは。

 

そうだ。

だんだん思い出して来た。

俺は、あの落雪で頭が割れた。それ以降の記憶は無いが、このギブスが巻かれた腕を見るに、怪我はそれだけじゃないらしい。

 

 

そんな事を、ぼーっとした頭でなんとか情報整理のように思っていると、病室にアオが息を切らしながら戻ってくる。後ろには、看護師らしい男の人を伴っていた。

 

 

果たしてその人は看護師であり、つらつらと現況説明と、その他色々な事を話してくれた。

 

まず曰く。軽い打撲や擦過傷などの細やかなものを除き、大まかな怪我としては頭部の3針ほど縫った傷、そして意識を失い転倒した際の右腕の骨のひびと顎部のひびらしい。

 

完全に折れるよりは当然治りやすくはあるものの、どうしてもそれぞれギブスを取るほどの治癒には3週間から1ヶ月程度はかかるらしい。

 

そして、次にアオに感謝するように言われた。

彼女による早期発見、通報、そして応急処置のおかげで後遺症やなんやらは残らないのだから、よく感謝を言うようにした方がいい、と。

 

あとついでに、つきっきりで離れようともしなかったのだと。その点についても、ちゃんとお礼を言うようにと。

彼女の憔悴した様子を見ると、俺はかなりの時間、意識を失っていたのだろう。そしてその時間ずっと、見ていてくれたのだ。その時間がどれほど心に負担がかかるものだったろうか。

 

 

最後に、最低限のコミュニケーションを取れるようにとホワイトボードとペンを渡して、看護師は去っていった。

 

 

 

「……」

 

 

どちらも喋らず、気まずい沈黙が流れる。

いつもなら他愛のない会話でもしようと思うのだが、まず口を開けれず、そして何よりそんな空気ではなかった。

 

 

[ありがとう]

 

 

なので、まずは伝えるべき事をホワイトボードに書く。相当、彼女に助けてもらったから。

 

 

それを見て、アオは力なく首を横に振る。

ただ、それきりで会話は終わってしまう。

こっちは話していないから、会話と云うのもおかしいかもしれないが。

 

 

 

「……約束、破ってしまいましたね…」

 

 

 

ぽつり、と。

俯いたまま彼女がそう言った。

 

約束。

指切りをしたのを覚えてる。危ない真似はしない、無理もしない。破ったら針千本飲ます、と。自分の姿をチラリと見る。これじゃあ、間違ってもそれを守れたとは言えないだろう。

 

こくりと、軽く頷いて肯定する。例え話せたとしても、返す言葉もなかっただろう。

 

 

 

「分かっています、これは不可抗力であり、事故です。だから仕方がない、のですが…」

 

 

「私、初めてです。

約束が破られて、こんなに辛い事。

そして、なにより…」

 

 

ぎゅ、と、服の裾を掴まれる。

その指は、肩は少しだけ震えていた。

 

 

 

「こんなに、怖かった事…こんなに…」

 

 

 

顔は、俯いてあり見えない。だがしかし、その声音と内容は、それを想像するに難くないようなものだった。

 

そうだ。彼女が助けてくれたということ。それは、彼女が一番、最悪な光景を見たということだ。

つまりは、雪かきの手伝いをしていると聞き、向かったその先で血みどろになりながら倒れ、あらぬ方向に倒れている俺の姿。

 

 

どれほど、怖いものだっただろう。

どれほど不安な思いをさせてしまっただろう。

ましてや、懐いている人物ならば尚更。

このまま死んで、戻ってこないのではと。

 

 

 

「……本当は、約束を破った事なんて良いのです。どのような事であれと、破る事なんて、少なくともある筈です」

 

 

「だけど、私は、アオは……」

 

 

 

そこで一度、息を呑むように言葉を失くした。そしてまたすうと息を吸い、言う。

 

 

 

「…もう、このような事をしないでください。

約束を破った事は、どうでもいい。

危険が及ぶような事。そして、貴方が、血を、血を流すような…」

 

 

 

語末が消えるように、言葉が失われていく。

頬に、つうと一雫が伝っていった。それは一雫だけではあったが、だからこそ、俺はそれに酷く心を乱された。

 

ずきりと、傷んだのは傷ではない。

 

 

 

 

[ごめん]

 

 

意味も無く、ホワイトボードにペンを走らせる。こんな謝罪がなんの意味もない事はわかっている。それでも、尚。

 

 

 

「…質問の答えになってません…!」

 

 

 

絞り出すように出される声。わかっている。それも、わかってる。でも、危険な目にもう合わない、と、無責任に言うこともまたできない。

 

そう云った旨の事を書きはしなかった。

ただ、頭を下げた。

 

 

 

「よく、わかりました」

 

「貴方が、貴方自身を大切にはしないことも、それを治そうとしてもそれが難しい事も」

 

 

 

俯いていた彼女が顔をあげる。

その顔は、いつものように無表情だった。

 

 

 

「…だからせめて、私が悲しまないようにと、シュウが自分から自分を傷つけない道を選ぶように。そうなるようにしようと思います」

 

 

 

口元を、少しだけ上げてにこりと微笑む。その顔は、そんなにはっきりと笑っているのに、どちらかと言うと泣いているようだった。

 

今でも、彼女を傷つけないようにはしているつもりではいる。

ただもう、それでは足りないのだろう。

 

 

 

「では、私はそろそろ失礼します。

両親も心配してしまいますから」

 

 

すっと、名残惜しげに荷物を持ち上げるアオ。

それを見て、こくりと頷く。

 

 

 

『傷つく事は怖いけれど、でも、それを無理に治せとは言わないわ』

 

『…私は、シュウのそういうところが好きになったのだから』

 

 

 

去り際に、静かにそう呟いた声が聞こえた。

いつのことを言っているのだろう。

学園祭でぶつかった時か?

いや、違う。もっと、もっと前に何かあったような…あれは、なんだったか?

 

 

ズキ、と頭に痛みが走る。思考が途切れ、再び顔をあげる時には既に彼女は去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

片腕しかロクに動かせない為、出来ることも少ない。仕方がないので携帯電話を用い、友人や知人に現況報告、兼、暇潰しをしていた。

 

それをし始め、少ししたくらいの事だった。廊下から、ばたばたと騒がしい音が聞こえてきた。

実際騒がしいと言っても、そこまでの音では無かったが、携帯のフリック音すらうるさく聞こえるほど静かなこの部屋には、その音すらいやに響くようだった。

 

 

その足音は、どんどんと近づいて来た。そして扉の前に来て。そして足音は扉を開けた。

 

 

 

「兄さんッ!」

 

 

 

聞き覚えのある声が、聞き覚えの無いほど、焦った声で出力されていた。

扉を開けたのは、鈴だった。

 

 

 

「はっ、血を流して倒れて、病院に送られたって話を聞いて、急いで、来て…!」

 

 

額に汗を垂らしながら、息を切らして膝に手をつく彼女は、よほど急いでこっちにきたのだという事を否応なしに察せさせた。

 

 

 

「怪我は大丈夫なんですか!?骨が折れてるんですか?脳波に異常は?いや、まず、どうしてこんな事になってしまったんですか!?」

 

 

捲し立てるように、震えた声でそう幾つも問いかけてくる。その顔は青ざめて、頬が釣り上げられているように見えるほどひどい顔をしていた。

 

なんとか安心させようと、命に別状だとか脳波だとか、大袈裟な事は何一つないと言う事をボードで伝える。あとついでに、顎の傷のせいでしゃべる事は難しそうだと言うことを。

 

 

 

「……そう、ですか。よかった…」

 

 

それを読むと、放心状態のように、力が抜けたように座り込んでしまう。

…よほど心配させてしまったらしい。

本当に申し訳ない限りだ。

 

 

 

「……すみません。本当は、看護師の人やアオさんにも話を聞いてきてはいたんです。

ただ、病院に運ばれたと聞いたら、もう頭に入らなくなってしまって…」

 

 

鈴らしくもないと、思った。

だが気持ちは痛いほどわかる。俺も急に鈴が入院したと言われたら、それ以上の事は何も頭に入ってこず、聞き流してしまうだろう。

 

 

 

「はあ。なんにせよ、思ったよりは元気そうでよかったです。…ギブスや包帯は、痛々しいですけど…」

 

 

すくりと立ち上がると、そっと手を伸ばして腕や頭の包帯を触る…直前に、手を引っ込める。

触ったら痛むかもという、気遣いだろろう。

 

 

 

「……ええと、そうだ。当然ですが、家の食事当番は私が代わりますから安心してください」

 

「あと、その…学校の方や母さん達にも伝えておくのでそれも安心してもらって…」

 

 

 

すらすらと、さっきの動揺の様子とはうって変わって、連絡をしていく鈴。

だがその声は途中でピタリと止まる。

 

何かあったのかと思い、不安になり顔を覗きこんだ。瞬間、鈴が頭を抱え込んだ。

 

 

 

「違う、違う違う!

私は、私が言いたいのは…!」

 

 

そう言ったと思うと、ばっと顔をあげる。

そして、俺に飛びかかるような勢いでその身を乗り出してきた。

 

 

 

「……誰かを助けるのも、無茶をするのも兄さんの事だから仕方がないことだとはわかってる!私が諫めても、貴方がやめない事も!」

 

 

「それは、もういい。

もう、それでいいとも思ってるんです」

 

 

「…でも、怪我だけはしないでください…

お願いだから…お願いですからぁ……!」

 

 

 

そう言うと、ぼろぼろと涙を流して、わっと泣き出してしまった。シーツにしがみつきながら泣き続ける様子は、急に小さい頃に戻ってしまったようだった。

 

いつも、鈴が泣いてしまった時は頭を撫でて慰めたものだった。

だから手が、咄嗟に伸びかけた。

けど、途中でピタリと止めた。

 

俺のせいで、俺が心配をかけて、鈴を泣かせてしまったのだ。それを俺が慰める資格などあるのだろうか。

 

彼女は、いつも努力をして、完璧であろうとしていた。その努力を見ていた。

それが、堰が爆発してしまうような勢いのこの号泣は俺のせいなのだ。

 

 

 

「うっ…うう、あああ……!」

 

 

 

俺を案じ、泣きじゃくる鈴を、俺はただ何も出来ずに項垂れて見つめることしか出来なかった。ただ、張り裂けそうになりながら。そして、そんな気持ちになる資格すらないと思いながら。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

鈴は、暫くして泣き終えると、俺の着替えなど日用品を持って、また来ると場を開けた。

泣き腫らした目が未だに脳裏に残っている。

 

 

横になり、目を瞑っていた。

涙。涙。

俺が傷つくだけなら、良かった。なのに、皆を泣かせてしまう事は、なによりも辛い。

 

俺は、そんな事も考えてなかったのか。

俺は俺だけで生きている訳じゃ無い。それくらいわかっていた事だったろうに。

 

 

血の足りない頭がぐるぐると同じことを考えさせる。瞼の裏の暗闇が自責の為に作られた独房のように感じられた。

 

 

 

 

「おや、お休み中だったか?でも起きてくれよ。寝るくらいならいつでも出来るだろ」

 

 

 

その独房の扉を開いたのは、それまた聞き覚えがある声だった。午前に聞いた猫を被った声とはまた違う、少し落ち着くような声。

 

 

目を開けると、まず視界に入って来たのは赤い瞳。ギョッとするほど近い距離に思わず口が少し開き、その激痛に身を捩った。

 

 

 

「いや、すまない。狸寝入りだろうがそうじゃなかろうが、眠り姫ならばキスで起こそうと思っていたのさ」

 

 

 

…こんなむくつけき姫さまが何処にいるんだ。

それに、こいつは自分が王子様だと平然と言うつもりか。

 

そんな自信過剰の様子を見せるのは、生徒会長の九条史桐。…シドは相変わらずの態度で、目の前に座っていた。

 

 

 

「話は聞いてるよ。頭と顎と腕だって?

これまた痛々しいことになったねえ。フランケン・シュタインの怪物みたいだよ」

 

 

「その状態じゃ、まずは人助けよりも周りに助けてもらうんだね。無茶しないように」

 

「顎も…フフ、ちょうどいいかも。

喋るとなるとキミはすぐにたらし込む」

 

 

 

まあ、こちらが喋れない事を良い事に散々な事を言ってくる。

特にたらし込むってなんだ。怯えさせるならよくあるが、たらし込めなんてしねえ。

 

ただ、陰鬱とした気持ちになってしまっていた俺には、彼女の「いつも通り」が心地よかったのは確かだ。

 

 

 

「…はあ、こんな事ならあの時の別用を許可するんじゃあなかったよ。

もう二度と…といいたいけど、それは良いよ。そこまで束縛が酷いと君も辟易するだろう」

 

 

ただ、はあ、とため息を吐く彼女の表情はやはり、いつもより疲れているようにも見えた。

 

 

 

「で、さ。お見舞いに少し遅れたのはちょっと調べ物をしていたのさ。それでここに来たのはその確認」

 

 

何の?そう、キョトンとしていた俺に数枚の写真が差し出される。どれどれと見ていくと、次第にぞっとする気分になっていく。

 

その写真は同一人物を写してある。それは、変哲も無い用務員の姿。

ただその人物は、そうだ。

この雪落としを俺に頼んだ用務員さんだった。

 

 

 

「…うん。その様子からすると合っているみたいだね。ありがとう、用事はそれだけさ」

 

 

 

ぞっとした。

用事を切り上げ、椅子から立ち上がり、部屋から出ようとしたその顔は、今まで見たことがないほど冷酷で、感情がないように見えた。

 

 

 

「待゛ッ…!」

 

 

 

咄嗟に声を上げ、そして手を掴んだ。

動かした顎が泣き出したくなるほどの痛みを放ち、眩暈までしてくるようだった。

 

シドはそんな俺を見て、『ああ、やっぱり』といいたげな、嬉しそうな悲しそうな、呆れたような、なんとも言えない顔をした。

 

 

 

「…馬鹿だねえ。

そんな事をしたら治りが遅くなるよ?」

 

 

「そんな無茶をしてまで助けようと思うかい。不思議だね。君は、ただ職務を押し付けられ、その末に怪我をさせられただけだ。

 

「…そして『コレ』は君に押し付けた張本人。それだけだ。庇う必要なんてただの一つもない。断罪されるべき人間だ」

 

 

 

そう言われながらも手は離さない。きっと手を離してしまえば、もう手遅れになるから。

 

その必死な俺を見てか、シドはふっと笑い、写真をびりと一枚破った。

 

 

 

「わかった、わかった。そんな情熱的に求めないでおくれよ。そこまで血眼になって止めるならボクは何もやらないさ」

 

 

 

それを聞き、ほっと手を離す。

 

 

 

「『ボクは』、何もやらないよ。ただコイツにとってよくない噂が流れて自主退職せざるを得ない事にはなるかもしれないけど」

 

 

 

……びくりと、再び腕を掴もうとする。

 

ただもうその時には手の届かない場所に移られてしまっていた。

そしてまた、さっき破った写真と全く同じものを、シドはもう一枚取り出した。

 

 

どうして。

どうして、そんな事を。

そう思った心を読んだように、シドが笑う。

 

 

 

「理由は大まかに二つかな。

1つ。職務を怠慢した挙句、事情の聴取をされても『勝手に生徒が手伝っただけ』と知らんぷりをしているこの男が単純にムカつくから」

 

 

「そして2つ。キミがこんな目に遭ったから。品性も無いようなコイツさえいなければ遭わなかったのにと思うと、つい、ね」

 

 

 

違う。これはただの事故だ。

それにその人が私刑されたのなら、それは最低な事だろう。起こってはならないだろう。

 

なんとかそれらを伝えようとボードを掴んだ途端、声が聞こえてきた。

 

 

 

「軽蔑するかな。古賀くんが傷つくくらいなら、ボクはキミ以外の全てがどうなろうと知った事じゃないんだ」

 

 

 

詩でも引用するようにそう言いながら、彼女は部屋を出て行った。

 

 

目の前が真っ暗になるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

目を瞑っていた。ぐるぐると、同じことを繰り返して思ってしまっている。

 

俺のせいで傷付けた。

俺のせいで涙が流れた。

俺のせいで…

 

 

同じことを考える。暗闇が、ズキズキと痛みを送る。それは脳を壊すような刺激だった。

物理的な痛みだったのか、心因性だったかは、わからない。

 

 

 

ふわり。

 

頭に、柔らかい手の感覚が触れた。

ゆっくりと、優しく撫でられる。その感覚に、少しずつ痛みが和らいでいく。

 

 

 

「…ふふ。いつもとは逆ですね」

 

 

 

優しい声が、耳に届く。

目を開けた。暗闇に慣れた目は、少し眩しく思いながら眼前の少女を照らし見る。

 

 

そこには、村時雨ひさめが居た。殺風景な部屋と、彼女のそのコントラストは、まだ俺は夢の中にいるのかと思わせるようだった。

 

 

 

「あ…起きなくて大丈夫ですよ?

寝てて、楽にしててください…」

 

 

 

そう言われながら、まだ頭を撫でられる。

自覚すると、とても恥ずかしかったが、それを跳ね除けるような元気もなかった。そして何より、それを止める踏ん切りが付かない。

 

 

 

「あはは、面会時間ギリギリなので、僕もすぐ帰ってしまいますけど…うなされていたのでつい、世話を焼きたくなってしまって」

 

 

誰かのお人好しがうつっちゃったのかもしれません、とへにゃりと微笑む姿は、彼女の気弱さとその人の良さを同時に表す、不思議な魅力を持っていた。

 

 

ちく、たく、と時計の音がうるさく感じるほどの沈黙。撫でる時の衣擦れの音までがオーケストラの大音量のようだ。

 

 

 

「…その、何に、うなされてたんですか?

 

 

聞きにくそうに、それでも、ひさめが聞く。

ぐっと、それでも目を見ながら。

 

 

俺はボードを手に持ち、ただ書いた。

 

 

 

[俺が悪いんだ]

 

 

 

その字を見て、ひさめがぐっと、思いつめたように唇を噛んだ。その顔は、涙こそ流してはいなかったけれど、ずくりと胸が痛むようなものだった。

 

 

 

「もう、いいじゃないんですか?」

 

 

 

ぽつりと、彼女が言った。

 

 

 

「怪我をしてまで、誰かを助けて。そしてその上で、気に病んでしまうくらいなら、僕はもう見ていられません…」

 

 

「……身体も、心も、ぼろぼろになって。それでいて尚自分を責めてしまうくらいなら、もう何かを助けないでいいじゃないですか。自分の為だけに動くだけで、もう、それでいいじゃないですか…?」

 

 

 

 

嫌だ。それだけは、嫌だ。俺が、俺からそれを取ったら何が残るんだ。何も残らない。

それをやめることだけは、出来ない。自己満足と誹りを受けても、否定をされても。

 

…誰かを悲しませてしまっても。

それでも俺はそれを止めることは出来ない。

 

ああ。つくづく俺は、最低だ。

 

 

[出来ない]、と。

ただそれだけを書いた。

 

しかしそれを見て、ひさめは悲しむでもなく、少しだけ、笑った。

 

 

 

 

「…そう、ですよね。

あはは、やっぱり、思った通りです。

古賀さんならそう答えますよね」

 

 

 

やっぱり、思った通りです、と。

愛おしそうにそう呟いた。

そして、少しの間が空いた。

 

 

 

「でもそれなら、僕に貴方を少しでも手伝わせてください。その背負ってるものを、少しでも背負わせてください」

 

 

「頼りないことはわかっています。でも、精一杯やります。古賀さんに、助けてもらっている分を少しでも返せるくらい。だから…」

 

 

 

「……だから、自分のせいだなんて、一人で背負い込まないで。少しだけでいいですから、僕にも背負わせて欲しいです……」

 

 

 

また、静かな空間が戻ってくる。頭を撫でられる衣擦れの音と、時計の針の動く音。

 

 

面会時間の終了まで、ずっとそうしていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

結局、念のためにと脳波検査など行われ1週間程入院をしていた。

 

だが、逆にその程度で病院からは出ることが出来、後は家や日常を送りながら治していくべきだと、看護師の人には言われた。あとついでに君モテモテだねとも言われた。違うって。

 

 

そう、違う。こんな身勝手な人間を好きになる人間なんている筈がない。こんな、自分のためだけに誰かを助けている、糞のような人間を。

 

 

 

(ああ、久しぶりの外だな)

 

 

ふと、迎えに来てくれる家の車を待つまでに外に出て空気を吸った。

 

そして端にある、まだ積もった雪を見ていた。

 

 

誰が作ったか、大きな雪だるまにつけられた目はぽろりと取れ、その穴ぼこが涙を流すように溶けて水を垂れていた。

 

 

 

頭が、ずきりと痛んだ。

すうと、深呼吸をする。

少しだけ痛みがマシになったようだった。

 

 

 

 

 

 

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